闘いの深化
晶の午前の授業は人間を模した人工知能から現代のロボット研究についてだ。
その中で晶が興味を惹かれたのはロボットに感情を持たせる研究に関してである。
それはまだ未完成の技術とされている。
ロボットが感情を持っていると人間に【錯覚させること】は出来る、
しかしHCの判定では感情有りと認められなかった。
人間のような動揺や感動が感知されなかったのだという。
ロボットがいちいち動揺や感動してたら困った事態が起きそう、
というのが授業後の晶の感想だ。
昼になり晶は電子世界から現実世界へと意識を移す。
家族と昼食をとりながら【SR】での絶好調ぶりを伝え、また自室に閉じこもる。
午後は淋しがる母エリーゼと授業を受けロボットバトルを繰り広げた。
ロボット操作はゲームとは勝手が違い、エリーゼとの勝敗は丁度互角だった。
「ワーオ、アキラ、強くなってるねぇ。
もうすぐママじゃ相手にならなくなるね。」
「えへへー、ありがとねママ。
でもできればずっとアキの相手はしてて欲しいな。
なんか寂しいもん。」
「オーゥ、アキラったら・・・」
涙ぐむエリーゼにハグをして慰める晶。
仮想現実なので感触は無いがハグし続ける。
そして、感情を持たせたつもりの現代ロボットは
こういった行為が理解できないのかもな、と頭の片隅で考えていた。
授業が終わり渋るエリーゼを宥め晶はホームへ戻る。
メッセージが無いのを確認して【SR】を開く。
スタート前にタモンからのメッセージが残っていたので確認する。
『うわー、タモン【たたりもっけ】から進化したんだ!
たぶん前に言ってた【烏天狗】になったんだよね?
タモンも三段階進化したってことだ、追いつかれちゃった!』
いまタモンと勝負したらどうなるだろうか?と晶は考える。
進化して戦い慣れた自分なら進化して間もないタモン相手に勝てるのでは?と。
しかしそんな勝負を晶は望んでいなかった。
タモン相手ならもっと清々しい勝負がしたいのだ。
前回闘ったように、負けても納得出来るような、熱い闘いがしたいのである。
『ぬぬぬ、これは負けてらんない。
いまのスキルを磨くか、新しい技を獲得するか、むむむむ。
もっと強いスキルが欲しいよー!』
少しの間悩んでいた晶だが、
そんな悩んでいる時間がもったいないと気付き【SR】をスタートさせる。
「それではゲームを再開します。
生き残るため、戦うのです。」
晶が目を開けるとそこは砂漠と林地の中間にあたる荒地だった。
『あ、あの林はタモンと闘ったとこだ。』
晶が見やる方向にはまばらに木々が並んでいる。
ハルピュイアと戦ったのとはまた別の場所である。
『こっちには確かピュイピーはいないんだよね。
そういえば大鷲って直接倒してないんだよなぁ。』
暫しぼんやりしていた晶だがハッと意識を覚醒させ周囲を警戒する。
幸い近くに敵はいないようだった。
警戒を解かず上空を見上げながら晶はスキル確認を行う。
『ふーむ、どれどれ?
あぁっ!
【天狗火】が【迦楼羅炎】、
【天狗礫】が【薬叉礫】になってるぅ!』
ウワッホー!と飛び上がって喜ぶ晶。
嬉しさが途切れるまで存分に小躍りした。
『ほかに変化は・・・無しか。
うーん、そっか。
でもこの二つがパワーアップしたのは心強い!
アイテムもどれどれ?
あー、【蚯蚓の珠】取れてないー!』
喜んだりガッカリしたり目まぐるしく感情を変化させる晶。
気を取り直して砂漠の方向へ顔を向ける。
『よし、
【迦楼羅炎】と【薬叉礫】の試運転がてら、
デスワームくんをいっぱい倒そうかな。』
当座の予定を決めタモンとインドラにメッセージを送る。
二人はスタフインしてるようだが返答がない。
戦闘中だろうと推察される。
この【SR】の世界はのんびりしている時間がほぼ無いのだから。
晶ものんびりしている暇は無い。
先ほどスタフインした時から空腹感が襲ってきているのだ。
デスワームで空腹感は軽減される。
数を倒せば収まるかもしれない。
晶は砂漠に向かい駆け出しながら地中の気配を探り続ける。
しかし晶の探索に引っ掛かったのは別の生物だった。
『おんやぁ~?
なにあれ?』
四足でなるべく体勢を低く構え、晶は遠い場所に潜むその生物を観察する。
その外見は大型の蜥蜴に見える。
だがその茶色い体表は赤黒いものが斑に混じり毒々しさを感じさせる。
そしてその頭部から背中にかけ炎がタテガミのように揺らめいている。
『アレって、
インドラが言ってた【火蜥蜴】かなぁ?』
火蜥蜴は何の動きも見せず晶の存在に気付いてるかどうかもわからない。
しかし晶は闘いを回避するつもりは毛頭ない。
一応足音を立てず姿勢を低く保ちながら四足で近づいていく。
かなり近づいたところで火蜥蜴から先制攻撃を喰らった。
「んばっ!」
火蜥蜴は口から真っ赤な火炎弾を吐き出してきた。
晶はそれを余裕を持って躱した。
「やぁ、サラマンダーさん。
私はアスラ、あなた、プレイヤーだよね?」
「だったら何?
結局戦うんだから名乗らなくてもいいよ。」
そういって火蜥蜴は火炎弾を連発してきた。
晶はそれを【螺旋突破】で躱しつつ接近し、
中距離から覚えたての【薬叉礫】を飛ばす。
高速で飛んでいった石は前とは違い凶悪な鋭さを持った形状をしており、
火蜥蜴の左前足を砕き胴体に次々めり込んでいった。
晶は怯む火蜥蜴に迫り鋭角に飛び込んだ。
そして火蜥蜴の頭部に右手の爪をめり込ませるとそのまま背中まで引き裂いた。
「キャアーー!」
高い声で悲鳴を上げる火蜥蜴の苦し紛れの尻尾攻撃に構わず、
晶は相手の後足を踏みつけながら馬乗りになり殴打せんと身構える。
しかし殴打を叩き込むまでもなく火蜥蜴は物言わず塵となり消えていった。
『ふぃー、見た目の割にあんま熱くなかったなぁ。
ちょっとだけ態度がアレだったけど、
正々堂々の勝負だったし、いいか。』
火蜥蜴相手だったのに色んな意味で熱い勝負にならなかったのは残念だった、
晶はそんな思いでスキル確認を行う。
余裕を持った勝利だったが、少し違和感を感じたからだ。
『あ、【尾擲撃】ってのがある。
尻尾の攻撃かな。
え?私のこの尻尾で?』
晶は自分のフサフサの尻尾を見やる。
これで叩かれても相手はもふもふを堪能するだけでダメージにならないだろう。
晶は尻尾をピクンと動かしてみる。
スキルを奪取したおかげなのか前よりすこし大きめに動く。
【毒針】が一本だけ飛んでいった感覚もあった。
進歩はしている、強化はされてない気がするが。
晶は二足で立ち上がり周囲を見渡す。
あの巨大蛇の姿は見当たらない。
空腹も収まっていないので晶はデスワームを探し出した。
歩きながら晶はいまの【薬叉礫】の威力にほくそ笑む。
おそらく爪での攻撃もいらなかったぐらいの破壊力だった。
ならば【迦楼羅炎】はどんな風に変化しただろう?
デスワーム相手ならピッタリな気がして晶はまだ【迦楼羅炎】を試していない。
楽しみを後にとっておいてるのだ。
空腹を堪え、尻尾を動かす運動を続けている内に、
晶はお目当ての獲物の存在を突き止めた。
『よーしよし、
いいぞいいぞー、
って、あれ?』
晶は近付いてくるデスワームの音に違和感を感じた。
『あれ?これって、二匹いる?』
晶がそう察した時には既に至近距離に近付く振動を感知していた。
「うわっ!」
思わず声を出して大きく回避する。
デスワーム二匹の連続攻撃でギリギリ躱す余裕は無かった。
片方の攻撃の音でもう一匹の音が聞こえなくなってしまうのだ。
晶目掛けて一匹が頭を突っ込ませてくる。
それを躱し【迦楼羅炎】を起こそうと両手を構えるが、
今度はもう一匹が晶を捕獲せんと大口を開けて迫ってくる。
二匹目の攻撃を大きく回避しているともう一匹は既に姿を消している。
ならばと二匹目が地中に沈もうとしているのを狙うと地中からの振動を感知する。
一匹目がまた近付いてきているのだ。
「なにその連携!
キミたち脳味噌ないはずでしょ!
ズルいぞズルいぞ!」
別にズルくは無いと頭では理解していたが晶の口からはそんな非難が飛び出た。
『このままじゃマズいぃ!』
焦る晶の脳裏にまたイチかバチかのアイデアが浮かぶ。
『これだっ!』
覚悟を決めた晶は四足になり一匹目の地中からの攻撃に備える。
その攻撃はすぐに行われた。
グバァ!と音を立て砂を撒き散らし地中から飛び出すデスワーム。
晶はその攻撃を飛び退って躱すと再度跳ね上がりデスワームにしがみつく。
四足全ての爪をめり込ませるようにしてしがみついた晶。
デスワームが宙に伸びきったところでその胴体を蹴り離れる。
そして空中で両手を強く叩き合せる。
【迦楼羅炎】が発動した。
その形状は【天狗火】のような火柱ではなく、
無数の火炎状の蛇が絡みつくようにしてデスワームを呑み込んだ。
みるみるうちにデスワームは赤い炎に包まれ焼け焦げていく。
晶は大蚯蚓の焼けた臭いから逃れるすべがなく苦しんだが、
一匹は電子の霧を撒き散らしながら消えていった。
しかし空中に取り残された晶を二匹目が地中から跳び上がり狙ってきた。
「はぁっ!!」
晶はそれを【二段跳び】で方向転換して躱す。
躱しながら空中で両手を叩き合せ【迦楼羅炎】を発動させる。
再び現れた火炎の蛇の大群はデスワームを呑み込み電子の墓場へ追いやった。
軽やかに着地を決めた晶はその様を満足気に見つめた。
『ふぅーー。
いまのは良い閃きだった。
【二段跳び】は使えるスキルだなー。』
【二段跳び】が無ければ晶は二匹目のデスワームに呑み込まれ、
電子の命をまた失うことになっていただろう。
いまのデスワームの連携攻撃と自らの閃きに晶は思うところがあった。
スキルの使い方やアイデア次第で戦い方も大きく変わる。
強いスキルがあればいいという訳ではないな、と晶は反省する。
思い返せば【危険察知】を攻撃に関与しないと軽視したこともあった。
出し惜しみせず全力で色々試行錯誤する必要がある、と思い知らされた。
ライバルたちが強くなっている。
NPCの敵たちも戦いの幅を広げてくる。
「アオォォォーーーン!!!」
自分も強くなるんだ!晶は決意も新たに力強く咆哮を続けた。




