辻斬りの二日目
今宵の空も漆黒に染まり、足元は白粉でも撒いたように覆い隠されていく。
くくく、と思わず笑みが零れた。この刀を握ると気持ちが高揚していく。
(今夜の首尾はどうだろうか)
落とし差しにされた真新しい刀は、血を欲している。
昨晩の事件のせいか人通りは少なく、常にも増して閑散としている。
大柄な男は、つぶらな目を細める。
「見つけた……」
宿場の脇道を少し入ったところ。酒に飲まれているのか、ふらふらと歩く男。
まるであつらえたように、誰もいない月明かりの隠された闇夜。
「その命、もらい受ける!」
そいつを後ろから、飛蝗の跳躍かのように跳ねながら追い抜く。
すれ違いざま、頭を横なぎに真っ二つに切り裂く。頭蓋が虚空へ飛んでいく。
「ひっ、人殺し!」
怯んだように小さく叫んだ声を、男は聞き逃さない。
もう一人いたか、と口端を歪めつつ、新たな標的への視線は冷たい。
逃げようとおののく長髪と小袖がひらひら舞うも、感慨はわかない。
「まさか逃げられるとでも思ったのか?」
男は声の主をばらばらに斬り払う。血を吸った刀は紅く、男は高らかに笑う。
斬られた標的の意識は、まるで蝋燭でも吹くように消えていったことだろう。
男は満足そうに、転がっている首に刀を突き刺す。
はらり、と首から長い髪が垂れていった。
「ふむ。ちょうどいい土産ができたじゃないか」
◇◆◇
「おやっさん、ちょっくら外いってくるよ」
翌朝、ルリは、当たり前のように木賃宿の扉を雑に開ける。
よくよく泊まっている宿なので、おやっさんには、いちいち言わずとも通じる。
雪の積もった小道。振り返れば、宿から一筋の跡が足元に続く。
昨晩も深々と降ったのだろう。
(木の下は通りたくない)
朝から雪だるまはごめんだ。手をさすりながら路木を避け、道の真ん中を進む。
(私みたいな地味娘は道の端っこが、お似合いなんだけどさ)
街道に近づくにつれ、だんだん雪の色が汚くなっていく。
いや、これは。
(なんだかずいぶんと人が通ったみたいだけど……)
はて、とルリは縮こまらせた首を傾ける。そのときだった。
「おいおい、また出たのかよ」
「あぁ、岡っ引きが手伝えってよ」
わき道から出てきた男らが、小走りにルリを追い越していく。
背中を眺めながら、その先へ視線を向ける。
(何かあったのか?)
筵を寄こせだの、人を寄せるなだの、岡っ引きがあれこれ指示を飛ばしている。
「ほらほら、ここには近づくんじゃないよ。誰も入れらんねえ」
すぐ近くには指示を受けたのか下っ引きが立ち、通せんぼしている。
その後ろには娘だろうか、誰かが倒れている。
うっすらと雪に覆われ、周囲の積もった白銀は綺麗なままになっている。
(……また誰か殺されたと?)
「昨晩は、たくさん斬られたんだってなあ……」
「細切れにされた奴もいるらしいぜ……あー、おっかねえ」
(たくさん? 細切れ?)
ルリは旅人の会話の耳を傾ける。
詳しく話を聞きたいが、岡っ引きは走り回っていて無理だろう。
それなら、聞き耳を立てるしかない。
「聞いた聞いた。見っけた娘っ子が泣いちまったらしくて、立ち入り禁止だとよ」
(なるほど。それで人払いしてるわけね)
昨日見た、せこい詐欺師の傷跡を思い出して、ルリは頭を振った。
確かに、あれと似たような状態であれば、衆目にさらすのはよくない。
「……すいません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」
ルリは隣で話している二人の旅人に話しかける。
「何人斬られたのか、ご存じですか?」
「あー、たしか昨晩は三人じゃなかったかなあ?」
旅人は目線を空へ向け、思い出すように指を折る。
連れのもう一人は詳しくないらしく、首を傾げている。
『一晩に三人を殺した』
ルリは旅人の言葉に唇をぎざぎざにして眉をひそめる。
人相描きが生業のルリでも、そう耳にしない数だ。
(どんだけ凶悪な奴だよ)
そんな感想を持った、ちょうどその時だった。
「一晩で三人を斬ったとねぇ……。だが、聞けば斬られたのには、お尋ね者もいるらしいじゃねえか。自業自得じゃないかねえ……? ふふふ」
背後からの突然の声に、ルリはびくりとする。思わず身体が硬くなる。
ゆっくり振り返ると、深編笠が視界に入ってくる。顔は笠に覆い隠されていた。
声と姿から察するに男の浪人だろう。刀を落とし差しに佩いている。
「自業自得? あなたは、殺された方々をご存じなのでしょうか?」
「さあてね。あんまり首を突っ込むのは歓迎しないなあ。お嬢さん。もし、二日で男二人と女二人を殺した辻斬りとやらが『本当に』いるのなら、深入りする奴を狙うかもしれないだろう?」
浪人であろう男は、不穏な空気をまとっている。
いきり立つように佩いている刀を揺らし、がしゃんと音をさせる。
まるで、刀を見せびらかすかのように。
(やけに詳しい? でも、この雰囲気は……)
人相描きとして、数々の辻斬りや凶悪者と対面してきた直観が告げている。
空気が吸い込まれていくような、見えない手に飲み込まれるような。
(ウラベに人斬りを頼んだ時に、漂うものと同じだ)
「……いやあ、怖ぇよなあ。もうしばらく夜は出歩けねぇよ」
何かを察した旅人二人が、大袈裟に震えながら声をあげる。
旅人らが発つのをきっかけにして、ルリも手に息を吐きながら、その場を去る。
いかにも「寒いしさっさと帰りますよ」とでも見えるように、である。
(深入りするなってことか? いまの浪人はいったい……)
振り返ると、被害現場へ続く道には、変わらず下っ引きが立ちふさがっている。
近寄れないよなあ、とルリは腕を組む。息は白く、曇天へ消えていった。
ぐずぐずした空は晴れそうにない。このところ、夜になると雪が降る。
だからだろう、出歩く者も限られる。どうにも下手人の姿形が見えてこない。
(このまま、何の情報も手に入れられずには帰れないけどなあ……)
ルリとて人相描きの端くれなのだ。
目撃者さえ見つかれば、辻斬りの人相を描きたいところだが……
(いやはや、どうすっかねえ……)
頭の後ろに手を回す。吐く息が白く、空に消えていく。
これくらいで簡単に引き下がるわけには、いかなかった。
◇◆◇
それからしばらく、ルリは辻斬りの噂と現場を探して歩き回った。
宿場の雰囲気は張り詰め、岡っ引きには「さっさと行け」と何度も言われた。
幸い、先ほどの不穏な浪人とは遭遇しなかった。
(うー、寒い。温石持ってくればよかった……。それでも……)
寒空の下、出張ったかいもあって、辻斬り事件の情報はそれなりに集まった。
昨夜の被害者たちは三人。すでに筵を被せられていて、詳しい姿は分からない。
覗いて見えた服装と宿場の噂場話からすると、男一人と女二人のようだった。
(辻斬りがやったのは、さっきの浪人が言った通り、二日で四人。男二人の女二人か。賞金首は斬っても罪じゃないけど……)
覗き見の限りだと、一人の女が細切れにされたようだ。
正直、あの散らばりようだと、発見者が泣きわめくのも理解できた。
殺された女のうち、もう一人の女は宿場にある茶屋の看板娘らしい。
(とりあえず、その茶屋には、このあと行ってみるとして……)
女の賞金首は、借金踏み倒しの女郎か、心中騒ぎの人妻くらいで数が少ない。
ルリは身体の奥から何かが、ふつふつと湧いてくるのを感じた。
(あの浪人は『自業自得』とか言っていたけど、女二人に罪はないでしょうよ)
無罪の女を入れて四人を斬った輩、とルリは辻斬りを想像する。
すべてが正義感などと、いうつもりはない。
冷たいかもしれない。でも、ルリは他人の生き死にに、そこまで興味はない。
しかし、この連続辻斬りは見逃すことなどできなかった。
思わず、目が獲物を見つけた猛禽類のように鋭くなる。
こみ上げてくる感情に、肩が震える。
わざわざ辻斬りの影を追い回したのは、押さえきれない衝動からである。
(この辻斬りは、『高額の賞金首』になるに違いない)
高額の賞金首を見つけるのは、ルリの役目だ。
そして、その賞金首を誰が斬れば金になるのか。
ルリが考えていることなんて、最初から決まっている。
「絶対この辻斬りは、ウラベに斬らせてやる」
ふふふふふふふ、と目を銭のようにしてルリは、不敵に笑うのだった。