宿場の連続辻斬り事件
「お買い上げ、ありがとう存じます」
店主の言葉を背中に受け、男は宿場の片隅へ向かう。
買ったばかりの一品は落とし差し。すっかり日は落ちて露店もない。
空から舞い落ちる白い粒のせいもあろう。道行く人影はほとんど見えない。
男は、恍惚の笑みを浮かべる。くくく、と口をつく音に、白く色がつく。
腰付近に、心地良い重さがある。白く染まった道を踏むたび、ずしっと重く。
(……ついに買ってしまった)
いい得物だ、と外から眺めるばかりの日々は終わった。
これからは、この刀を相棒として、長く付き合っていくのだと心に決めた。
飯の時も寝る時も、風呂の時でさえも、片時も離したくなかった。
しかし……
(色々問題はあるが、まずは試し斬りといくか)
にいっと口角をあげると、男は鞘を左手に、右手を柄にかけ走り出す。
標的は、提灯片手の中年男。
はたして提灯男には、目を見開く時間さえあったろうか。
「その命、もらい受ける」
男はすれ違いざまに、提灯男を袈裟斬りに払った。
瞬間、骨まで切り裂くいい刀だとわかった。不思議と重さを感じなかった。
空から舞う白に、赤い彩りが咲いた。
「この刀は……最高だな! あとはどう隠すのがいいか……」
もしや軽はずみな行動だったか、と男は後頭部をぽりぽりとかいた。
◇◆◇
「ひでえな、こりゃあ……」
「どんな化け物が斬ったんだよ。こいつあ……」
翌日の宿場は、道に転がる死体へ人だかりができていた。
「ちょっくらごめん……よ、と」
小柄で細身のルリは、すいすいと人波をかき分け、死体の目の前にしゃがみ込む。
その死体は袈裟懸けに大きく斬られたのか、身体が二つにお別れしていた。
ルリは隈を浮かせた目を細める。
人相描きで死体を目にすることも多いルリでも、長く見たい姿ではなかった。
「ふむ。袈裟斬りで一刀両断とは、なかなかの手練れだろうな」
ようやく追いついた大柄でざんばら頭の男、ウラベも傷口を見ている。
「そういうものなのですか?」
「あぁ。見ろ、鎖骨に肩甲骨、肋骨と上半身はけっこう大きな骨が多い。それを断ち切った腕力もそうだが、刀も相当の業物でなければ、こうはできまい」
ウラベはこれでも人斬りだ。高額な賞金首を何人も狩っている。
そのウラベが言うのだから、おそらく事実なのだろう、しかし……
「わかりましたから、頭を抑えつけないでくれますか? さすがに目の前で眺める趣味はありませんよ」
馬鹿力なんだからやめてくれ、とばかりルリは結った頭に置かれた手を払う。
人波をかき分けたのは一に野次馬、二に賞金首か、といったところである。
死体の傷口を目の前にしたいわけじゃない。
「そ、そうか。しかし、これほどのものはなかなか見れないと思うぞ? 心技体、すべてが揃わなければ、こんな芸当はできない。そう、これはまさに芸術と言える切り傷だ。俺にもこんな素晴らしい刀さえあれば……」
「すいませんが、死体に興味はないので……」
(あるのは金になるかだけで……)
不埒なことを考えながら胴乱を開くと、ルリは人相絵を取り出した。
何枚か見比べると横たわる骸に同じ者がいた。せこい詐欺師のようだった。
(あぁーーーー。惜しい! これ先にウラベが斬ってたら金十枚じゃねえかよ!)
けっと舌打ちをすると、ルリは立ち上がる。
「……もういいのか?」
「えぇ、惜しいことをしました。こんな高額首がいるなら、もう少しこの宿場に留まってもいいかもしれませんね。……金のために」
ルリが素直な心境を披露すると、ウラベが半眼の目を向けてくる。めずらしい。
だが、そんなことを気にして自重するような性質のルリではない。
(この宿場に来たのは、金のためなんだから)
いつ戦争が起きるのか、と用心する中年ウラベは実戦経験が欲しい。
実家を追い出され、金に困る絵描きの娘ルリは金が欲しい。
ルリが賞金首を描いて、ウラベが斬る。
それが、齢も離れた二人の役割分担なのである。
(貧乏は嫌だ。貧乏は嫌だ。貧乏は嫌だ……)
だが、そのためには金がいる。
今にも雪の舞いそうな空を見上げ、ルリはため息を吐いた。
「賞金首でも、降ってこないかなあ……」




