待望の武器
HCの推奨メッセージは未着だが、
時間はいつもゲームを切り上げる時刻を過ぎていた。
キリが良い所なのでクリアアウトしてホームに戻る。
母が体調を心配してくれていたのを思い出し、
一応再度健康診断を受ける、オールグリーンだった。
安心する母を想像して晶は微笑む。
最後にインドラ、タモン、そしてアルマロスにメッセージを送り、
電子世界を脱出してポッドから飛び出す。
「んふー!」
晶は大きく伸びをしてから身体をほぐしていく。
身体の調子の良さはまだ続いているようだ。
自室を出て居間に向かう自分の足の動きにすらそれを感じられた。
『んー、全身の神経に意識が行き届いてる感じ。
今なら尻尾もいっぱい動かせそう。』
ご飯食べたらもっかい【SR】に挑戦しよっかなー。
居間で家族に【SR】の話をして【ズルっこ不意打ちマン】の卑怯さを訴える。
祖父からそれは【穏形鬼】という名前だと教えられた後も、
「でもアイツすんごくズルいの!
スゥーって見えなくなって不意打ちしてくるの!
ズルいんだよあいつー!」
と、怒りのままに不満をぶちまける。
「晶、【穏形鬼】は気配を消す鬼だ。
もう勘でまわりをぶんぶん攻撃したらどうだ?」
「んー、礫を発射し続けるのが精一杯かなー?
竜巻も直線だし、毒針はうまく出せないし。
でも礫も広くだすことが出来ないからなー。
うむむむ・・・」
「周りに火をバーッて出せばいいんじゃないの?」
「アキの迦楼羅炎は一ヶ所からボォッって燃えるタイプなんだ。
広く出せないし自分が炎に当たると死ぬほど痛いの。」
「オーウ、アキラ大丈夫なのそれ?
怪我とかしないの?」
母が晶を心配して抱きしめてくる。
昨日からやけに心配性になってしまっているなぁと晶には感じられた。
「大丈夫だよ、ママ。
ゲームが終わったらぜーんぜん痛くないの。
HCがそこら辺はちゃんと管理してるよ。」
「フーム、アキラ、約束だよ?
怪我とかしないでね?」
「ママ、心配し過ぎだよ~。
ほら、アキ大丈夫だから、約束するから、ね?」
母を抱きしめ返しながら晶は安心させるように話しかける。
父も母を宥め、皆で夕食を食べ始める。
アルマロスともフレンド登録をした話は家族を喜ばせた。
友人が増えることは喜ばしいものだという価値観からのものだ。
しかし祖母は『急に仲良くなる相手はやがて後悔をもたらす』
という昔の言葉を引用して晶に注意を促した。
「相手のことを充分に知る前に信用し過ぎてはいけないよ、という意味。
アキラもちゃんと覚えておいてね。」
「うん、人間関係は距離感が大切、ってHCのメッセージにあった気がする。」
「そうだね、極端に距離を詰めたり、急に離れたりするのは良くないね。
それでね、人によっては冗談のつもりで意地悪なこと言うこともあるよ。
そんな時は相手を傷つけないように意地悪を言わないよう伝えるんだよ。
それでどうしても直さない相手なら友人として合わないってこと。
そんな経験を繰り返してみんな距離感を学んでるんだよ。」
「そっかー、意地悪とか言いたくないし言われたくもないけどなー。」
考え込む晶に家族は『焦らずゆっくり成長すればいい』と宥める。
友人との関係も、晶自身の人間的成長も、と。
家族の思いやりを感じながら晶は感謝を伝え夕食を終える。
そしてひとしきり家族に甘えたあと、自室に戻った。
『さて、どうしようか。』
ポッドから仮想現実へとやって来た晶は腕組みして考える。
『また【SR】をしようか、体力の限界はまだきてないし。
それともエミばぁばに会いに行こうか、レオじぃじが寂しがってるかもだし。
またインドラとも話したいなぁ、タモンも一緒に。
あ、アルマロスとも会ってみたいなぁ。』
結局晶は【SR】を再開することを選択した。
HCの【推奨】メッセージがくるまで【SR】を楽しむ誘惑に負けたのだ。
晶はキャラ選択が表示されたパネルを見つめる。
『特に変化は無し、か。』
プルフラスの猫又や砂漠で会った火蜥蜴を倒したのに変化は無い。
前回タモンのたたりもっけと闘った後には【狗賓】が点滅表示された。
【たたりもっけ】はいまもなお【大梟】に重なり点滅表示されている。
『私の進化先が違うってことかなぁ?』
晶は【鉤爪猫】や【水牛】を試したい好奇心が湧くのを感じた。
自分も水牛でアイテムを使用すれば【白巨牛】になるだろうか?
それを試してインドラと気持ちを共有したい欲求が湧き上がる。
『でも早く強くなりたいんだよね、私は。』
そう思い至り、また【狗賓】を選択した。
「現在の全アイテムを使用して武器を手に入れますか?」
「は?」
女性の声のアナウンスがいつもと違うことを言い出した。
『武器?武器って言った?』
とりあえずパネルを操作し、キャラ選択に戻る。
再度【狗賓】を選択する。
「現在の全アイテムを使用して武器を手に入れますか?」
先程と同じアナウンスが流れる。
『こーれは!間違いない!
【武器】が手に入るんだー!
【はい】だー!はいはいはいはいーーー!!!』
「それではゲームスタートです。
生き残るため、戦うのです。」
晶は白い光に包まれ目を閉じる。
『うっほー!【武器】ってどんなんだろー?
楽しみー!』
期待に胸ふくらませた晶が目を開けると、
そこはやや灰色も見える砂地だった。
『うん、ここかー。
岩場と砂漠の中間ぐらいかな?』
晶は二足で立ち上がり、周囲の気配を探る。
敵の存在が無いことを確かめスキル確認を行う。
『おぉ?ん~と、ん~と、
ほぉほぉほぉほぉ、
よっし!スキル変わってない!』
晶はデスペナルティが無いことを喜ぶ。
おそらく【穏形鬼】を倒した経験が相殺されたものと思われた。
取りたてだった【前蹴り】や【投擲】も残っている。
尻尾を振り【毒針】を撒き散らしながら喜ぶ晶。
もうかなり尻尾は動かせるようになっている。
「あっ!」
無意識に声を出しながら、晶は武器を入手したことを思い出す。
慌てて脳内パネルを操作し、アイテム欄を見てみる。
『おぉぉぉ!!【錫杖】!?
・・・ってどんな武器?』
アイテム欄に【武器】項目が加わり【錫杖】が表示されていた。
しかし相変わらず使用方法がわからない。
『これは・・・杖かな?
木の棒かな?
どう出すんだぁ~?』
晶はなんとか【錫杖】を出そうと様々なアクションをとった。
刀を抜くような動きをしたり、腰に手を当て念じてみたり、
握った右手で見えない杖を地面に叩きつけたりした。
しかし一向に杖が出る気配は無い。
疲れた晶は口に出して愚痴り出す。
「HCは不親切過ぎるよね、こんなんどうすりゃいいの?
アイテム欄を触ったら出るようにすればいいじゃん。
んもぉー!早く出てよ【錫杖】っ!」
するとブンブン振り回していた晶の右手に
ジャラッ、と音を立てる何かが握られていた。
「んへ?」
それは二足で立ち上がった狗賓の身長をやや上回る長い棒だった。
柄は木製で先端には尖った金属の筒先がついておりそれを金属環が取り囲む、
金属環には十二個の金属の輪が連なっていてジャラジャラと音を鳴らす。
底部分の石突にも六角形の珠の様な金属がはめ込まれ殴打に向いた形をしている。
晶はその【錫杖】を右手で持ち、底の珠部分で地面をガンガンと叩く。
地面程度では硬度が足りず、ズボズボとめり込んで行く。
先端の輪っかがガシャンガシャンとうるさく鳴り響く。
『へぇ~、これが【錫杖】かぁ~。』
先程の不機嫌さはどこへやら、晶は上機嫌で錫杖を振り回す。
晶の今の腕力に程良く馴染む重さの錫杖は、
振り回されるたびにビュンビュンと軽快な風切り音を奏でる。
晶はしばらく錫杖を使って、両手で突いたり、連続で叩いたり、背後へ回したり、
相手の足元を狙ったり、脇に構え直したり、と様々な動きを試してみた。
気付けばスキルに【金剛伝】というものが薄く加えられていた。
おそらく錫杖を使用した杖術スキルなのだろうと晶は判断した。
HCの説明不足には慣れている、自分で判断するしかないのだ。
『これはー、呼ぶと出るんだよね?
じゃあ消すことも出来るのかな?』
晶はいま考えたことを試したくなった。
「消えろっ!【錫杖】っ!」
すると晶の右手から錫杖がパッと消えてなくなる。
「【錫杖】っ!」
再び晶の右手にジャラリと音を立て錫杖が現れる。
晶は喜びのあまり飛び跳ねてはしゃぎ回る。
「よーしっ!
しゃくじょーっ!今日からお前が私の相棒だぁーっ!」
興奮に我を忘れて叫びながら、晶は錫杖を右手で高々と掲げた。
気合漲る晶に呼応するように錫杖の十二個の遊環がキラリと光っていた。




