牛から象へ
晶は大蟹が消え去るのを見届け、脳内パネルを開いた。
来里からメッセージが届いているのを見つけ確認する。
『あらら、ライのとこにも出たんだ。』
来里は巨大蛾討伐は順調だったものの、
突然現れた大蟹に負けてしまったらしい。
来里は大蟹が草原のエリアボスかもしれないと伝えてきている。
『エリアボスじゃないでしょー。
ライはまだ強さの判断が出来てないんだなぁ。』
晶は大蟹に翻弄される白巨牛を想像して微笑む。
来里がまだ自分の域まで強くなれていないことに少しだけ安堵感を持った。
『うんうん、もっと強くしてあげるよライ。
アキもまだまだ強くなるからね。』
晶が来里への指導法を考えていると、その来里からフレンドコールが入る。
「姉ちゃん!メッセージ見た?
すごく強い大蟹のモンスターが出て僕やられちゃった!
きっとアレってエリアボスだよ!」
「ライ、あ、シャチ、落ち着いて。
その大蟹はエリアボスじゃないから。
さっき姉ちゃんも遭遇して倒したとこ。
他のエリアボスほど強くはなかったよ。」
「え?あ、そ、そうなんだ・・・。
そっかぁ、僕まだまだなんだね。」
晶から姿は見えないが落ち込む来里が容易に想像できる。
「でも順調に強くはなってるでしょ?
落ち込んでるヒマは無いよ、もっと鍛えてあげるから。」
「う、うん。
あ!でさ!僕キャラ進化したよ!武器も手に入れた!」
「おぉー!やったね!
すぐ合流しよう!いまどこ!?」
晶は来里のいる方向を確認するとすぐさま駆け出した。
ほどなく来里と無事合流することが出来た。
「ふへぇっへへっへぇー、
シャチくぅーん、なにそれ、
ぐふぉっぶふふむひぃっひっひ」
「姉ちゃんそんな笑わないでよー。
自分だとどんなだか分かんないんだからさー。」
第三段階に進化した来里は【白巨牛】から【半牙聖象】になっていた。
そしてそのフォルムを見た晶は笑いが止まらなくなってしまっていた。
頭部は象なのだが身体は小太りな男の子のようだ
そしてそれらが全て見事なピンク色だ。
綺麗な宝冠や耳飾り、豪奢な胸飾りにインドバングルなどが各所で黄金色に輝き、
下半身にはゆったりとした橙色のサルワールを穿いていて梵字模様
が美しい。
口から生えている象牙は右側が何故か折れているが悲哀は感じさせない。
晶の感性からすると非常にコミカルな見た目だった。
「いっひっひっひ、ごめんごめん。
なんか妙に面白くなっちゃって。
シャチ君、いまキミは象人間になっとるのだよ、いーひひひ。」
「それは自分でもすぐ分かったから。
こんな鼻なんだからさ、うん?てや!てや!」
来里はまだうまく動かせないようで長い鼻がぶらぶらしながらぴくぴく動く。
それがまた晶の笑いのツボを刺激する。
「ふえっへへへ、ん?あれ?
シャチ君、キミ、腕が四本あるんじゃない?
ほら、背中のとこからのこれ、これ腕じゃない?」
来里の胸には沢山の胸飾りが施されている。
そのうちのひとつはなんと豪奢なバングルをつけた両腕が背後からまわされ、
腕組みしているものだった。
「うわー、長い腕。
普通なら気持ち悪いとこなんだけど、なんか不思議と許せる。」
「うへぇ、自分だと気持ち悪いよ。
うわ、全然動かせない、どうすりゃいいんだろ、これ。」
大きさ的には来里のガネーシャの方が一回り以上大きい。
しかし大きいのは象の頭の差分で体格的には人狼より少し恰幅よい程度だ。
「今日はもうその身体に慣れることを目標にするしかないね。
あ、そういえば【武器】は?どんなだった?見せてみて。」
「あ、うん。
【象鞭杖】っていうんだ。」
そういって来里の右手に現われたのはムチのついた杖だった。
他の装飾品に負けず劣らず煌びやかだ。
来里が鞭を振るうと少し先の土が弾け飛んだ。
鞭の長さからして届かない距離なので衝撃波が抉ったものと思われた。
「へぇ~、鍛えれば中距離から遠距離攻撃も可能になるかもね。
スキルは?増えてる?デスペナで減ってない?」
「うん大丈夫、でも増えてるの【浄化牙】っていうのだけなんだ。
名前からして攻撃用じゃない気がするなぁ。」
「出し方はわかんない?」
「うん、まだ全然。」
どうやらガネーシャは攻撃に秀でたキャラとは言えないようだ。
しかしそれは現時点での話だ。
工夫次第でスキルは強力になる、晶はそれを目の当たりにしてきた。
「よし、じゃあまずはカニくんにリベンジしよう。
なかなかの強敵だけどシャチは【煌炎】を連発出来るからね。
ムチで攻撃して近付いてきたら【弾丸突破】から【嵐角撃】、
弱ったところに【煌炎】連発して脚にダメージを与え続ける。
これを繰り返せばいけるでしょ。」
「僕いまツノが無いんだけど?
【嵐角撃】できないんじゃ?」
「その立派な冠があるじゃん、たぶんそれで大丈夫だよ。」
「えぇ・・・なんか適当じゃない?」
不安がる来里を引き摺るように晶は来里が大蟹を発見した場所へ移動する。
来里はついさっき手も足も出ずやられた相手だけに気が進まない。
『全くアキ姉ちゃんは強引だなぁ。
ま、でも危なくなったら姉ちゃんが倒してくれるよね。』
二人掛かりならば少しは気が楽になるというもの、
来里は歩きながらそんなことを考えていた。
やがて来里は先程と全く同じ場所で大蟹と遭遇した。
晶はその存在に気付いていたのか来里に『行け、行け』とジェスチャーする。
来里がしぶしぶ大蟹の知覚範囲へ足を踏み入れると、
背後から晶が声をかけた。
「あ!シャチ君!
向こうにムカデくんが出現したから姉ちゃんそっち倒してくるね。
んじゃあ頑張って!」
来里が「えっ!?」と振り返るともう人狼の姿は見えなくなっていた。
そして「あっ!?」と振り返ると大蟹がもう至近距離に肉薄していた。
ドガァッ!
振り下ろされたハサミを何とか躱すと地面に叩きつけられて土が飛び散る。
来里は覚悟を決めて大蟹と真正面から対峙した。
来里はまだうまく鼻を動かせないので顔を振って惰性で動かし【煌炎】を放つ。
大蟹は炎弾を横移動で躱し再度大きなハサミを振り上げ来里に迫る。
来里は晶の教えを思いだし【弾丸突破】で頭から突っ込み、
【嵐角撃】で頭上の冠を大蟹の胴体にめり込ませ跳ね上げる。
体重的には来里の方が上回っているので大蟹は勢いに負けて後退する。
少し距離が開いたので来里は【象鞭杖】を振るい大蟹に衝撃波を喰らわせる。
だが胴体への衝撃波は効きが悪いとみて来里は末端へ狙いを変える。
ジグザグに動く大蟹の脚や飛び出た眼の部分目掛けて鞭を振るう。
これには手応えが感じられた、大蟹の動きが少し鈍ったのだ。
晶の教えに的確なものを感じ来里は教えの通り【煌炎】を放つ。
炎弾は今度は命中して脚を一本焦がす。
脚をバタつかせて怒りを露わにする大蟹。
来里はそれを見て晶の言う【NPCの知性】の真実味が増した気がした。
「お前に知性があったとしてもっ!
僕はお前を倒さないと強くなれないんだーっ!」
来里は首を振り【煌炎】を次々と放ちながら突進する。
大蟹は残りの脚で器用に動き回りその攻撃を躱す。
そして迫りくるガネーシャを迎撃すべく粘性のある泡をシャワーのように浴びせた。
「うわぁっ!」
来里は慌てて眼をかばったが、頭上から泡を被り怯んでしまう。
そこに大蟹がジグザグに突進してきてハサミを振り下ろす。
「わぁぁぁ―――っ!!」
ガギィン
来里の頭に振り下ろされたハサミを、交差した腕がバングルで受け止めている。
それは来里の腕だった。
背中から生えている腕が来里の本能的危機感により動き出し防御したのだ。
「わ、うわぁ―――!!」
大蟹がもう一方のハサミを振り上げたのを見た来里は象鞭場を至近距離で振るう。
衝撃波は大蟹の下脚に命中してバランスを崩すことに成功した。
さらに来里は無我夢中で象鞭杖を振るい背中の腕を振るう。
すると背中の腕を振る度に光の輪が飛ぶのが感じられた。
来里はもはや無心で大蟹に向かい全力の攻撃を叩き込み始めた。
象鞭杖を、煌炎を、正体不明の光の輪を、次々と大蟹の末端部分にぶつける。
やがて動きを止めた大蟹から距離を取り、来里は大きく跳躍した。
そしてへたり込む大蟹の頭部分目掛けて落下し勢いよく両足で踏みつけた。
全力の【踏みつけ】【追衝波】攻撃だ。
大蟹は頭部が砕け、やがて電子の霧を放ちながら消え始める。
「はぁー、勝ったぁ。」
消えゆく大蟹の姿にホッとして来里はへなへなと座り込む。
そして又従姉のように大蟹に向けて声をかけたくなった。
「か、カニくん、ありがとう。
僕、少し強くなれた気がするんだ。」
大蟹は来里の言葉に応えず消えていく。
だが、来里の胸には充実感が広がる。
『アキ姉ちゃんはこうやって強くなっていったのかな。』
勝利の興奮にピンクの肌を紅潮させ、来里は人型になった拳を強く握った。
『おー、【踏みつけ】が【破砕撃】になってる。
それにこの【法輪斬】ってあの光の輪だよね?
背中のこの腕、もっとうまく動かしたいなぁ。
あ、鼻もか、このこの、えいっ。』
来里がスキル確認をしつつ鼻や背中の腕の挙動に四苦八苦していると
満足気な様子に軽やかな足取りで晶が帰ってきた。
「シャチくーん、見てたよ。
なかなかやるじゃないかチミィ。」
「え!?姉ちゃん見てたの?」
「うん、すぐ近くで姉ちゃん戦ってたから。
姉ちゃんもムカデくんに勝利してきたよ。」
晶の話によると来里の戦い全ては見ていなかったらしい。
しかしところどころの場面は知覚していたようで、
【法輪斬】のことを話題に挙げたりしていた。
「あー、でも寂しいなぁ。
シャチ君が一人前になったら教えること無くなるなぁ。」
「師匠、僕にとって師匠はずっと師匠です。
もっと一緒に【SR】を生き残っていきましょう!」
晶はつい最近似たような場面があった気がしたが、
嬉しさが湧き上がりすぐに忘れてしまった。
「うむっ!シャチ君!
次なる強敵に挑みに行くぞっ!
ついて来いっ!」
「はい!師匠っ!」
草原を走りだす人狼と、それを追いかける象人間、
二人は仲良く魔界を駆けていった。




