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門にかけられた謎  作者: 吉川緑
宿場の連続辻斬り事件
4/9

辻斬りの二日目

 今宵の空も漆黒に染まり、足元は白粉でも撒いたように覆い隠されていく。

 くくく、と思わず笑みが零れた。この刀を握ると気持ちが高揚していく。



(今夜の首尾はどうだろうか)



 落とし差しにされた真新しい刀は、血を欲している。

 昨晩の事件のせいか人通りは少なく、常にも増して閑散としている。

 大柄な男は、つぶらな目を細める。



「見つけた……」

 


 宿場の脇道を少し入ったところ。酒に飲まれているのか、ふらふらと歩く男。

 まるであつらえたように、誰もいない月明かりの隠された闇夜。



「その命、もらい受ける!」



 そいつを後ろから、飛蝗の跳躍かのように跳ねながら追い抜く。

 すれ違いざま、頭を横なぎに真っ二つに切り裂く。頭蓋が虚空へ飛んでいく。



「ひっ、人殺し!」



 怯んだように小さく叫んだ声を、男は聞き逃さない。

 もう一人いたか、と口端を歪めつつ、新たな標的への視線は冷たい。

 逃げようとおののく長髪と小袖がひらひら舞うも、感慨はわかない。


 

「まさか逃げられるとでも思ったのか?」



 男は声の主をばらばらに斬り払う。血を吸った刀は紅く、男は高らかに笑う。

 斬られた標的の意識は、まるで蝋燭でも吹くように消えていったことだろう。


 男は満足そうに、転がっている首に刀を突き刺す。

 はらり、と首から長い髪が垂れていった。



「ふむ。ちょうどいい土産ができたじゃないか」



◇◆◇



「おやっさん、ちょっくら外いってくるよ」



 翌朝、ルリは、当たり前のように木賃宿の扉を雑に開ける。

 よくよく泊まっている宿なので、おやっさんには、いちいち言わずとも通じる。

 

 雪の積もった小道。振り返れば、宿から一筋の跡が足元に続く。

 昨晩も深々と降ったのだろう。



(木の下は通りたくない)


 朝から雪だるまはごめんだ。手をさすりながら路木を避け、道の真ん中を進む。


(私みたいな地味娘は道の端っこが、お似合いなんだけどさ)


 街道に近づくにつれ、だんだん雪の色が汚くなっていく。

 いや、これは。



(なんだかずいぶんと人が通ったみたいだけど……)


 はて、とルリは縮こまらせた首を傾ける。そのときだった。


「おいおい、また出たのかよ」


「あぁ、岡っ引きが手伝えってよ」



 わき道から出てきた男らが、小走りにルリを追い越していく。

 背中を眺めながら、その先へ視線を向ける。



(何かあったのか?)


 筵を寄こせだの、人を寄せるなだの、岡っ引きがあれこれ指示を飛ばしている。


「ほらほら、ここには近づくんじゃないよ。誰も入れらんねえ」



 すぐ近くには指示を受けたのか下っ引きが立ち、通せんぼしている。

 その後ろには娘だろうか、誰かが倒れている。

 うっすらと雪に覆われ、周囲の積もった白銀は綺麗なままになっている。



(……また誰か殺されたと?)


「昨晩は、たくさん斬られたんだってなあ……」


「細切れにされた奴もいるらしいぜ……あー、おっかねえ」


(たくさん? 細切れ?)



 ルリは旅人の会話の耳を傾ける。

 詳しく話を聞きたいが、岡っ引きは走り回っていて無理だろう。

 それなら、聞き耳を立てるしかない。



「聞いた聞いた。見っけた娘っ子が泣いちまったらしくて、立ち入り禁止だとよ」


(なるほど。それで人払いしてるわけね)


 昨日見た、せこい詐欺師の傷跡を思い出して、ルリは頭を振った。

 確かに、あれと似たような状態であれば、衆目にさらすのはよくない。



「……すいません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」


 ルリは隣で話している二人の旅人に話しかける。


「何人斬られたのか、ご存じですか?」


「あー、たしか昨晩は三人じゃなかったかなあ?」



 旅人は目線を空へ向け、思い出すように指を折る。

 連れのもう一人は詳しくないらしく、首を傾げている。


『一晩に三人を殺した』


 ルリは旅人の言葉に唇をぎざぎざにして眉をひそめる。

 人相描きが生業のルリでも、そう耳にしない数だ。



(どんだけ凶悪な奴だよ)

 

 そんな感想を持った、ちょうどその時だった。


「一晩で三人を斬ったとねぇ……。だが、聞けば斬られたのには、お尋ね者もいるらしいじゃねえか。自業自得じゃないかねえ……? ふふふ」



 背後からの突然の声に、ルリはびくりとする。思わず身体が硬くなる。

 ゆっくり振り返ると、深編笠が視界に入ってくる。顔は笠に覆い隠されていた。


 声と姿から察するに男の浪人だろう。刀を落とし差しに佩いている。



「自業自得? あなたは、殺された方々をご存じなのでしょうか?」


「さあてね。あんまり首を突っ込むのは歓迎しないなあ。お嬢さん。もし、二日で男二人と女二人を殺した辻斬りとやらが『本当に』いるのなら、深入りする奴を狙うかもしれないだろう?」



 浪人であろう男は、不穏な空気をまとっている。

 いきり立つように佩いている刀を揺らし、がしゃんと音をさせる。

 まるで、刀を見せびらかすかのように。



(やけに詳しい? でも、この雰囲気は……)



 人相描きとして、数々の辻斬りや凶悪者と対面してきた直観が告げている。

 空気が吸い込まれていくような、見えない手に飲み込まれるような。



(ウラベに人斬りを頼んだ時に、漂うものと同じだ)


「……いやあ、怖ぇよなあ。もうしばらく夜は出歩けねぇよ」



 何かを察した旅人二人が、大袈裟に震えながら声をあげる。

 旅人らが発つのをきっかけにして、ルリも手に息を吐きながら、その場を去る。

 いかにも「寒いしさっさと帰りますよ」とでも見えるように、である。



(深入りするなってことか? いまの浪人はいったい……)



 振り返ると、被害現場へ続く道には、変わらず下っ引きが立ちふさがっている。

 近寄れないよなあ、とルリは腕を組む。息は白く、曇天へ消えていった。


 ぐずぐずした空は晴れそうにない。このところ、夜になると雪が降る。

 だからだろう、出歩く者も限られる。どうにも下手人の姿形が見えてこない。



(このまま、何の情報も手に入れられずには帰れないけどなあ……)



 ルリとて人相描きの端くれなのだ。

 目撃者さえ見つかれば、辻斬りの人相を描きたいところだが……



(いやはや、どうすっかねえ……)



 頭の後ろに手を回す。吐く息が白く、空に消えていく。

 これくらいで簡単に引き下がるわけには、いかなかった。



◇◆◇



 それからしばらく、ルリは辻斬りの噂と現場を探して歩き回った。

 宿場の雰囲気は張り詰め、岡っ引きには「さっさと行け」と何度も言われた。

 幸い、先ほどの不穏な浪人とは遭遇しなかった。



(うー、寒い。温石持ってくればよかった……。それでも……)



 寒空の下、出張ったかいもあって、辻斬り事件の情報はそれなりに集まった。

 昨夜の被害者たちは三人。すでに筵を被せられていて、詳しい姿は分からない。

 覗いて見えた服装と宿場の噂場話からすると、男一人と女二人のようだった。



(辻斬りがやったのは、さっきの浪人が言った通り、二日で四人。男二人の女二人か。賞金首は斬っても罪じゃないけど……)



 覗き見の限りだと、一人の女が細切れにされたようだ。

 正直、あの散らばりようだと、発見者が泣きわめくのも理解できた。


 殺された女のうち、もう一人の女は宿場にある茶屋の看板娘らしい。



(とりあえず、その茶屋には、このあと行ってみるとして……)



 女の賞金首は、借金踏み倒しの女郎か、心中騒ぎの人妻くらいで数が少ない。

 ルリは身体の奥から何かが、ふつふつと湧いてくるのを感じた。



(あの浪人は『自業自得』とか言っていたけど、女二人に罪はないでしょうよ)



 無罪の女を入れて四人を斬った輩、とルリは辻斬りを想像する。


 すべてが正義感などと、いうつもりはない。

 冷たいかもしれない。でも、ルリは他人の生き死にに、そこまで興味はない。

 しかし、この連続辻斬りは見逃すことなどできなかった。


 思わず、目が獲物を見つけた猛禽類のように鋭くなる。

 こみ上げてくる感情に、肩が震える。

 わざわざ辻斬りの影を追い回したのは、押さえきれない衝動からである。



(この辻斬りは、『高額の賞金首』になるに違いない)



 高額の賞金首を見つけるのは、ルリの役目だ。

 そして、その賞金首を誰が斬れば金になるのか。

 ルリが考えていることなんて、最初から決まっている。



「絶対この辻斬りは、ウラベに斬らせてやる」



 ふふふふふふふ、と目を銭のようにしてルリは、不敵に笑うのだった。


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