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門にかけられた謎  作者: 吉川緑
宿場の連続辻斬り事件
7/9

二人の間柄

(あー、たしかに見落としてたなあ、これは)



 出来上がった人相絵の前に座りながら、ルリは内心ため息をついた。

 辻斬りとして描き出されたのはウラベと瓜二つだった。


 旅の同行人にして、金儲けの片棒、用心深く頭のねじが外れた『人斬り』

 それがウラベである。



(予茶屋の店主に見てもらわなきゃいけないけど、嫌な予感しかしない)



 そして、そういう予感ほど、だいたいの場合は当たる。

 ルリは店主に描き上げた人相絵を差し出す。



「このような人相に仕上がりました。いかがでしょう?」


「すごい、瓜二つですね。まるで、見てきたようにそっくりです。これならすぐに尋ね人にしてもらえますね!」


「そ、そうですか……よかった」


 そりゃあ、毎日見ている顔を描けと言われたら、いくらでも似せられる。

 気まずさをごまかして、ルリは着物の袖で口元を隠す。


 これで『予茶屋』の看板娘を殺したのはウラベと決まった。

 しかし、ルリはどうにも納得がいかない。



(あいつに女を殺す趣味はなかったはずだが)



 ウラベはたしかに人斬りだ。高額首は、けっこう問答無用で斬り捨てる。

 とはいえ、安い首には寛容なことも多い。事情を聞いてやることすらある。

 女子供はもとより、罪人でもない人間を殺すような奴じゃない。



(だいたい、そんな男だったら、さすがに組まない)


 どうも腑に落ちない点が多い。ルリは眉間が寄るのを、なんとかこらえた。


(男を二人か三人殺したのがウラベとしたら、まだわかる)



 男たちがお尋ね者や賞金首であれば、なおさらだ。

 一万歩譲って看板娘ではない方の女、あの、ばらばらにされた女が罪人なら。



(これもまだ……ありえるか)



 しかし店主の証言だけは、どうにも納得がいかない。

 『予茶屋』の看板娘は堅気の人間で罪人ではない。接点もないはずだった。



(無関係の女を殺しているウラベ……は想像しにくい)



 ルリは心の中でうーむと首をひねる。

 そもそも、自分の目で見ている被害者は『男二人と女二人』なのだ。

 こうして考えてみれば、店主の証言自体もあてになるのかとすら思える。



(なんだか、変な方向に進んでいる気がするな)



 どうにも気持ち悪い。ルリは頭をかきむしろうとして、やめた。

 いまはただ、せいぜい『顔隠し』を警戒するくらいしかない。



(その意味も薄れたけど。人相絵を描いた以上、引くに引けないか)



 店主の証言、消えた疑惑のウラベ、目的もわからない『顔隠し』。

 何一つとして、はっきりしていない。いや、一つだけはっきりしている。



(『人相屋』として、無実の人間を殺した辻斬りの正体を描き出す)



 依頼人が納得しても、ルリの中に疑いがあるのなら、追及するべきだ。

 なぜなら……



(記憶は嘘を吐く。それに、目撃者……話し手が間違うことも、多い)



 せめて儲け話にはなってくれよ、とざわざわする心を落ち着けようとする。

 ウラベ本人を問い質すことができれば、まだ何かが変わろう。

 しかし、そのウラベも今はいない。どこにいるかわからない。



(まあ、あの用心馬鹿がいたとしても、この面子では難しいか。店主には合わせられないし、『顔隠し』もいる……)


 それで、その『顔隠し』はと言えば――


「ほお、どんな面構えか見せてもらえねえか」


 予茶屋の店主から人相絵を受け取って、上から下まで確かめている。


「おいおいおい。どういうことだ、こいつぁ……」



 『顔隠し』がひきつった声をあげた。人相絵を持つ手も震えている。

 ルリと予茶屋は何があったのかと『顔隠し』を見る。



「こいつは、ウラベじゃねえか! あの……『長坂墓』で千人は斬ったっていう……。お、おい、店主……本当にこいつが、こんなけちな辻斬りだったのか?」



 言い終るか言い終わらないか。

 『顔隠し』が刀を抜き振う。きいん、と硬そうな音がした。

 ずさっと、床に何かが刺さる。矢だった。



(なんだ?)


「おい、お前ら、隠れろ!!」



 『顔隠し』が叫ぶ。

 ルリと店主が呆気にとられたところに、続けざま風切り音がする。

 きいん、きいんと『顔隠し』が矢を払っていた。



「くそ、天井か!」


「ひえっ」



 店主が布団へあたふたと倒れ込む。

 ルリも『顔隠し』にひっつかまれて、ウラベが眠るはずの布団へ投げ込まれた。

 ぼふんと布団に突っ伏した。



(あいてっ)



 妙にごつごつした感触に額をさするとルリは布団をめくる。

 中には、丸太が身代わりに置かれている。ご丁寧に落書きめいた顔付き。



(身代わり……ね)


 となれば、この天井にいるのは。


(ウラベか)



 そう思った瞬間に、黒い影が天井から降って来た。

 右手に小刀を、左手に弩を持った浪人。

 ざんばら頭につぶらな瞳、そして、頬には刀傷。案の定だった。



「深編笠のおまえ、何者だ? 昔話を知っているとは……どこの追手だ?」


「あ、あぁっ! こいつ、こいつです! こいつがうちの看板を殺したんです!」


 予茶屋の店主が指をさして叫ぶ。


「名乗るほどの者じゃねえよ。だがな、辻斬りなんてする奴とは思わなかったぞ、ウラベぇ!」



 『顔隠し』が気勢を上げ、刀で斬りかかる。

 ウラベはそれを小刀でいなす。きいん、きいんと、何度も音がする。


 畳にいくつもの太刀筋が刻まれていく。

 ふすまや布団はぼろぼろと中身を飛ばしている。

 どったんばったんと、いったいどれだけ打ち合いがあったろうか。


 二人は得物を振り合って急接近し、また距離をとる。



「くそっ。ウラベが相手じゃあ、さすがに厳しいな」



 荒い息の『顔隠し』と対照的に、ウラベは悠然としている。


 『顔隠し』は深編笠で視界が狭まっていたのだろう。

 邪魔だと言わんばかりに、矢がかすって破れた笠を脱ぎ捨てる。

 

 あらわになる『顔隠し』の素顔。


 口調と声のわりには若々しい見た目。二十そこそこだろうか。

 すっとした細面。整った目鼻。唇は歪んでいるというのに、妙に美しい。

 

 そして、特徴的なのは頭部だった。

 きらきらと光り輝く側頭部と頭頂部、そして、円形に短く生えた黒い髪。



(まるで、異国の絵巻物で見た『えんげるの輪』みたいだな)


 ずっと『顔隠し』が深編笠をしていた理由。まさか、これだったのだろうか。


(『顔隠し』あらため、『えんげる』いや、『若天狗』とでも呼ぶべき?)



 ルリは場違いにそんなことを思った。

 あわてて首を振る。彼にも名誉がある。それに、そんな場合ではない。


 どうするべきか考えをめぐらせる。



(このままウラベと『顔隠し』が打ち合うのは……だめだ。宿の修理費が怖い。えんげるの『顔隠し』に協力する……のもさすがに気が引ける。しかし、ウラベを助けたら……最悪、私もお尋ね者か……)


 であれば、他に手はない。念には念を入れておいた策が役に立った。


(頼むよ。おやっさん)



 即座にルリは指笛を吹き鳴らす。まずは、この場を制圧する。

 『ぴゅいー』と音が響き渡る。


 指笛の音を合図に、たくさんの男衆が、さすまたを持って雪崩れ込む。

 全員「刀に用心しろ」と聞かされているからだ。


 もちろん、ルリとてここまでの事態を想像していたわけじゃなかった。

 しかし、結果的に予想と似たようなもんなので、ちょうどいいだろう。



「な、なんだ? ルリ……どういうことだ、この連中は?」


「嬢ちゃん、こんな奴ら……いつ呼んでたんだ?」



 『顔隠し』は呆気にとられている。

 ウラベとて、多勢に無勢だろう。男衆に囲まれ、壁際に追い込まれている。



「ふふふふふふふふ」



 ルリは口角を上げて、目を爛々と光らせる。

 傍らの男からさすまたを受け取ると、大きく息を吸った。



「ウラベさんも浪人さまも、悪く思わないでくださいね!」



 「がしゃん」とウラベは取り押さえられた。

 『顔隠し』も得物を奪われ両手を上げている。


 ルリは、遅れて顔を出したおやっさんと、片手を振り上げて掌を合わせた。


『かたなにようじん ひとよべ』


 宿に入ったときから、ルリはおやっさんにこう伝えていた。

 おやっさんへ話すときの一言目、それを繋げれば真意がわかる、符丁。



「おやっさんならわかると信じてました」


「あんな神妙な様子で宿に入ってきたことなんて、ルリちゃんないからな」



 言わなくてもわかる。そういう間柄である。


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