新たな強敵
女面鳥は空中を飛び回り晶を攪乱している。
いや、からかって遊んでいるのかもしれない。
「ピューィ!ピューィ!」と楽しげに鳴きながら翼をはためかす。
『うんぬー、
人の顔をしてるから表情がわかる。
こいつぅ、馬鹿にしてんなー?』
晶は怒りが湧き立つのを感じた。
しかし先程の大鷲との戦いでもそうだったが空への攻撃方法が無い。
女面鳥は大鷲ほど高度を上げないがそれでも充分晶の攻撃範囲外だ。
【旋風弾】もまともに届かないだろう。
『逃げよっかな?』
晶はチラリと森の方角を見やり身体の向きを変える。
すると女面鳥は晶の意図を汲み取りすぐさま晶と森の間の位置に割って入る。
「逃がさないってこと?
意地悪なんだね、ハルピュイア!」
「ピュイ!」
晶の問い掛けに返事をする女面鳥。
NPCなのに知性があるように晶は感じた。
会話が成立しそうなやり取りに少し興味が出てきた。
「あなた、ハルピュイアって名前なの?」
「ピュイ!」
「NPC同士でも戦うんだね、
ビックリしちゃった。」
「ピュイ!」
「バーカバーカ!
ピュイしか言えないピュイピーめ!
やっつけてやるぞー!」
「ピュイ!」
どうやら知性があるというのは晶の勘違いだったようだ。
人間の顔をしているので余計な先入観が入ってしまったらしい。
「ピィーー!!」
「うっわ!危なっ!」
考え事をする晶の隙を衝いて女面鳥が急降下攻撃を仕掛けてきた。
その鋭い鉤爪攻撃を何とか躱すが肝を冷やす。
晶はその攻撃を何とかやり過ごそうと林の方に移動し始める。
女面鳥は森の中に移動されるのは阻止しようとするがこの晶の動きに反応は無い。
ただゆっくりと晶の動く方向について来る。
晶は空中に浮かぶ女面鳥から視線を外さないまま、
ステップを踏むように木に近付く。
そしてそのまま女面鳥との間に木を挟むように位置取りをする。
晶は嗅覚と聴覚による【気配看破】を駆使し、
女面鳥が空中の位置を変えるたびに木を間にするよう回り込む。
すると苛立った表情を見せた女面鳥は高度を上げ木の枝につかまる。
ひと休みかな?と晶は思ったが女面鳥の意図は違った。
その鋭い鉤爪で枝を握り潰し下へ落とし始めたのだ。
バサバサと次々落ちてくる枝を晶は飛び退いて躱す。
そして枝に紛れて女面鳥はその鉤爪で禍獣を握殺しようと狙ってくる。
「ふぉー!
ピュイピー!
頭使ってきたねキミぃー!」
「ピュイ!」
仕方なく木から距離を取る晶。
女面鳥はまた晶の攻撃範囲外を飛び回り始めた。
逃げることも、攻撃することも出来ない。
晶は絶体絶命の危機にたたされた。
『これはヤバい。
出来るかどうかわかんないけど・・・。
イチかバチか、一撃に賭ける!』
晶は意を決し再び木の側に移動する。
女面鳥は先程同様木の枝を晶の近くに落とし始める。
晶はその枝を躱しながらチャンスを窺う。
枝に紛れて振り下ろされる鉤爪の攻撃を一度目は大きく横っ飛びして躱す。
再び舞い上がった女面鳥はまた別の枝につかまり握り潰す。
舞い散る葉っぱに視界を奪われないように注意しながら晶は枝を躱す。
女面鳥が再度枝に紛れて落下攻撃を仕掛けてくるのが感じられた。
晶はその二度目の攻撃をまた飛び退いて躱す。
距離が空いたことで女面鳥はまたゆっくりと飛び上がり始めた。
そこで晶は女面鳥と別方向の木に向かってダッシュする。
大きく跳び上がると木の幹を蹴りさらに高く跳び上がり女面鳥に喰らいついた。
晶は三角跳びでの一撃に賭けたのだ。
そしてその賭けに勝利した。
【ドリルファング】で翼をへし折られた女面鳥は地面に落下して呻く。
晶は勢いをつけた角での【捨身タックル】で女面鳥にトドメを刺した。
「ピュイピー、いい勝負だったよ。」
「ピ・・・」
女面鳥は晶の言葉に返事をする様子を見せたが途中で電子の塵となった。
消えゆくNPCに対して晶は敬意にも似た気持ちを抱いていた。
『また、また勝負しよう、ピュイピー。』
感傷的な気分に浸りながら晶は少しの間、女面鳥との再会を祈った。
『ふぅ、
ピュイピー、ちょっとだけ可哀想に感じちゃったな。
まぁ私が殺したんだけど。』
複雑な感情に悩まされつつ晶は力の湧き立ちを強く感じた。
『あ、ピュイピー、強かったんだなぁ。』
女面鳥に感謝しながらスキル確認を行う。
驚いたことにスキル変化が三つもあった。
『やった!
【ドリルファング】が【魔狼牙】になってる!
強そうになったねぇ~。
んで【ジグザグ跳躍】が【二段跳び】と、
そんでぇ【緊急回避】が【烈動回避】になったかぁ。』
さらに驚いたことはそれだけではなかった。
『うわ!
【大鷲の爪】手に入れてる!なんで!?
ピュイピー倒したから!?
すごいすごーい!』
晶は満面の笑みで頷きながらまた無意味に竜巻を撒き散らす。
そしてワホワホと小躍りして最後に飛び跳ねる。
『ん?』
晶は飛び跳ねた際になにか違和感を感じた。
もう一度飛び跳ねてみる。
違和感のままに何度も飛び跳ねる。
「おおっ!」
晶は何度目かのジャンプで気付き思わず声を上げる。
跳躍の頂点でもう一度空中に足場があるかのようにジャンプが出来たのだ。
物理の法則を無視した動きに晶は興奮する。
『すーっごい!
これが【二段跳び】ってこと?』
晶は何度も【二段跳び】を繰り返す。
不可思議な能力に晶は興奮を隠せない。
何度も何度も繰り返し跳躍した。
喜びにはしゃぐ晶は不意に【危険看破】がビンビンに反応するのに気が付いた。
周囲に生物の影は無い。
上空を見上げてみる、空に何かが飛んでいるようにも見えない。
しかし晶はすぐに気付いた、タモンの時と同じだ、と。
木の上から何か聞こえてくる。
「イ、テュマ、ディーム。」
『ふぇ?』
晶は強烈な存在感に身が竦む思いだったが、
その正体を知りたい好奇心に抗えず声の方を見やる。
「い、てゅ、まぁ、でぃぃ。」
『何て言ってんだぁ?』
木の上の影はかなり大きい。
鳥のように見えるのだが、蛇のように木の幹に絡みついている。
明らかに声はその異形の怪物から放たれている。
「い!つ!ま!で!
い!つ!ま!で!」
『いつまで?
え?
いつまでゲームしてんだって怒ってんのかな?
ゲームのキャラが?
あ、でもHCならやりそう。』
そんなことを考えていた晶の前にその怪物は降りてきた。
バサリ!と羽音を立てて現れたのは巨大な鳥だった。
しかしその頭部は人間の男性のように見える、
が、その口部分は嘴のようになっていて鋭い牙を覗かせる。
胴体部分が鳥のようであるのに尻尾から先に長く太い蛇の胴体が付いている。
その足部分は先程のハルピュイア同様鳥の足だが爪の長さが段違いだ。
「いつまで!いつまで!」
「あ、ごめんなさい、もう終わります。
すぐクリアアウトするので許してください。」
晶は謝罪するが巨大な鳥の化物は聞く耳を持っていないようだ。
またバサリと羽音を立てふわりと浮かび上がり、
低空を滑空して晶に鋭い爪を振りかざしてきた。
晶は【烈動回避】で素早くその爪を躱す。
「いつまで!いつまで!」
「あれ、キミはそういう鳴き声なの?
お話は出来ないかなぁ?」
晶のフレンドリーな呼び掛けに巨大な鳥の化物は雄叫びで応えた。
「イツマデッ!」
キィン!とその場の空気が固まるような感覚を晶は感じ取った。
身体がうまく動かない、強者の圧なのか何らかのスキルなのか。
さらに巨大な鳥の化物はその嘴から灰色の煙を吐き出す。
その煙は周囲の空気に溶け込むことが無く、
晶に向かい飛んできて蛇のように細長く絡みついてきた。
「うぇぇー!
何これ?何これ?
うっ!
何が気持ぢ悪ぐ、なっでぎだぁ・・・」
動きを鈍らせた禍獣に化物は悠々と近付いてきてその長い足の爪で掴み、潰した。
晶は腹に鈍い痛みを覚えそのまま意識を暗転させた。
また白一色の光景に戻され、晶はため息を吐いた。
HCから体力低下に伴うゲーム終了を推奨するメッセージが届いている。
しかしそのメッセージを見る前から晶はゲーム続行が不可能なのがわかっていた。
『ぐぅ~、
調子に乗って【二段跳び】し過ぎた。』
晶は仮想世界であるのに足が疲労でガクガクと震えるのが感じられた。
どうやらスキルによって体力を大きく奪うものがあるようだ。
【二段跳び】はその一つだと考えられる。
最後の戦いでは足が動かず一回だけ躱すのが精一杯だった、
ほとんど無抵抗で殺されてしまう結果となってしまった。
しかし晶の表情は明るい。
『ふひひ、
タモンに報告すること増えちゃったな。』
ニマニマと笑う晶はホームに戻り現実世界にもどるためパネルを操作する。
ポッドを出て居間へは向かわず、そのまま全包ベッドに横たわる。
疲れた足をナノマシンでマッサージするためだ。
横になったまま晶はホログラムビジョンでニュースを眺める。
深海探査は順調なようだ。
『んー、火星とか水星の惑星探査も見たいけど・・・』
晶は足のマッサージが終了してしまったのでビジョンを閉じ、ベッドから降りる。
そして居間へと向かう。
また家族にいまの戦いの報告を行うのだ、
ウキウキした気分で晶は居間のドアを開けた。
「その怪物は【以津真天】だな、日本の妖怪だよ。」
祖父の憲吾がまた得意げに説明を始めている。
どうやら以津真天はかなり昔の妖怪で疫病をばら撒く存在だったようだ。
「そういう鳥が実際いたのかなぁ?」
「そうだな、
疫病の原因になった鳥が実際にいてそんな伝説が広まったのかもな。」
「ハルピュイアとかも?」
「ハルピュイアはたしかもっと大昔のギリシャ神話に出てきた存在だよ。」
年の功なのか祖父母は晶の色々な質問に答えてくれる。
父と母はそれを羨ましそうに眺めていた。
娘に少しいいとこを見せたい気持ちがあるのだろう。
しかしその娘はそんな親心がわかっていない。
祖父母をすごいすごいと褒めて夕食が終わるまでゲームの話を続けていた。
夕食を終えた晶は自室に戻らず居間でくつろいでいた。
足の疲れもあったし、タモンの都合がよいらしい20時まではまだ時間があった。
ソファに寝ころび母に膝枕され、父に足をマッサージしてもらう。
「アキラは甘えんぼが治らないねー。」
「えー?
アキ、甘えんぼかな?」
母の感想に晶は疑問で返す。
「どっからどう見ても甘えん坊だろが。
今のアキラを見たらインドの小僧だってビックリすんぞ。」
「父さん、余計なこと言うなよ。
アキラ、別にそんな言うほど甘えんぼじゃないぞ?
パパはしばらくアキラにはそのままでいて欲しいな。」
祖父の口出しに父が反論している。
祖父が言う【インドの小僧】とはおそらくタモンのことだろう。
確かに今の姿をタモンに見られたら恥ずかしい気がする、
晶は身を起こし父に礼を言って立ち上がる。
「アキラ、もういいのか?
パパ、まだマッサージできるぞ?」
「ううん、大丈夫。
ありがとね、パパ。
そろそろフォーラムに行ってみるよ。」
「お、おぅ、そうか。
また疲れたらパパがマッサージしてあげるからな?
いつでも言っていいぞ。」
「えへへー、ありがと、パパ。」
そう言って晶は居間を出て自室に向かった。
残された父と祖父の間でひと悶着起きたのだが、
それを晶が知ることは無かった。