心中の覚悟
晶は咆哮を終えると空腹感が消えていることに気付いた。
デスワームはまだ晶の強敵として捉えてよい存在らしい。
しかしマンティコアや黒鬼ほどではないだろう。
一応の満足感を得た晶は周囲を警戒しつつスキル確認を行う。
だが残念なことに何も変化はなかった。
『むー、やっぱりミミズくんだと強さが足りないんだな。
あ、そうだ。
アイテムも見ないとなぁ・・・
おおっ!
【蚯蚓の珠】取ってるー!やった!』
晶は通算六個目のアイテムを獲得してウキウキになる。
もしかしたら種族変化も有り得ると期待を高める。
『四段階進化するなら何がいいかなー?
狼女から何か繋がるかなー?
あ、全然関係なくなるパターンもあるんだよね、そういえば。』
晶の脳裏に先ほど闘った火蜥蜴が浮かぶ。
水牛から進化して何故火蜥蜴なのかはまるでわからなかった。
いずれにしろ晶はいまのスキルの有用性を確かめなければいけない。
デスワーム戦で工夫した戦い方をしなければいけないと反省したのだ。
手頃な相手はいるだろうか?
晶は思い当たるNPCがいた、鬼たちだ。
彼らならそこそこの耐久性がありサンドバッグにピッタリだ。
非道なことをニッコニコしながら考えつつ、晶は岩場に向けて砂漠から移動する。
尻尾をピコン、ピコン、と小さく揺らしながら四足でスタスタ歩く。
砂地からやや灰色に景色に変わってきたところで晶は敵の存在を感知した。
『ん、これは?
なんか知ってる匂い、かも?』
やがて前方から白い獣が早足で近付いてくるのが見えた。
その獣は【一角馬】だった。
晶はその空想上の動物を知っていた。
幼い頃に観たホログラム童話で何回も登場していた、
王女様が乗る綺麗な馬という印象がある。
白い馬体、螺旋が描かれた角、キラキラ輝くタテガミ、童話そのままの姿だ。
ユニコーンは晶の存在に気付き警戒しながら近付いてくる。
晶はその警戒を解こうと声を掛けた。
「久しぶり、アルマロス。
私、アスラだよ。」
そんな晶の呼び掛けにアルマロスはゆっくり近づいてきた。
「え?アスラなの?
ていうか、たった二日ぶりでしょうが。
どう?強くなった?って訊くまでも無いか。
随分強そうじゃないの。」
「へへっ、まーね、これ、進化三段階目。
狗賓って書いてワーウルフだよ。」
「はぁ?ぐひんで人狼?
ちょっと、同時翻訳の故障?
意味わかんないんだけど。」
「いっひひ、まぁまぁ。
それより、約束覚えてる?」
晶の質問にアルマロスは首を持ち上げ、ゆっくりと下げる。
晶はそれが何を表わしているのかわからず首を傾げる。
首の動きを止めたアルマロスが残念そうな声を上げる。
「覚えてるよ、アタシの方はいまデビル達を倒して満腹だよ。
アスラは?」
アルマロスの言葉に晶は嬉しそうに答える。
「へへ、私もデスワーム二匹ぶっ倒して満腹なんです!
へへへ、
フレンド登録、しよっか?」
「ふん、約束だからね、仕方ない。」
フレンド登録を終えてすぐ立ち去ろうとするアルマロス、
しかしそれを晶が全力で引き留めていた。
「ちょっと!ちょっとだけ!
ちょっとだけ乗せてよ!」
「はぁ!?馬鹿言わないでよ!
アンタみたいな凶暴そうな狼乗っけたユニコーンなんて聞いたことないよ!」
「いいじゃん!いいじゃん!いいじゃん!
小っちゃい頃から憧れてたんだよユニコーンってさー!」
馬の胴体部分にしがみつき離さない晶にアルマロスは怒りの声をぶつける。
「アスラ!
フレンド登録取り消すよっ!」
「うぇ・・・」
手を離ししょんぼりする晶。
だがアルマロスはそんな晶に忖度することなく別れの言葉を残し去っていった。
晶はその姿が見えなくなるまで手を振った。
『ちぇーーっ、白くてキラキラのユニコーン、
乗ってみたかったなぁ~。』
心底悔しがる晶、幼い頃の憧れは成長するに従い大きくなっていた。
『ちょっと乗せてくれるだけでいいのにさー。
アルマロスってケチだなぁ。』
不貞腐れて足元の小石を蹴り飛ばす晶。
蹴った小石の何倍もの大きさの礫がブンッっと飛んでいった。
そして飛んでいった礫は何にぶつかったわけでもなく突然消えた。
『んん?』
晶はもう一度【薬叉礫】を飛ばしてみる。
かなりのスピードで飛んでいく礫は目測で二十メートル付近の辺りでまた消えた。
『なーるほど。
有効範囲があるんだね。
他のことも試そうかな。』
晶は礫が一度に何個出るか、破壊力はどれくらいか、
礫が砕けた破片で自分がダメージを受けるか、など考えつくものを全て試した。
【迦楼羅炎】も同様に調べる。
しかしこちらは使用すると晶の体力をゴリゴリに削る。
慎重に知りたいことを厳選して調べた。
【迦楼羅炎】について最も知りたかったことは、
その炎によって晶自身にダメージがあるかどうか、だった。
この調査を疎かにしたことにより先程のデスワーム戦で苦戦した。
自分の位置に炎を燃え上がらせられるなら空中に飛び出す必要は無かったのだ。
しかしながら試した結果は、
【燃え上がりダメージを喰らうことは無い】が【すごく痛い】というものだった。
自分の位置に【迦楼羅炎】を発生させるのは自殺行為と言えるぐらいに痛かった。
晶が燃え盛る炎の蛇に尻尾を突っ込んだ結果判明した事実だ。
尻尾は燃えなかったが大変な痛みがしばらく続いた。
この痛みによって尻尾の動かし方のコツが掴めたのは副次的産物だった。
そして尻尾の痛みが消えた辺りで空腹感が再発した。
『よし、もう実戦で試してみよう。』
晶は岩場を歩き獲物を探す。
餓鬼や小鬼を見つけたので【薬叉礫】の有効範囲ギリギリで倒す。
たまに当たる前に消えてしまうので距離感をしっかり覚えるように倒していく。
【竜巻砲】の有効範囲は【薬叉礫】より短かった。
竜巻は狙った方向に飛んでいくと、途中で宙に舞いあがり消えていった。
これは今度空を飛ぶ敵に対して試そう、と晶は思った。
赤鬼や青鬼には【魔狼牙】【メテオタックル】【削ぎ取り】【殴打術】を試す。
【殴打術】で殴っていて反撃を受けそうになり足で突き飛ばした際、
【前蹴り】スキルが入手出来たのに晶は少し驚かされた。
散々戦いでキックを出していたのに今さら、という感覚だった。
やはりスキル獲得には何かしらの段階的な条件があるのだと感じられた。
それを知り戦い方に、より工夫を重ねた。
爪による目潰しをしたり男性的急所を蹴り上げたり色々した。
ただ、晶の信条として相手をいたぶるような戦いだけはしなかった。
空腹が収まらないままにしばらくの間、全ての相手を全力で倒し続けた。
しかしスキルはほとんど得られなかった。
【前蹴り】の他は【投擲】だけ手に入れた。
何故か鬼を抱え上げ地面に叩きつけたら手に入ったのだ。
気付けば晶が近付くと鬼の気配が遠ざかるようになっていた。
ここで晶はスキルを手に入れた感覚があったので確認してみた。
すると【鬼殺し】というスキルが手に入っていた。
『うーん?
なにこのスキル?
技なのかな?』
二足で立ち上がり晶はこの謎のスキルについて考え込む。
だがそれは油断というものだった。
ゾクリ
と身体が震えるような【危険予知】の知らせに飛び退こうと足に力を込める、
しかし【烈動回避】することは叶わず、
晶は太い棍棒のようなもので横殴りに弾き飛ばされた。
「ぐぅっ!」
晶は痛打を受けた右脇腹を抑え呻く。
痛覚は軽減されているとはいえ普段痛みなど感じない生活を晶はしている。
この【SR】でも痛みを受けたことは両手の指で足りる程度しかない。
痛みに顔を歪ませながら晶は周囲を見渡す。
しかし周りには何の存在も感じられない。
「うぅ、どういうこと?」
晶はなんとか四足で立ち上がり狼の広い視野で周囲の把握に努める。
嗅覚や聴覚には頼れない、先程の襲撃はそれらに何の兆候も掴ませなかったのだ。
『ぐぅ・・・、まだいるはずだ。
【危険予知】じゃない。
私の【闘争本能】がまだ敵がいるんだって訴えてる!』
晶はゲームのスキルではなく、人間としての【勘】で敵の存在を確信していた。
それはすぐ近くにいるのだと。
痛む脇腹に気を取られないように注意しながら辺りを警戒する。
瞬間、視界の端に棍棒らしきものが映った。
「ぎっ!」
痛みをこらえて晶は棍棒を躱そうとするが今度は腰付近に痛打を受けた。
転がりながらも必死に顔を上げる、そして襲撃者を目の当たりにした。
それは今まで散々倒してきた鬼が一匹だけだった。
ただ色味がだいぶ違う。
灰色の角、灰色の体色、ぼさぼさの髪や髭も白髪混じりの灰色、
右手に持つ棍棒までもが灰色をしている。
が、下半身の体毛だけは他の鬼同様黒々としていた。
何故こんな【危険予知】に引っ掛からないような鬼が自分を攻撃できたのか?
晶はそんな疑問を押し殺しこの灰色の鬼を真正面に見つめる。
一瞬たりとも目を離せない、まばたきする間に消えてしまうかもしれないのだ。
そんな晶の決死の覚悟をあざ笑うかのように目の前の鬼が揺らめきだしだ。
『そんな、うそでしょ?』
晶の見つめる中、灰色の鬼はゆらゆらと煙が消えるように存在を無くした。
痛みのため晶はもうふざける余裕も無く周囲をきょろきょろと見回す。
『ぬんぐ、先制攻撃って大事だよね。
やられた方はこんな風に圧倒的に不利になるもんね。』
晶は痛みを怒りに変換して気力を保つ。
『絶対探し出して斃す!
不意打ち鬼なんかにやられてたまるもんかっ!』
怒りのアドレナリンで痛みが和らぐ。
晶は怒りながらも周囲の気配を掴むことに全力を注いだ。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、第六感、全ての感覚を研ぎ澄ます。
『来たっ!!』
晶はまたしても右方向から振り回された棍棒をハッキリ知覚した。
もはや避けられる距離ではない、身体を右に捻り腹筋で痛打を受け止める。
「うぐぅっ!!」
しかし棍棒は左脇にがっしり抱えて離さない。
目の前の灰色鬼が慌てた表情をする。
窮屈な体勢のまま、晶は両手を叩き合せた。
ゴオォッ!!っと灰色鬼を中心に無数の炎の蛇が湧き上がる。
至近距離の晶をも大量の炎が舐めていく。
激しい痛みをこらえ術を解くと灰色鬼は既に黒く変色し消えていくところだった。
「へへへ、ざまぁ。」
【迦楼羅炎】による痛みと先ほど殴られた痛みがぶり返し、
晶は地面に這いつくばり動けなくなってしまった。
そこに
ズシン、ズシン、と
聞き覚えのある足音が響いてきた。
晶はわずかに顔を上げ、親しげに呼びかける。
「やぁ、黒鬼くん。
赤鬼くんたちのかたき討ちかな?」
呼びかけられた黒鬼はそれに応えることなく、
巨大な金棒を振り上げ、勢いよく下ろした。
晶は白い世界に舞い戻る。
もう痛みは欠片も感じられない。
『ふぅ~、やられちゃった。
あの不意打ち鬼はホント要注意だなぁ。』
晶は灰色鬼に怒り心頭だ。
晶はこの後の夕食時に祖父憲吾からその鬼の名は
【穏形鬼】だと教えてもらう。
しかし今の段階では晶は鬼の名を知らぬまま、
【ズルズル不意打ちマン】とあだ名して溜飲を下げていた。