堅牢な亀蟹
晶は最初から目標を末端に定めている。
脚を破壊出来れば【巨大亀蟹】は動けなくなるだろう。
ハサミを破壊出来ればザラタンの主な攻撃手段は無くなるはず。
明確な殺意を込めて晶は脚を振り抜き【金剛夜叉礫】を飛ばしていく。
だがザラタンの脚の硬い外殻は晶の礫を弾き返す。
関節部分を叩こうとしても動き回るザラタンによって狙いが絞れない。
『これは……だいぶマズいねぇ。』
ザラタンの脚はその巨体に対して細く見えるが、
実際には人狼の胴体ぐらいの太さはある。
まともに攻撃しても撥ね返されるのは先程の攻撃で思い知らされた。
竜巻や礫は炎に比べ消耗が軽微だがゼロではない。
無駄な攻撃はすべきではない、このザラタンが相手だと長期戦は必至だからだ。
人狼は錫杖を構えザラタンの突進を待つ。
突っ込んでくるザラタンの左右どちらかに回り込み脚へ錫杖を突き入れたい。
同じ箇所に攻撃し続ければ硬い外殻も破壊出来る自信はあった。
だがまだその作戦は一度も成功していない。
遠目では動きが分かり易いが間近に行くと巨大な脚に巻き込まれそうになる。
とても錫杖を突き入れる隙など見当たらない。
仮に実行したならば次々に動き続ける脚によって踏み潰されるだろう。
『じゃあ無理してでも頭を狙うしかないか。』
危険を承知で真正面からの攻撃を選択し特攻をかけた。
真っ直ぐ走り寄るとザラタンはその両ハサミを振り下ろしてくる。
それを人狼は【瞬動】でさらに加速することで躱し、
その勢いのまま頭部の穴へ錫杖の槍先を突き立てんと差し込む。
ザラタンが首を引っ込めている為どの部分に刺さったか良く分からないが、
錫杖が少しだけ刺さった手応えは感じられた。
すぐに人狼は錫杖を手放しハサミの攻撃を避けそのまま甲羅の上に飛び乗る。
頭上から襲い来る尻尾の攻撃をジグザグに残像を創りながら躱し、
その尻尾の根元の関節部分目掛け両手を振り放ち狼の刃を解放する。
【毘摩狼斬】による真空の刃は狙い違わず関節部分を抉り込む。
切断まではいかなかったがあと数発当てれば、と可能性は感じられる。
尻尾の根元近くは尻尾の切っ先が届かないためもう一度【毘摩狼斬】を狙う。
だが、ザラタンには知性が備わっている。
人狼の狙いを易々と達成させてはくれなかった。
蟹の脚を高速で動かしその場で回転を始めたのだ。
しがみつく場所の無い甲羅の上から人狼は転げ落ちる。
地面に打ち付けた腰を労わることも許されず人狼はザラタンの巨体から逃げ惑う。
ガツンガツンと人狼のいる方向へ小さく飛び跳ねてきたのだ。
ザラタンの巨体相手に一度でも下敷きになったら即死は免れないだろう。
不様に何度か転がった後なんとか四足で立ち上がり【瞬動】で距離を空けた。
「ザラタン、キミ硬いねぇ。普段何食べてんの?」
「海の恵みが我が根源。アスラ、貴様は何を食み生を営む?」
「んん?食べ物訊いてる?えーと……唐揚げ大好き!」
「鶏の命を喰らい生を為すかアスラ、
業は因果の巡り合い、ここで命を散らすとも意味はある。
穏やかに死の運命を受け入れるがいい。」
「いやいやザラタンくん、唐揚げにそんな意味無いでしょ。」
会話は成立しているが内容は噛み合わない。
晶は【業】という単語に興味を覚えたが亀蟹の突進で思考は止まる
ザラタンは変わらず両のハサミを振り回す攻撃を続けるが人狼は躱し続ける。
人狼が再び尻尾を狙い甲羅に登るとザラタンは頭尻尾を引っ込め、
脚をわさわさと器用に動かし高速回転で人狼を転がし落とす。
ならばと人狼は襲い来るハサミを狙い攻撃を躱しつつ礫を的確にぶつけ始める。
一発二発ならばなんということは無いが、
ハサミの内側目掛けて何十発と叩き込まれる内に両のハサミは動かなくなった。
だが挟む力が無くなっただけなようでハサミを持ち上げる腕は健在だ。
ハサミは棍棒に役割を変え人狼を狙いドガンドガンと地面に叩きつけられる。
草原の土が飛び散り人狼の視界を遮り邪魔する。
一瞬も油断したくない人狼は【瞬動】で大きく距離をとる。
これに対するザラタンは【待ち】の姿勢だ。
防御力の高いザラタンにこうも鉄壁の構えをされてしまうと人狼はつらい。
『やばい、ちょっと疲れてきちゃった。』
人狼としての体力もそうだが晶本体の精神力や体力も摩耗する。
相手の攻撃は一度も受けていないが擦り減るものは確実にあるのだ。
鋭い牙を噛み合わせて人狼は悩ましげに錫杖を地面に何度も叩きつける。
遊環が音を鳴らし煌めく様を眺めるうちに少しだけ気が晴れる。
「そうだね、しゃくじょー、真っ向勝負するしかないよね。」
朗らかな声を相棒に掛け、人狼は待ち構えるザラタンに眼を向ける。
そして一気に迫った。
【瞬動】を使用した飛び込みはザラタンには神速を思わせる速度だ。
ハサミを叩きつけるが狙いが定まらない。
対して人狼は近付きながら手に持つ錫杖を頭部目掛けて投擲する。
瞬間的に頭を引っ込めたザラタンだがその頭頂に錫杖が浅く突き刺さる。
再び顔を外に出したザラタンは眼前に錫杖を構えた人狼を目撃する。
「でーりゃりゃりゃりゃ―――!!」
そしてザラタンの頭部は人狼の錫杖によって突きまくられる。
一発一発は浅いものだが連続攻撃によってダメージは積み重なる。
たまらずザラタンは頭部を引っ込めまた高速回転を始めた。
人狼は脚に巻き込まれぬよう少しだけ距離を空け、力強く両手を叩き合せた。
ゴォォォ―――――!!!
【迦楼羅狂焔】の炎がザラタンを包む。
しかし僅かな時間炎に苦しむ動きを見せた後、
ザラタンは脚による跳躍を見せ炎の渦から脱出した。
人狼は更なるダメージを与えようとザラタンの頭部の穴目掛け錫杖を投擲する。
ザラタンは【迦楼羅狂焔】を警戒して回転することはせず跳躍で位置をずらす。
その跳躍した瞬間に合わせて人狼はザラタンの下に潜り込み手に戻した錫杖を突き上げる。
人狼の膂力は凄まじく、巨体のザラタンを見事にひっくり返した。
「よしっ!!!」
歓喜の声を上げ人狼は再びザラタンの頭部の穴へ突進する。
ザラタンの頭を破壊せんと錫杖を構え突き刺そうとしたが、
ビシャッ!
ザラタンの頭部の穴から謎の液体が噴き出され人狼を濡らした。
毒性の何かかと人狼は慌てて跳び退ろうとする、だが、
ズルッ
人狼は足を滑らした。
どうやらこの液体には地面との摩擦を減らす効果があるようだ。
再び腰を打ちつけた人狼、だが腰の痛みを気にしている場合ではない。
人狼の頭上に大きな影が迫っている。
ザラタンが尻尾の力で巨体をひっくり返したのだ。
頭側にいる人狼は最大級に焦りながら地面を掻き回す。
だがその爪や肉球は地面を捉えることが出来ず虚しく宙を掻く。
「あ、あ、あ、うぁー!」
人狼の頭上に巨大な亀蟹が降ってきた。
晶は白い空間にいた。
『ぢぐじょー・・・』
ザラタンとの真っ向勝負に負けて悔しさを滲ませる晶。
隠し玉の液体攻撃に屈したがそれは卑怯な手段なわけではなかった。
毒液を放つヒュドラと大差ないだろう。
戦い方次第ではまだまだ勝負出来たはずだった。
『うーん、どれぐらい強さは失われるかなぁ?』
晶の脳裏にバビロンやタブリンの言葉が蘇る。
二人とも死ぬことで力が大幅に下がったと言っていた。
バビロンは単純な強さを、タブリンは進化する力を、それぞれ失っていた。
晶は穏形鬼戦で迦楼羅炎の自爆攻撃後に黒鬼に撲殺されて以来、
久々に死に戻ってしまった。
まだ体力的には【SR】を続けることに問題は無い。
だがデスペナルティ、いや、
最悪の想定として力の全てを失うかもしれない可能性に怯えていた
『せっかく皆と仲良くなれたのに、弱くなったらガッカリされちゃうかも。』
少しいじけた気持ちになってしまった晶はフレンドメッセージを送る。
ザラタンに敗北し死に戻ってしまったことを嘆く文面で送った。
するとまずインドラと来里から返信があった。
二人はどうやらマンティコアや【牛鬼】と思われるエリアボスに勝ったようだ。
だが続けて挑んだ林地での以津真天戦で敗北、二人揃って死に戻ったらしい。
それぞれ【白聖象】と【半牙聖象】での転生には変化がなかったようだ。
その代わり新スキルを得られたとある、内容は秘密とのことだ。
『そっかー、二人もきっと牛鬼ってやつを倒してアイテム取ったよね。
【生贄の魂】とそのアイテム使って転生して新スキル取ったのかー。
ふーむ、私もなんかスキル増えるかもなー。』
そんなことを考えているとナッキィからも返信があった。
ナッキィは砂漠のエリアボス【バジリスク】と戦ったそうだ。
毒攻撃は無効化出来たものの、バジリスクはさらに石化攻撃があり、
ナッキィは敗北し、死に戻ってしまったとのことだった。
他のエリアボスを倒してすぐに追いついてやる!と
だいぶ鼻息の荒い文面にナッキィらしさを感じて晶は自然と笑みを浮かべた。
続いてタモンからも返信が届く。
山に向かったタモンは新しいNPCを続々と発見したようだ。
お目当ての飛竜には出会えなかったが、強い敵ばかりいたそうだ。
時には倒し時には逃げ出しタモンは山を越えようと頂上を目指した。
そこでタモンは宙に浮かぶ【天使】と会ったそうだ。
そして何故か天使と戦闘になり敗北して死に戻ったらしい。
どうやら天使は敵のようだ、プレイヤーかNPCか判断出来ないらしい。
晶も【フルフル】や【ザラタン】はプレイヤーだと言われれば
一瞬そうかもと納得しかけてしまうと思われる。
しかしおそらくはHCが感情的機能を搭載したNPCだろう。
やはり人間とは少し違うような感覚を覚えるのだ。
タモンは転生については言及していない。
ナッキィもそうだが二人とも闘いになった時を想定して黙っているのだろう。
二人の闘争心が感じられて晶の心にも炎が宿る。
『いいねぇ、なんだかやる気が湧いてきたーっ!』
仲間たちの返信を受け、晶は心に力が戻ってきたのを感じた。
ライバルに後れを取るわけにはいかない。
晶はパネルを力強く操作する、
魔界の王になるため、再び試練の地へ向かうために。