羽を持つ敵
晶は岩地から荒地を通り抜け、草原に向かう。
【SR】の地理にも少し慣れた気がする。
プレイ七回目にして方向感覚が掴めてきたのだ。
『あれ?
良く見たら草原の向こうに林が見えるじゃん。』
兎や子猫でプレイしていた時は視認出来なかったが、
視力や視点の高さが上がり新たな林の存在を発見することが出来た。
タモンと闘った林地は岩地を挟んで逆方向のはずだ、
別の林地と見て間違いないだろう。
『この世界って街とか建物がないから位置が分かり難いんだよねー。』
魔界の住人は家を造らないのだろうか?
そんなことを考えながら晶は芋虫を無視して駆け抜ける。
『んん?なんだ?』
晶は違和感を感じ急停止する。
その鋭い嗅覚が何かの香りを捕捉したのだ。
『初めての匂い、
でも・・・何かと似てる・・・芋虫?』
匂いが強くなる方向にゆっくりと近付いていく。
やがて聴覚にも何かが動く音が聞こえ始めた頃、その生物は姿を現した。
『ひぃぃー、何あれぇ?』
それは晶の感性では正に化物だった。
蛾が人間大に擬人化して二本足で立ちあがったかのような容姿。
四本の前足をギチギチと鳴らして何かを掴もうという動きをしている。
その眼は虫特有の複眼で口部分は細長いストローのようになっている。
前足と一緒に翅をワサワサと動かし、そのたびに鱗粉が舞う。
『うわぁ、こっわ!
HCめー、
気持ち悪い生き物ばっか造るんだからもぉー!』
晶の【危険察知】が警告を発しているが、タモンと闘った時ほどではない。
しかし晶には強さとは別の危機感が感じられた。
『あのわさわさ出てる粉って、やっぱ毒だよねぇ?』
晶は他のゲームをプレイした時、
蛾の怪物が毒の鱗粉攻撃をしているのを思い出していた。
確か名前は【モスマン】だったろうか?
晶がその名前を脳裏に浮かべたと同時に巨大蛾がこちらに気付いた。
『うっわ!
もうやるしかないっ!』
晶は隠れる場所の無い草原で螺旋を描く様に巨大蛾に迫った。
巨大蛾はブワリと翅を動かすと空中に飛び上がる。
高度はさほど高くないが禍獣の跳躍力では届かないだろう。
晶は【旋風弾】を飛ばしてみるが距離があるため簡単に避けられる。
『くぅー!あの粉がやっかいだなー!
近づけないじゃんか!まったくもぉー!』
巨大蛾はふわりふわりと晶の周囲を飛び回る。
晶はそのたびに舞い散る鱗粉を避け逃げ回る。
そうこうしている内に巨大蛾がもう一匹現れてしまった。
『ぐげげ!まっずーい!』
二匹の巨大蛾は晶を挟み込むように飛び回り鱗粉を振り撒いていく。
晶は必死で逃げ回るがついに鱗粉の舞う空間に突っ込んでしまった。
『うわぁー!』
心の中で悲鳴を上げ、予測される毒の苦しみに身体を強張らせる。
しかし毒の症状は表れない。
「くしょんっ!」
代わりにクシャミが出た。
と、そんな晶に向かって片方の巨大蛾が滑空攻撃を仕掛けてきた。
口先を尖らせて晶に突き刺そうと迫ってくる。
「ふべぁっ!」
クシャミの余波で出たおかしな掛け声とともに晶は身体を捻って回避する。
その瞬間、【危険察知】により晶はまた神経が逆立てられたようにピリピリする。
『なに?
危険なのは鱗粉じゃないってこと?
モスマンに触れることが危険なのかな?』
晶は考えを素早くまとめ挟み撃ちを続ける巨大蛾たちを睨む。
『そうなると怪しいのはあの尖った口か、
身体を覆っているトゲみたいな体毛だね。』
晶はそう結論付けて巨大蛾たちの攻撃にカウンターを仕掛けるべく待ち構える。
明らかに反撃を狙っている禍獣に対し、
巨大蛾二匹は左右上空からの同時攻撃を仕掛けてきた。
「そう来ると思ってたよっ!」
叫びながら晶は一体をバックステップでギリギリ躱し、
その後に来た一匹に全力の【旋風弾】を叩き込む。
巨大蛾は発声する器官が無いのか竜巻に翅が引き千切られる中、
無言のまま前足をバタつかせている。
晶は突進し、その頭と胴体の隙間を狙って角をねじ込み跳ね上げる。
巨大蛾は動きを止め鱗粉の代わりに電子の塵を撒き散らし消えていく。
すぐにもう一匹に振り返るがいつの間にか巨大蛾は逃げ去っていた。
まだ残る鱗粉に盛大なクシャミを誘発され、晶はHCの芸の細かさに感心した。
『くちんっ!
ふひぃ~、
まさか仮想現実内でクシャミが出るとは。』
難敵を倒した晶は空腹が収まっているのを認識した。
毒を喰らわずに倒せる方法は今のところ【旋風弾】の当たり方次第に思われた。
あの巨大蛾は芋虫の成虫ということでいいのだろうか?
HCに問い合わせたら返答はあるだろうか?
いや、無いだろうと晶は思う。
HCは答えが電子世界のどこかにあるならば決して答えることは無い。
人間の検索能力を衰弱させないためだ。
まずは人間が知恵を絞って調査し、考えなければHCは無回答を続ける。
『ま、いいや。
大した疑問じゃないし。
でも知りたい情報はいっぱいあるんだよなぁ。
タモンに訊こうかなぁ・・・
って、あっ!タモン!』
晶は脳内パネルを急いで開きパーソナルメッセージを確認する。
案の定タモンからのメッセージが残っていた。
先程のゲーム開始時は今日の授業内容に気を取られていて
メッセージチェックを失念していた。
『うわぁ、失敗したぁ。
あー、タモンは午前の遅い時間に始めたのかー。
メッセージは・・・うんうん、またフォーラムで、か。』
とりあえずフレンド表示のタモンのところを見てみる。
どうやら【SR】内にいるようだ。
戦闘中とかだと危ないのでフレンドコールではなくメッセージを送る。
するとパネルにフレンドコールサインが出現した。
晶はすぐにコールに応答した。
「やぁ、アスラ。
いま大丈夫?」
「大丈夫だよ、いま休憩中。
タモン、ごめんね、連絡遅れちゃった。」
「いや、タイミング的にいまがちょうど良かったよ。
ついさっきまで他のプレイヤーと闘ってたんだ、強敵だったよ。」
タモンの言葉に晶はホッとした気持ちになるのが感じられた。
「あ、そうなんだ、良かった。
私もいまモスマンみたいなのに勝ったとこ。
タモンはいまどの辺にいるの?」
「俺はアスラと闘った林のところだよ、
アスラは?」
「私はそこから岩場に向かって真っ直ぐ行った先のさらに先にある草原だよ。」
「なるほど、じゃあバッタリ会う可能性は無いね。」
「次会う時はもっと強くなってからにしようよ。」
「そうだね、お互い頑張ろう。」
「うん、じゃあね、タモン。」
「またフォーラムでね、アスラ」
そんなタモンの言葉を最後に通話を終える。
連絡が遅れたことでタモンが怒ってなくて良かった、と晶は安心する。
タモンが怒ってしまったらなんとなく自分が凄くガッカリする気がした。
『ふぅ~、あれ?
私なんか変なこと言ってないよね?
大丈夫かな?』
話していた内容を振り返り考え込む晶。
しかしなんだかちゃんと判断出来ない気がする。
『むむ、なんか頭が働かないなぁ。
もういいや、スキル確認しよ。』
晶はタモンとの会話について考えるのをやめ、
いまの巨大蛾との勝利による影響を調べ始めた。
『う~ん、【突き刺し】がはっきりと表示されるようになったけど・・・、
あんま変わんないかぁ~、残念。』
晶としては新たな攻撃方法が欲しかった。
ウィッカーマンを倒す方法を早く掴みたかったのだ。
『ふぅ、ん!【危険察知】が【危険看破】になってる!
・・・ってこれはなぁ~、さっきちょっと助かったけどぉ、
スキル進化してもあんま強さに関わんないよねぇ~。』
晶は自らの成長具合にやや停滞感があるように思えた。
生き残ることで少しずつ強くなってはいるが、
このままでは強敵たち、
タモンやナッキィ、アルマロスに置いて行かれそうな心細さを感じた。
『むぅ~、なんか焦ってきた。
強い相手を見つけないとぉー!』
晶は急く思いのまま草原を駆け出す。
先ほど見えた林を目的地とし【気配看破】しながら草原をさまよう。
しかしいるのは芋虫ばかりでたまにいる巨大蛾は空中を逃げ去る。
狙っていた甲虫の姿は見当たらない。
しばらくそうして巨大蛾を追いかける晶。
ふと少しだけ力が湧き立つ感覚があった。
『ん~?
あ、【健脚】が【駿足】になった。
また強さと関係ないやつかぁ、
ま、戦ってないからか、お腹すいたなぁ~。』
晶はうろついているうちに林が目前に迫っているのに気付く。
そしてタモンの言葉が想起され、【大鷲】がいるのでは?と思い至る。
晶はまばらに立ち並ぶ木々に視線を向ける。
まだ【気配看破】に引っ掛かる存在はいないが、
なにがしかの生物は存在するだろうと思われる。
それはきっと晶にとって初見の相手になるだろう。
『タモンの話だと【大鷲の爪】ってアイテムがあんだよね。
今朝の【鬼蜥蜴の鱗】もあるし、
次に生まれ変われば進化したキャラになるかな?』
木々の間を通り抜けながら晶はそんなことを考えていた。
何者の気配も感じないな、と退屈な気分で林を通り抜けた、
その刹那、
『ぬぁっ!?』
急激な【危険看破】の波動を感じ【高速ステップ】で斜め後ろにすっ飛ぶ。
すると先程まで晶のいた位置に大きな鳥がその鉤爪を振り下ろすのが見えた。
『うーわ!やっば!』
その鳥は図鑑で見た鷲なのだと思えた。
おそらくこの鳥がタモンの言う【大鷲】なのだろう。
大鷲は獲物を捕らえ損ねたことを覚りすぐに大空に舞い戻っていく。
その高度はタモンとは比べものにならないぐらい高い。
木の上などという話ではなく豆粒大にしか見えない上空で旋回している。
「おーい!大鷲くーん!
卑怯だぞー!降りて来ーい!」
晶が大声で呼びかけるが大鷲は旋回したまま答える様子はない。
そもそも声が届いているかどうか怪しい距離に感じられた。
あの距離だと気配看破が届かないのか、と晶は警戒を強める。
他にも大鷲がいるようなら全力で逃げる必要性を感じた。
『あの高さから降りてくるならすごいスピードだよね。
カウンターで【旋風弾】が当たればイケそうではあるんだけど。』
晶が見詰める中、大鷲は優雅に旋回を続ける。
おそらく翼を動かさず気流を利用して飛んでいるのだろう、
晶は生物学で学んだことを思い出していた。
つまり大鷲は上空で晶が隙を見せるのを待っているのだ。
どうするべきか?晶は考える。
このまま走り去り前方の森に逃げ込むか、
それともわざと隙を見せカウンターを狙うか、二者択一に思われた。
『一回だけ試す、ダメそうなら撤退、そうしよう!』
晶は心を決め、大鷲から視線を外す。
ゆっくりと森に向け歩き始める。
嗅覚と聴覚に全神経を傾け集中する。
十歩、二十歩と進んで行くが上空の気配は掴めない。
『来たっ!!』
晶は【危険看破】のビリビリした感覚に身を任せ横っ飛びして角を構えた。
急降下してきた大鷲の落下地点を勘で見極め【旋風弾】を飛ばす。
しかし大鷲はその大きな翼を羽ばたかせると空中で急停止して竜巻を躱した。
『失敗だっ!』
晶はそう悟り逃げ出すために後ろ脚に力を込めたところで驚愕する。
「ピィーーー!!」
「クァーーー!!」
新たな襲撃者が別方向の上空から急降下してきて大鷲を葬り去ったのだ。
晶は消えゆく大鷲と襲撃者の姿に戦慄する。
その襲撃者は頭部は人間の女性のように見える。
しかしその腕は鳥の翼となっており胴体も羽毛で覆われている。
脚もまた鳥のようで大鷲を葬り去った鋭い鉤爪があり凶悪な輝きを見せている。
『ハルピュイアだ!』
そう気付いた晶に女面鳥は空中から獰猛な視線を送る。
その小さな黒目が次の獲物である禍獣を捕らえて離さなかった。




