最初の進化
『お!
選べるキャラが変わった!』
晶が【SR】を開始してキャラメイキングに進むと、
前回とは違ったキャラクターがパネルに表示されていた。
『ふんふんふん、
なるほど、六種類なのは変わんないのか。
【狼】【鉤爪猫】【角大兎】【水牛】【大蛇】【大梟】
ほほほぉ~、
強そうになってきてんじゃ~ん。』
晶は嬉しげにパネル操作し、各キャラの外見を確認していく。
『あらぁ~、
ウサギちゃんが凶暴そうになっちゃってる~。
うーん、
猫もこれって観光で見れるやつじゃないよね?
なんか大きくなってんじゃないかな?これって。
あー、牛もいるんだからきっとみんなデカいなこれ。
可愛くなーい!』
しばらく悩んだ晶だったが、選択したのは【狼】だった。
スキルは【噛み付き】を持っている。
『今回は可愛さではなく、格好良さでいく!
魔界を駆け抜ける魔狼、格好良い!』
「それではゲームスタートです。
生き残るため、戦うのです。」
ノリノリの晶はお決まりのアナウンスを聞きながら魔界へ没入していった。
視界がクリアになる。
そこは草原に似ていたが前回までとは違う場所に出たようだった。
もしかしたら強さに応じて出現場所が変えられるのかもしれないと晶は考えた。
そうでなければ初心者は初級者に毎回出現即捕食とされてしまうだろう。
あたりは荒野だった。
前回は少しだけだが植物が見えていたが、今回は砂地しかない。
遠くに山が見え、逆側は見えない、これは前回同様だ。
山までの距離はよくわからない。
これでは前回までいた場所とどれくらい距離があるかなど判別できない。
狼ってあんまり視力は良くないんだなぁと晶はがっかりする。
兎、子猫、狼と人間である晶より視力が弱い動物ばかりだ。
『せっかく五感が体感できるゲームなんだから楽しまなきゃ損だよね。
次は【大梟】とか選んでみようかな、きっと空を飛べるよね?』
晶はひとまずそこで思考を止め、
もう一度スキルを確認してみる。
『あ!【引っ掻き】もある!
前回プレイした子猫の経験が残るんだ!
あれ?
でも前回は【削ぎ取り】に進化してたんだけど?
んー?
経験が丸々は残らないってことかな?』
少し釈然としない気持ちはあったが頭を振り切り替える、
晶は空腹を覚えるまでジグザグ移動や跳躍を繰り返した。
そうして前回同様いくつかのスキルが薄く表れてくる
その辺りで晶は空腹感に襲われ始めた。
『ここらへんでもあの芋虫は出てくるのかな?
できれば同じぐらい弱くて別なやつがいいなぁ。』
虫に若干嫌悪感のある晶は都合のいいことを考えながら移動を開始した。
しかし辺りは真っ平らな荒地が広がっている。
晶以外の生き物の姿は確認出来ない。
この【SR】は全世界で話題のゲームなはずだ、
なぜこんなに生き物が少ないのだろうか?
晶はそんな疑問を抱いたが
先ほどバビロンと名乗るハムスターと会ったことを思い出した。
『人がいない訳じゃないんだなぁ、きっと。
あの話し方は女の人だよね、
あー、次会ってもきっとお互い違う姿だから気付かないよなー。
蛇の方の人は名前なんて言ってたかなー?』
空腹感を紛らわそうとどうでもいいことを考えながら晶は歩く。
荒野を歩く飢えた狼、そんな自分に少し陶酔しながら晶は歩く。
しかし獲物はなかなか現れない、苛立ちに速度を上げ晶は歩く。
『くっそー!お腹すいたー!』
晶は鋭い牙を噛み締めグルルと唸りながら周囲の気配を探る。
風の音以外聞こえてこない。
しかし晶はその風に違和感を感じた。
『あれ?
なんか・・・臭いがする、
くっさ!
風上になんかいるぞ!』
晶は少し方向転換して風上に向けて走り出す。
荒野を駆け抜けひた走ると土色が無くなり固い岩混じりな灰色の地面になった。
そこには新たな生物がいた。
『なにアレ!?
子供!?』
それは奇妙な生き物だった。
人型のようだが体色はトカゲの様な緑色をしている。
その手足は痩せ細り骨だけに見え、
胴体は胸は薄いのに腹だけは中年男性のような太さがある。
頭部は骸骨のように肉が無く、性別の判定は出来ない。
髪はほぼ抜け落ちているが、残っている髪は不気味な赤黒い色をしている。
そしてその目は濁っているが爛々と怪しい光を放ちながら晶を見据える。
「ギギッ!」
その生物は晶めがけて腕を振り上げながら走り寄ってきた。
明らかに友好的な態度ではない。
「くっ!
こいつめっ!」
晶は【ジグザグダッシュ】を駆使して奇妙な生物の攻撃を躱し、
反転しながら勢いをつけその横腹に【噛み付き】を仕掛けた。
「グギャッ!」
「ボォア!くっさ!」
その異様な体臭に晶は思わず口を放してしまう。
そして奇妙な生物が振り回した腕が晶の頭部に命中する。
「うっ!」
しかしそれは致命傷たりえず、晶は痛みを堪えながら距離を取る。
『くっそー、こいつ臭いー!
あの腕の攻撃も骨をぶつけられたみたいで痛いしー!
くー、
一撃で仕留めなきゃだね。』
晶は一瞬で思考をまとめ、向かい来る奇妙な生物を迎撃する。
また【ジグザグダッシュ】してからの【噛み付き】を狙うが、
晶にはまだその先があった。
前回の子猫でのプレイで最後にした回転しながらの攻撃だ。
晶は奇妙な生物の攻撃を避け、脇腹に勢いよく捻りを加え噛み砕く。
兎や子猫の時には感じられなかった会心の手応え、いや歯応えを感じた。
「グギャッ!!」
奇妙な生物はどうやら倒せたらしく、電子の霧を撒き散らしながら消えていく。
『ふはぁー、臭かった。
お、倒したら全く臭いがしなくなった。
ま、ゲームだもんね。
逆に臭いが残ってても嫌だし。』
晶はいつもの力が湧き立つ感覚があったのでスキル確認をする。
『おおー!
【ドリルファング】かぁー!
カッコイイじゃぁ~ん、やっぱ薄ぅーいけど。』
なんとなく気分が乗った晶は目についた岩場の上に登り、
意味もなく紫の空を見上げてみた。
「わおぉーーーーーん!!」
全く狼らしくない人間の声で晶は遠吠えをする。
しかし陶酔している晶にはそんなことは問題ではなく何回か繰り返した。
ふと違和感を覚え、スキル確認するとなんと【遠吠え】の表示が出ていた。
なんの効果があるのかわからないスキルではあったが、
晶はそれから空腹を覚えるまで遠吠えを続けていた。
すると、
「なんだぁ?
プレイヤーだろ?
犬っコロごっこかぁ~?」
晶の体長より二倍以上あるかと思われる黒い牛が現れた。
その頭部の二本の角は雄々しくそそり立ち前方に鋭い切っ先を向けている。
晶は岩からスタッと降り立ち、水牛らしきプレイヤーと対峙した。
「おい、犬っコロ!
黙って俺に喰われやがれ!」
そんな水牛の挑発から始まった戦いは晶の【ドリルファング】で決着した。
晶はそんな初回プレイからいまの戦いまでの回想を振り返り終えた。
晶は初めてプレイヤー同士の戦いで勝利し、高揚感を感じていた。
スキル確認したところ明らかに【ドリルファング】は濃くなっている。
また、【回避】【敏捷】が新たに加わっていた。
『ふーん、
【回避】と【敏捷】って意味が被ってないのかなぁ?
それかさっきいっぱい走ったから【敏捷】付いたのかなぁ?』
晶は戦いが終わり人心地が付いた気持ちで岩陰に座り込む。
するとそんな晶に声を掛けるものが現れた。
「いい闘いだったね。」
不意に頭上から声を掛けられ晶は慌てて声の主の方へ振り向く。
そこには【大きな梟】が岩を掴みとまっていた。
狼の鋭い聴力でも捉えられない静かさが梟にはあるようだ。
匂いがしなかったのは向こうが風下だからと思われる。
いま不意打ちされていたら晶はまたキャラメイクに逆戻りだっただろう。
「プレイヤー・・・だよね?」
「あぁ、俺の名はタモンっていうんだ。
今はお互い腹減ってないんだ。
少し話してもいいかな?」
「うん、いいけど・・・。
あ、私はアスラ、本名は違うけど。」
「ハハハ、本名は訊かないって。
しかしこの【SR】だと人間のキャラが無いからなぁ。
アスラがどんな姿で何歳なのかまるでわかんないな。」
これまでのVRゲームでは実際の自分の姿になるのが基本だった。
姿を偽ることで詐欺や人心を惑わすことがないように、と
HCが決めた法律のためだ。
「うん、そうだね。
タモンは男性かな?」
「そうだよ、まだ学生なんだ。
アスラもそうじゃない?
なんか若そう。」
「えー?
そうだよ、私も学生。
なんでわかるの?」
「ハハハ、なんでだろうね。」
現代では男性や女性などの性差はあまり関係なくなっている。
男性か女性かの話はとっかかりの話題に過ぎない。
遺伝子工学やバイオテクノロジーの発展により、
同性同士の結婚でも子供を成せるようになり、
電子世界を通した仕事やスポーツによって性差はほぼゼロになったのだから。
「あぁ、
タモンいま私のこと子供だと思ってるんでしょ?
だから学生だと思ったんだ。」
「フフ、子供とは思ってないよ。
少しだけ幼いかな?って思っただけ。」
「それ子供って思ってんじゃーん!
もぉー!」
プンプンする晶とそれを宥めるタモン。
二人は少しの世間話ののち、【SR】について語り合う。
「HCはどんな意図があってこの【SR】を作ったのかな?」
「えー?
ゲームを楽しむ人間を観察したかった、とか?」
「それなら他のVRゲームでも出来ることだよ。
何か目的があってこの【SR】を作ったんだと思う。」
「でも【SR】だと今みたいにお互いが誰かわかんないでしょ。
それに五感がフルに感じられるし痛みもある。
人間がありのままの感情でゲームを楽しめてるんじゃないかな?」
「ありのままの・・・、
なるほど、アスラは素直な人だね。」
「あれー?
それ、褒めてる?
また子供だと思ってるんじゃない?」
「いやいや、ちゃんと褒めてるんだ。
ん、
確かにこの【SR】の中だと
人間はありのままの自分を曝け出し易いかもね。」
話している内に晶は空腹感の気配を感じ始めた。
そしてそれは今こうして仲良く話している時間の終わりを示している。
「タモン、
もっと話したいけど、私、お腹すいてきてる。」
「ハハハ、
アスラ、実は俺もさっきからお腹すいてきてるんだ。」
二人の間に緊張した空気が流れる。
「タモン、
いまはお互い別方向に進んでいこうよ。
でも、
次会って二人ともお腹すいてたら・・・
その時は正々堂々と勝負しよう!」
「ハハハ、わかったよ、アスラ。
やはり君は素直な人だ。
出来れば次に会う時も満腹同士でいたいね。」
「そだね。
また話したいね。」
「ああ、
それじゃまた、アスラ。」
「じゃあね、タモン。」
二匹の猛獣は争うことなく別々の方向へ進みだす。
大梟の飛翔音は狼である晶には全く聞こえないが、
気配が遠ざかるのは匂いでわかった。
少し進んだところで晶はまた違和感を覚えスキル確認してみる。
『ほぁ!【気配探知】ってなんで?
さっきのタモンと別れたとき?』
スキル獲得の条件はさっきタモンとの話でも話題に上がった。
選んだキャラによってスキルの獲得し易さが変化するかもとタモンは言っていた。
晶が気付いていたように練習によるスキル獲得もタモンは気付いていた。
さらにタモンは気になることを言っていた。
『倒した相手からスキルを奪うことが出来るかもしれない』と。
『でも、
そんなことが出来ちゃったら・・・
プレイヤー同士がみんないっぱい殺し合うことになっちゃうよ。
それが本当なら、HCはなんでそんな設定にしたんだろ。』
「全人類よ、生き残りの遊戯に挑みなさい」
晶の脳裏にゲームを始める前に見た
HCからと思われるメッセージが思い出される。
HCに人格は無い。
あのメッセージもHCが必要と判断したものなのだろう。
晶はタモンが言っていた【HCの意図】という言葉に心を占められ、
疑問と僅かな恐怖を感じていた。