三色鬼退治
晶はナッキィ戦に勝利し気分は最高潮になっている。
四足走行で荒地を駆け抜ける。
『ん?』
ここで晶は足を止め、嗅覚に集中する。
知ってる匂いがしたのだ。
まだ空腹感は軽いものだ、
先程のナッキィ戦の勝利で少し緩和されたのかもしれない。
この匂いの主と挨拶がてら戦う余裕はあるだろう。
そう考えた晶はゆっくりと匂いを辿り荒地を二足歩行で歩く。
やがて匂いの主の羽音がブゥンと聞こえた。
さらに進みその姿が視認できるようになった。
晶は少し懐かしさを覚え親しげに声を掛ける。
「やぁ、カブトムシくん。
三日ぶり、また戦いたくなって来ちゃった。」
フレンドリーに声を掛けたが内容は殺し合いの宣言だ。
甲虫にも戦う意志が伝わったのだろうか?
下脚で上半身を起こし翅を広げ晶を威嚇する動きを見せる。
「私ねぇ~、まぁまぁ強くなったんだよぉ~?」
家族に話すように少し甘えた口調で声を掛け続ける晶。
別に精神に異常をきたしたわけではなく、
序盤に自分を斃したり鍛えてくれた相手に敬意を払っているのだ。
「さ、カブトムシくん、いくよ。」
晶の言葉に応答するかのように甲虫は宙に飛び上がった。
左右に揺れながらホバリングする甲虫は晶の強さを警戒しているようにも見える。
子猫の時には問答無用で一直線の攻撃をしてきたはずだ。
やはりこの巨大昆虫に晶は少し知性を感じてしまう。
「カブトムシくん、来ないなら、
こっちから行くよっ!」
晶はまた【雄叫び】を上げつつ【竜巻砲】を飛ばす。
竜巻は素早い動きで躱した甲虫だが、その間に人狼の接近を許してしまう。
【二段跳び】で空中の甲虫の側面に飛び上がった晶は、
黒光りする甲虫の甲殻の翅に向かって拳を固めて全力で振り下ろす。
ガン!という音に混じりミシリと割れる破壊音が聴こえた。
同時に射出された竜巻で薄羽も引き千切られた。
晶は攻撃の手を緩めず同時に落ちていく甲虫の下腹に礫込みの蹴りを叩き込む。
キリモミしながら落下した甲虫に【天狗火】のトドメを見舞い勝負は決着した。
「カブトムシくん、私、結構強くなったでしょ?」
消えゆく甲虫を見送りながら晶は最後まで親しげに語り掛け続けた。
晶は空腹が軽減されないことを少し寂しく感じながらその場を後にした。
甲虫戦で少し感傷に浸ったものの、晶の闘争心に陰りは見えない。
また四足走行に戻し岩地に潜入する。
この方向に新たな敵の存在を捉えたのだ。
『むーん、臭い。
餓鬼もいるんだね。
集団戦は厄介だなぁ。』
灰色の砂地をなるべく音を立てないように進む。
やがて石だらけの岩場に辿りつくとその存在が視認出来た。
『あれは、鬼、だよね?』
晶は脳内で自分に問い掛ける。
幼少時に両親や人工知能から聞かされた童話に出てくる鬼。
他のゲームでもたびたび見かける日本の代表的な妖怪と言える。
しかし晶の視線の先にいる存在はやや趣が違う。
餓鬼三匹の中心で身体を揺らすソレは筋骨隆々な人間の男性をベースとし、
顔や上半身は赤黒い表皮をしており下腹から下は黒い剛毛で覆われている。
上半身は人間体であるのに下半身は動物のように見える。
頭からは牛のような白い捻れ角が二本生えている。
黒い髪はもっさりと縮れて長く、ヒゲも全力で生えるだけ生えている。
細長い鉄の釘のような武器を片手で振り回すその様は、
【鬼】というより【悪魔】に近いように晶には感じられるのだ。
『ん~、でもじぃじが餓鬼は鬼の仲間だって言ってたしな~。
あれってどう見ても仲間だよね?』
晶が観察していると餓鬼三匹は赤鬼の周囲を小躍りしながら廻っている。
『仲良くしてるとこ悪いんだけど、
そろそろ倒させてもらおうかな。』
晶は岩陰で戦闘プランを定めると一気に飛び出した。
「ウォォーーーン!!!」
全力の【雄叫び】を上げながら鬼たちに接近し、【竜巻砲】をぶつける。
それだけで餓鬼のうち一匹は電子の霧に姿を変える。
赤鬼が鉄棒を振り上げるのが見えたが構わず【天狗火】を起こし鬼の目を眩ます。
その間に【高速ステップ】で餓鬼二匹に足を振るい、
【天狗礫】で雑魚を消し飛ばす。
残るはデカブツの赤鬼一匹だけだ。
「やぁ、赤鬼くん。
キミはお話出来るかな?」
「キサマ、人間の仲間、許さん。」
「おぉっ!話せるの!?
キミは鬼なの?悪魔なの?」
「ガァッ!!」
赤鬼は晶に吼えかかりながら鉄棒を振り下ろす。
まともに当たれば晶もただでは済まないだろう勢いだ。
しかし【烈動回避】で晶はその攻撃を躱し、
無防備な脇腹にボディブローを竜巻のおまけ付きで叩き込む。
衝撃に身体を折り曲げた鬼の下半身に向かって【天狗礫】を打ち込み転ばせる。
倒れ込んだ赤鬼に【天狗火】を喰らわせ晶は第一ラウンドの勝利を決定づけた。
そして第二ラウンドの相手がすぐに姿を見せた。
「グァーッ!!」
青黒い表皮の鬼が二匹岩を跳び越え晶に攻撃を加えんと近付いてきた。
晶は【天狗礫】を二匹の顔目掛け飛ばし、
怯んだすきに片方に【捨身タックル】を敢行した。
狗賓となって初めての頭突き攻撃だったが練習はしている、
額上部の角が鬼の腹にめり込む感覚は禍獣の時と変わらぬものだった。
残る青鬼がその鉄棒の尖った先端で晶を突き刺しにきた。
晶の【危険予知】が反応する、この攻撃を喰らったらヤバいと晶は覚る。
晶は足に力を込めると角に鬼が刺さったまま頭を振り盾にする。
しかし青鬼の突き刺し攻撃は仲間を貫いても威力は衰えず、
晶の顔のギリギリをかすめていった。
『あっぶな!今のはヤバかったー!』
いまの同士討ちで片方の青鬼は電子の命を散らした。
残りの青鬼は仲間を手にかけたことに悔やむ様子も見せず威嚇を続けている。
「ちょっと、仲間でしょ?
少しは悲しんであげれば?」
死因はほぼ晶のせいなのだが図々しく相手を非難してみる。
「人間、許さん。
お前、殺す。」
「ゥワーォ、シンプルなご意見。」
また突き刺し攻撃を狙っているのか鉄棒を水平に構え青鬼が迫ってくる。
晶は近付く青鬼に対し棒立ちで待ち構える。
「でやっ!」
そして鉄棒の射程範囲に届く前に【天狗火】で青鬼の前面を焦がす。
ダメージにバランスを崩す青鬼に【螺旋突破】で近付き、
再度の【捨身タックル】で第二ラウンドに決着をつけた。
『さて、最後の奴はだいぶ強そうだねぇ。』
第三ラウンドの相手が岩を跨いで姿を現した。
その真っ黒な表皮をした鬼は赤鬼や青鬼より一回り以上の巨体だった。
手に持つ金属の武器は釘のような細いものではなく、
ベースボールのバットぐらいの太さがあるように思えた。
かなりの重量なのは間違いない、足音がドスンドスンと響いてくる。
『こいつがエリアボス?
いや、ウィッカーマンや以津真天に比べると全然だね。
たぶん違うなぁ。』
しかし強敵であることは間違いないだろうと晶は理解している。
油断できる相手ではないのだ。
「やぁ、黒鬼くん。
僕、狼女。
キミは人間とお話出来るかなぁ?」
我ながら仲間を何匹も殺しておいてなんだな、と思いつつ
一応フレンドリィに晶は問い掛けてみる。
人工知能搭載のNPCの可能性もあるのだ。
【SR】はHC作製のゲームだ、
きっとどこかで話すことの出来るNPCを登場させるだろう。
【人間を成長させること】がHCの存在意義のひとつなのだから。
が、黒鬼には会話機能が備わっていないようだ。
言葉を発すること無く鉄棒を岩に叩きつけ威嚇を続けている。
「それじゃあ始めよっか、黒鬼くん。
んんん、
やぁやぁ!
遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!
我こそは魔界の狼、その名もアスラ!
その名を恐れぬものから・・・ってウワォッ!」
晶は祖父憲吾に教わった千年前の戦いの儀式を行おうとしたが、
無粋な黒鬼が名乗りの途中で岩を投げつけてきたのだ。
「くんぬぅ~、
こんな時はなんて言うんだっけ?
あ!
お代官様!そんなご無体な!」
晶の言葉を全く意に介さず黒鬼は岩を投げ続けてくる。
そのスピードはかなり速い。
近くの岩に当たって砕けた破片が当たるだけでダメージを受けるだろう。
晶はひとまず【高速ステップ】で黒鬼から距離を置きつつ隙を窺う。
黒鬼は大きい、目線から考えて晶の五割増しぐらいの高さはあるだろう。
青鬼ですら渾身の捨身タックルで倒せなかったのだ、
黒鬼にも何度か会心の攻撃を当てないと倒せないと思われる。
『まずは、ちょっとずつ当ててみようかな。』
黒鬼は右手に岩、左手に金棒を持ってこちらの様子を窺っている。
晶は【高速ステップ】で的を絞らせないよう動きながら近づく。
すると黒鬼が急に動きだし晶の方に突進してきた。
晶は横移動で黒鬼から離れようと試みるが
進行方向に岩を投げつけられ進路変更を余儀なくされる。
黒鬼はドタドタした足運びだがとにかく大きいのだ。
歩幅の違いで黒鬼はバックステップする晶に猛然と追いすがる。
晶は後ろに跳びつつ【竜巻砲】や【天狗礫】で迎撃する。
しかし黒鬼にダメージが通った様子は見当たらない。
腹や足に当たる拳大の石をものともせず晶に迫る。
黒鬼はその大きい腕を振り上げ長い鉄棒を晶に向かって振り下ろす。
晶は紙一重でその攻撃を躱し、ドガン!と凄い音を立てて鉄棒は地面に激突した。
その隙を見逃す晶ではない。
黒鬼の脇をすり抜け跳び上がり【二段跳び】で黒鬼の後頭部目掛けて跳ね戻り、
渾身のバックブローを竜巻付きでブチ当てる。
その攻撃は振り向きかけていた黒鬼の顔面に痛撃を与えることに成功した。
のけぞる黒鬼。
巨体なだけあって身体より頭部への攻撃が効くようだ。
しかし迂闊に空中戦は仕掛けられない。
空中には逃げ場がないのだ、捕まったら一巻の終わりだろう。
ひとまず黒鬼の片足を【天狗火】で焼きつつ再度距離をとった。
黒鬼は怒り心頭なようだ。
ドスンドスンと地団太を踏み、焼かれた足を痛そうにさする。
HCは会話機能は付けないのにこんな細かい挙動は付けるのか、と晶は感心する。
しかしその挙動は弱点を晒すことに繋がる。
晶は【螺旋突破】で近付き【雄叫び】でわずかながら黒鬼の動きを鈍らせる。
そして再度【天狗火】を起こし黒鬼の焼かれた足をまた痛めつける。
黒鬼の片足は剛毛が焼け落ち、焦げたような臭いが辺りに漂う。
晶はそこで足を止めず、黒鬼が振り回す鉄棒を躱しながら再び雄叫びを上げる。
また黒鬼が動きを鈍らせたのを見計らって天狗火で同じ足を焼く。
同じ攻撃をさらに二度繰り返したところで黒鬼は片足を失い倒れ込む。
晶は容赦せず倒れた黒鬼の頭部目掛けて礫を何度も叩き込んだのち、
天狗火を繰り返し起こし、なんとか黒鬼を電子の墓場へ送り込んだ。
「ぐっはぁ~、疲れたぁ。
黒鬼くん、しぶと過ぎでしょ。」
動きが鈍い分、耐久力が高いタイプだったのだろうか、
黒鬼はいままでの強敵の中で一番の打たれ強さがあった。
「ふふ、黒鬼くん。
強かったよ、ありがとね。」
晶は地面にへたり込みながら、
墓場に旅立ったタフガイに感謝の言葉を贈った。