誇りの一撃
晶はインドラとの楽しいおしゃべりを終え、再び戦闘を始めた。
群れをなす【蒼翼鹿】が人狼の殴打により次々電子の塵となる。
消えゆく鹿の人影はもはや諦めを感じさせるジェスチャーを残し消えていく。
晶は空腹が収まるまで鹿狩りを続け、満腹になったらスキル練習に励んだ。
しばらく繰り返すとようやくスキルにいくつか変化が起こった。
『ほぉ、【巧蹴術】が【追衝蹴撃】に、
【爪撃】が【狼爪一閃】になったかー。
殴ったり蹴ったりばっかだもんね。
でも【狼爪一閃】はどんなだ?』
晶は手を見つめ爪を確認する。
特に変化は感じられない。
爪を立てるように腕を振る、すると何か違和感を感じた。
『んん?』
再度爪を意識しながらパンチを繰り出す、竜巻が追加で巻き起こる。
違和感の正体は掴めない。
パンチから裏拳の高速コンビネーションを宙に見舞う。
ジャギンッ!
狼の手の付け根、親指部分から鋭い刃物のような爪が飛び出た。
『うひょっ!なにこれ!?』
晶は近くの木の幹に向かいギリギリかすめるような裏拳を行う。
ジャッ!
裏拳は幹をかすめただけだが、
見えない刃が木の幹を抉ったのがわかった。
『なるほど、竜巻とも追衝波とも違う。
このおっきい爪を出しながらパンチすると空気の刃が出るのかな?』
晶は先程の木に何度も左右の裏拳を繰り出し【狼爪一閃】を試す。
何度目かの攻撃で木は音を立て倒れていった。
『おわわ!あっぶな!』
危うく倒木に巻き込まれそうになり、晶は慌てて逃げ出す。
『ふひぃ、あれ?
んん?
あ、【逃げ足】が【緊急脱出】になった。
あははー。』
また鹿狩りをしながらスキルの練習をする晶。
【狼爪一閃】はじわじわ威力を上げ、蒼翼鹿三匹を一度に倒せるほど成長した。
『これは、防御力の弱い相手ならかなり便利なスキルじゃないかな?
一度にたくさんの敵を倒すのに向いてるかも。』
晶は脳裏にウィッカーマンの周囲に現われるスケルトンを想定していた。
明後日の共闘でこの技は有効活用できそうな気がした。
しかし晶はすぐに新たなスキルを手に入れてしまった。
『【蒼翼祓魔】って、やっぱアレ系のスキルだよね。』
【心眼】で周囲の様子を探りながら歩く。
思った通り蒼翼鹿や青銅鳥が逃げていくのが感じられた。
『はぁ~あ、もっと【狼爪一閃】鍛えたかったのにぃ~。
なかなかうまい具合にはいかないもんだなぁ。
お?』
晶は遠方にプレイヤーの存在を感知した。
その存在は途中からどんどん晶に近付いてきていた。
そしてその存在は晶が知っている人物だった。
「おい貴様!ようやく見つけたぞアスラ!
今までの卑怯な振る舞いを後悔させてやる!」
現れたのはプルフラスだった。
晶の【心眼】のようなスキルを得たのだろうか、
真っ直ぐに晶の許へやってきた。
匂いは変わらないがその姿は以前のものと大きく変化していた。
大型の猫の姿であるのは同じだが毛色が真っ黒になっていた。
二股の尻尾も変わらないが黒い炎を纏ったようにゆらめき振られる。
毛並みは悪く耳も片方千切れかけ、やけに眼光がギラついている。
全体的に不気味な存在になってしまっていた。
『この人って猫が好きなんだなぁ。』
晶が呑気なことを考えているとプルフラスの怒声が重ねられた。
「貴様!また無視するつもりか!
俺は真摯な努力を続けこの【禍猫】へと進化したんだ!
貴様如き相手にならないが俺の邪魔をするなら相手をしてやる!
かかって来い!」
晶はプルフラスの啖呵をぼんやり聞き流す。
晶のプルフラスに対しての嫌悪感は変わらない、口をききたくないのだ。
「なんだ貴様?怖くて動けないのか?
ぶざまなカスめ!いますぐに引き裂いてやる!
オラ!いくぞぉ・・・ぉおおおお!!!!」
プルフラスはいつの間にか大きな鉤爪に背中を掴まれ空中に浮いていた。
プルフラスは必死に足掻いているがまるで抜け出せない。
「ぐぎゃっ!」
そして握り潰された。
プルフラスを握り潰した生物は晶が見上げる先でゆっくり旋回している。
『あれは、【グリフォン】ってやつだよね。
久々に知ってる怪物が出て来たなぁ。』
それはかなり大きな姿をしていた。
晶の人狼の倍以上ある来里の白巨牛のさらに倍以上はあるだろう。
上半身が真っ赤な鷲、下半身が茶色いライオンの有名な怪物だ。
たしか馬が大嫌いだったと晶は記憶している。
晶はいつでも動けるように下半身に意識を集中させる。
先手は空中の利がある鷲獅子からだった。
滑空しながら怪鳥は雄叫びを上げる。
人狼はそれを打ち消すように咆哮を返す。
鷲獅子はその巨体からは想像できない小回りの利いた動きで人狼の背後を取る。
その動きは物理法則を無視したように空中を横滑りするものだった。
これに人狼は意表を衝かれてしまい初撃をまともに喰らった。
それは鷲の翼から放たれた羽根の刃の乱撃だった。
人狼は咄嗟に顔を腕で庇い飛び退いたものの全身に羽根が突き刺さる。
「いった―――い!」
人狼に刺さった羽根を抜く暇を与えず鷲獅子は鉤爪を構え迫りくる。
人狼は羽根が刺さったままの腕を振るい竜巻を鷲獅子に向け放出する。
鷲獅子は僅かに翼を巻き込まれその羽毛を撒き散らす。
その僅かな隙に人狼は礫を連発で叩き込みながら接近する。
だが鷲獅子は何発か礫の直撃を受けたものの、
怯むことなくまた高速で横滑り移動して人狼の接近を許さない。
鷲獅子が距離を取る間に人狼は上半身に刺さった羽根を払い落とす。
下半身には刺さったままだが悠長に抜いている暇は無い。
またしても鷲獅子が翼を広げ跳び上がり空中高く昇っていく。
人狼は羽根の刺さっている下半身の痛みが大きくなっているのを感じているが、
上空の鷲獅子から視線を外すことが出来ない。
だが鷲獅子はすぐに次撃に移すことはせず旋回を続ける。
『こっちが弱るのを待ってる?
いや、さっきの薬叉礫のダメージが残ってるんだ!
後ろ足が動いてない!』
人狼は今のうちにと下半身の羽根を抜いていく。
予想通り鷲獅子は隙を見せる人狼に構わず旋回を続けている。
人狼が羽根を抜き終わり鷲獅子に視線を戻し構える。
やがて鷲獅子の後ろ足が持ち上がるのが人狼の目に映った。
そしてすぐに鷲獅子の滑空攻撃の第二弾が始まった。
今度は油断せず左右の動きに対応出来るように構える人狼。
さらに鷲獅子に牽制の竜巻を数発連打しておく。
鷲獅子は短い横滑り移動によって全ての竜巻を躱していく。
真上に向けて礫は飛ばしにくいため人狼は他の攻撃手段を取った。
「しゃくじょ―――っ!!!」
気合と共に投擲される錫杖、真っ直ぐに鷲獅子目掛け飛んでいく。
「クァッ!」
鷲獅子も短い気合の声と共に横滑りで錫杖の槍先を躱す、
しかし鷲獅子が体勢を立て直すと、すでに眼前には人狼が浮かんでいた。
【二段跳び】で空中を駆け昇ったのだ。
そして叩き合せられた両手、【迦楼羅炎】が発動した。
「クァ―――ッ!!」
苦しむ鷲獅子だがすぐに空中高く舞い上がり炎の蛇から逃れる。
「うぁっ!仕留められなかったっ!」
人狼がその手応えの浅さに歯噛みする。
それでも鷲獅子のダメージは甚大だ、
身体中から黒い煙と焦げた臭いを発している。
『くっそー、【迦楼羅炎】で仕留めたかった。
威力が上がったことで連発出来なくなっちゃったからなぁ。
時間を置いて回復されたくないんだけど、どうしよ?』
そんな人狼の悩みとは裏腹に鷲獅子はすぐに旋回をやめ、攻撃の素振りを見せた。
『思ったよりダメージ入ってる?
次の一撃に賭けるつもりだね。』
人狼は鷲獅子の覚悟を汲み取り大声で呼びかける。
「グリフォン!
私は逃げも隠れもしないよ!
真っ向勝負だっ!
このアスラの名を恐れぬならば・・・掛かって来いっ!!」
「クァ―――――ッ!!!」
人狼、いや須能晶の渾身の名乗りを理解したのかどうか、
鷲獅子は傷ついた身体をさらに奮い立たせ高度を上げ、
鉤爪ではなくその嘴を尖らせ一直線に晶に向かって突っ込んできた。
晶は地上で両腕を交差させて待ち構える。
鷲獅子が猛スピードで迫る。
この勢いで激突したら鷲獅子もただでは済まないと思われた。
『自爆特攻?、望むところだよ。』
晶は鷲獅子の決死の覚悟を受け止める。
鷲獅子が晶の眼前に迫ったその瞬間、
「でぁ――っ!!!」
晶は全力を込め両腕で裏拳を放つように振り抜いた。
その腕には鋭い狼爪が飛び出ている、全力の【狼爪一閃】だ。
猛スピードで迫っていた鷲獅子は
真っ向から真空の刃により切り裂かれその身を真っ二つに別たれた。
二つの塊となった鷲獅子は人狼の背後へ落下し地面に激突した。
その凄まじい衝撃音に鼓膜を震わせながら晶は消えゆく鷲獅子を見つめる。
「グリフォン、強かったよ。
ありがとね、真っ向勝負してくれて。」
そしてその誇り高い最期の一撃を心から称えた。
途中で逃げることをせず、
倒される覚悟をしっかり持って向かってきたグリフォンに敬意を払ったのだ。
晶はグリフォンが消え去ったあともしばらく佇み、
いまの激闘の余韻に浸っていた。




