想い一つに
戦いに夢中で気付いていなかったが、既にHCから
ゲーム終了の【推奨】メッセージが届いていた。
『そりゃそうか、今日はぶっ続けだもんなぁ。』
晶は今回のゲーム内容を反芻し、満足気に微笑む。
そしてフレンドメッセージを確認してインドラ達の様子を確認し、
その進捗具合に感心しながらクリアアウトを選択した。
事前申請していたので晶は一人の夕飯をとるため居間に向かった。
家族たちは既に夕飯は済んでいる。
家族に見守られながら晶は夕飯を食べ、今日の戦果を報告する。
「へぇ、来里も結構やるもんだな。」
「そうなの、ビックリしちゃった!
もっと鈍臭いかなって思ってた。」
「あら、アキラ、ライくんをそんな風に言っちゃダメ。
ちょっと運動が苦手なだけだよ。」
「たいして変わんないじゃんママ、
でも最後は以津真天にやられちゃってた。」
晶は身振り手振りを交えて軽快に話し続ける。
ぶっ続けで【SR】をプレイしたため興奮が抜けきっていない。
そんな晶に父吾朗が不思議そうに問い掛ける。
「でも全然強くなれなかったライくんがさ、
アキラに教わったらすぐに強くなれたんだな。
何が違ったんだろうな?」
「ふへへ、アキの教育がいいからかな?」
「そうかもね、アキラは昔からライリの先生みたいだったものね。」
祖母ハンナが晶に優しく微笑む。
「先生ってーか親分だったな、
来里が子分みてーにいつもアキラについて回ってたろ。」
「ふふふ、懐かしいね。
アキラはおっきくなったなぁ。」
「へへへー、アキ【SR】でもライの先生なんだよー。
ライもアキのこと【先生】って呼んでるのー。」
「お、おぉ、そうか。」
まさか本当に来里が晶を先生呼びしていたとは思っておらず、
両親祖父母は顔を見合わせ戸惑う。
冗談でそうしているなら良いのだが、
晶が強要していたらどうしようかと不安になったのだ。
「そんじゃもう寝るねー、
おやすみなさーい。」
「うん、おやすみー。」
晶が居間を出て自室に向かうと、
家族は相談してとりあえず来里に確認メッセージを送っておこうと結論を出した。
晶は自室に戻ると寝る前に少しだけ仮想世界に出掛ける。
母方の祖父母と少しだけでも会いに行くのだ。
晶はエミリィとレオナルドに今日の戦いの詳細を伝え、
来里という弟子の成長を誇らしげに語り、グリフォンの健闘を称えた。
時間が時間なのでエミリィはぐずる晶とレオナルドを促して寝るよう伝える。
二人はしぶしぶ従い自室へと戻っていった。
『今日もいい戦いが出来たなぁ。
ライも何だかんだ強くなってきてるし。
くふふ、明日はライのアイテム揃えられるかなぁ?』
晶は本日の争いに塗れた想い出に包まれながら徐々に意識を手放していった。
「おはよう!アキ姉ちゃんっ!」
「お、おぉ、おはよう、ライ。
元気いいね、いいことだけど。」
昨日と同じく朝食後、来里が晶のホームに来訪した。
来里はまさに意気軒昂という様子だ。
『ライってば、昨日順調だったからテンション高いんだぁ?
うはは、単純なやつめ。』
ニコニコと笑う晶につられるように来里もニコニコと笑う。
二人は揃って笑顔のままパネルを操作し人工知能の授業へと移行していった。
「ライったらね、ずっとテンション高いの!
おっかしいんだからもぉ~!」
一人での昼食時、既に食事を済ませている母と祖父母に楽しげに話す晶。
言ってる本人のテンションもかなり高い。
「ふふ、ライくんもアキラと久々に遊べてるから嬉しぃんだよ。
今日も仲良くするのがいいね。」
「おぅ、そうだぞ晶、来里に無茶なこと言ったりするなよ?」
「えぇ?じぃじ、アキそんなことしないよー。
ライには正々堂々と強敵と戦って強くなって欲しいだけー。」
「オゥ、アキラ、楽しむことは良いことだけど周りもちゃんと見てね?」
「ふぇ?う、うん、ライも楽しんでるかってこと?
嬉しそうにしてるから大丈夫だと思うけどなぁ。」
祖母の言葉に晶は少し考え込む様子を見せる。
今朝から妙にテンションの高い来里の姿が思い出される。
だがすぐ笑顔で別のことを話し始めた。
そして家族のぬるい視線を浴びつつ居間を出て自室へ向かっていくのだった。
「シャチ君、本日の目標がわかるかね?」
「はい先生!残るアイテム2種の獲得です!」
「うむ!そして三段階進化して武器を手に入れ、
明日の決戦に向けて進化した自分自身を鍛えまくるのだ!」
「そう上手くいきますか先生?」
「バカモノ!上手くいくか?ではない!上手くいかせるのだ!」
「うわぁ、あ、はい!」
晶は昼食時の家族との話とは裏腹に来里に無茶を強要する。
途端に来里の高いテンションは影を潜め本来の来里が顔を出す。
晶は急に穏やかな顔になり来里に語りかけた。
「シャチ君、キミは戦いが得意ではないことを、私は知っている。」
「え?う、うん。」
「だけどキミが賢いこともまた、私は知っている。」
「ね、姉ちゃん・・・」
「シャチ、ううん、ライ。
無理してテンション上げても後から辛くなるんじゃない?
ライはさ、ライらしく頭を使った賢いプレイで【SR】を楽しめばいいよ。」
目の前の又従姉はちゃんと来里のことを深く考え、思いやっていたのだ。
慈愛溢れる言葉に来里は驚きと歓びで感極まる。
「姉ちゃん・・・ありがとう、
えへへ、僕・・・すごく嬉しい。」
「ふへへ、姉ちゃんはライのことお見通しだからね。
さ、姉ちゃんと楽しくゲームしよ!
どんどん強くなって姉ちゃんの相手してよ!」
「えへへ、お相手できるかなぁ?」
「できるかなぁ?じゃないっ!やるのっ!」
「うぇぇ?」
また暴君の顔に逆戻りした晶に戸惑いながらも、
来里は晶と共に【SR】の世界へ飛び込んでいった。
「それではゲームを再開します。
生き残るため、戦うのです。」
晶は前回のグリフォンとの激闘を思い出しつつ離れた木々を見つめる。
晶の人狼の肉体はグリフォンとの戦いを経てまた力強く変化したように思う。
『うんうん、グリフォンありがと。
あれはNPCとの戦いの中で一番燃えたよ。』
そして周囲をぐるりと見渡してからスキル確認を行う。
『うぁー、その分スキルは変化無しかー。
んー、まぁしょうがないか。
【狼爪一閃】とか濃くなってるし、成果ゼロではないもんね。』
晶は交差した腕を振り放ち真空の刃を発生させる。
それはグリフォン戦の時よりも大きく感じられた。
そうしている内に来里からフレコールが入る。
現在地確認するとすぐ近くにいた。
少し移動しただけで晶の【心眼】に来里が引っ掛かる。
「あ、姉ちゃん!
見て見て!【聖慈雨】出せるようになったよ!」
「えー、やったじゃん!
見せて見せて!」
合流して早々、来里が嬉しそうに晶に報告してくる。
晶も新しいスキルには興味があるため嬉しそうに答える。
「じゃあ行くよ、ふっ!」
そう言って来里は牛の身体を犬が水を振り払うようにブルブルと震わせた。
するとその身体から白い霧のようなものがふわふわと湧き出す。
「ほぇー、なーにそれ?」
不思議そうに見つめる晶の頭の上を白い雲のような塊が通り過ぎる。
そしてその雲は少し先に停止するとサーッと雨を降らせた。
晶は早足で近付きその雨を狼の手の平で受け止めてみる。
水滴が手の平の肉球に当たり弾け飛ぶ。
少しだけ冷たさを感じた、浴室のシャワーとは感触が違うように思えた。
「へぇー、これが【雨】かぁー。」
「姉ちゃん大丈夫?
ダメージとか状態異常は無い?」
「ううん、平気。
これってどんな攻撃なの?」
「まだわかんないんだ。
いま出し方を発見したばっかり。」
「そっかー、ふーん。」
晶は少しの間【聖慈雨】で雨の感触を楽しんだあと、来里と相談した。
この林地で【大鷲の爪】を狙い粘るか、
それとも【猛虎の牙】を狙って森林へ移動するか。
「僕はこのまま【青銅鳥】とか【大鷲】を倒している方がいいと思うけど、
姉ちゃんはどう思う?」
「そうだなぁ、それでいいと思うよ。
空腹感を待つ間に【聖慈雨】の効果を確認しとくようにね。」
「はい!師匠!」
「師匠?ししょー・・・うん!いい響きだね!
ではシャチ!精進するのだぞっ!
常に真っ向精神で立ち向かえいぃっ!」
「はい!師匠も御達者で!」
「うむっ!」
謎の小芝居のあと晶は沼地へ駆けだす。
【鬼殺し】【蛾の天敵】【蒼翼祓魔】に続くスキルを手に入れるためだ。
林地を抜け景色は茶色く移り変わる。
しかし荒地を駆ける人狼を呼び止める者がいた。
「待ちなっ!
そこの狼男っ!」
その生物は晶がこの【SR】を始めてから初めて見る普通の人間に見えた。
晶は足を止め離れた場所に立つその人物をじっくりと観察した。
赤茶けた長い髪をしていて、数百年前の日本風の服を着ている。
しかし良く見ると顔の眼の部分は黒く窪んでいて眼球部分に闇が蠢く。
そして本来の場所に眼球はないが、両の手足に無数の眼が付いていた。
『うーん、案の定普通の人間じゃなかった。
この人どういう進化でこうなったのかなぁ?』
晶はこの百目女に向かい悠々と近付いていく。
小高い丘の上に立つ百目女はニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
「あんた、プレイヤーでしょ?」
どんな進化したの?
晶が訊こうと思っていた質問を逆に百目女の方がしてきた。
何と答えようか考える晶。
何故なら丘に立つ百目女の足元の後ろには、
丘に隠れるように潜む計五匹の獣が奇襲の機会を窺っていたからだ。
「私はウサギ狼禍獣からの進化三段階目だけどあなたは?
何から進化したの?」
「なに!?三段階!?
どうやったらそんな進化できたの?」
「私はそっちの質問に答えたよ。
そっちも私の質問に答えて、
何からその眼がいっぱいあるキャラに進化したの?」
「はっ!知らないよ!
何回も生まれ変わってたらこのキャラしか選べなくなってたんだよっ!
あんたも同じ目に遭いなぁぁっ!!」
百目女の合図で丘に隠れていた獣たちが姿を現す。
それは蛙人間のようなものやイタチ人間のようなもの、
それぞれが特徴のある獣人たちだった。
しかし人型に近いだけで晶にはまるで強そうに感じなかった。
手に棒のようなものを持っている獣人もいるが明らかに拾ったものと思われた。
晶はふと不思議に思い百目女に尋ねる。
「協力して戦えるんだ?
仲いいんだね?」
すると百目女は今までのような冷笑ではなく、
まるで自嘲するような諦めの表情で笑った。
「ふっ、そうだね。
最初はみんなで強くなろうってこの【SR】を始めたんだ。
でも一向に強くなりゃしない。
やっぱ卑怯な真似してたから罰が当たったのかもね。
そろそろ潮時かねぇ。」
「タブリス、そんなこと言うなよ。
俺たちがお前を【魔界の王】にする!
だから一緒に頑張ろうぜ?」
「そうだ!」「タブリス諦めるな!」「やってやろうよ!」
タブリスと呼ばれる百目女を次々と励ます獣人たち。
晶は『感動的な台詞だなぁ』とぼんやり眺めていた。
タブリスを中心に肩を組むように固まり威勢良く掛け声を上げる六人。
タブリスが少し涙声になりながら明るい声を上げる。
「よし!ウチらの再出発だ!
あの狼男を倒して魔界制覇の第一歩にすんぞぉ!」
「「「「「おぉぉっ!!!」」」」」
「でやっ!」
晶は交差した腕を全力で振り放ち狼爪の刃を解き放った。
広がる真空の刃が六体の獣人の胴体を真っ二つに別つ。
「「「「「「えっ?」」」」」」
タブリス始め六人は不思議そうな声を上げて電子の塵となり消えていった。
「ふぅー」
晶は心底からため息を吐いた。
途中からだいぶ付き合ってられない気持ちでいたが、
話の途中で攻撃を入れるのは悪いかな?と見守っていたのだ。
話がひと段落したようだったので【狼爪一閃】を繰り出してやっと終わりにした。
『いろんな人がいろんな想いで【SR】をやってるんだなぁ。』
晶は荒地の丘の上に立ち、また感慨深げに遠くの景色を眺めはじめた。




