会話の片鱗
植物のツルを思わせる長い体毛の間から森巨人の眼が覗く。
晶にはその眼が知性あるものの光を宿しているように思えて仕方が無かった。
晶は再度呼びかける。
「トロールくん、戦いたくなければそのまま去ればいいよ。
私は戦う気が無い人とは戦いたくないな。」
少しの間、静寂がその場を支配した。
すると、森巨人はくるりと背を向け、
再びズシン、ズシン、と足音を響かせ去って行った。
『ふぇー!言葉が通じた、ってことでいいんだよね?
こーれは!【SR】で初めて意思疎通が出来たNPCかな?
いやピュイピーとかもホントは理解してそうだなぁ?』
晶は嬉しくなってワホワホと小躍りして森巨人の去って行った方角を眺める。
「ありがとねー!トロールー!
今度会ったらお話をしようねー!」
晶は森巨人に向け大声で叫ぶ。
叫んだ内容はいつか実現できる気がする、晶はなんとなくそう思った。
上機嫌の晶は来里のところへ帰ろうと移動を始めた。
しかし移動してすぐにあの気持ち悪い存在が索敵に引っ掛かる。
ソイツは高速で晶の方へ近づいてくる。
『アイツかぁー、やだなぁ。』
鼻皺を寄せてため息を吐く晶、
僅かの時間が経ち、その背後に顔を覗かせるものがいた。
「人間美味い、死すべき運命を悟れ。」
【マンティコア】は流暢に言葉を発すると高速で周囲を飛び回り始めた。
『こいつ、本当に気持ち悪いよぉ・・・』
獣の身体に人間の顔がついているだけで不安定な気持ち悪さがある。
さらに不気味な言葉を操り黄色く光る牙がズラリと並んだ口内を晒す。
晶は嫌悪感によって狼の体表に鳥肌が立つ思いだった。
周囲の木々の間を、その樹上を、マンティコアは駆け巡る。
晶は対マンティコア用に考えていた案を実行してみた。
「ウォォォ―――――ン!!!」
【魔狼の咆哮 改】だ、咆哮が暗い森を震わせる。
ドサッ
晶の背後に何かが落ちてきた音がした。
振り向いて駆け寄る、マンティコアが何かを呻いて身じろぎしている。
晶の耳に「人間食いたい、死はよろこび」と獣の声が聞こえてくる。
「しゃくじょー」
気持ち悪さに顔を引き攣らせつつ、晶は全力で錫杖を突き入れる。
脳天を貫かれたマンティコアは何故か恍惚の表情で電子の墓場へ消え去った。
とても気持ち悪い体験だったが空腹感はだいぶ軽減された。
晶はなんとか自分を納得させて来里のもとへと駆け出した。
「へぇ~、トロールに言葉は通じるんだぁ?
すごいね姉ちゃん、普通NPCに話しかけようと思わないよ。」
来里が晶の話に感心している。
晶は来里の言葉の端に若干の呆れの感情が読み取れたが言及しない。
晶にとって森巨人との意思の疎通の方が比較にならない大事件なのだ。
「でしょ?
つまりさ、いままでのNPCの中にも会話ができる存在がいるんじゃないかな?
ぴゅ、ハルピュイアとかも言葉通じてるっぽく感じるんだぁ。」
「え?ハーピーのこと?
えぇ?僕さっき戦ったばっかりだけど、そんな感じしなかったなぁ。」
さらに晶は来里に向けNPCの会話能力について熱く話す。
しかし来里から夜のフォーラムで話そうと切り上げられてしまう。
実際の所、来里が晶の持つNPCに対する熱量を持て余したのだ。
「師匠、師匠は戦うエリアで得意不得意ありますか?」
来里が話題を変えて晶の熱量を逸らす。
「んん?場所によって?
んー、特にどこが得意とかは感じないなぁ。
あ、でも空飛ぶ敵は苦手かな。
さっきも沼ですんごい速く飛ぶ蛙に苦戦しちゃった。」
「あー、それはしょうがないよね。
タモンさんは空飛べるみたいだけど、
僕らはどうしようもないよね。」
「あ、じゃあシャチ君、
キミはあの大鷲とか青銅鳥とか倒してアイテム取ったんだよね?
どうやって倒してたのかね?」
晶が安定しない師匠口調で来里に問い掛ける。
二人は森林から林地へと移動してきていた。
晶の眼には上空で弧を描く大鷲の姿が映っている。
「へへへ、じゃあ師匠、見ててください。」
そう言うと来里は身を震わせ【聖慈雨】を発生させる。
「おぉっ!」
晶が驚いて声を上げる、
白巨牛から出てきた雲がその形をじわじわ変え、
まるでもう一匹白巨牛が出てきたように見える。
そして雲はふわふわと低空を漂う、
そんな隙だらけの雲牛目掛けて大鷲が上空から滑空攻撃を仕掛けてきた。
「クァ―――ッ!」
そして雲牛をその爪で捕らえんとした大鷲が来里の【煌炎】によって燃やされた。
来里は【聖慈雨】を囮にするデコイ狩猟によって大鷲を狩ったのだ。
「なーるほどねぇ、やるねぇシャチ君。」
「へへへ、師匠が言ってくれた【頭を使った攻撃】でしょ?」
「うん、ホントに感心した。
これは素晴らしいよ、チミィ!」
素直に褒めてくれる晶に来里は照れてしまう。
晶としては自分の言葉で来里が進歩したことが嬉しくてたまらない。
何度も褒めては来里を照れさせる。
話しながら二人は荒地を通り抜け草原へとやってきた。
来里がアイテムを六種揃えたので強敵相手に玉砕覚悟で挑むのだ。
「前に戦って苦戦したモスマン相手に力を試してみて。
勝てるならそれでよし、更なる強敵に挑むのだシャチ君!」
「はい師匠!頑張ります!」
そう言って来里は駆け出していった。
晶は【蛾の天敵】スキルのため近くにはいられない。
沼地へ向かおうかと考える晶だが、
こちらに向かってくるNPCの存在を捉えた。
『おお?草原でまだ知らない敵がいたんだぁ。』
待ち構える晶の前に現われたのは見上げる高さの大きな【蟹】だった。
体積的には晶の数倍程度だが、その足がやけに長い。
足の長い蜘蛛のようでもあるが振り上げるハサミは蟹のものだ。
体色は緑一色ではあるものの、大きな蟹というほかない外見だ。
「やぁ、はじめましてだね、カニくん。
私、キミより強いと思うけど、戦う?」
森で会ったトロールが脳裏に残っているため、
晶はこの巨大な節足動物甲殻類にもフレンドリィに話しかける。
人間相手なら挑発と受け取られかねない晶の言葉だが、
どうやら大蟹は会話能力を持たないらしく無感動に横移動を始めた。
どうやら戦る気だな、と判断した晶は両腕を交差する、
【狼爪一閃】で一気にカタを付けるつもりだ。
周囲を走り回る大蟹を正面に捉えるように足捌きする晶。
大蟹は口から泡を吐き出しながらさらに加速して円を描く。
「てやっ!」
晶は狙い澄まして両腕を振り狼爪による真空の刃を飛ばす。
しかしその刃は大蟹の腹の甲殻に命中したものの音も無く消えてしまった。
「えっ!?」
戸惑う晶にジグザグに近付いた大蟹が振り上げたハサミを勢いよく叩きつける。
晶は【稲妻瞬歩】で攻撃を躱しつつ即座に大蟹の背後に回り、
「しゃくじょぉっ!」
ジャランと音を鳴らし現れた相棒で大蟹の背中に渾身の突きを放つ。
錫杖の槍先は大蟹の甲殻に突き刺さったもののあまり手応えが感じられない。
より深く突き入れなければダメージにならないように思われた。
晶はすかさず竜巻入りの殴打と礫付きの蹴撃を甲殻に叩き込む。
が、案の定打撃ではあまり効果が感じられない。
大蟹はそのまま横移動で晶の攻撃範囲から逃げようとする。
「ウォォォ―――――ン!!!」
大きな咆哮で動きを止めようと狙ったが効果は見られず逃がしてしまった。
『これは……簡単じゃないね。』
残る大技は【迦楼羅炎】だが、相手の動きを止める必要があるし連発出来ない。
隙を窺う晶に対し、大蟹は晶の背後に回ろうと愚直に横移動し続ける。
ここで晶は力技に出た。
「でーりゃりゃりゃりゃ―――――っ!!!」
シャカシャカと動き回る大蟹に向けて【薬叉礫】を連続で射出し始めたのだ。
一回二回ではない、十回二十回の大連発だ。
一度に五発飛ぶ礫は連発によって無数に思える量で大蟹に命中する。
大蟹の胴体に脚に眼にと全面に高速で拳大の岩がぶち当たる。
礫の弾丸がショットガンのように広がりマシンガン並に連発された。
最初は泡や甲殻に弾かれていた礫だが、連発によってまず脚が破壊された。
一本二本と足が破壊され始めると急激に動きが鈍る。
ハサミも片方がバキバキに割れ、眼は両方吹き飛んでいる。
動きを止めた大蟹に駆け寄り晶は【迦楼羅炎】で決着をつけた。
「カニくん、ゴメンね。
最初舐めたこと言っちゃって。
すごく強かったよ、ありがとね。」
電子の靄を漂わせゆっくりと消えていく大蟹に晶は謝罪し感謝した。
空腹の軽減は大きいものではなかったが、満足感はかなりある。
トロールに意思が通じたことで、晶はNPCがHCによって知性を与えられていることを確信していた。
その知性は一定のものではなく種によって違いはあると考えられる。
そしてNPCはプレイヤーと戦うことで経験を重ねその知識を深めている、
晶はNPCが、つまり電子生命体が人間と関わり合うことで人間を理解しようとしているのではないかと思った。
それは【HCの意図】のひとつなのではないだろうか、とも思えた。
また夜に話し合う項目が増えた、
晶は大きな満足と僅かな恐怖を覚えながら草原を歩き始めた。