胸に在る志
晶はタモンとインドラと三人で話し続けた。
【SR】の話題は尽きない。
「そうなんだよ、以津真天っていうんだっけ?
あのエリアボスは俺も見かけてすぐ逃げた。
敵いそうにないよね、大きさからして違うからね。」
「ワタシ、別のエリアボス見たことあるよ。
森の中にちょっと無理して入っていったら遭遇した。
角が生えた恐ろしい顔をした蜘蛛の怪物に捕まって殺されたの。
アレはトラウマになりそう、絶対エリアボスだよ。」
「へぇ~、私次は森に行こうと思ってたんだけど。
気を付けなきゃだなぁ。」
【SR】の世界はかなり広いようで二人もまだ山などには辿りつけてないらしい。
インドラの遭遇したという森のエリアボスの話がせいぜいだった。
逆に二人の方が晶の話から刺激を受けていた。
「ハルピュイアか、見たことないな。
こっちの林地ではいないのかもな。
でも【大鷲の爪】か、大鷲以外からも出るんだね。」
「岩場は歩きづらいからあまり入らないけど、
ゴブリンがいるんだね、見てみたいかも。
それにその砂地が広がるところに行くには岩場を越えなきゃだもんね。」
「無理して岩場を通らなくても遠回りして荒地を通る手があるよ。
荒地はあんまりNPCいないしおすすめだよー。」
本当に話は尽きなかったのだが時間の流れを止めることは出来ず、
今夜の話し合いはお開きにすることになった。
「ドゥッヒ、もっと話したかったよ、アスラ。
親類以外でこんなにいっぱい話せたの初めてだよ。」
「私ももっと話したかったー!
また絶対会おうね!
私それまでにいっぱい強くなっておくから!」
「ハハ、アスラ。
別に強くなってなくてもまた会おうよ。
もう一人【SR】やってる従弟いるんだけど、会う?」
「うんっ!いっぱい【SR】について語り合おうよ!」
晶の元気の良さに目を細める二人。
晶とインドラはフレンド登録をして別れることにした。
インドラが家族以外で初めてのフレンドと伝えてきた。
前回のタモンとのやり取りとは逆に、晶が照れてしまう立場となった。
再会の約束を交わしフォーラムを離れる三人。
晶は満足感を胸にホームに帰り電子世界から離脱した。
また居間に戻りインドラの話を嬉しそうに語る。
父と祖父もやけに嬉しそうに聞いている。
多幸感に包まれながら晶は就寝する。
その晩は夢も見ず、晶の寝息だけが部屋の空気を微かに震わせる。
身体の疲れが夜の闇に溶けるかのように消え去っていった。
『んん?朝?』
昨日は夢のせいで自力で目覚めた晶だったが
今日はいつも通り微弱電気で目覚めた。
晶はベッドから抜け出し立ち上がる。
少し屈伸などして足の感覚を確かめた。
どうやら昨日の疲れは残ってないようだ。
『んー、さすがは全包ベッド。
あ、パパのマッサージも少しは効いたかもな。』
寝る前の多幸感がまだ続いている晶は部屋を飛び出し居間に元気よく入っていく。
「おっはよー!」
「お、アキラ、朝から元気だな。
おはよう。」
「パパー、足がすごく調子いいんだ!
マッサージしてくれてありがとね!」
「うんうん、そっかそっか。」
吾朗は愛娘からの感謝に相好を崩し何度も頷く。
その愛娘はハンナに抱きつきながら甘えている。
吾朗はこの時間がずっと続いてほしいと願いながらその光景を眺める。
吾朗の脳裏には昨夜の愛娘の話が残っている。
話に出てきたインドラという美人がタモンの許嫁とかなら最高だなと思考する。
すると妻が愛娘に何やら注意し始めた。
「アキラ、【SR】で無理しちゃダメだよ?
ダッドの友達が腰を痛めた話聞いた?
ナノマシン制御があるのに怪我しちゃうのって怖いよ?」
「エリィ、それは現実世界との感覚のギャップでやらかしたんだろ?
アキラは大丈夫じゃないか?」
「ノゥ、ゴロー。
アキラが同じことにならない保証ないよ?」
両親の議論に晶は慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょっと、アキ大丈夫だから!
いっぱい気を付けるから!ね?」
そんな娘の心配に父と母は微笑んで答える。
「アキラ、パパたちは別にケンカしてるわけじゃないから。」
「そうだよ、ママたち議論して考え方を調整してるんだよ。
アキラはまだ会話に臆病なところあるよ?
意見のぶつかり合いは恐れなくていいんだよ。」
「うーん、そうなのかなぁ?」
晶は家族での朝食を終え、自室に戻る。
そして先程母からかけられた言葉を考える。
『会話に臆病かぁ。
でも相手を怒らせないようにするのって、悪いことかなぁ?
うーん・・・』
晶はタモンとインドラの顔を思い浮かべる。
急激に仲良くなった二人とも激しく意見をぶつけ合うことになるのだろうか?
晶はそれで嫌われてしまうことがとても恐ろしく感じる。
晶はそれ以上考えることが億劫になり、
逃げ込むようにポッドに入り仮想世界に意識を溶け込ませた。
ホームでメッセージを確認する。
インドラからメッセージが入っていた。
もう少し強くなったら共闘してウィッカーマンを倒そう、という内容だった。
それに対する了承と昨夜の出会いに感謝の言葉を添え返信しておいた。
『んー、なんかテンション上がんないなぁ。』
晶は【SR】をスタートさせ白い光に呑み込まれる。
前回死に戻ったためキャラメイク画面がパネルに表示されている。
晶の今の気持ち的には何か変化が欲しかった。
このままの気分でまた【禍獣】を選ぶのは躊躇われた。
『んん、キャラ六種類の内容変わってないか。
【鬼蜥蜴の鱗】と【大鷲の爪】も取ったのになぁ。
【水牛】でも選んでインドラと話が合うようにしよっかなぁ?』
気分がノっていない晶はいたずらにパネルをなぞる。
なんとなく今まで全く興味の無かった【大蛇】に触れてみる。
「どのアイテムを使用しますか?」
女性の声のアナウンスが流れる。
晶はしばらく悩み、キャンセルしてまたキャラ選択に戻る。
『んー、せっかく【二段跳び】も覚えたし、
やっぱり【禍獣】にしよっかな。』
他の選択に思い切ることが出来ず、結局晶は禍獣を選択した。
「どのアイテムを使用しますか?」
再び流れるアナウンスを聞きながら晶は全アイテムを選択する。
『インドラは鱗で水牛が炎攻撃出来るようになったって言ってたしね。
全部試してみなきゃ。』
「それではゲームスタートです。
生き残るため、戦うのです。」
もう見慣れた光の奔流に目を閉じる。
『私、相手の顔色を窺ってばかりの嫌な子なのかな?』
ゲームと関係ないことを考えながら晶は魔界へ落ちていった。
目を開けるとまばらに生えた木々が見えた。
以津真天に握殺された林から少し離れた場所のようだ。
「あっ!?」
思わず声を上げたのは五感から伝わる自らの変化のためだ。
晶は二本足で立っていることに気付いたのだ。
腕を持ち上げ両手を見つめる。
もっさりと青黒い毛が生えた両手は狼のものだが指は長く棒などは掴めそうだ。
指の先には鋭い爪が伸びていて左右の手の爪を軽く叩き合せると、
カチャンカチャンと硬質な音が鳴り響く。
身体をかがめて自分の姿を確認するとほとんどが狼の体毛で覆われていて、
下半身は腰から膝あたりまで黒い布の腰巻が巻かれている。
足も狼のものだが四足の時より安定感があるように思われた。
頭を触ると短いが角は残っていた。
禍獣の時同様に視界には自分の口が映っており、
噛み付き攻撃は問題無さそうだった。
『あ、あれはどうかな?』
頭の角を振ってみたが【旋風弾】が出ない。
『うぇっ!?無くなった?』
慌ててスキル確認を行う。
『えとえと、あれ?【旋風弾】あるじゃん。
なんで出ないんだ?
あ!【魔狼牙】が【ドリルファング】に戻ってる!
なんだよもぉ~。』
【二段跳び】が残っているのに安心して一回だけ試してみる。
『お!人型だから垂直に二段跳び出来るんだ?
これは便利かも。』
それから晶は頭を色々な角度で振り続け【旋風弾】を何とか出そうと頑張った。
しかし風はそよとも吹かない。
『んもぉー!なんでなんでなんでっ!』
先程まで気分が低調だったこともあり晶はイライラして腕をブンブン振り回した。
すると小さな竜巻が二方向にブンッっと飛んで行った。
『え?』
晶は自分の右腕を見つめながら高く上げていき、勢いよく前方へ振り下ろした。
ブォンッ!
小さな竜巻が勢いよく前方へすっ飛んで行った。
「いぃよしっ!」
晶は【旋風弾】の発射成功で気分が高まっていくのが感じられた。
そこから晶は様々な動きを試した。
パンチしたりキックしたり地面を叩いたり小躍りしたりした。
そして【旋風弾】以外のふたつの術を見つけた。
「はっ!」
気合と共に両手を胸の前で叩き合せる、
それと同時に前方三メートルほど先に火柱が上がった。
スキル確認を行うと【天狗火】がうっすら表示されていた。
さらに
「てりゃ!」
小石を蹴り上げるような動作で足もとの空間を蹴ると
拳大の石が数個勢いよく飛んで行った。
スキル確認を行うと【天狗礫】がうっすら表示されている。
「すごいっ!
すごいすごいっ!」
晶はテンションMAXになり天狗火と天狗礫を試し続ける。
はしゃぐ晶は疲労で息が出来なくなるほど荒くなってきた頃にようやく止まった。
「ぐはぁ~、ぐはぁ~。」
『これは、結構疲れる。
でも、念願の、遠距離、攻撃、だぁ。』
自分が【狗賓】に進化したことを晶は確信していた。
早くこの身体に慣れてまた更に強くなるのだ!
息を整えている内に晶は空腹になってきたのを感じていた。
その飢えを満たすたびに自分は強くなるのだ。
晶は【SR】をやり始めた頃の野心を取り戻していた。
そうだ!強くなるのだ!アルマロスとも約束した!強くなるのだ!
魔界の王者となって全ての存在の頂点を目指すのだ!
晶は自らの内に潜む闘争本能が沸騰するのを感じ、大きな雄叫びを上げた。




