鬼の統率者
晶は歩きながらスキルを再確認した。
先程はナッキィに遮られ伝えなかったが、いくつか進化したものがあった。
それは全て攻撃に直結するスキルだった。
戦い方に確実に影響を与える進化に晶は歓びで尻尾を振り続ける。
無意味に撒き散らされる毒針を気に留めず晶は新スキルを思い描く。
『うーん素晴らしい!
【竜巻砲】が【軍荼利颯天】に、
【迦楼羅炎】が【迦楼羅狂焔】に、
【薬叉礫】が【金剛夜叉礫】になってる!
しかも【二段跳び】が【多段空歩】に進化したのは大きい!
これって空中で何度も方向転換出来るってことだよね?』
前回の反省から動けなくなるほど何度も試したりはしない。
一度だけ跳躍してみると二回だけ空中を蹴ることが出来た。
『ふぅー、つまりは二段跳びが三段跳びになったってことか。
経験を積めば四段五段と増えそうだね。』
ご機嫌の晶は荒地を抜け岩場へと入る。
既に空腹感が起こり始めている、強敵を倒す条件は満たされた。
『みんなもきっと強くなってるよねぇ?
ナッキィはなんか自信ありげだったし。
よーし、私も頑張らなきゃ!』
だが晶の思いとは裏腹に岩場では赤鬼や青鬼まで逃げ出すようになっていた。
『おんやぁ~?もう戦える相手はズルっこ鬼と黒鬼くんだけなのかな?』
仕方ないので晶は岩場の中心で新スキルを試していく。
【軍荼利颯天】は竜巻の大きさとスピードが増し、威力が高まっていた。
【迦楼羅狂焔】は炎の蛇が太くなり、全体的に範囲が広がっている。
【金剛夜叉礫】が最も強化されたように感じた、
飛び出した五つの礫は人間大の岩を粉々に破壊出来るほどの威力になっている。
『これはいい!
連発したら大抵の敵はやっつけられるね。』
晶は以前大蟹相手にブチかました礫の乱れ撃ちを想像しニンマリと笑う。
晶が再度竜巻や礫を試していると索敵に反応があった。
『おや、お客さんかな?』
どちらかと言えば晶の立場が客側なのだが細かいことは気にしない。
晶の耳には歩く足音が、鼻には何度目かの慣れた臭いが感じられた。
岩を跨いで現れたのは【黒鬼】だった。
前回は【穏形鬼】相手に自爆攻撃をして動けなくなったところを撲殺された。
「黒鬼くん、今度はやられないよ。
真っ向勝負で行くからね。」
晶はまたも黒鬼に話しかける。
すると三度目にして黒鬼から返答を聞くことが出来た。
「人間の仲間、お前強い。
大将の前に、ワシ、相手する。」
驚いたことに会話になっている。
晶も真正面から黒鬼を見据えて名乗る。
「黒鬼くん、私の名は【アスラ】。
正々堂々お相手致す!いざ、勝負っ!」
ここで晶はさらに驚かされることとなった。
「【アスラ】、強き者、ワシが倒す。」
黒鬼が晶の名前を口にしたのだ。
確実にNPCが会話能力を備えていることを晶は知った。
「よーし!黒鬼くん!いっくぞー!」
晶は闘争心が燃え上がるのを感じ駆け出した。
初回の戦いより晶の【狗賓】は身体が一回り以上大きくなっている。
黒鬼よりは小さいが見劣りしない程度にはなっていた。
「しゃくじょぉっ!」
黒鬼が金棒を振り下ろすのに合わせて錫杖を振り回し石突で跳ね上げる。
黒鬼は力負けして金棒を跳ね返されたことに動揺した表情を見せる。
晶は更に錫杖を振るい黒鬼の左膝を内側から打ち抜く。
ビシッと肉を打つ音に混じりミシリと骨の砕ける音が響く。
黒鬼は堪らず左膝を地に付け片膝になる。
もはや勝負は決まってしまった。
晶はそのまま喉元を錫杖の槍先で貫き、黒鬼を電子の墓場へ葬り去った。
「黒鬼くん、借りは返したよ。」
晶は消えゆく黒鬼に親しげに語りかける。
だがその姿勢は油断なく周囲を窺うものだった。
先程の黒鬼の言葉を覚えていたのだ。
黒鬼の言う【大将】が現れるのは確実だった。
晶の空腹は収まっていない。
もはや黒鬼でも空腹を大きく軽減させることは出来なくなったようだ。
ふと、遠くから足音が響いてきた。
晶の【心眼】にも強敵の登場を感じさせる色味が塗りたくられる。
臭いは三種類ある、どうやら【大将】の鬼は部下を二匹連れてくるようだ。
やがて【大将】たちが晶の視界に映り始めた。
緑の体色で一際大きい鬼が一匹、灰色の体色のものが二匹だ。
近付いてくると緑の体色の鬼は昔の日本風な鎧を着衣しているのが分かる。
そして灰色の体色の二匹はそれぞれ頭部が牛のものと馬のものとなっていた。
緑の鬼が【大将】と分かる、大きい身体にお似合いの巨大な斧を携えている。
部下らしき二匹の鬼は【牛頭】【馬頭】と呼ばれる地獄の獄卒と覚えがある。
晶の知識でもその存在は知っている、なかなかインパクトのある二匹だ。
牛と馬の頭部なのに身体は筋骨隆々で下半身は獣の体毛で覆われている。
岩場の中で少しだけ平らに拓けた場所で晶と鬼たちは対峙した。
「我は牛頭!」
「我は馬頭!」
「ワシはここな一帯を束ねる鬼の大将、【熊童子】である!
其処な者!名を名乗れぃ!」
どうやら鬼の大将【熊童子】は名乗りをご希望のようだ。
晶は奮い立って錫杖を振り回し地面にガシャリと叩きつけ、
遊環をピカリと煌めかせてから大仰に名乗りを上げる。
「やぁやぁ!
遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!
我こそは魔界の人狼、その名も【アスラ】!
この名を恐れぬものから掛かって来いっ!」
黒鬼戦の時は途中で邪魔をされたが今回は言い切ることが出来た。
ご満悦の晶に向かって鬼たちが咆哮を上げながら迫り来る。
「ウォォォ―――――ン!!!」
鬼の咆哮に人狼も咆哮を返す。
牛頭と馬頭はその咆哮に動きを鈍らせるが熊童子は止まらない。
振りかぶった斧を横薙ぎに払い人狼を両断せしめんとする。
これを人狼は飛び跳ねて躱し熊童子の顔面目掛けて【金剛夜叉礫】を放つ。
熊童子は五つの礫を仰け反って躱しなおも斧を振るう。
人狼は空中を蹴って後方へ逃れ宙返りしつつ着地して牛頭馬頭を迎え撃つ。
牛頭と馬頭は人狼に対し金棒をタイミングをずらして叩きつける。
しかも牛頭は初撃で下半身を狙い馬頭は次撃で上半身を狙って金棒を振るう。
ここでバックステップで躱してしまえば正面から迫る熊童子の斧で
両断されてしまう、と判断した人狼は熊童子の頭上目掛けて跳んだ。
一度の跳躍では高さが足りない、空中を蹴りさらに高く跳び上がる。
熊童子の頭上で人狼は足を振るい礫の雨を降らせ、再び空を蹴り背後へ回る。
熊童子は礫を斧で防いだが何発かは逸れて鎧に命中した。
岩をも砕く金剛夜叉礫、だが熊童子の鎧は変形したものの破損には至らない。
人狼は追撃して錫杖を突き刺そうとするが牛頭馬頭に阻まれ再び距離を取る。
『牛頭馬頭のサポートが厄介だよー。
まずはあの二人を倒さないと。』
晶は方針を定め一気呵成の連続攻撃に活路を見い出す。
人狼は【縮地】と【稲妻瞬歩】の併せ技で鬼達へ迫る。
牛頭馬頭の横薙ぎの金棒攻撃、熊童子の振り下ろす斧が迎え撃つ。
人狼は走り込みながら錫杖を投擲して熊童子の攻撃を中断させる。
そして右側へ身体を捻りながら飛び込み馬頭の金棒を持つ手に噛み付き回転する。
馬頭は金棒を振り回す勢いで人狼を引き剥がそうとするが、
それは人狼の【魔狼牙】により腕を噛み砕かれる結果となってしまう。
金棒を取り落す馬頭を牛頭が退かし着地する人狼を蹴りつける。
だが人狼は着地前から両腕を交差させており着地と同時に勢いよく振り放つ。
狼爪が煌めき真空の刃が牛頭の脚を抉る。
だが人狼は攻撃の成功と引き換えに熊童子の横殴りの左裏拳を喰らってしまう。
「ぐぅっ!」
咄嗟に身をかがめ直撃は免れたが頭をかすめた衝撃で脳が揺れ視点が定まらない。
地面を転がりながら【心眼】で鬼たちとの距離を測り遠ざかろうとする。
しかしこの機を逃すまいと三匹の鬼は再び同時攻撃を行う。
手負いの馬頭が人狼の右半身目掛け突進し牛頭は金棒を斜めに振り下ろす、
熊童子は斧を下手に構え空中に逃れても後退しても両断せんと待ち構える。
「しゃくじょぉ―――っ!!!」
窮地に陥った人狼が土壇場で頼ったのは物言わぬ相棒だった。
馬頭のタックルを半身で受け回転しながら熊童子の斧目掛けて錫杖を叩きつける。
斧の刃部分に高い金属音を立て強烈に打ち付けられた錫杖の遊環が一際強く輝く。
熊童子が振り上げんとする膂力に人狼が打ち勝ち斧は鬼の手から零れ落ちる。
そして叩きつけた勢いで人狼は逆立ちするように跳び上がり、
狙いを定めぬまま【金剛夜叉礫】を無数に撒き散らす。
鬼たちへの当たり具合も確かめぬままに人狼は空中を蹴りつけ横に跳ぶ。
そして手負いの馬頭の頭頂目掛けて錫杖を振り下ろす。
先ほど斧に叩きつけられた錫杖は何の歪みも見られず馬頭の頭部を粉砕した。
そして振り向きざまに牛頭に向け【軍荼利颯天】を飛ばし視界を遮る。
再び襲い来る熊童子の裏拳を錫杖で受け止めるが勢いを殺せず後方へ吹っ飛ぶ。
吹っ飛びつつ宙返りして着地を決め人狼は錫杖を全力で投擲する。
錫杖の槍先は熊童子をかすめつつ、足の動かぬ牛頭の口部分を過たず貫いた。
「さぁ!熊童子!一騎打ちだよ!」
晶は右手に戻した錫杖を熊童子に差し向け高らかに一対一の勝負を宣言する。
その間に熊童子は取り落した斧を拾い両手で背負うように構え応えた。
「【アスラ】、貴様の強者の振る舞い、良いと思うぞ。」
熊童子は完全に知性を備えていることが窺える。
晶が相手に武器を拾う時間を与えていたことを理解出来ているのだ。
晶と鬼の大将が睨み合う。
熊童子は先程の礫が当たったのか片角がへし折れている。
人狼の方も頭部をかすめた攻撃によりまだ痛みに顔を歪めている。
強者たちが稲光のように同時に飛び出す。
熊童子の斧の振り下ろし攻撃を人狼は紙一重で躱し錫杖で殴りつける。
その攻撃を熊童子は斧の柄で受け止め右足で人狼を蹴りつける。
人狼は錫杖を回転させ鬼の脚を叩き軌道を逸らす。
そのまま人狼は身体を回転させ勢いのまま錫杖を鬼の身体へ突き刺さんと狙う。
熊童子は咄嗟に斧を手放し錫杖を掴み取る。
そして掴んだ錫杖ごと人狼を持ち上げようと力を込めた、
その瞬間人狼は錫杖を手放し全力で両手を叩き合せる。
ゴォォォ―――――ッ!!!
熊童子を中心に炎の渦が湧き上がる。
炎の大蛇が螺旋を描き舞い昇っていく。
熊童子は炎に焼かれながら後方へ跳び退く。
「しゃくじょぉ―――っ!!!」
人狼は跳び退く熊童子目掛けて錫杖を全力で投擲した。
錫杖の槍先は熊童子の胸元ど真ん中に的中し突き刺さる。
人狼は燃え盛る炎を避けながら【稲妻瞬歩】で熊童子へ迫る。
その両腕は交差されている。
身体の各所から黒煙を上げる熊童子目掛けその両腕は振り放たれ狼爪が飛び出る。
真空の刃は熊童子の炭化した右腕を斬り飛ばし脇腹を抉る。
己の体力低下により人狼はこれをラストチャンスと力を振り絞る。
残る左腕での鬼の殴打を躱し全力の【メテオタックル】で吹っ飛ばす。
何とか踏ん張ろうとする片腕の鬼の脚を至近距離の【金剛夜叉礫】で破壊する。
項垂れる鬼の頭部を雷撃を伴う竜巻殴打で撃ちまくる。
完全に動きを止めた鬼の首を狙い最後の力で【狼爪一閃】を放つ。
鬼の耐久力はその刃で両断されることを許さなかったが、
首は半分ほど抉れてしまい、決着はついた。
「ハァ、ハァ、熊童子、キミは凄く強かった。
私のこと、覚えておいて、ハァ、ハァ、また、闘おう。」
晶は荒い息を吐きながら消えゆく鬼の大将へ再戦の希望を伝えた。
首が千切れかけているため鬼は声を出せない。
しかしその顔は満足気に微笑んでいるように見えた。
そして、それを見守る晶もまた、同じように微笑んでいた。