最後の闘い
その答えは、晶や家族の想定した中の一つだった。
溜息と共に晶は視線を上げる。
「ねぇHC、それってどういう意味?
コールドスリープに入って意識をHCに預けるってこと?
それは人間の感覚だと【死ぬ】ってことなんだけど。」
僅かに怒りを滲ませた晶の言葉にHCは冷静に応える。
「アキラ、その表現は正しくありません。
意識を一体化させるということは【永遠の生】を得ることと同義です。
その存在は私が稼働している限り有り続けます。」
「違う! そんなの生きてるって言えない!」
激昂する晶だが、眼前のインドラは静かに瞑目している。
それに気付き、晶は恐る恐るインドラに問い掛けた。
「ねぇインドラ、違うよね?
生きることってそういうことじゃないよね?」
インドラは目を開き、静かに答える。
「アスラ、ワタシは受け入れるよ。
きっとそれは人類にとって必要なことだから。」
「違うっ!」
晶は奥歯を噛み締め激情に耐える。
「違うじゃんインドラ!
それだと一緒に歳を取れないじゃん!
現実で触れ合うことが出来ないじゃん!
私はっ!
私は友達を失いたくないよ!」
「アキラ、存在の在り方は」
「うるさいっ!!」
晶の激発にHCは言葉を止める。
「インドラ! さぁ闘おうよ!
私が勝つ! 勝って、誰も死なせずに世界を変えてみせる!」
「アスラ、ワタシの素敵な友達。
アナタと友達になれてワタシはとても幸せだよ。」
宇宙の狭間で、
魔界の王を決める、
最後の闘いが始まった。
唐突に始まった闘いは、晶が先手を取った。
瑪瑙錫杖で気配を遮断し、背後から白象へ襲い掛かる。
「ブラフマー」
だが晶の金色錫杖が白象の巨体へ当たる瞬間、インドラの呟きと共に巨大な蓮の花が白象ごとインドラを上へ押し上げた。
空を切った錫杖を素早く抱え直し、晶は半透明の床を蹴りインドラを追う。
蓮の花の上で乱突する錫杖と象の鼻が振り回す【金剛杵】が黄金色の火花を散らした。
猛烈に闘いながらも、インドラは晶に言葉を投げ掛ける。
「アスラ! ワタシは【帝釈天】に進化してアスラに勝てると確信してた!
でもアスラはワタシが思ってた何倍も強い!」
楽しそうに話すインドラと対照的に晶は涙声で応える。
「インドラ! なんでなの!?
なんでさっ!!」
激情と共に晶は乱雑な攻撃を叩き込み続ける。
「アスラ! 強いだけの攻撃じゃワタシは倒せないよっ!」
「あっ!?」
晶の渾身の振り下ろしを白象が受け止めている間に、インドラ本体が象の背から飛び出した。
「シヴァ」
空中で再び紡がれるインドラの呟きと共に、中距離から晶に向かい複数の稲妻が襲い掛かる。
「はっ!!」
稲妻と共に白象の踏みつけが同時に行われたが、【海王の障壁】が完全に防いだ。
蓮の花が消え去り、落下しながらインドラは白象に着地し、晶は空を蹴り大きく距離を置いた。
感情が定まらない晶が劣勢に立たされたまま、闘いは激化していく。
雷を落とし合い、嵐をぶつけ合い、焦熱する太陽の力を浴びせ合った。
もしこれが地上で行われていたら大地は大きく変形してしまっていただろう。
最初は悲憤のままに激して荒ぶっていた晶だが、次第に闘いへと集中していった。
時を経るごとに調子を上げていく晶に、インドラは歓びを隠すことなく称賛しながら打ち合った。
双方直撃こそ無いが、ダメージの蓄積と疲労が隠せなくなってきている。
いつ勝負を決する一撃が発生するか分からない。
【魔界の王】を定める決戦は、確実に終盤へと差し掛かっていた。
真空の刃と灼熱の数珠がぶつかり弾け飛んだ瞬間に、インドラが勝負を賭けた。
「ブラフマー!」
蓮の花の形をした炎が荒れ狂い、晶を包み込んでいく。
ここで晶も奥の手を出した。
「ぬぁっ!」
玻璃錫杖へ念を込め、全てを呑み込む、【玉兎静謐】の力を放ったのだ。
だが、
「ヴィシュヌッ!」
インドラは全く同質の力を返してきた。
透明の球体がふたつ、ぶつかることなく拡大していき、両者のスキルを奪い去っていった。
後に残された攻撃方法は【直接打撃】のみだった。
「しゃくじょ―――っ!!!」
晶は最後まで折れずに力を貸してくれた黄金の相棒に全てを託す。
対するインドラも白象と共にヴィシュヌを振るい猛烈に打ち合う。
やがて白象は蓄積されたダメージによって崩れ去り、天道狼鬼と帝釈天が真っ向からぶつかり合った。
それは、まさに神々の闘争だった。
二柱の魔神はいつ電子の霧となってもおかしくない状態のまま、ひたすらに殴り合った。
「アスラ! いつまでもこうして闘っていたい!」
「インドラ! 私も同じ! だからこそ勝つ!
勝ってまた闘うんだっ!」
痛みに動かなくなりそうな身体を奮い立たせ、お互いがお互いを思いやるが故に、二人は激しく殴り合った。
やがて、片方が崩れ落ちた。
最後まで立っていたのは、インドラだった。
敗北した晶だが、光の粒子に変わることは無かった。
消え去ることの無い自分を不思議とも思わず、晶は懇願し続けた。
死なないで欲しい、HCの提案をはねのけて欲しいと訴え続けた。
しかし、晶の眼前でインドラはHCの【景品】を了承し、三日後にそれが行われる
ことを受け入れた。
HCは敗北した晶をも讃えて、宇宙空間から消え去っていく。
後に残された晶を、インドラはずっと慰めていた。
インドラがHCと一体化してから一ヶ月が経過した。
HCは新たなプロジェクトを幾つも打ち出し、人類の復権に向けて新たな一歩が踏み出されている。
晶は【SR】終了後、全包ベッドから起き上がれなくなるほど泣き崩れた。
数日は食事が喉を通らないほど悲嘆に明け暮れたが、HCからの【推奨】メッセージが届き、徐々に明るさを取り戻していった。
今日もまた、晶は人工知能の授業を受けている。
「ホントにさ、ホントに悲しかったんだよ?」
「ホホ、アスラってばまたその話?
もういいじゃない、タモンですらもう何も言ってこないよ?」
授業する人工知能は以前のものではなく、インドラの姿へと変わっていた。
コールドスリープに入る直前のインドラを基に【アバター】が作られ、晶のホームに置かれたのだ。
「あ~ぁ、インドラとライが結婚してくれてたら生身のハグが出来たかもなぁ。」
「ホホ、アスラの話すことはいつも楽しいね。
HCの次の人格形成はアスラを基にしようかな。」
「え~? 私って絶対HCに嫌われてるよ~。
嫌われてないまでも確実に低評価だよ、実際そう言ってたもん!」
「ホホホ」
「ほらインドラも否定しないじゃ~ん!」
人類が再び過去の意欲を取り戻し、地上へと拠点を戻せるかどうか今の段階では分からない。
だが世界の管理者が人間の感情を理解し、魂を手に入れたのだ。
きっと人類にとって良い方向へ向かうだろう。
何より、
強き魂を持つ少女の願いが、毎日神に届いているのだから。
御読み頂き、ありがとうございました。




