尻尾を振る
黒鬼を斃したことにより、晶の空腹は収まった。
やはりかなりの強さだったのだろう。
満足感がかなりあるし、力の湧き立ちも強めに感じる。
満腹状態で鬼たちに襲われたくないので晶は場所を移動する。
そして岩場と砂漠の間の見通しの良い砂地で休息する。
スキル確認などを行うためだ。
『お!【捨身タックル】が【メテオタックル】になった!
結構長く使ってたもんね、ふへへ。
おぉ?【高速ステップ】が【幻惑ステップ】か、
よくわかんないけど、進化したんだよね?
あ!【雄叫び】が【魔狼の咆哮】になった!
【狼】が名前に入ってるスキル初めてだ!特殊スキルかな?』
ウッキウキでスキルを眺める晶、ご満悦といったところか。
さらに晶は見逃せない新スキルを発見した。
『え?【毒針】?
なにこれ?どこのタイミングで獲得した?』
紫の空を見上げ思案する晶。
やがてタモンの言葉が思い出され答えが閃く。
『ナッキィのスキルだっ!
タモンが言ってたプレイヤーを倒してスキルを奪う!
このことだったんだっ!』
ナッキィ以外にも倒したプレイヤーはいた。
水牛やプルフラスの鉤爪猫などを倒したはずだ。
しかし相手のスキルを入手したことは無かった。
経験を高めたスキルでないと獲得できないのだろうか?
またタモンに訊いてみよう、と晶はその疑問を一時封印した。
『【毒針】かー、どうやって出すんだ?』
晶はナッキィとの闘いを思い出しながら頭を振ったり試行錯誤した。
しかし毒針が出た気配は無い。
『むむむ?スキルにあるんだから出るはずだよね?』
【旋風弾】の時のように偶然出たりしないだろうかと晶は滅茶苦茶な動きをする。
しまいには地面に寝転がって手足を振り回した。
だが何も変わらず毒針は出ない。
『なんだよもぉ~、諦めよっかなぁ。
あーあ、布とかに砂が付いちゃってる。
HCはリアリティ求め過ぎだよぉ~。』
晶は脳内でぶつくさ言いながら布の砂をパンパンと払う。
ふさふさの尻尾にも砂が入り込んでしまい腰を振って払い落とす。
パパパッ
『うぇ?』
晶は尻尾から何かが飛び出していくのが見えた。
もう一度尻尾を見つめながら腰を振る。
パパパッ
周囲の砂地に何かが飛び散っていった。
四足になり地面すれすれに顔を近づけ慎重に地面を見回す。
砂に何かが刺さっているのを見つけてそっと狼の手でつまむ。
『これは?
尻尾の毛が硬質化したのかな?
これが【毒針】?』
晶は腰を振るのではなく、尻尾を単独で動かそうと試みる。
しかしうまく動かせない。
どこに力を入れていいのかわからないのだ。
『こ~りは難しいね。
ふんっ、ふんっ。』
晶はタモンやインドラと話して自分が四足歩行などに適性を持つことを知った。
その話で自分は器用だったんだなぁと認識していたが尻尾は別のようだ。
『ん~?
おしりの筋肉じゃないのかな?
お腹の中の筋肉かな?』
晶は下腹に力を籠め、内臓を動かすようなイメージで腹筋各所を試した。
ピコンッ
「おっ!」
尻尾が一瞬動いた。
晶はいま動かした感触を忘れないようにと何度も繰り返す。
ピコンッ
しかし何度繰り返してもピクリと動かす以上のことは出来なかった。
『ふぁ~あ、疲れてきちゃった。
これは何回も練習するしかないなぁ。』
晶はこれ以上の尻尾練習は諦めてアイテム確認を行う。
『あっ!【鬼の金棒】!
これは武器かな!?』
しかし相変わらずアイテムに関してはパネルをどう操作しても何も起こらない。
ガッカリした気分で晶は脳内パネルを閉じた。
まだHCからゲーム終了を推奨するメッセージは届いてこない。
狗賓ではなく、晶本人の体力はまだ大丈夫ということだろう。
『最後に砂漠を探検しようかな。
インドラは砂漠で【蚯蚓の珠】を取ったみたいだし。』
晶は本日最後の【SR】の予定をそう決め、タモン達にメッセージを送る。
インドラからはすぐに返信があった。
晶が朝に行った森林エリアにいるらしい、
インドラは【猛虎の牙】が欲しいそうだ。
しかしそのメッセージには気になる文面があった。
『ほほぉ~、インドラ【水牛】から進化したのかぁ~。』
ナッキィも騰蛇に進化していたしみんな強くなっているようだ。
『これは負けてられませんなぁ~!』
自分が強くなっている間にみんなも強くなっている、
そんな事実に晶は【怯え】ではなく【闘争心】を感じた。
まずはインドラのいう【デスワーム】という敵を求め、
晶は砂漠の方向に四足で駆けだしていった。
『ふひぃ~、
砂漠だけど暑くもなきゃ寒くもないんだなぁ~。』
晶は砂漠をとぼとぼと四足で歩く。
既に空腹感が襲い始めている。
たまに【気配看破】で大蠍の潜む位置を察し【天狗火】の一撃で倒すのだが、
何匹倒しても空腹感から解放されない。
晶は五匹倒したあたりで諦め、以降は無視している。
尻尾を動かす練習をしながら歩き続けていると【危険予知】が何かを知らせた。
遠目にも何か巨大な蛇のような怪物が砂を撒き散らし
徐々にこちらに近付いてくるのが小さく確認出来た。
晶はすぐさま逃げた。
全力で四つの脚を動かし砂を巻き上げ走りつくし、
なんとか捕まらずに砂漠地帯を脱出した。
『あれはヤバい。
絶対エリアボスだ。』
逃げ切れたことにホッとして地面にへたり込む。
そしてHCからついに【推奨】メッセージが届いた。
空腹状態でクリアアウトすることに晶はためらいを覚えたが、
近くに手頃な強敵を見つけることは出来ず、そのまま【SR】を終了した。
『はぁ~、
次に再開するときはすぐに強い敵みつけないとだなぁ~。』
晶はぼやきながらメッセージを確認する。
『あ、ナッキィからだ!』
ナッキィはさっきの闘いでのアスラの強さを褒めてくれていた。
さらに暇があったらまたフォーラムで会おうとある。
晶は嬉しさを隠せないままの文面で返信を送りしばらく微笑んでいた。
気が付けばいつもより遅い時間になっていた。
電子世界に別れを告げポッドから起きだし自室のドアを開ける。
現実世界でも尻尾を動かす筋肉に意識を合わせ歩き、
家族のいる居間へと入っていく。
「おぅ、アキラ。
今日は長く【SR】出来たんだな、だいぶ慣れたか?
ん?どした?変な歩き方して?」
「うひひ、しっぽを動かす練習してんの。」
「ワッフフ、アキラ、ゲームで尻尾動かしてるの?」
「そうなの、しっぽ動かすとピピピーって針が出るの。」
ちょこちょこと歩く晶の様子に祖父母が可笑しげに笑っている。
父と母は夕食を準備していたのでそれを手伝いちょこちょこと歩いて運ぶ。
それを見てまた祖父母が面白がる。
須能家は晶がムードメーカーを担っている、
両親も着席し晶の尻尾話に表情を崩していた。
ここ何日かの常で夕食の時は晶の【SR】話が会話のメインになる。
「へぇ~、やっぱり鬼が出て来たか。」
「うん、え?なにが【やっぱり】なの?」
「え?だって餓鬼とかもいるから【地獄】が舞台なんじゃないの?
【SR】って。
名前からして地獄を表してるだろ?」
父の言葉に晶は首を傾げる。
「えぇ?【SR】って【地獄】って意味なの?
ゲーム情報だと【魔界】が舞台って言ってたんだけど?」
「まぁ直訳すりゃあ【六道輪廻】だな。
簡単に言やぁ【天国】【人間界】【動物界】と三つの【地獄】がある。
人間が生まれ変わって天国に行くために
善行を積み重ねろっていう仏教の教えだ。」
「へぇ~、いいことしたら天国に行けるの?」
「いや、この【天国】にいっても結局死んじまう。
生まれ変わりを繰り返すって話みてぇだな。」
「えぇ~?なにそれ?」
祖父の話に晶は納得できないものを感じ顔をしかめる。
「変に見返りを求めて善行を行うのではなく、
自然に善行を行えるようになれば何度生まれ変わっても天国に行ける。
そういう教えなんじゃないかな?」
「なるほどぉ~、さすがママ。
わかりやす~い。」
母の言葉に追従する晶、
しかしここで疑問が生まれた。
「あれ?
じゃあ【SR】って天国があるのかな?」
この疑問に家族全員が思案顔になる。
まず祖父の憲吾と祖母のハンナが口を開いた。
「まぁ、あるんじゃねーか?
ゲームの名前に六道ってあるんだからよ。」
「でも魔界が舞台ってゲームの説明にあったんでしょ?
地獄を這い上がった先の天国でその【景品】がもらえるんじゃない?」
さらに父の吾朗と母のエリーゼも意見を出す。
「それはおかしくないかな?
天国も六道の一つなんだろ?
それ全部ひっくるめての【魔界】なんじゃないかな?」
「私もそう思うな。
HCには善とか悪の概念が薄いんだもの。
天国を【善いもの】と捉えてないかもよ?」
晶は両親祖父母の意見交換になるほどなるほどと頷く。
タモンが話していた【HCの意図】にも繋がる話だと感じた。
ありのままの人間の生態を知ること、
殺伐とした世界と平和な日常との比較で幸せを再確認させること、
その他にも【HCの意図】は存在するように感じられたのだ。
【SR】の舞台設定の話に決着はつかぬままだったが、
晶は気にせず自室に戻った。
そういうことはゲームをさらに進めていくうちに解明されるものだ。
いまは何となくそういう話もあるのだな、というぐらいでいい。
まだまだ【SR】を楽しみたいのだ。
晶は仮想世界に入りホームからフォーラムを検索する。
いまの魔界のことを話題にしても楽しいかも、と思いながら微笑む。
まずはナッキィを見つけた。
早速フォーラムに入室する。
すぐにナッキィは見つかった、前回同様グループで話しているようだ。
「ナッキィ!さっきぶり!」
「お!アスラ、さっきぶり。」
ナッキィがにこやかに挨拶を返し歓迎の意を伝えてくる。
「ナッキィ、正々堂々闘ってくれてありがとね。
私、すっごく楽しかった。」
「勝った方にそう言われちゃうと何とも複雑だねぇ。
どういたしまして、ってとこかな?
あ、またグループで話す?」
「うん!いっぱい話すことあるよ!」
晶はナッキィの参加するグループにコンタクトして【SR】の話に興じた。
ナッキィの親戚というヒーシィが晶の話にとても興味を示していた。
「どうやらアスラはだいぶ先に行ってるようだね。
僕とは別地域にいるようだけど、
もう三段階進化したってことだよね?」
「へ?三段階?
うーん、兎とかから狼、んで禍獣、んで狗賓、
あ、三段階かー。」
指折り数える晶をナッキィが可笑しげに見つめている。
ヒーシィはさらに問い掛ける。
「僕の周りでも狼を選択した人は何人かいるんだけど、
アイテムを使って進化してもその一角狼?禍獣?にはならなかったよ。
尻尾が二つあるキツネになったって、
あ、一人だけ臭獣になったのがいたよ、アハハ。」
「えぇ~、やっばーい!
臭くて負けちゃうかもだよー。
一回餓鬼が臭すぎてやられるとこだったし。」
「アッハ、アタシは蛇だったからあいつらは楽な相手だよ。
ひと噛みして逃げ回れば勝手に死んだからね。」
ナッキィの言葉で晶は毒針の件を思い出す。
晶はナッキィ達に尻尾をどうやって動かせばいいか相談してみた。
しかし話し始めてすぐナッキィ達は大笑いし始めてしまった。
晶の尻尾を動かす仕草がツボに入ってしまったのだ。
「アーハハ!アスラなにその動き!アーハハ!」
「ウーククッ!やめてそれ!ウクッ!面白過ぎる!」
「えー?そんな可笑しい?
これが?これが?」
調子に乗って腰を振りながらピコンと動かす動きを繰り返す晶。
ナッキィにも動きを真似させて晶は楽しく時を過ごした。