一回は一回
晶は夢を見ていた
暗闇の中を漂うようにゆっくりと移動している
それは深海の奥底だろうか?
はたまた光届かぬ宇宙空間だろうか?
無音の闇の世界
晶は怒りのままに進む
悔恨の念を晴らそうと進む
やがて晶は辿り着いた
そこに晶が望むものが存在している
晶はそれに向かい武器を振り上げ
全力で振り下ろし破壊した
無音の暗闇は続く
晶はまた次に破壊すべきモノを探し求め漂い始めた
『ふぁ?』
晶は全包ベッドの中で目覚め、しばし呆けた。
何か夢を見た気がするが思い出せない。
のろのろと身体を起こし、また呆ける。
「しゃくじょー。」
晶は右手を見つめながら【SR】内での相棒の名前を口に出して呼んだ。
現実世界と仮想現実を混同していたわけではない。
ただ、つい先ほどまでその相棒を握りしめていた気がしたのだ。
晶は今の自分の行動が理解出来ぬまま、またしばらく呆けた。
「んー、ご飯が美味しいと元気出るよね!」
朝食で自分の好物が出てはしゃぐ晶。
食べ終えて家族としばし雑談する。
「アキラ、【SR】は若い方がいいかも知れねーんだろ?
なら来里を誘ってみたらどうだ?」
「えー?
ライって大人しいじゃん、
【SR】は合わないんじゃないかな?」
憲吾の提案に晶は困惑の表情を浮かべる。
来里は憲吾の妹の孫で晶のハトコに当たる一歳年下の男の子だ。
月に一、二度仮想現実で会う程度だが現代ではよく会ってる方と言える。
「ハハハ、確かに来里くんって真理亜にあんま似てないもんなぁ。」
吾朗が言う真理亜は憲吾の姪に当たり吾朗のイトコに当たる来里の母だ。
晶が持つ真理亜のイメージは【豪快な親分】である。
その真理亜の陰に隠れてオドオドしているのが晶の思う来里のイメージだった。
「【SR】って戦ってばっかりのゲームだよ?
ライだとすぐ死んじゃって楽しくないんじゃないかなー?」
「あらぁ、とりあえずメッセージだけでも送っておけば?
もし一緒にゲームできたら晶だって楽しいんじゃない?」
「えー、でもライをぶん殴るのって気が引けるなぁ。」
「あれ?こないだはパパをぶん殴るって言ってなかった?
え?アキラ?パパわかんないぞ?」
「んもぉー、パパなら叩いても許してくれるからだよぉー。
アキはパパだーい好きなんだからね。」
そう言って晶は吾朗にハグをする。
吾朗はすぐにニッコリと笑いハグをし返す。
吾朗の疑念が晴れたとみて晶は笑顔のまま手を振り居間を出る。
自室に戻った晶はいつも通りポッドに入り電子世界での生活を始めた。
『んー、ライに何てメッセージ送ろっかな?』
少し悩んだ晶だが、【SR】に興味があるなら返信して、と簡潔なものを送った。
『よし、行きますか。』
そうして勇んで【SR】の世界に飛び込んだ。
「それではゲームを再開します。
生き残るため、戦うのです。」
晶が目を開けるとそこは荒地だった。
岩場より沼地に近い場所のようだ。
晶は周囲に敵がいないか確認する。
「しゃくじょー!」
ジャランッと現れた錫杖の石突を地面に叩きつけ再度大きな音を鳴らす。
周囲を見渡し不審な存在がいないのを確かめ晶はスキル確認を開始した。
『ふむふむ、スキルがだいぶクッキリしてきたねぇ。
なんか進化はしてないかなぁ~?
あ!【気配看破】が【心眼】になってる!
しゃくじょーのアレが有るからかな?』
ワホワホと喜びの舞を舞う晶。
無意味に錫杖をバトントワリングのように振り回す。
『お、【前蹴り】が【巧蹴術】になってるかー。
んー、あとは無いか。
まぁ鬼数匹とズルっこ鬼退治しただけだもんね、しょうがない。』
晶はうんうんと頷いたあと、空腹感があるのに気付いた。
『そうだ、クリアアウトしてたんだった。
敵を探さないとなー。
ズルっこ鬼はもういいかな、別のを探そっと。』
晶はふーっと息を吐き上を向く。
【気配看破】が【心眼】になったので効果を試し始めたのだ。
しかし今まで以上の何かは見つからない。
『ぬぬ?【心眼】って何が違うんだろ?』
また色々試したが、礫や竜巻の進路予測がし易く感じられただけだった。
『ふーむ、もう仕方ないか。
お腹減ったし敵を探しに・・・む?』
気付けば離れた位置にプレイヤーらしき気配を感知した。
しかも別々の方向に一人ずつ、合計三人で晶を囲もうとしているようだ。
『なるほど、共闘出来るぐらいの仲良し三人組かー。
三人仲良くぶっ潰してやりますか!』
脳内で凶暴なことを考えつつ晶はぼへーっと隙を見せ続けた。
錫杖は既に消してある。
脳内でメッセージ確認している風にでも見えるのだろうか。
三人組はみるみる距離を詰めてきた。
晶に対し奇襲を仕掛けるつもりなのはもはや明らかだ。
晶はまず右前方から来た敵に【薬叉礫】を放つ。
三つ飛んでいった礫のうち一つが命中して突撃を止めた。
晶は礫を放つと同時に左前方に【竜巻砲】を放つ。
荒地の砂を巻き上げながら竜巻が敵にぶつかるのを確認もせず、
晶は振り向き後方から迫る敵に相対した。
後方から向かってきた敵は黒い馬のような生物だった。
濁った黒色の馬体には疎らな灰色が混じり、
長さの不揃いな灰色のタテガミが首に絡みついている。
頭部から二本の捻れた角が生えていて別々の方向を向いている。
立ち上がった晶よりやや高い体高の馬だが体積的には五倍ほどありそうだ。
「しゃくじょーっ!」
その馬の胸ど真ん中に晶は錫杖をブチ込んだ。
カウンターの勢いもあってかなり深く刺さり晶は錫杖から手を離す。
「ぎえっ!」
怯む黒馬に対し晶はすかさず両手を打ち鳴らし【迦楼羅炎】を発動させた。
「ぐぁーー!!」
黒馬は炎の蛇に呑み込まれその身を電子の靄に変えていく。
「てめーよくもキマリスをっ!」
振り向くと怒りに燃えた大きな豹が晶に向けて爪を振り下ろしてきた。
「しゃくじょーっ!」
パッと晶の手に現われた錫杖を振るい豹の腕を跳ね上げる。
そのままの勢いで晶は錫杖を回転させ石突で豹のアゴを叩き上げる。
「ぐっ!」
仰け反る豹に追撃しようとしたが残りの一人が晶に攻撃してきた。
晶目掛けて毒液のようなものを吐いてきたのだ。
「うわっ!」
紫の気色悪い粘性を帯びた毒液が飛び退る晶のいた場所にぶちまけられる。
「ちっ!
オッセ!大丈夫!?」
「あぁ、助かったぜ、バビロン。」
窮地を脱した豹が、いま毒液を吐いた生物を【バビロン】と呼んでいる。
そして豹の方は【オッセ】と呼ばれていた。
晶は思い出した。
『こいつらっ!
最初にウサギだった私をだまし討ちをして殺したやつらだっ!
ゆ・る・さんっ!!!』
元から見逃すつもりはなかったが晶の中で二人の極刑が確定した。
『それにしてもバビロン気持ち悪くなったなぁ~。』
可愛いハムスターだったはずのバビロンはいまや気色悪い生物と化していた。
ベースは蜥蜴だろう、しかし細長い蛇のような頭が七つある。
その頭の先に角が合計十本生えている、一つ角と二つ角の頭があるのだ。
そしてその体表はオレンジに近い赤に紫の縞模様が不揃いに付いている。
それが先程の黒馬ぐらいデカいのだから本当に気色悪い。
豹のオッセの方は同じぐらい大きいが、
肩から背中にかけて緑色の鱗が生えているだけで特に特徴は無い。
大きい豹が緑のマントをしているように見えるだけだ。
そんなことを思っていたら二人が攻撃を仕掛けてきた。
「オッセ!アレやるよっ!」
「わかった!」
晶の周囲をぐるぐる回りながら二人はそんなことを言っている。
だがこの時、晶は二人の攻撃よりも【心眼】の効果に気を取られた。
『わかる、二人がどう動いているか、
見えないはずの背後での動きまでわかる!』
バビロンとオッセはそれぞれ晶の右後方左後方から同時に何かを飛ばしてきた。
しかし晶はそれすらも感じられた。
右後方のバビロンは先程の毒液を、左後方のオッセは口から炎を吐いた。
晶にとってはどちらもスピードに欠けた攻撃に思われた。
左に飛び退り振り向きざまに左足を振り、オッセに向かって礫を飛ばす。
オッセはそれを肩口の鱗で受け止める。
最初の三方向からの奇襲に対して晶が礫を飛ばしたのはオッセにだった。
おそらく同様に鱗で受け止めていたのだろう、かなり固そうだ。
しかし肩口で受け止めるため動きは止まっている。
「ウォォォーーーン!!!」
晶は【魔狼の咆哮】を上げながら【螺旋突破】でオッセに迫り、
いつもの【竜巻砲】ではなく、別の方法で攻撃した。
「しゃくじょーっ!!
でやぁっ!!」
【錫杖】をオッセに向かって槍投げのように【投擲】したのだ。
遊環が悪滅の音を鳴らし、槍先が豹の肩口を鱗ごと貫く。
「うがぁっ!」
オッセは仰け反り鱗の無い腹部を晒した。
「くらえっ!」
晶はその腹部へ思い切り【薬叉礫】を飛ばし次々とめり込ませる。
「しゃくじょーっ!」
そして振り向かないまま錫杖を後方に全力で突き入れ、
背後から迫っていたバビロンの首を一本吹っ飛ばす。
「ひぃっ!!」
頭の一つを失ったバビロンは吐きかけようとした毒液に塗れて倒れ込む。
晶は頭上で錫杖を一回転させ構えるとダッシュしてオッセの頭部に突き刺した。
オッセはもはや一言も発することもなく電子の塵と化していった。
そして晶はバビロンと向かい合う。
もはや六本首となったバビロンはその首たちを許しを乞うかのように低く揃える。
「アタシが悪かった!
この通りだから!ゆるして!ね!?
死んじゃうとこの強さが失われるんだよ!」
そんなバビロンの命乞いに晶は疑問を抱く。
「強さが失われる?
経験が失われるだけじゃないの?」
「違う!
最初は死んでも経験が減るだけだった!
でもいつのまにか死んだら走る速さとか殴る力とか、
全部の力が弱くなるようになったの!
強くなるには生き続けるしかないの!
お願い!見逃して!」
バビロンの必死の命乞いの内容は晶には本当のように思えた。
晶はバビロンに声をかける。
「バビロン、
私ね、一回キミにだまし討ち喰らって死んでるんだ。」
そう言いながら晶は両手を打ち鳴らした。
【迦楼羅炎】が発動してバビロンを炎の蛇が呑み込んでいく。
「きゃぁーーー!!!」
「だからね、バビロン。
今回は斃しちゃうけど、次は見逃すかもしれないよ。」
その言葉はバビロンに届いたかどうか晶にはわからなかった。
いずれにしろ晶は【やられたらやり返す】が信条だ。
一回やられたから一回やり返しただけだ。
次にバビロンと会って、相手が友好的だったら話してもいいかな、
そんな気持ちで晶はバビロンが消えゆくのを眺めていた。