沼に潜む罠
不気味な紫の空を眺めながら晶は物思いに耽る。
先程倒したタブリスの言葉に引っ掛かるものを感じていた。
『卑怯な真似をしていたから罰が当たった、か・・・』
全世界で多くの人々がこの【SR】をプレイしている。
この山に囲まれた広大なエリアでもプレイヤーの存在は多数感じられる。
しかし晶が強敵と思える存在はほんの僅かしか知覚できない。
父もこの【SR】は強くなることが難しい、と職場の噂で耳にしたと言う。
この件はもっと詳しく調べていく必要があるのではないだろうか?
晶はフレンドメッセージを飛ばし今日の夜ミーティングをすることを提案した。
明日の共闘の件もある、色々話し合おうと晶はまた思案を重ねていった。
荒地の丘からすこし移動し、泥沼がいくつか点在する湿地へと歩を進めた。
沼地には晶の【心眼】に反応する多数の存在があった。
前には感じられなかったが、今なら沼の底に生物が潜んでいることがわかる。
『どうすれば出てくるんだろ?
髭蛙とか鬼蜥蜴を倒してれば出てくるのかな?』
既に髭蛙や鬼蜥蜴を倒しても空腹感は軽減されなくなっている。
晶としては意味のない討伐は望まないところだ。
沼の近くに到着するが、もはや髭蛙たちは寄って来なくなっていた。
鬼蜥蜴も武器を振るい威嚇するが近寄ってはこない。
だが、晶は新たな敵が沼の底から近づいてくるのが分かっていた。
それは水面から頭部を半分だけ露出させ晶を鋭く睨みつけた。
『あ、カッパだ!』
それは頭部上半分で充分に判別できる存在だった。
緑の体色に、ざんばらオカッパの頭頂部に皿のようなツルツルの頭皮。
どう見ても河童だ。
『あれー?でもなんか眼が爬虫類っぽいなぁ?』
訝しむ晶だが、索敵範囲内にはその河童らしき存在がどんどん増えていく。
『おおおお、二十匹以上はいそうだなぁ。
強さ次第じゃ撤退も考えなきゃ。』
あまりの多さに晶は鼻皺を寄せる。
相手の強さが未知数なので計算がたたない。
『カッパって確か力持ちなだけで特殊能力は無いはずだけど。
でもこいつらってカッパじゃないような?』
晶の眼前で沼からあがってきた生物はその全身を露わにしている。
体色は緑で手足の指は水かきがある、河童の特徴だ。
しかしその他の特徴はほとんど毛のある蜥蜴、というものだ。
ジュラ紀に存在した恐竜という生物がこんな容姿と学んだ記憶がある。。
『なんか、カッパというか、毒トカゲって感じだなぁ。』
これも後でエミリィに説明されたことだが、
この生物は【水虎】という中国の妖怪で、
日本の【河童】とほぼ同一の存在だということだった。
しかし晶のイメージする河童よりこの水虎は五倍ほど気持ち悪い。
『HCもたまには可愛いNPC作ればいいのに。』
この【SR】の創造主にそんな文句をぶつけつつ晶はじりじり後退する。
この大量の水虎たちに沼に引きずり込まれてはたまらない。
目視で二十五匹ほどに数を増やした水虎たちはゆっくり沼から這い出し、
横に広がっていき晶を包囲するように半円を描く。
まだ距離は離れているが不気味に沈黙したまま水虎は動き続ける。
晶は乱戦になってしまうと不利と感じ、先制攻撃を仕掛けることにした。
水虎の半円を描く並びの左端を狙い一直線に動き出す。
晶が動き出したと同時に水虎たちも半円陣を縮めて挟み撃ちせんと駆け寄る。
晶は右足を振るい【薬叉礫】を右斜めに射出して牽制する。
礫は強化され一度に五発出るようになっている。
水虎二匹が礫に身体の一部を消し飛ばされ足を止める。
晶はそれでも倒しきれないのかと驚きがあるが左端の一匹をまず仕留めに行く。
「しゃくじょぉっ!」
走る勢いそのままに錫杖を渾身の力で投擲する。
【精密投擲】まで進化しているこの攻撃は
狙いたがわず水虎の胴体ど真ん中に的中し墓場送りにする。
急所に当たれば一撃で倒せると確信した晶は次々と仕掛けることを決意した。
反転して水虎たちが重なり合っている箇所を狙い交差した両腕を振り放つ。
四匹が胴体を両断されたり首を飛ばされるがそれを確認することなく駆ける。
四足で【縮地】による高速移動を行い囲もうと動く水虎たちの背後に回る。
陣形が乱れ水虎たちは晶を捕らえようと個々に追いかけ始める。
晶はその動きをさらに乱さんと【稲妻瞬歩】で水虎の間を駆け巡る。
晶の進路を塞ぎ囲んで毒液を吐きかけんと迫る円陣の真上に跳躍し、
【二段跳び】で急激に角度を変え再度地上へ跳ね戻る。
六匹が重なる地点を見据えながら晶は両手を力強く叩き合せる。
ゴォォォッ!!!
【迦楼羅炎】の炎の蛇が六匹全てを焼き尽くす。
晶はそれに目もくれず近寄る二匹を【薬叉礫】で消し飛ばす。
さらに左右両方に【竜巻砲】を放って牽制し、前方の三匹に立ち向かう。
「しゃくじょ―――っ!!」
叫びながら晶は錫杖を振り回し二匹の攻撃をいなし一匹の頭に槍先を突き入れる。
怯む二匹を置き去りに晶は右前方の別の二匹へ狙いを変える。
先程【薬叉礫】で腕を消し飛ばされた二匹だ。
吐き出される毒液を【縮地】で躱し零距離で殴打し蹴撃する。
追衝効果や【竜巻砲】も加えられ手負いの二匹は電子の塵となる。
水虎は力自慢でもあるようだが当たらない打撃に意味は無い。
瞬く間にさらに三匹が【狼爪一閃】によって両断される。
再び錫杖を手にして投擲を行い一匹の胴体を貫通させ、
瞬時に手許に戻し背後に突き入れ、迫る一匹を串刺しにする。
さらに駆け出し一匹の頭頂の皿部分を叩き割る間に残り三匹は逃げ出していた。
『ふぅ~、思ったより弱くて助かったぁ。
ん、その代わり空腹感は収まらないか。』
晶は手元の相棒に感謝しながら仕舞い、スキル確認を行う。
『うーん、変わりないかぁ。
カッパくん、やっぱりあんま強くないんだなぁ。
新スキルは無し、かー。』
メッセージの返信はインドラからだけだった。
夜の話し合いが楽しみだそうだ、晶も同感だよと返信しておく。
タモン達はアイテム取得に一生懸命なのだろうと思われた。
『うん、私も頑張ろ。』
晶は別の沼地の河童を探すため移動を始めた。
「うぅー、痛ぁーい!
卑怯だぞー!出てこーい!」
晶は先程の水虎戦とは一転、苦戦していた。
ヒュンッ!
「うわぁっ!」
高速で飛来する晶の半分ぐらいの大きさの生き物、
晶の動体視力ではそれが翼を持つ蛙のようなモノ、としかわからない。
この生き物が沼と沼の間を高速で飛び回りその翼で晶を切り裂いていくのだ。
『なんにしろ沼に挟まれたこの位置はまずい!
早く移動しなきゃ!』
晶は四足で体勢を低く保ち隘路を駆け抜けようとする。
ヒュンッ!ビッ!
「あいたぁーっ!」
走る晶の頭部に小石が勢いよくぶつけられる。
おそらく空飛ぶ蛙が吐き出したものなのだろうと思われた。
『くぅぅ!ムッカつくー!』
しかし現状反撃は難しい、晶は歯噛みする思いで逃げ惑う。
さらに二発小石の攻撃を身体に喰らい痛みを堪えながら沼からの脱出に成功した。
後でエミリィに確認するとあの切裂蛙はウォーター・リーパーと言うらしい。
倒すには相当な慣れが必要と思われる難敵である。
晶が現状戦力でどう戦おうか頭を悩ませていると来里からメッセージが入った。
一度ハルピュイアに敗れて死に戻ったものの、
たいしたデスペナルティ無しで白巨牛で再スタートし、
なんとか【大鷲の爪】を獲得出来たらしい。
晶はすぐにフレンドコールを行い来里と合流することにした。
『ライの方はなんとかなってるなぁ。
くっそー、あのカエルめー。
今度会ったら覚えてろよー。』
悔しさを胸に晶は林地に向かって駆け出して行った。
「えっ?姉ちゃんどうしたの?
怪我してるんじゃない?」
合流するなり来里は晶の姿に驚きを隠せない様子で声を上げた。
沼地での切裂蛙の攻撃で晶は傷ついたままだ。
体力の減少は強敵を倒すことで回復するが、怪我は治らない。
タモンと勝負した際も決着時は晶が先に倒れたがタモンも怪我が治らず力尽きた。
「まぁ大怪我じゃなければ時間が経てばちょっとずつ治るから大丈夫だよ。」
「姉ちゃん、ちょっと待ってて、【聖慈雨】を試してみるから。」
「へ?なに?」
戸惑う晶に構わず来里は身を震わして【聖慈雨】を呼び起こす。
白い雲は晶の真上の宙空に浮かび、さらさらと雨を降り注いでいく。
「え、え、え?
なんか痛くなくなってきたよ?
【聖慈雨】って傷を治すの?」
「うん、そうみたい。
さっきハーピーと戦った時に気付いたんだ。
それで結構粘れたんだけど結局やられちゃった。」
「おぉー!すごいじゃんシャチ君!
さすがワタクシの一番弟子だね!」
「へへへ、ありがとうございます!師匠!」
照れ笑いする来里、晶は嬉しさに顔を綻ばせる。
「いやでもホントすごいね。
同じ白巨牛のインドラとスキルが全然違うんだもん。
【SR】って奥が深いんだなぁー。」
「うん、僕も気になってることがいくつかあるんだ。
今日の夜またフォーラムで話すんでしょ?
情報をいろいろ集めとかなきゃいけないね。」
「お、シャチ君、やる気あるねぇー。
でもアイテムあと一つだから、実戦も頑張ってこ!」
「うん!」
二人は揃って森林に向かって移動を始めた。
歩きながらも【聖慈雨】の特殊な力について盛り上がる。
更なる力への期待が二人の胸のうちに大きく広がっていた。




