怨念に挑む
【ウィッカーマン】のいつもいる場所は三箇所ほどあるらしい。
タモンが既に何日も前から上空より偵察をしていて情報を探っていた。
これが晶ならぶっつけ本番で挑んで【心眼】頼りに探し回っていただろう。
「いやー、でもインドラがこんなに強そうに進化してるんだからさ、
体当たりでいけちゃうんじゃない?」
「いや無理だろー、高さで言ってもインドラの倍はあんでしょ?
振り回す腕で吹っ飛ばされるっての。」
「背が高いだけでしょ?
アイツ重量はそうでもないんじゃない?」
「アスラ、俺が見たところアイツは亡霊系だ。
どんな攻撃が有効かは不明だぞ。」
「うわー、そっか。
そういうやつだったかー。」
「おんまえ、知らないで挑もうとしてたのか?
マジかよホント。」
「姉ちゃんはいつでも真っ向勝負だもんね。」
「おうよ!清廉潔白、威風堂々なアスラちゃんのお通りだぞ!」
「ほほほ、アスラが言うことたまに同時翻訳がおかしくなったかと思うよ。」
五人は空腹感を紛らわすため会話しながら歩いている。
既にタモンが上空からウィッカーマンの巨大な姿を確認済みだ。
もうすぐその影が見える頃だろう。
能天気な晶の姿をインドラの脚の隙間越しに胡乱げに見つめるナッキィ。
自分を三度負かした相手が実は馬鹿なのではないかという疑惑を持ち始めていた。
そして少し上の空中を進むタモンはインドラと晶の現在の強さを測りかねていた。
インドラにはプレイ初日に晶には二日目にそれぞれ勝利している。
しかし先程の晶とナッキィのぶつかり合いや、インドラの進化後の姿を見て、
自分より強者である雰囲気を感じてしまっていた。
インドラは強者に囲まれご満悦になっている。
しかもその強者たちと共に更なる強者と戦うことが出来るのだ。
『ここは天国かな?』と愉悦を感じつつ歩いていく。
そのインドラの背に乗る来里は降りるに降りれないでいた。
自分で歩きますと伝えてもインドラはほほほと笑い歩き続ける。
テンション高くなり過ぎて怖いな、と思いながらインドラの背に揺られていた。
「いるねぇ。」
「じゃあ打ち合わせ通り私から行くね。」
「姉ちゃん、気を付けてね。」
心配する来里に笑顔で手を振り応える。
そして晶は一変真剣な表情で一呼吸し、湿地の丘に向かい歩を進め始めた。
晶が大きな人形の細部が見える距離まで来ると周囲に骸骨が湧く。
ナッキィ曰くお決まりのパターンだ。
骸骨出現と共に晶は全力で駆け出す。
駆け出しながら両手を交差させる。
巨大な人形が不気味に眼を光らせ動き始めた。
晶はウィッカーマンの腕が届きそうな距離まで近づくと全力で腕を振り放った。
真空の刃がウィッカーマンのツルで出来た首元に吸い込まれビシリと音を立てた。
「んー!効いてない?ちょっと効いたかも!」
晶はウィッカーマンの振り回す腕を大きなバックステップで躱し叫ぶ。
「よし!下がれアスラ!」
空中では既にタモンが攻撃態勢を完成させていた。
黒い雲が浮かんでいてそれにタモンが乗っている。
タモンが何やら両手の指で印を結ぶ、
するとウィッカーマンの周囲に大きな渦が発生し巻き込み始めた。
『あれが【毘風撃】で、雲に乗ってるのは【操雲】か。』
晶は初めて見るタモンのスキルを興味深く見つめる。
もちろんその間もナッキィたちの攻撃を逃れてきた骸骨は蹴散らし続ける。
そしてその方角から最大火力を持つインドラが地響きを立ててやって来た。
「タモン!離れて!」
珍しく荒々しく叫ぶインドラ、これが戦いの時の彼女なのだろう。
晶もウィッカーマンとインドラからさらに距離を置いた。
「ハァァァ―――――ッ!!!」
インドラが両の前足を上げ上体を浮かし叫ぶ。
その途端、インドラを中心に轟音が起こり稲光が舞い狂った。
これが【電光雷轟】か、と驚く間もなくインドラが連続攻撃に移る。
真ん中の顔の鼻を振り回すと【天上の白炎】が発生しウィッカーマンへ迫る。
インドラ自身も地面を波打たせる勢いで猛突進を始めた。
ウィッカーマンは黄金色に燃える白炎を浴び苦しそうにもがいている。
そこへインドラが突進する、【不撓不屈】という体当たりスキルだ。
さらに鼻で掴んだ【金剛杵】を振り回し滅多打ちにする。
亡霊系と思われるウィッカーマンだが、効きが悪いだけで攻撃は通るようだ。
一撃ごとに仰け反って身体から小さなゾンビを撒き散らす。
「インドラ!離れて!」
インドラが猛攻を仕掛けている間に晶はウィッカーマンの背後に回っていた。
インドラがその巨体に見合わぬ素早さで移動したのを【心眼】で確認し、
晶は両手を力強く叩き合せた。
ゴォォォ―――――ッ!!!
今まで発動させた中で最大火力の【迦楼羅炎】がウィッカーマンを包む。
炎の蛇は無数の大蛇が絡みつくようにウィッカーマンのツルの身体を昇りゆく。
これにはウィッカーマンも上体を揺らし苦しみもがく。
一連の攻撃の中ではインドラの近接打撃が一番効果が高かっただろうか。
だが、ウィッカーマンは手負いとなったと感じられるものの倒すには至らない。
ギギギ、とウィッカーマンが俯いたような体勢になる。
突進しようとしていたインドラが急停止して飛び退いた瞬間、
巨大な人形のツルの中から山羊やヒツジの死骸が飛び出しボンボンと弾けた。
晶やタモンも飛び散る残骸を顔をしかめながら避け回る。
インドラはその巨体のため全て躱しきることが出来ず身体を汚してしまう。
「アスラ!タモン!気を付けて!
この死体攻撃は麻痺効果あるよ!
ワタシはまだ大丈夫だけど、足が動きにくくなってる!
いったん下がるね!」
そういってインドラは来里がいる後方へと下がっていく。
来里の【浄化牙】で治療してもらうためだ。
残された晶とタモンはアイコンタクトしてウィッカーマンへ同時攻撃を仕掛けた。
タモンがウィッカーマンの周囲を飛び回り陽動する。
タモンの【操雲】で黒雲がウィッカーマンの身体を形成するツルに纏わりつき、
次々と【天狗火】が沸き起こって身体の各所を焦がす。
その炎はウィッカーマンの巨体に対しては小さいものの確実にダメージはある。
晶はタモンが陽動して作った隙を衝きツルの中の死骸へ【薬叉礫】を放ち、
一定時間ごとに【迦楼羅炎】を発動させウィッカーマンを追い込む。
そして【迦楼羅炎】の三発目が決まったところでインドラが復帰する。
スケルトンを蹴散らしこちらへ到着した。
「よし!いけるぞ!
あと少しで倒せる!」
再度アタッカー陣三人が連携攻撃を仕掛けようとした時、
晶が身体を強張らせ、タモンが驚愕の悲鳴を上げる。
「なんだ!?何かヤバイ奴が近付いてきたぞ!
みんな気を付けろ!」
晶はその存在に覚えがあった、
強烈な毒気を撒き散らす怪物、【ヒュドラ】だ。
『最悪のタイミングで来ちゃったなぁ、
いや、最高のタイミングかも?』
晶は素早く考えをまとめタモンとインドラへ叫ぶ。
「いまから来る奴は私が足止めする!
二人はナッキィ・シャチと協力してウィッカーマンを倒して加勢に来て!」
「一人でかアスラ!?無茶だ!」
「わかったよ!頑張ってアスラ!すぐ行く!」
「ありがと!インドラ達も頑張ってね!」
そう言い残し晶はヒュドラのいる方向へ走った。
タモンやインドラの言葉から友情の気持ちが伝わったように感じた晶は、
今ならなんだって出来る気がしてならなかった。
二度目の対面となる、それは巨大な蛇だった。
前回はすぐ逃げだしたので晶は正面の怪物をまじまじと観察する。
九つの頭を持つ紫色の毒蛇、【ヒュドラ】。
もしかすると【ヤマタノオロチ】と呼ばれる存在かもしれない。
晶を簡単にひと呑みに出来そうな頭が九方向から虎視眈々と狙っている。
『こいつ、砂漠のエリアボス並に強そうだなぁ。』
同じ蛇の化物を思い出しながら晶はヒュドラの攻撃を待つ。
晶の現在の最重要優先任務は【時間稼ぎ】である。
晶からは極力仕掛けない方針を固めていた。
シューシューと嫌な音を立ててヒュドラが九つの頭を揺らす。
「しゃくじょーっ!」
相棒を右手に呼び寄せ石突で大地を叩く。
遊環がジャラリと音を立て煌めく、その光は以前より輝きが増している。
しかしヒュドラには効果が無いらしく変わらずシューシューと頭を揺らし続ける。
やがて業を煮やしたように時間差で複数の頭が晶にその牙を向け突っ込んできた。
晶は最初の首の口部分へ錫杖を全力カウンターで投げ入れる。
それは狙い通り口の中へ吸い込まれ後頭部を突き抜けていった。
一本は力なく崩れ落ち無力化したようだ、残りは八本。
後続の噛み付き攻撃を【縮地】【稲妻瞬歩】【烈動回避】の組み合わせで躱し、
ヒュドラの背後へ回ろうと動く。
だがヒュドラは尻尾による攻撃も併せて行い晶に隙を見せない。
ヒュドラの体表は全て鱗で覆われている、おそらくナッキィのような鱗だろう。
晶の礫は防がれる、全力の錫杖の突きで僅かに破壊できる程度か。
【狼爪一閃】では両断出来ないだろう、
だが鱗の無い腹部分へなら一度ぐらい試そうか?
そう考える晶だが先程からヒュドラは残り八本の首から毒液を吐きまくっている。
もはや近寄れないぐらいにヒュドラの周囲は毒沼となっている。
踏み込んだらダメージを受けるなどということはないだろうが、
何かしらの悪い影響が出ることは間違いないだろう。
先程のインドラのように麻痺するかもしれない、晶は慎重に足場を確認する。
フッ、と、晶は嫌な気配を感じ、すぐさま右後方へ転がり避ける。
いま自分が立っていた場所を巨大な蛇の口が凄い速さで通り抜けた。
気付かぬうちに間合いを詰められていたようだ。
一瞬の油断も出来ない、晶は緊張の度合いをさらに高めて錫杖を構えた。
咄嗟の一撃ならば錫杖は防御手段にもなり得る、頼れる相棒だ。
と、そんな晶の待ちの姿勢を感じ取り、ヒュドラも搦手に移り始めた。
晶の後方に向かい毒液を次々に吐き出していく。
晶が場所を移動してもヒュドラは毒液に塗れながらお構いなしについて来る。
そしてまた晶の行動範囲を狭めるために毒液を吐き続けるのだ。
気付けば晶の周囲は一面、毒の水溜りに溢れかえっていた。
「これは、マズイよー。」
晶の【狗賓】にはタモンのような空を飛ぶ能力は無いし、
ナッキィのような毒無効化能力も無い。
しかしなんとか持ち堪えなければならない。
タモン・ナッキィ・インドラ・来里、仲間たちの到着を信じて耐えるのだ。
晶はヒュドラが今まさに襲い掛かろうと頭を揺らすのを睨みつけ、
決死の覚悟を固めながら、必死に打開策を考え続けた。




