砂漠の難敵
プルフラスに圧勝して自らの絶好調を再確認した晶は砂漠に向かった。
昨日巨大な蛇のエリアボスに追いかけられた場所は避けるように進む。
『昨日のアレはヤバかったなぁ。
以津真天とどっちがヤバイかな?』
晶は既にエリアボスに二回殺されている。
沼地でウィッカーマンに撲殺され、
林地で以津真天に毒煙で縛られながら握殺された。
『インドラたちと共闘するならどのエリアボスかなぁ?』
まだ戦っていないエリアボスは砂漠の巨大な蛇、そして森林の巨大蜘蛛だ。
狗賓の【危険予知】だと砂漠の巨大蛇が一番危険な予感があった。
ウィッカーマンは周囲の骸骨たちを何とかすればいけそうに思う。
『ふぅむ、今のところウィッカーマンが有力候補だなぁ。』
そんなことを考えながら四足で砂漠を進む。
一度また隠れていた大蠍を【天狗火】で倒したが、
やはり空腹感は薄れないので以降無視して進んでいる。
ここで晶はタモンやインドラにメッセージを送っていないことに気付いた。
二人ともまだ【SR】にスタフインしていなかった。
とりあえず現在地としばらく砂漠にいる予定を伝えておいた。
晶は空腹感が飢餓感に変わるのを感じ焦り始めた。
しかしそこで新たな強敵の存在を感知した。
『これは、砂の中?
でも大蠍よりずっと深い!』
狗賓としての【気配看破】は嗅覚に頼るところが大きい。
今回のような地中の敵相手だと聴覚でしか感知することが出来ず範囲が狭まる。
晶は四足のまま緊張を露わに待ち構える。
やがて聴覚だけではなく、足裏から伝わる振動で敵の接近を覚った。
刹那、
晶は横っ飛びでその場を離れる。
ゴバァッっと大きな音を立て砂が撒き散らされる。
先程まで晶がいた場所から巨大な筒のような生き物が飛び出してきていた。
巨大な筒は晶を楽々呑み込めるだろう太さがあり、茶色くぬめっていた。
その生き物が頭部をグニャリと曲げ晶の方へ向ける。
そこに顔は無く、筒の先は大きな穴になっており奥が見通せる。
穴にはびっしりと牙が生えていてガチガチと音を鳴らし獲物を待ち構えている。
『なるほど、こいつが【デスワーム】ってやつだね。
ミミズって大きいと気持ち悪いな~。』
晶はミミズが益虫で土に栄養を取り戻してくれる存在なことを知っていた。
しかし目の前の怪物はそのようなものではないようだ。
一面の砂漠がそれを物語っている。
「やぁ、ミミズくん、
キミはお話できるかなぁ?」
一応晶は問い掛けてみた。
しかし心の中ではこの怪物が流暢に話し出したら逆に怖い、とも思っていた。
デスワームは無言で晶に飛び掛かってきた。
晶は【烈動回避】でそれを紙一重で避ける。
デスワームは砂中に頭から突っ込み潜り始めた。
晶はその胴体部分に竜巻付きの殴打を連続でブチかます。
しかしその攻撃はデスワームにさほどダメージを与えられなかったようだ。
その長い胴体をどんどん砂中に沈めていって遂に尻尾まで隠れてしまった。
『打撃はあまり効かないんだね。
でもコイツにインドラは勝ったんだよね?
アレか、【白色の炎】ってスキルか。』
晶はインドラから聞いていた彼女のスキルを思い出す。
つまり晶が狙うべき攻撃方法は一つしかない。
晶は少し移動してまた四足で待ち構える。
聴覚が地中を移動するデスワームの存在を伝えてくる。
それは徐々に晶の方へ近づいてきている。
デスワームの動きが聴覚だけではなく足裏の触覚でも感じられた。
「やっ!」
晶が【幻惑ステップ】で大きくその場を離れる。
またもや砂を巻き上げる大きな音と共にデスワームが飛び出してきた。
そして前回同様、空洞の頭部で晶を捕らえんと突っ込んでくる。
晶はそれを【烈動回避】で躱し砂中に潜り始めたデスワームに攻撃を仕掛けた。
「ハァーーーッ!!!」
両手を叩き合せ至近距離での全力の【天狗火】だ。
その炎はスキル獲得時の頃とは比べものにならないぐらい大きい。
晶は渾身の力で【天狗火】を出し続ける。
するとデスワームが地中に潜るスピードが落ち始める。
晶はさらに手を叩き直しより地中深くから燃え立つように【天狗火】を起こす。
「ぬぅぅーーー!!どうだーーー!!」
晶は肺の中の空気を全て吐き出すような感覚で【天狗火】を起こし続けた。
やがてデスワームはその動きを止め、ゆらゆらと身体を揺らし倒れ込む。
胴体から尻尾部分までしか見えないがその姿は電子の塵となっていく。
晶は勝利を確信して大きく深呼吸を行い身体の力を抜いた。
「ぐっはぁ~~~、疲れたぁ~~~。」
思わず声に出しながら晶はその場にへたり込む。
『こんなのにインドラは勝ったんだよねぇ。
インドラも結構強いんだなぁ。』
倒した敵との対比で晶はインドラの強さを思い知る。
次にフォーラムで会ったらどうやって倒したのかちゃんと聞いておこう、
そう考えていた晶だが、まだ空腹感が収まっていないことに気付いた。
『えぇ?デスワームで足りないってこと?
えぇ~?
あ、でも【危険予知】もそんなにじゃなかったかも。
んもぉ~!』
空腹感は収まっていないが、だいぶ軽減はされている。
もう一匹倒せば収まるだろうと晶には思われた。
一応アイテム確認したが【蚯蚓の珠】は入手できていなかった。
『また探すしかないかぁ、はぁ~。』
と、ため息を吐く晶の視界で何かが動いたように感じた。
「え?」
慌てて顔を上げその方向を見つめる。
確かに何かが動いている。
何か黒ずんだ布のようなものがふわりと風に舞い上げられたもののように見える。
それはゆらりゆらりと近付いてきた。
晶の【危険予知】が微かに反応する。
『えぇ?あれが敵?』
晶の戸惑いをよそに布はどんどん近付いてくる。
良く見ると布は何かを巻きつけて浮かんでいた。
それは棒の先に三日月状の刃がついているいわゆる鎌だった。
布は浮かんでいるがそれは人の上半身がフードを被っているように膨らんでいる。
その右手部分が鎌を携えているのだ。
『ひぃ~!
オバケだぁ~!』
晶はそれが亡霊か何かだとやっと気付いた。
正直なところ逃げ出したい気分に駆られたが空腹感がそれを許さない。
いつもならフレンドリーに声を掛けるところだが恐怖心のためそれが出来ない。
震えながら【天狗火】で先制攻撃しようと晶が身構えていると亡霊が消えた。
「え?」
一瞬ポカンとした晶の眼前に亡霊が姿を見せた。
「ぎにゃーーー!!」
慌てて左に身をよじると肩口を鎌がかすめていった。
亡霊が相手なためなのか【危険予知】がうまく働かない。
晶は躱した反動を利用して左のフックを亡霊の胴体目掛けてブチかます。
しかし晶の左手は空っぽの袋を押しやるような感触で亡霊を通り抜けてしまった。
『まずいっ!』
晶は至近距離にある鎌がその刃の向きを変え晶の首目掛けて動き出すのが見えた。
「んにゃろっ!」
晶は必死に鎌の柄部分を膝蹴りして軌道をずらす。
のけぞる晶の鼻先を刃が通り過ぎる。
さらに晶は至近距離での【天狗火】を試みる。
布を燃やし尽くそうと狙ったのだ。
両手を叩き合せ炎を舞い上がらせる。
しかし亡霊はなんら変わらぬ様子で再び鎌を振り下ろそうと構える。
「うっそ!」
反射的に晶は左腕を突き上げ、鎌の柄の底部分に的中させた。
鎌はその勢いに負け布を引き摺るようにして宙を飛んでいく。
危機を脱した晶はその様子を見て直感する。
『こいつ!鎌が本体だな!』
晶が一呼吸する間に再び亡霊が姿を消す。
晶は慌てずに足に意識を合わせ【烈動回避】の準備をする。
亡霊が晶の背後に現われた気配がした。
「たっ!」
晶は右後方へ素早く移動し鎌の振り下ろされる軌道を回避する。
そして両手を力強く叩き合せる。
今度は間違いなく【鎌】を狙って火柱を燃え上がらせた。
鎌は一瞬抵抗するようにグルンと一回転したが、
すぐに力無く落下し布ともども電子の靄を放ち燃え尽きた。
晶は難敵が消えゆくさまを見終えると長く息を吐いた。
『うーん、焦った。
初めての相手だと対処法が特殊なやつがいるんだね。
HCもいやらしいことするなぁ~。』
HCに人格が無いことは分かっているのだが、
ついそんな感想が漏れてしまう。
人間が自分の価値観を基に他を判断してしまう所以だろう。
そして晶は空腹感が収まっていないことに気付き膝から崩れ落ちる。
苦労したのにそれに見合う対価を得られなかったという気持ちだった。
すがる気分でアイテム確認をしたが【蚯蚓の珠】は得られてなかった。
すると晶の脳内にメッセージの通知が来た。
パネルを開くとインドラだった。
いまスタフインしたらしい。
晶はコールを送る、少し愚痴りたい気分だった。
「エーィ、アスラ。
おはよう。」
「おはよー、インドラ。
こっちはいま砂漠なの。
デスワームとオバケを倒したけど全然お腹がいっぱいにならないー。」
「あらぁ、すごいねアスラ。
連続で倒したの?」
インドラの驚きの声に晶は戸惑う。
「え?インドラも倒したんじゃなかったっけ?」
「デスワームはね。
でもいっぱい時間かけてだよ?
地面から出た隙を狙って【白色の炎】でちょっとずつ攻撃したの。
そのオバケ?は会ってないよ。」
「あ、なーるほど。
そうだったんだ。」
考えてみると晶は一度の攻撃チャンスで仕留めようと必死になってしまっていた。
インドラの言う通りデスワームは隙だらけの敵なのだ、
ゆっくり攻略すれば良かったのだと今さら気付いてしまった。
その後すこしだけ話し、
また昼のプレイ時にメッセージを送る約束をしてコールを終えた。
『くぁー、失敗した。
いや、失敗じゃない、時短したんだ。』
晶はなんとかそう思い込んで自分を納得させた。
するとそんな晶の耳に聞き覚えのある音が感知された。
「いぃーやった!」
晶は飛び跳ねて喜ぶ。
すぐさま四足になり獲物を待ち構える。
数十秒後現れたのは【デスワーム】だった。
晶はインドラに教わった通り時間をかけて【天狗火】を繰り返し、
初回とは打って変わって楽々とデスワームを電子の墓場へ送り、空腹を満たした。
そしてちょうど良いタイミングでHCから【推奨】メッセージが届いたので、
【SR】をクリアアウトし、午前の授業に勤しむことにした。