遅れた援軍
錫杖を構える晶はその考えがまとまらないうちに攻撃を受けた。
ヒュドラがまた毒液を吐きかけてきたのだ。
「うっ!」
ビチャッと左足が毒液の水溜りに入ってしまった。
すぐに足を振り毒液を払いのけるが全てを払えるわけもない。
足裏の肉球がビリビリと痺れていくのが感じられた。
神経毒なのか麻痺毒というのかよくわからないが、足が動き難くなってしまう。
『まずいまずいまずい!』
焦る晶と対照的にヒュドラはまだ直接攻撃に移らず毒液を吐き続ける。
晶はなんとか残り少ない陸地部分を渡り歩き毒液を躱す。
痺れる足をなんとか振り抜き【薬叉礫】を飛ばしヒュドラを牽制する。
礫の一つが眼の部分に当たり首の一つが動きを鈍らせる。
しかし晶は気付いた、先ほど錫杖で貫かれたはずの首が復活している。
いつのまにか九つの首全部が動き回っているのが晶の眼に絶望的に映し出された。
『そういえばヒュドラって神話の中で出てきてた気がする。』
晶はヘラクレスという神の子の神話を思い出していた。
ヒュドラは首を切り落としても復活してしまう。
切り落とした部分を火ですぐに焼けば復活しない、そんな話だったと記憶がある。
既に【迦楼羅炎】は発動できる状態になっている。
だがヒュドラの動きを止めなければ炎でピンポイントの場所を焼くのは難しい、
晶は良い策が思い浮かばずただ逃げ回る。
時折【竜巻砲】や【薬叉礫】で単発の反撃を行うがダメージは与えられない。
逆に晶は左足の毒が回り始め機動力がガクンと落ちたのが自分でも分かった。
錫杖を杖代わりにしてヒュドラの九本の首の噛み付きをなんとか躱し続ける。
懸命に身体を動かしていた晶だがついに限界が訪れた。
右足まで毒液に浸かってしまい痺れ始めたのだ。
晶はもはや為す術なく立ち止まり錫杖を振り回し地面に叩きつける。
「ウォォォ―――――ン!!!」
咆哮を上げ迫りくる蛇の首を次から次に錫杖ではね返し続ける。
何度か首の攻撃に【狼爪一閃】でカウンターを合わせることが出来たが、
首を三本切り裂いたところで四本目に頭から咥えられてしまった。
晶の上半身がヒュドラの口に咥えられ呑み込まれていく。
真っ暗な視界の中、晶はまだ諦めず足掻く。
足は動く、バタバタと動かしなんとか呑み込まれまいと抵抗する。
それは虚しい努力だろう、しかし晶は意識が続く限り動くつもりだ。
闘争心が消えない限り晶の心を折ることは何者にも不可能だろう。
「えっ!?」
そんな晶の視界が急に明るくなった。
『死に戻ったかな?』そう思ったが何者かに足首を掴まれている気もする。
我に返りその手の持ち主を見やる。
「タモン!」
「すまん!遅くなった!ギリギリだったな!」
晶はそのまま走り寄る来里のところに降ろされた。
晶がヒュドラの方に目を向けるとインドラが猛って肉弾戦を繰り広げていた。
「姉ちゃん!すぐ治すからね!」
来里が折れた牙を光らせ晶から毒を抜いていき、白雲からも雨が降り注ぐ。
晶は来里のスキルで自分の身体が再び動けるようになっていくのを感じた。
「はぁー、死ぬかと思った。」
「ホントだね、あと一歩ナッキィさんが遅れてたら呑み込まれてたよ。」
どうやら晶が呑み込まれる寸前でナッキィがヒュドラの首を締め付け、
晶を呑み込ませないようにして、その間にタモンが引き摺り出したらしい。
「よし!私も行くよ!」
「大丈夫?もう少し休んだら?」
「シャチ君、覚えておき給え、
【戦える時に戦わない者は戦士ではない!】」
「おぉ、誰の名言?」
「私の言葉だぁ!」
言うなり晶はヒュドラ目掛けて駆け出す。
ヒュドラ相手だとナッキィが無敵状態だった。
なにしろ蛇同士だからか毒が効かない、ウィッカーマンとは別種なのだろう。
毒液の水溜りをすいすいと通り抜けヒュドラの巨体を登り首を締め上げる。
ヒュドラは首を振り暴れるがナッキィの締め付ける力は半端ない。
やがて力が抜けるようにダラリと地面に落ちていく。
タモンやインドラも奮戦している。
そこに晶は大声で指示を出した。
「みんな!倒した首はそのままだと復活しちゃうよ!
倒した首は火で焼くの!そうすれば復活しないから!」
言うなり晶はインドラの【不撓不屈】によって動きを止めたヒュドラに、
全開の【迦楼羅炎】をお見舞いする。
炎の蛇は先程ナッキィが倒した首を焼き尽くす。
するとヒュドラは首の一本が消え失せ、八本首の蛇に変わった。
「おおっ!なんだこの不思議生物は!」
「それを言ったらアタシ達みんな不思議生物だっての!」
タモンとナッキィがそんな掛け合いをしながら攻撃を続ける。
インドラは【天上の白炎】で先に晶が切り裂いていた三本の首を焼いていく。
足裏から毒が回っているのかインドラはよろめき始める。
「インドラ!下がってシャチに治療してもらって!
タモン!アタシ達の炎で焼いていくよ!
ナッキィはヴァイスプレスよろしくね!
あ、さっきはみんなありがとね!」
「うん!」「ああ!」「おぅ!」
仲間たちの返事に晶は昂る気持ちを抑えられない。
動き回るヒュドラに向かって【二段跳び】で跳ね上がり、
全力の【狼爪一閃】でさらに一本の首の口に沿って両断し、
その頭上に立ち【迦楼羅炎】を発動させ炭に変える。
その横ではナッキィが締め落とした首をタモンが天狗火の連発で焼いている。
ヒュドラはもはや首を三本残すのみとなった。
「さぁみんな!トドメ行くよ!【不撓不屈】!」
インドラが戦線復帰して怒涛の勢いでヒュドラへ突進する。
インドラは同時に雷の束をヒュドラに降り注ぐ、【電光雷轟】だ。
しかも良く見ると背中に来里を乗せている。
この連携攻撃が最後と見たのだろう、来里も【象鞭杖】を振るって衝撃波を放つ。
インドラ達が突っ込み中央の首と争う間に、
タモンとナッキィは右の首と戦っていた。
「タモン!そこっ!」
「わかった!」
ナッキィが指差す方向にタモンが黒雲を発生させる、
それにナッキィが飛び乗ると黒雲は勢いよく動きだしヒュドラの首へ迫る。
その間にタモンはヒュドラの右首に宝棒を投げつけ動きを牽制する。
見る間にナッキィは右首の根元に辿り着き、スルスルと登り始める。
そして頭部分に到達すると【ヴァイスプレス】で締め上げる黄金パターンだ。
もはや他の首で押し退けることも出来ず、右首は力無く項垂れていった。
残る左の首には晶が対峙していた。
ヒュドラの背に乗り襲い来る左首を錫杖で叩いたり礫をぶつけたりして迎撃する。
晶はその左首に【焦り】のような感情が見られる気がして話しかける。
「ヒュドラ、首が少なくなって焦ってんのかな?
首がいくつあってもキミは一人ぼっちなんだよ。
今度はちゃんとウィッカーマン達と連携するんだね!」
そう言って晶は錫杖を左首の口目掛けて投擲する。
錫杖はその鼻先を少し抉っただけだが、晶には次弾があった。
交差した腕を振り放ち、飛び出した狼爪から放たれる真空の刃、【狼爪一閃】だ。
眼に見えぬ刃は左首の頭部を切り裂き吹き飛ばした。
晶はすかさず両手を叩き合せる、炎の蛇が舞い狂い左首を消滅せしめた。
右首はタモンが天狗火で焼いている。
残る首は一本だけだ。
それはヒュドラの背に乗る晶の目の前で叩き潰された。
インドラが鼻で【金剛杵】を操り無数の殴打で潰したのだ。
トドメの【天上の白炎】で首が消え去る、右首も同時にタモンによって消された。
「あれー?胴体が残ってるよー?」
晶が仲間に声をかけるとインドラと来里から応答があった。
「アスラ―、危ないからどいてー。」
「姉ちゃーん!そこに今から突っ込むからー!」
晶が何のことだ?と訝しげに見守っていると、
インドラの鼻に乗っていた来里が勢いよく振り上げられ宙に舞うのが見えた。
それは放物線を描き、真っ直ぐ晶の許へ飛んできた。
「うわわわわ!ひぃ――――っ!」
晶は慌ててヒュドラの背から飛び降り毒の水溜りへ着地する。
晶の背後でドスンッ!と豪快な音が鳴り響き地を震わせる、
振り向くとヒュドラの巨体が電子の塵になりかけていた。
おそらく来里の【破砕撃】がトドメになったのだろう。
同時にヒュドラが吐き散らかした毒液も消えていく。
晶が踏んでしまった毒液も消え、足裏はピリピリする程度まで回復している。
自然と、トドメを刺した来里の許へ全員が集まってくる。
この中で表情が読み取れるのはナッキィだけだが、
晶には全員が笑顔でいることを確信出来ていた。
「いやー、強かったねぇ。」
「本当に強かった。
でも勝てたんだから凄いよね。
一人だったら絶対勝てていない、間違いないね。」
「僕は参加出来ただけで幸運ですよ。
最後トドメまで譲ってもらっちゃって。」
「ほほほ、シャチ君がいなかったら皆毒でやられちゃってたもの。
殊勲者はシャチ君で間違いないよ。」
「まぁそうだね。
アタシもウィッカーマンの時はスケルトンしか倒してないしさ。」
「あ!そういやウィッカーマンは最後どうやって倒したの?
あのままゴリ押しで倒せた?」
晶たちは激戦の様子を話し合った。
ウィッカーマンは最後に体内のゾンビを全て吐き出し、
しがみついて自爆する攻撃をしてきたらしい。
離れた来里やナッキィまでその攻撃は及び、
回復しながらなんとか倒せたはいいが
かなり時間を取られてしまったとのことだ。
「なるほどねぇ。
ってあれ?
なんか私、満腹な気がするんだけど?」
「あれ?ワタシもそうだね。」
「俺もだ!」
「アタシもだね、なんでだ?」
ヒュドラにトドメを刺したのは間違いなく来里だ。
しかしその恩恵が晶たち四人にも現れていた。
「どういうことだ?
スキル確認したら進化してるぞ?」
「おんやー?私もだー?」
来里は当然としてみなスキル進化が起こったらしい。
が、さらに驚くことがあった。
「あれー?アイテムも取ってる。
【生贄の魂】だって、ヒュドラっぽくないなぁ?」
晶がアイテムを取得した、との報告に他四人が顔を強張らせる。
「えぇ?なんで?」
「なにがなんで?なのシャチ?」
「だってそのアイテム、
ウィッカーマン倒した時のアイテムだよ?」
「へ?」
晶が途中離脱したウィッカーマン戦の報酬アイテムが得られていた。
これはどういうことなのだろうか?
これもまたHCの意図と関連があるのだろうか?
勝利の喜びに沸く五人に、新たな疑問が湧くこととなっていた。




