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門にかけられた謎  作者: 吉川緑
宿場の連続辻斬り事件
5/9

不在のウラベ

 まだまだ夜には遠い。陽が南中を少し過ぎた頃だろう。

 目的の茶屋は、宿が立ち並ぶ小路から、街道へと戻らねばならない。

 煙でも焚いているような空を嫌ってか、宿場は音を無くしている。


 甘酒やら、一膳飯やらを売りつけてくる、たくましい露店も今日はいない。

 宿場に到着した日は、思う存分誘惑してきたというのに。



(こうも静かだと、かえって落ち着かないな……)



 ルリは饒舌な方ではない。とはいえ、じっとしていろと言われるのも苦手だ。

 金目の物はないか、絵になる風景でもないか、とあちこちを観察する性質だ。

 そこで、ふと違和感を覚える。



「そういえばウラベ……はどこ行ったんだ?」



 こういう捜し物のときは、たいてい後ろにひょっこりいるはずが、めずらしい。

 道理で会話が少ないはずだと納得しつつ、ルリは顎に手をやる。



(あの用心馬鹿に『気を付けろ』って言われないのも、調子狂うな……)



 一瞬、ウラベの居住まいが頭に浮かぶ。大柄のざんばら頭に丸い瞳、頬に刀傷。


 ぽおん、とルリは水たまりを跳び越す。

 わき道に入ると、いやに冷える。日陰だからだろう。ぞくり、と寒気がした。



(結局、昨夜斬られた男は見れなかったな)



 丁字路を右に。視界が開けると、六手がはらはらと顔にあたる。

 耳がきいんとして、立ち止まる。なぜだろうか。嫌な予感がした。



(まさか、殺されたのってウラベじゃないよな……?)


 ルリは腕を組む。


(よくよく考えなくても、死んだ男の顔はわからないが……)


 しかし、そんなことはないか、と首をひねる。


(うん。あいつはまだ寝てるだけに決まってるさ)



 と、そこまで考えてルリは目を細める。

 雑魚寝部屋でウラベの布団が膨らんでいたのは、たしかに記憶にある。

 しかし、懸念もある。あれでウラベは、かなり用心深いからだ。


 布団のす巻きを身代わりにして、屏風の裏で眠ることも、しばしばある。



(寝込みに賊なんて来るか、と馬鹿にしてたけど、まいったな)


 つまり、ウラベ本人が布団にいるかは見ていない。

 

(……まったく、いてもいなくても、困ったやつだ)



 不意に、風が吹いた。立っているのも辛かった。身体が強く揺られた。

 そうじゃない。なぜわからないんだ。そんな何かが、きりきりと胃にくすぶる。



(なんだろう……この感じ。何かを見落としているような……)


 妙な胸騒ぎを覚えつつ、ルリは街道へ出る。

 看板娘を失ったという茶屋は、名を『予茶屋』と言い、もう目と鼻の先。

 そこには、軒先にいくつかの縁台が置かれ、雪に映える赤い笠が立つ。


 客足は少なかろう。雪も騒動も続き、長居をするには向かない宿場だ。

 しかし、店は開いている。女将だろうか、一人の女が盆を抱えている。

 閑古鳥が鳴くとは、いま目の前にある光景のことだろう。



(看板娘が亡くなったとあれば、閉めそうなもんだけれど)



 茶がいただけるのは嬉しいけどさ、などと思いながら、ルリは軒先に腰掛ける。

 しかし……

 どうやら間が悪かったらしい。何やら問答が繰り広げられている。



「本当だよ! 俺ぁ見たのさ。あの辻斬りが、刀でうちの看板娘を刺すところを! あの野郎は、昨日、おとといで男三人、女一人をやった、大罪人だよ!」


 ルリは耳をそばだてる。目の端に、屋号の入った前掛けをした店主が映る。


「すまんが店主よ、男三人、女一人とは初耳だが……本当に見たのか?」


(ん? この声……もしかして)



 『予茶屋』の店主と問答をしているのは、深編笠姿の浪人『顔隠し』だった。

 ルリは『顔隠し』の姿に顔をしかめる。できれば会いたくなかった。


 回れ右したい気持ちを抑える。店主の言葉を捨ておくわけにはいかない。



(気になるところは多いけど……)



 辻斬りの被害者は男二人の女二人と聞いていた。しかし、店主はどう言ったか。

 それに、辻斬りの顔を見たとも言っていた。店主の言葉を信じるのであれば。


 ルリの頭の中で何かが組み上がる。

 確証はない。ただの言葉遊びかもしれない。


 ルリは『顔隠し』と交わした言葉を思い返す。

 奴は「男二人、女二人を殺した辻斬りが本当にいるなら」と言っていた。

 と、すればだ。



(『男二人、女二人』を殺した辻斬りはいない。なぜなら、『男三人、女一人』を殺した辻斬りがいるから……)


 『予茶屋』の店主の声が聞こえる。


「あぁ……うちの息子と看板娘は夫婦にさせるつもりだったのに……どうして、どうしてこんなことが……」



 悲痛な声にルリは店主へ顔を向ける。

 その店主は『予茶屋』と書かれた前掛けで目元を拭っていた。



(お気の毒様です)



 突然近しい人間を失った、それも、子供の嫁にしようとしていた娘を。

 その悲しみは推して知るもの。

 ルリは心の中で手を合わせる。それくらいする気遣いはルリとてある。

 しかし、心中慮って静観することが、果たして正しいと言えるか。


 ルリは気づかれないように『顔隠し』へ視線を向ける。



「ご主人、ひとまず落ち着いてくれ。詳しい話を聞こうじゃないか。事の次第では我が、その無念を晴らしてみせるぞ」


(まあ、予想していた通りだな)



 『辻斬りの姿を見ている』その言葉は聞き捨てがならない。

 人相描きのルリにもそうだし、辻斬り当人にとっては言うまでもなかろう。


 その上で、さっきの仮定――つまり、辻斬りの殺した人数が

 『男二人、女二人ではない』しかし、『男三人、女一人ではある』

 これを正しいとしてみれば……



(辻斬りは男と女を取り違える仕掛けを用意していた。そして、店主の証言はその仕掛けを看破したものだとする)


 どうして男と女の食い違いが起きているのか、ルリには分からない。


(その仕掛けがあれば、本当の辻斬りには辿り着かないと『顔隠し』は知っていたとしたら……?)



 『顔隠し』を疑いすぎているのかもしれない。しかし、つじつまは合う。

 どちらにしても、店主の話を聞く必要はあった。

 辻斬りの人相は描かなければいけない。



(できれば『顔隠し』の人相と見比べたいが)



 それで『顔隠し』が辻斬りとわかれば、なんと楽なことだろう。

 賞金が付くのを見計らって、ウラベが斬ればいい。それで金が手に入る。


 しかし、そう上手くいくかは分からないし、別に懸念していることもあった。

 ルリは忘れていない。路上で『顔隠し』から感じた、不穏な気配を。



(あれは……そう、殺気だった)


 仮に『顔隠し』が辻斬りとして、このまま店主が口を割ったらどうなるか。


(すぐに口封じされるかもしれないね)



 証人は生きていてこそ証明ができるもの。

 証拠や記録を残さずに店主が口封じされたら、辻斬りの正体は闇の中。

 また振り出しに戻ってしまうし、懸賞金など夢のまた夢となるかもしれない。


 と、なれば、だ。



(ここは、私の出番でしょうよ)


 鼻息も荒く、ずいっとルリは身体を二人の間へ割り込ませる。


「お話をされているところ、申し訳ありませんが……」


「なんだ、さっきの嬢ちゃんか。まだ首を突っ込んでくるのか?」



 浪人の『顔隠し』が忌々し気な声を向けてくる。

 笠の下にある表情は見えない。声から察すれば、苦虫でも食っているのだろう。


 しかし、ルリはそんな『顔隠し』へ手を向けて軽く制する。

 残念ながら、お前に主導権は譲らない。どうされようが知らない。

 いまは、刀よりは筆が先だ。それに、本当に危なければウラベがいるのだ。



「ご主人、私は人相描き屋を営んでおります。ぜひ、目撃した辻斬りの顔を、お教えいただけませんか? 必ずや、辻斬りと瓜二つに仕上げてみせましょう」



 雪は音を吸い、宿場はうす暗い。女将はどこか心配そうにこちらを見ている。

 ルリの目に強い意志が宿る。丁寧に頭を下げて店主に向き直った。



(辻斬りは見つけ出して、必ず……首を獲る)


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