暴かれた鬼
晶は新たに手に入れた武器、【錫杖】を振り回す。
その感触にだいぶ慣れた頃、空腹感を感じ始めた。
『んー、どうしよっかなー。
まだあのズルズル不意打ち鬼に対策出来てないんだよなー。』
先ほど錫杖を手に入れる前までは、
穏形鬼を見つける手段を考えていた。
このリアリティのある世界では砂ですら掴める。
そこでこの砂地の砂をかき集めて岩場へ持っていき、
穏形鬼が現れたタイミングで周囲に砂を撒き見つけようかと思っていた。
「でも砂を撒いてる間に棍棒で殴られそうだよねぇ。
しゃくじょー、どう思う?」
新しく出来た相棒に問い掛ける。
もちろん答えは返ってこない。
晶はため息を吐いてフレンド欄を開いてみる。
『お、タモンがスタフインしてる。
ズルっこ不意打ち鬼のこと知ってるかな?』
僅かな希望を抱いてタモンにメッセージを送る。
するとすぐにフレンドコールサインが現れた。
晶はすぐに応答した。
「はい、アスラだよ。
タモン、調子はどう?」
「やぁ、アスラ。
ありがとう、順調だよ。
【烏天狗】になって格段に戦術の幅が広がったからね。
そっちはどう?」
「うひひ、こちらはなんと【武器】を手に入れました!
【錫杖】っていうの!
私の相棒だよ!」
「え?棒だけに、ってこと?
あれ?また同時翻訳が不調なのかな?」
「なんでもない、なんでもない。
それよりも訊きたいことがあるんだよ!
あのね・・・」
ここで晶はズルっこ不意打ち鬼こと【穏形鬼】について相談する。
しかしタモンはその存在を知らないとのことだった。
途中タモンが知りたそうだったので【武器】の取得方法を教えておいた。
「ワゥワ!アイテムを六種類集めると武器になるのか!
すごいねアスラ!ありがとう!」
「いやいやー、そんなに喜んでくれて嬉しいよ。
あ、インドラから共闘の話は聞いてる?」
「あぁ、聞いてる。
じゃあ三人が武器を手に入れたら挑む、ってのはどう?」
「ほぉ、なるほど、いいタイミングかもね。
じゃ、そうしよっか。」
「じゃあ俺はそろそろクリアアウトするよ。
アスラ今日はフォーラム行く?」
「んー、行かないかも。
HCから【推奨】くるまで【SR】続けるつもりだから。」
「うん、わかった。
じゃあ俺からインドラにそれ伝えておくよ。
じゃまたねアスラ、頑張ってね。」
「うん、ありがとタモン。
またね。」
通話を終えて晶は満足気に息を吐く。
空腹感は増してるが充実感はある。
情報は手に入らなかったが気力は満タンになった。
『よし!岩場に向かおう!』
おそらく晶自身の体力はそんなに残ってはいないだろう。
HCからの【推奨】メッセージがもうすぐ来るはずだ。
その前にもう一度あの鬼を倒したい。
晶の怒りの炎は消えていなかった。
晶は体力消耗を抑えた駆け足で岩場に向かった。
【鬼殺し】スキルの影響なのか餓鬼や小鬼が逃げていくのが感じられる。
あの刺激臭が遠ざかるのは大歓迎なのでそのまま逃げるに任せ進む。
岩場深くまで来ると赤鬼や青鬼がいたので【錫杖】で殴り倒す。
思っていたより錫杖はかなり丈夫で、全力で殴っても壊れる様子は無い。
「いいねー、しゃくじょー。
さすが私の相棒だ。」
晶の声に応え錫杖の十二個の遊環が煌めく。
「あれ?しゃくじょー、ここ光るの?」
晶はその煌めきが気のせいではなく、本当に光っていることに気が付いた。
「え?どうすれば光るの?こう?こう?」
錫杖を両手で持ちブンブン回してみる、が光らない。
右脇に構えて前方斜めを切り裂く動きをする、光らない。
右手で垂直に持ち上げ、石突で石だらけの地面を強く叩く。
ガシャン!
錫杖に付いている十二個の遊環が踊り大きな音を立てた。
途端にピカリと光を放った。
そして
「うわわっ!!」
目の前にあの灰色の鬼が立っていた。
棍棒を振りかぶろうとしている。
「やっ!」
即座に【前蹴り】を放ち【穏形鬼】の土手っ腹にブチ当て距離を取る。
穏形鬼は体勢を整えるとまたその身体を揺らめかせ煙のように消えていく。
しかし晶は近くにその気配を感じることが出来ている気がした。
「はっ!」
ジャランッ!!
先程同様に錫杖を地面に叩きつけ遊環を鳴らし輝かせる。
晶の右側少し先に穏形鬼の姿が現れた。
「でやっ!」
すかさず晶は錫杖を両手で構え尖った先端を穏形鬼に突き刺す。
「ゴァッ!」
悲鳴を上げる穏形鬼を晶は【金剛伝】で連撃する。
胴を、脛を、腕を、顔面を、叩いて、叩いて、叩きまくる。
「どうだっ!どうだっ!どうだーっ!!」
完全に動きを止めた穏形鬼に晶はトドメの突きを全力で放った。
錫杖の槍先が穏形鬼の胸部に呑み込まれ、鬼は電子の塵となり消えていった。
「ズルっこ鬼、大人しくお縄につけぃ!」
本来は戦いの前に言う台詞を得意満面のドヤ顔で言い放つ晶。
言葉の意味はよくわからなくてもなんとなく恰好良いのは理解できている。
晶は右手に持つ錫杖に語りかける。
「しゃくじょー、キミって不思議な力あるんだねぇ。
すんごく助かったよ、ありがと、んでご苦労様。
じゃあ少し休んでて。」
晶の言葉に錫杖はスッと消え去る。
言い回しが変わっても出し入れは可能なようだ。
強敵を倒した晶は満腹感を味わっている。
しかしここでHCから【推奨】メッセージが届いているのに気付いた。
『やっぱりかぁ、しょうがないね。
スキル確認とかは次回のお楽しみにしよ。』
晶は周囲に敵がいないか確認してクリアアウトした。
【SR】を終了した晶は母方の祖父母に会いに行く。
レオナルドとエミリィと楽しい時間を過ごした後、
インドラにメッセージを送り、晶は電子世界を離れた。
「あらぁ、すごいねアキラ。
もうリベンジしたんだね、その卑怯な鬼に。」
エリーゼが膝枕に頭を乗せて寝転がる晶を撫でながら優しく声をかけている。
「えっへっへー、
ママ、アキすんごくスカッとした。
しゃくじょーのおかげだよ。
強力な相棒が出来てアキすんごく楽しい!」
ここで席を外していた吾朗が会話に加わる。
「え?誰その【しゃくじょー】って。
新しい友達?男?女?」
そんな心配げな吾朗に憲吾が呆れた声で話す。
「そういう名前の武器だよ。
昔の坊さんとかが使ってた棒状の武器だ。
アキラは木の棒に名前つけてんだよ。」
ハンナも笑いながら加わる。
「アッハハ、お人形じゃなくて木の棒に名前付けて、
しかもそれが相棒なんだって、アキラは楽しい子だよホントに。」
そんな会話の中で吾朗はホッとして晶に話しかける。
「そっかそっか、晶は【SR】を楽しんでるなー。
パパも仕事先で【SR】の話よく聞くんだけどさ。
みんな難しくてなかなか強くならないってぼやいてるよ。」
「えー?そうなの?
アキの知ってる人たちはどんどん強くなってるけど?」
「へぇ、なんなんだろな?
合う人合わない人がいるってことかな?」
そんな話題に家族みんなが参加する。
「若い人の方が順応性が高いってことじゃないの?」
「いや、運動神経の違いじゃないか?」
「他のフォーラムでも話題になってたけど、
年齢は関係ないみたいだよ?
私より歳上の人が楽しそうに話してたよ。
どんどん強くなっていって面白いって。」
「へぇ、ばぁば、その人って何のキャラか聞いた?」
「うん、たしか【バグベア】だよ。
ウェールズ発祥のこわ~い怪物。
夜早く寝ない悪い子を食べちゃう妖精。
だからアキラも早く寝なさい。」
「えぇ~?妖精なのに怪物なの?」
「すごく昔のお話だと妖精って怪物みたいなの多いよ。」
晶は聞いたことのない進化先の話に興味が湧いたが、
祖母の言うことをきいて寝ることにした。
自室の全包ベッドに潜り込み、今日一日を振り返る。
朝から絶好調で初めて朝昼晩と【SR】をすることが出来た。
体力がついたのか【SR】に馴染んだのかのどちらかだろう。
朝から戦い続け、タモン風に言うなら戦術に幅が出来た。
【錫杖】を手に入れたことにより不足していた中距離の攻撃も可能になった。
『うん、私、どんどん強くなってる。
でも、もっともっと強い敵と闘いたい、闘えるようになりたい!』
湧き上がる闘争心に睡眠を阻害されなかなか眠気が来ない。
だが【SR】は筋肉や神経に作用するゲームのため現実世界の身体に疲れが残る。
やがて身体の中の疲れに呑み込まれるように、晶の意識は沈み込んでいった。