堂々の勝負
晶が感じる空腹感はもはや飢餓感といえるほど強くなっている。
なりふり構わず鼻を鳴らし嗅覚に集中する。
獲物が近くにいないか飢えた狼は探し求めている。
『ん?この臭いは!』
晶は嗅いだことのある臭いに対し、
気は進まなかったがその発生源に向け駈け出した。
そしてその存在を目視できるところまで近づいた。
『うわ、2匹いるじゃん。』
そこにはあの奇妙な生物が2匹いてなにやら叫び声を上げている。
内心げんなりした気分になったが、そろりそろりと晶は近寄る。
奇妙な生物は嗅覚や聴覚はさほど良くないらしく、晶の接近に気付かない。
『よぉーしよし、ここまで来たらー・・・』
晶は岩陰から一気に駆け寄り一匹の脇腹に【ドリルファング】を喰らわせる。
「グギャァッ!」
「ギギッ!」
仲間をやられた残りの一匹が怒りの様相を見せながら晶を殴ろうと近寄ってくる。
晶はその強烈な体臭に鼻皺を寄せながらも
【ジグザグダッシュ】で距離を取る。
ここで晶は自分の空腹感が収まっていないことに気付く。
もうこの生物相手では一匹では収まらないのだろうか?
それとも飢餓感が強くなりすぎて足りなかったのだろうか?
『なんにしてもコイツを倒すしかないね。』
晶は餓狼らしく凶悪な意思を目の前の生物に叩きつける。
その意志が伝わったのか奇妙な生物は『ギャギャッ!』と声を上げ、
足元の石を拾い投げつけてくる。
晶は軽いステップでそれを躱し、隙を窺う。
奇妙な生物は手頃な石がなくなり、接近攻撃しか手段が無くなったようだ。
腕を振り上げ晶に近付いてくる。
『うん、あんま頭は良くないんだな。』
晶はゲーム内でのこのキャラの立ち位置は【やられ役】なんだな、と判断し、
また【ジグザグダッシュ】からの【ドリルファング】で勝利を収めた。
そして漸く晶は飢餓感から解放されることとなった。
いつもの力の湧き立ちのあと、スキル確認を行うと
【ドリルファング】がはっきりと表示されており、
【ジグザグダッシュ】が【螺旋突破】に変化していた。
『おぉ、なんか進化してる。
螺旋かぁ、縦の動きもイケるってことかな?』
晶はステップにジャンプも加えた動きをして【螺旋突破】の確認をする。
ほかのスキルにさほど変化はなく、
【回避】が少し濃くなった気がする程度だった。
ふと、晶は嗅いだことのある匂いを感じた。
まだ距離はありそうだ。
風上からその匂いは流れてくる、
何か覚えがある、木の匂いがこんな感じだったような。
さらに集中する晶の耳に『ブゥン』と嫌な羽音が聴こえた気がした。
晶は全力で走りだす、音とは反対方向へ。
間違いない、甲虫だ。
今の強さでは勝てない、と晶は判断した。
甲虫のどこに噛み付けばいいというのか。
『撤退、てったーーい!』
しばらく走ると甲虫の匂いはしなくなり、晶は歩みを止めた。
スキル確認をしてみると【逃げ足】と【危険察知】が増えていた。
『このスキルは鍛えても強くはなんないなー。』
そうは思ったが生き残りには大事なスキルだ、と晶は思い直す。
また移動を始める、空腹感が襲い始めたのだ。
地面に赤土が混じり始める。
兎や子猫の時に出現した場所に近付いているのだろうか。
晶がそんなことを考えていると、
その考えを裏付けるように現れたものがいた。
芋虫だ。
晶はおそらく無駄だろうと思いながらも芋虫と戦い噛み千切った。
案の定空腹は収まらない。
『うーん、そんな気はしてた。』
先程のあの奇妙な生物でも一匹では収まらなかったのだ。
芋虫程度で収まるはずもないのだろう。
どうするか、甲虫に戦いを挑むべきだろうか、晶は悩む。
『というか選べる状況じゃないよね。
まずは進もう、また山に向かおうかな。』
今朝の兎プレイ時に山へ向かいバビロンと名乗るハムスターに殺されたが、
その先を見てみたい気分でもあった。
晶は空腹感が飢餓感に変わる前に山の方向へと足を向ける。
途中で芋虫に襲われるのも面倒なので早足で駆け抜ける。
四足での移動にだいぶ慣れた気がする。
いまなら子猫プレイで着地に失敗するようなヘマはしないはずだ。
風のように進む晶の鼻が違和感を訴えてきた。
『ん?これは・・・初めての匂い。
いや、嗅いだことある?
最近、どこかで・・・』
その匂いの主はどんどん晶の方に近付いてくる。
晶は警戒を強め遮蔽物の無い広い荒地の真ん中で待ち構える。
「ちっ!
バレてんのか、犬は鼻がいいねぇ、もぉ!」
石の陰から大蛇が顔を覗かせる。
「あ、プレイヤーだ。
どうどう?
蛇ってどんな感じ?」
「あんま快適じゃないよ、お勧めしない。
手足が無いからなんか窮屈に感じちゃうかもね。」
晶はバビロン戦の反省から周囲の警戒は緩めない。
しかしどうやらこの大蛇以外の生物は近くにいないようだ。
「そっかー、
そうなるとやっぱり大梟とかで空を飛ぶのがいいのかなぁ?」
「あら?
殊勝な心がけだね、
もうアタシに殺された後のこと考えてんだ?」
「んなわけないっての!
私はカブトムシにリベンジするの!
それまでは死なないの!」
「あぁ~、
あれは強いよねぇ。
アタシも二回殺されたわ。」
「あ、そうなんだ。
やっぱ強いんだ、あれ。
んー、
名前、訊いていい?」
「ふふ、いいよ。
アタシはナッキィ。
アンタは?」
「アスラ、
では、
尋常に、勝負!」
晶は【螺旋突破】を駆使してナッキィに迫る。
ナッキィはその蛇の特性を活かし近くの岩へ滑り寄り鎌首をもたげる。
晶は岩が邪魔で飛び掛かることが出来ない。
逆にナッキィは晶が隙を見せればすぐさま噛み付いてくるだろう。
そしてその牙には間違いなく毒がある。
晶は自らの不利を覚りバックステップで距離を置く。
「ちょっとナッキィ、
ずるいじゃん、それ。
それにナッキィの蛇の口ってさ、
どう見ても私の入る大きさじゃないじゃん。
食べられない私を狙うのっておかしくない?」
「知らないっての!そんなこと!
この設定にしたHCに文句言いなさいっての!」
「ぬぅ~、
どうしよっかなぁ~?」
晶は首を傾げながら大蛇を見詰める。
そもそも狙いどころは頭以外有り得ない。
胴体や尻尾に噛み付いても一撃で仕留めなければ毒牙の餌食となる。
悪くすれば相討ちになってしまうだろう。
『くぅ~、
何か遠距離攻撃があればなぁ~。』
晶は石を掴めない自分の前足をチラリと見やり唸り声を上げる。
『むぅ~、
とりあえず何でもやってみよう!』
そんな思いで晶は唯一の遠距離攻撃に近いスキル、
【遠吠え】をしてみた。
「わおわおぉーーーぉん!!」
するとナッキィが意外な反応を見せた。
「うっ!
なんなのっ!」
大蛇が岩の上で鎌首を上げたまま静止している。
晶には理解出来ない状況だったが、絶好の機会なのだけは理解出来た。
「わおぉーーん!!」
吠えながら岩場の上にいる大蛇の頭めがけその牙を突き立てる。
「痛ぅっ!
アスラ、
や、やるじゃないのさ・・・」
「あんたもね、ナッキィ。
次も負けないよ。」
「ふっ・・・」
ナッキィは不敵に鼻で笑い、電子の塵となって消えていった。
攻撃を受けずに済んだ勝利とはいえ、だいぶ苦戦したのは確かだ。
次に会えた時はどんな勝負になるだろうか。
そういえば、と晶は思い出す、【遠吠え】の効果について。
蛇という生き物は確か聴覚は無い筈だった、図鑑でそう見た気がする。
体表で地面の振動から音的なものの感受は出来るようだが
はっきりと感じるものではないだろう。
「つまり、【遠吠え】は相手を威圧、または硬直させる何かがある?」
考え始めたところで力の湧き立ちが終わった。
スキル確認すると【遠吠え】がくっきりと表示されており、
【噛み付き】が【噛み砕き】に変化していた。
「よっし!
着実に強くなってきてるぅ!」
喜ぶ晶は狼の姿のまま小躍りする。
赤ずきんの昔話で腹に石を詰められた狼のような動きにも見える。
ひとしきり無意味な踊りに興じた晶はピタリとその動きを止める。
『うん、
挑んでみようか、ヤツに。』
そして晶は風上に向けて走り出す。
ぐんぐんスピードを上げ、やがてまた空腹を感じ始めた頃、
ヤツの姿を確認することが出来た。
甲虫が羽音と共に現れたのだ。
ブゥン、ともはや威嚇音にすら感じる音を立てながら、
晶の攻撃射程範囲ギリギリに降り立つ。
『もしかして知性を備えてるのかな?』
晶の脳裏にそんな疑問が浮かんでくる。
「ねぇねぇ、
カブトムシくん、キミはお話できるかな?」
晶はなるべくフレンドリーに話し掛けてみる。
返答は一直線に殺意を込めたその鋭い角での攻撃だけだった。
「ぎぃえ!
お話できないんだねぇ~!」
【螺旋突破】で攻撃を躱し、晶は【遠吠え】を試してみる。
「ワオォォーーン!!」
何回も繰り返したおかげか、それともスキルが定着したのか、
最初の頃よりも堂にいった吠え方になっている。
そして晶の眼には甲虫がその動きを鈍らせたように映った。
『チャンス!』
晶は甲虫に【螺旋突破】で近付き【噛み砕き】からの【ドリルファング】を狙う。
ガキン!
そんな音を立て、晶の牙は甲虫の装甲にはね返された。
『えぇ~?
硬過ぎでしょ~?』
すぐさま晶は甲虫の攻撃範囲から脱出して距離を取る。
これは撤退もやむなしか、と晶は諦めかけたが、その脳裏に天啓が走る。
『狙いどころあるじゃん!
弱点はあの薄い羽だ!』
晶の眼に甲虫が飛ぶ際の半透明な羽が動くのが映ったのだ。
あの羽か細い足の関節部分ぐらいしか噛み付ける場所はないだろう。
撤退するにしても、甲虫は空を飛べる。
逃げ場はないのだ。
攻撃のタイミングは空中からの角での突き刺し攻撃を躱した直後だ。
躱しざまに横から羽を食い千切る以外勝つ方法は見当たらない。
先程から何回か甲虫の攻撃を躱している。
リズムは掴んできている、あとは仕掛けるタイミングだけだ。
何度目になるのか、甲虫が再び殺意を込めた空中突進を仕掛けてきた。
自らの復讐に燃える餓狼がその攻撃を紙一重で躱しその羽を食い千切る。
甲虫はバランスを崩し大地に横倒れに落ちていく。
すぐさま狼はその命を絶つべく駆け寄り胴体と頭の関節部分に牙を突き立てる。
一回では牙が通らない、何度も、何度も全力で噛み砕く。
甲虫の脚での抵抗を必死に抑えつけながら噛み続ける。
甲虫はやがて電子の靄を振り撒きながらその身を消していく。
晶はその身に勝利の喜びを表すことはせず、強敵が消え去る様を黙って見送っていた。
甲虫はやはり強さの格が違っていたのだろう、
晶はかつてない充足感を感じていた。
しばらく空腹感はやってこないのではないか?
そう思えるほど満たされた気持ちだった。
スキルにはほぼ変化はなく、【突き刺し】が増えただけだった。
しかし、晶はその身に甲虫の強さが加えられたような、
そんな力の湧き立ちを感じていた。
【突き刺し】のスキルがそれを証明している気がした。
そして驚いたことにアイテムとして【甲虫の角】を得ることが出来た。
何に使えるのかは全くの不明だが、
スキル確認同様にアイテム確認という欄が新たに加えられていた。
闘って、闘って、また闘う。
この【SR】の戦いの輪廻には
まだまだ秘密が隠されているようだ、晶はそんな気がするのだった。