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門にかけられた謎  作者: 吉川緑
宿場の連続辻斬り事件
9/9

終.辻斬りの全容と旅立ち

「ルリちゃん。それは何だい?」


「おやっさん。これは、ちょっとね」



 ルリが天井裏から降りると、予茶屋の店主とおやっさんは部屋に戻っていた。

 例の『串団子』は布をかけて持ってきた。感想は『重い』そのただ一言だ。



(これ、どこに置けばいいんだろう……)



 ちょっとでも気持ちが変わればと、これは『串団子』だと思おうとした。

 しかし、正直無理があった。実際には刀なのだ。

 それも、先端には生首が突き刺さっている。重たいし、持っていたくない。


 ウラベからのありがたくない贈り物だが、本人に返すわけにもいかない。

 何せ、ウラベは縄で縛られている。

 男女合わせて四人を殺した『辻斬り』その疑惑をかけられて、だ。


 仕方がないので、ルリはもう一人の男へ頼んでみる。



「すいませんが、浪人さま。こちらを持っていただけますか?」


「ん? 構わないが……これはなんでい? 刀かい……?」


「布は取らないでお願いします。一応、先ほど言っていた証拠品です」



 なるほど、と浪人こと『顔隠し』は深編笠を揺らす。頷いているのだろう。

 ルリは、雑魚寝部屋の隅に座り込んでいるウラベに目を向ける。

 天井裏に行っている間に付けられたのだろう。口枷に加え、目隠しが増えた。



(まあ、誤解分くらいは解いてやらないとな)


 ふう、と息を吐く。ルリはあたりを見渡しながら、皆へ語り掛ける。


「皆さん、気づいたことを聞いてもらえますか? この、宿場で起きていた連続辻斬りの犯人についてです」



 ルリの元に視線が集まる。


「いま捕らえられている、そこの浪人。ウラベさんですが、彼は男、それも賞金首しか斬っていません。看板娘を殺したのは、別の人物です」


「おい、あんた! どういうことだ! 俺は見ていたんだぞ! この男が刺すのを!」



 予茶屋の店主は、ルリに向かって口泡を飛ばしてくる。掴みかからん勢いだ。

 この店主からの反応は想像の通りだった。


 いかに『賞金首付きのお尋ね者』とて、家族や親類はいる。

 首を斬られ、土くれに返ったら、悲しむ者もいよう。

 世間からはぐれたお尋ね者ですら、そうなのだ。


 宿場の目抜き通りに立つ茶屋。その看板娘であればどうであろうか。


 それでも、言うべきことは言わないといけない。

 なぜなら、そうしないと、旅の同行人が墓の下に行くことになる。


「えぇ。ですが、そうなると色々とおかしなことが出てくるんですよ」


「おかしなことってのは、なんでい? こいつに関係するのかい?」


 『顔隠し』が先ほど手渡した『串団子』を見る。


「えぇ。そうです。それを、これから皆様にご説明していきます」



 ルリの目が、一瞬だけ、鈍く瞬いた。



◇◆◇



 そこから先の話は、気が乗らないものだ。

 ルリは奉行や間者が仕事じゃない。



(うちの相棒に罪なすりつけといて、よくもまあ)



 感想なんて、せいぜいそんなものだ。


 ルリは絵描きにして人相屋。

 賞金首を見つけて、ウラベに斬ってもらうのが役割の流れ者だ。


 だから、謎なんかが解けたとて、ことさら騒ぐことではない。



(そう。私はただ、金になれば、いいだけだから)


 だから、告げることなど少ないのだ。



「看板娘を刺した人物は、宿場でただ一人しか当てはまりません。それは、『辻斬り』が斬ったのが男三人、女一人と言っていた者。そして、その『辻斬り』が刀で看板娘を刺した、と話した者。つまり……予茶屋の店主さま。あなたです」



 斬られた村娘は、『女装』で有名な、男の賞金首だ。

 要するに、首がなかったから、宿場では『女』だと囁かれていたにすぎない。

 『女装』をばらばらに斬り殺した後、ウラベは首を刀に突き刺した。


 その刀を持つ姿を目撃したのは、ただ一人、予茶屋の店主だけ。

 これが宿場で斬られた人間の性別が食い違っていた理由だ。


 そして、刀には、先端に男の首が刺さっている。

 ゆえに、この刀を使って『刺す』ことは、生首を外さなければできない。

 しかし、斬られた首の断面に、刺し直したような跡はない。


 つまり、ウラベでは看板娘を刺し殺すことなど、できない。



「な、なにを莫迦な……」


 店主が声をあげる。


「根拠はそこの浪人さまが持つ刀。その布を取れば、はっきりとするでしょう。あ、浪人さま、ゆっくり布を取ってください。けっこう、驚くと思いますから」



 それだけ告げると、ルリは小さく頭を下げた。

 そもそも、凶器を調べたら容易に店主へ行き着く話だ。



(私は奉行じゃない。ただの人相描きだ。ウラベの疑惑が晴れれば、それでいい)



◇◆◇



 看板娘が死んだのは、昨晩のことだ。

 雪で壊れるといけない。だから、縁台の傘を閉じて、店の中へしまった。


 すでに灯りを落とした予茶屋の中は暗い。

 中で、息子の嫁になるはずの娘と、俺は向き合っていた。



「旦那様、申し訳ありません。そのお話はお断りさせてください」


「どうして、どうしてだ。うちの息子と一緒になるんじゃなかったのか?」



 近ごろは、日が暮れると雪が降り始める。おかげで茶飲み客も増えた。


 それでも、ここのご領主は上納金を増やすのにご執心だ。

 門の修繕やら、お偉い方々の旅費、夫役を肩代わりするから金、金、金……。

 

『金は天下の回りもの』そんなのは悪い冗談だ。


 回し飲みした薬缶の底に残ったぬるい茶で、うまい飯は食いようがない。

 しかし、熱い茶は、みんなご領主が飲んじまうのだ。


 それなら、俺たちは出涸らしの様に、薄く長く、商っていくしかない。



「だって、こんな宿場に嫁いだところで、先が見えているじゃありませんか?」


 予茶屋の看板娘は店主に向かって、薄笑いと柳の様に細めた目を向ける。


「あの西洋かぶれのご領主に嫁げば、御帯料やら小袖料やらが、私にどれだけ舞い込むことか」


「た、ただの金が理由だってのか!」


 店主は、看板娘の言葉に自身の膝を何度も叩く。


「はは。他に、どんな理由がありましょう。あぁ、そうですね。ここまで世話してくれた礼と手切れ代わりに、金は送りますよ」



 この看板娘には、父も母もない。

 ゆえに予茶屋の店主は、この娘を引き取ってから、実の父として育ててきた。

 そして、兄妹とも見えていた二人が夫婦になると言った時、どれだけ喜んだか。



「い、いらねえよ! どうしてだ。息子とお前さんは、あれだけ夫婦になりたがってたじゃないか!」


「『金は人を変える』とよく言うではありませんか。それだけです。では……おさらば」



 止める間もないまま、看板娘は予茶屋から外へ出る。

 相変わらずの雪で人通りもない。そして、月が隠されて光もない。

 看板娘は振り返りもしない。戻ってくるつもりも感じられない。



(なぜだ)



 思った時には走り出していた。金がすべての女だった。

 こんな女だと思わなかった。慈しみ育ててきた心が正反対に変わった。


 ただただ、憎かった。


 気が付けば、看板娘は自身の手に握られる包丁に刺され倒れていた。

 

 ちょうどその時だ。

 刀に男の生首を刺し、意気揚々と帰るウラベを目撃したのは。



(あの娘は、『辻斬り』に殺されたことにしよう)



 だが、気づかなかった。それなりに動揺していたのもあろう。

 それ以上に焦っていたのだと思う。

 結局、罪を他人に代わってもらおうとすることなど、できはしなかった。


 あの人相描きの娘、ルリと言ったろうか。

 彼女の言葉へ反論することなど、できはしなかった。



「この莫迦な浪人……いや、ウラベは賞金首を斬って、首を持ち帰っただけ。『辻斬り』なんかじゃありませんよ。人相屋の私が保証します。ところで、あなたが刺したのは、賞金首でしたか?」



◇◆◇



「ルリちゃん。また来ておくれよ」



 おやっさんが手を振っている。

 脚絆に手甲。粗末な着物を身に着けているのはルリ。

 変わらずのざんばら頭に趣味の悪い着流しを着ているのがウラベだ。

 そして、もう一人――。



「ダンナにゃあ世話になっちまったな。我もまた来るからよ」


「お待ちしております」



 『顔隠し』浪人然として、素顔を隠す男。彼も共に行くことになった。

 たしかに、『辻斬り事件』はウラベも無罪で解決した。

 しかし、あれだけの凶行を奉行に咎められないはずもない。

 『今回は見逃してやるからさっさと出てけ』とは、良くも悪くも妥当だろう。



「ウラベさんが三人も斬ったのに、実際に報奨金もらえたのは一人だけでしたね」


「そうだな……。もっと首を持ってくればよかったな」


「いや、いりません」



 報奨金に繋がったのは最後に斬った『女装して人を襲う男』だった。

 意外と凶悪な話で、街角の暗がりに綺麗な着物で女装して立つ。

 不用意に近づいてきた侍やら町人やらをズドン、ということらしい。


 けっこう被害者がいるみたいで、そこそこの金になった。



「しばらくウラベさんには冷や飯食ってもらいますからね。 一体いくらしたんですか? あんな立派な刀をどうして買ったんですか」


「いや……衝動的につい」


「そんなことをしたから、この騒ぎになったのを、忘れないでくださいね!」



 解放されたウラベにあれこれ聞くと、事件の姿が少し変わって見えた。

 全部が全部、ただのすれ違いだった。


 どうやらウラベは、露店で見つけた刀を衝動買いしていたらしい。

 なかなか高額で、守銭奴のルリに買ったことを隠していた。


 そして、刀の試し斬りの相手に賞金首を選んだ。

 これが『辻斬り』の発端だった。


 最初からウラベが言ってくれていれば、『無駄遣い』の説教で済んだろう。


 しかし、『辻斬り』が正体不明であったために、これを利用した者がいた。

 それが、予茶屋の店主である。

 全くもって、迷惑極まりない話だった。ウラベも、店主も……。



「しかし、後味の悪い話だったな。どうしてすれ違っちまうのか」


「そうですか? わりとよくある逆恨みに見えましたが……」


「あぁ……そうか。我は、その西洋かぶれの領主に以前仕えていてな」


 『顔隠し』の足音が聞こえなくなった。ルリとウラベは振り返る。


「あの看板娘を嫁取りするために、色々と文を届けていた。ちなみに、髪型は……その領主の仕えると強制的にこうされる」


(本気かよ)



 ルリは思わず吹き出しそうになって頬を膨らませる。

 咳ばらいをして『顔隠し』へ向き直ると、どうぞ続きを、と促す。



「あの看板娘は、育ててくれた恩返しをこう考えていたみたいだな。『予茶屋に嫁ぐより、金子をたくさん送った方がいい』ってな。ルリの嬢ちゃんが予茶屋さんをあんまり追い詰めるもんだから、さすがに言えなかったが……」



 なるほど。看板娘は悪役を演じようとしていたのかもしれない。

 あの上、看板娘の言動が自分らを思っての物と知ったら、さすがに辛かろう。



(予茶屋の店主は本心を知らなかったから、すれ違ってしまった。そういうことにしておこう)



 ルリが腕を抱えて頷くかたわらで、ざんばら頭の辻斬りが口を挟んだ。


「人の命とは儚い。『殺してしまったら、何も聞けない』教訓にせねばな……」


「「お前が言うな!」」



 ルリと『顔隠し』の容赦ない突っ込みが、ウラベの頭に決まった。


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