串団子
「それでずいぶんと部屋を荒らしてくれたみたいだけど、何があったんだい?」
おやっさんが雑魚寝部屋に渋い目を向けている。
畳には刀やら矢の傷。ふすまには、童子なら易々と通れそうな穴。
布団や枕も買い替えないといけないだろう。散々な具合だった。
(おやっさんが金にうるさくなくて、本当によかった)
ルリはぽりぽりと頬をかきながら、先ほどのことをかいつまむ。
「ウラベと浪人さまが大立ち回りをしまして。修理代は二人に」
ルリはしれっと、ウラベと『顔隠し』宛に責任を丸投げする。
ウラベはといえば、縄でぐるぐる縛った上、手ぬぐいを噛まされている。
ぎゃんぎゃん喚いていたが、とりあえず静かである。手荒だが仕方ない。
浪人こと『顔隠し』は暴れることもなかった。
静かに胡坐をかいていたので、深編笠を返してやった。
『顔隠し』は「かたじけない」と小声で呟いていた。
彼の、顔を出したくない、とは方便だろう。頭髪のことは繊細な話題だ。
「このウラベとか言う奴がうちの奴を刀で刺したんです! さっさとしょっぴいてください。浪人さまがいなければ、どうなっていたか……なんて凶悪な……」
予茶屋の店主は、ウラベに背を向けておぞましい物でも見るようにしている。
「……! ……!! ……?」
ウラベはもごもごと何かを言っている。
ルリはどうしようかなあ、と少し思案する。店主にこう切り出した。
「……でしたら、ご店主さま、本人を前に人相絵を描き直しておきましょうか」
「あぁ、頼むよ」
ルリはウラベに近寄る途中、おやっさんに目を向ける。
「予茶屋さん。疲れもあるでしょうから、少しこちらでお座りになっては? 人相絵を描き直した頃には、岡っ引きも来るでしょうから」
「あぁ、そうだね……そうするよ」
おやっさんは予茶屋の店主を連れて部屋を出る。
茶でも飲んで、ゆっくりしてもらいたい。その間にルリは確認することがある。
ウラベと『顔隠し』は部屋の隅に正座している。見張りの下っ引きも何人か。
「ウラベさん、いくつか質問します。そのままで答えてください」
ウラベは訝し気な目をルリへ向ける。
「このところ宿場を騒がしている辻斬り……これ、ウラベさんですか?」
「……」
ルリの問いかけにウラベがそっぽを向いた。
手拭いを噛む口端は歪んで震えている。ご丁寧に、額から脂汗まで。
その様子に、ルリはため息を吐いた。
(分かりやすい奴だ……)
ウラベは嘘をつくのが下手だ。反応からすれば、ウラベが辻斬りなのだろう。
捕まえたのがここで良かった。そう思いながらウラベの処遇を考える。
(普通に考えたら死罪。賞金首なら放免ってところだけど)
「なあ、嬢ちゃん。気になってたんだが、あんた、ウラベの知り合いか?」
甘いかもしれないが、ここで知らぬ存ぜぬと言う気にはなれなかった。
「まぁ……そうですね。なので、ちゃんと事情を聞いておきたくて」
「それには我も賛成だな」
意外だな、ルリは思った。『顔隠し』もウラベの何かを知るようだったが。
「ウラベさん、どうして女を二人も殺したのですか?」
がたん、とウラベが立ち上がった。
後ろ手で縛られているのに、とんだ脚力だと思わず呆れてしまう。
「違うのですか?」
こくこくと頷くウラベ。
「それを証明できますか? 着物の村娘と、予茶屋の看板娘を殺した疑惑。それがあなたにかかっています」
ウラベが目を見開いた。壁に顔をこすりつけて、手ぬぐいを外そうとしている。
女子供には寛容なのがウラベだ。当然、ルリも殺したとは思っていない。
しかし、それは個人の感想であって、証拠となるようなものじゃない。
(わかってるのかねえ。ことの重大さ)
ルリは唇の前に人差し指を立てる。下っ引きに見つかると面倒だ。
目を盗んでウラベの手ぬぐいをそっとずらす。
(うぇ、涎だらけだった)
ルリは口端を歪めて、手を着物でごしごしと拭う。
「で、証明できますかね? ウラベさん」
「証明できるかはわからんが、一つある。しかし、あれを見せるのは……」
ウラベは妙に歯切れが悪い。
「おい、ウラベ。我はおまえさんが、そんなちんけな奴じゃねえのは知ってる。しかし、このままだとしょっぴかれるぞ。つまらん見栄はるなよ」
『顔隠し』はウラベの過去を何か知っているのだろう。
そのせいで、この部屋の惨状を招いた。
しかし、女を斬る奴ではないと理解しているようなので、そこは好都合だろう。
「……おまえに言われるのは気が進まないが……。まあ、仕方ない。天井裏に、刀がある。あとでルリに渡すつもりだったが……」
ウラベは口ごもる。
「それを見てくれれば、村娘など斬っていないと分かるはずだ。予茶屋の看板娘とやらは……正直、まったく心当たりがない」
「わかりました」
ルリは押入れの前まで行くと、ぼろぼろのふすまを開ける。
ちらと下っ引きが見てくる。しかし、気にも留めない様子だ。
天井裏は宿の倉庫の代わりに使われている。入り口は押入れの奥。
(さて……何があるのやら)
ルリは狭い屋根裏の空間に頭を出す。瞬間、『うっ』と、のけ反った。
灯りの魚油と血のにおいが混ざって、独特のいやな香りが鼻に刺さる。
(よくこんなところにウラベは隠れてたな)
用心深いのか忍耐強いのか、呆れながらルリは膝の埃を払う。
天井裏は薄暗い。おまけに、血と油の臭いがこもって居心地が悪い。
奥へ進む。そこで、何かが目に入った。
薄く揺れる灯りに照らされて、影がゆらゆらと伸びている。
(なんだ?)
薄暗い天井裏の片隅。そこに立てられているのは、一振りの刀。
ルリは、目を見開く。ウラベは、なぜこんなものを渡そうというのか。
「百舌鳥の早贄……かよ」
しばらく串団子は食べられないかもしれない、そんな感想だった。
刀の先端に突き刺さっている物は。
苦悶の表情を浮かべる、男の首だった。
◇◆◇
(道理で血の匂いがひどいわけだ)
納得はした。でも、理解はできない。
人相描きで見慣れているとは言え、薄暗い場所で刀の先に突き刺さる生首だ。
さすがに不気味で、じっくり眺めたいものではないのだが。
(ウラベが死罪になっても目覚めが悪い)
数歩進んで刀の目前で膝をつく。刀を上から下まで見る。
あれ、とルリは違和感を覚えた。
(ずいぶん髪の長い男だな……ん、まてよ?)
ルリはがさごそと懐を漁る。
手の中にあるのは、とあるお尋ね者の人相絵。
ようやく、すべてが繋がった。
(そういうことか)
食い違う被害者の性別。刀の先端に突き刺さっている生首。
そして、予茶屋の店主が語った証言。それから……
(ウラベは女を殺さない)
宿場を震え上がらせた辻斬りから繋がった、一連のできごと。
その謎が、ルリにはすべて解けた。