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門にかけられた謎  作者: 吉川緑
門にかけられた謎
2/9

門にかけられた謎の解

後編です

(しっかし、金一封、って書かれると、どんだけもらえるか期待するよなあ)



 木賃宿(きちんやど)に戻ると、ルリとウラベは雑魚部屋に座りながらそば切りを食んだ。

 寒さに温かいつゆが染みわたっていく。強く思う。この宿の飯は安くてうまい。

 大雑把なおやっさんがこんな繊細な味を作るのは、実に不思議だ。


 ウラベは飯を食ってごろごろ転がっている。夜も更けて、眠いのだろう。

 眠そうなウラベに白湯を出してやるが、ルリは先ほどの謎かけを解きたかった。


 金一封、なんと甘美な響きだろうか。

 貧乏は辛い。もう農村には戻りたくない。絵で一発当てて楽に暮らしたい。

 ルリの頭には欲望が渦巻いている。どれだけ金がもらえるか、それが重要だ。



「ウラベさんはどう思いましたか? あの、門への修正」


「『活』と『音』のことはよく分からんが、俺も絵図の門では不満だな」


「それは……門の修繕案に問題があると?」



 ウラベは頷いてくる。

 老朽化して腐りかけた木を取り換えて、新しいものに入れ替える。

 絵図で描かれた門の修繕案は、奇をてらうこともなく、ごくごく普通に思えた。



(もしや、私には気づかない、『何か』があるのか……?)



 宿場の出入り口にある土手、つまり見付(みつけ)に門はある。

 上方も下方も似た構造で、普段の出入りを制限する物ではなさそうだった。

 有事、例えば大きな捕り物などのとき、検分しやすくするためにあるのだろうと、ルリは見ている。


 今のところ、『活』と『音』の意味は分かっていない。

 だが、修繕案自体に欠陥があるなら、そこから答えを導ける可能性はある。



(ウラベは頭が残念だが……『瓢箪から駒』ってこともあるからな)



 ごくん、とルリはつばを飲み込む。ウラベに向き直ってじっと目を見る。

 答え次第では、『人斬りウラベ』は知恵者だと、評価を改めるかもしれない。



「あれでは、いざ敵軍が攻めてきたとき、何の妨害にもならん」



 やはり、ウラベはウラベだ。

 自称落ち武者のこいつは、何でも戦争やら山賊やら、物騒なことに結び付ける。

 がっくり来て、ルリは手をひらひら振って雑に返事をした。



「さすがに、戦に備えろって指示じゃないと思いますよ……」


「いやいや、常日頃から言っているだろう。用心が大事だと。戦がなくても、例えば災害、地震や火事、豪雨。あぁ、なんて危ない。津波が来たらひとたまりもないぞ」


「いや、ここは山なので……」


「じゃあ、雪崩だ! あんな広い門では危ないぞ! ほら、雪も降る季節だろう」



 ルリはもういいや、とウラベに聞くのを諦めて布団を被った。



◇◆◇



 翌朝、何かをごりごり削る音で目が覚めた。

 肌寒いが、破れた障子から光が見える。寝ぐせを軽く直し、被った布から出る。



(いい香りがする……?)



 豪快にいびきを奏でるウラベを無視して、ルリは廊下をぺたぺた歩く。

 がら、と戸を開けると、音と香りの元がそこにはあった。



「おやっさん、なに作ってるの?」


「おう、ルリちゃん。ウラベのダンナからもらった山鯨(やまくじら)をどうにかしようと思ってな」


「朝っぱらから山鯨たあ、豪快だねえ」


「いやあ、一応ここ、そういう宿だからな。他の客の手前……な」



 木賃宿、この宿は安い代わりに食材は持ち込みだ。

 しかし、おやっさんは何を持ってきても旨い飯にしてくれる。


 こんな安宿で終わるのはもったいなかったろう、と一度聞いたことがあった。

 しかし、おやっさんはただ苦笑いをしていた。何も教えてくれなかった。


 察するに、昔は都で飯屋でもしていたのだろう。

 金勘定に緩いから、こうして木賃宿に収まったとルリは考えている。



(しっかり金を稼がないといけない。現実は厳しい……)



 この宿は、安い、旨い、気やすい、と三拍子揃っているのだ。

 ちゃんと金も払って、おやっさんには、長く宿を続けてもらわないといけない。



「それもそうか……。金が入ったら、多めに払うよ」


「まあ、趣味みたいな店だがな……。それにお前は娘みたいなもんだ」


「ふん。新しく若い奥さんでも探しゃいいのに。しかし、これは鰹節かい?」



 おやっさんもいい年だ。早くに妻に先立たれて、いまは一人で宿をしている。

 ちょくちょく訪れるのは、親孝行の代わり、とでも言えるかもしれない。



「あぁ。ちぃと堅くてね。ごりごりやってて起こしちまったかな」


「いやあ、大丈夫だよ。ウラベはまだ寝てるし。あいつに比べりゃ静かなもんさ……って、待てよ」



 何かが引っ掛かった。何だろう、この違和感は。



(鰹節……堅い魚……?)



 もしかすると、と昨夜のウラベを思い返す。何と言っていただろうか。


『じゃあ、雪崩だ! あんな広い門では危ないぞ! ほら、雪も降る季節だろう』


 『あんな広い門』か、なるほど、とルリは口角を上げる。

 ウラベの言うことも、案外と馬鹿にならんな、と評価を改める。



「おう、どうしたんだい、ルリちゃん」


「おやっさん。夕飯は、豪華になるかもしれないよ」



 これは、文字に長じていない人間には、解けるはずない謎かけだ。

 ルリが小遣い稼ぎにやっていた『写本』あれが役に立った。


 思わぬことがきっかけだったが、謎かけの正体は分かった。

 後は、絵を描くだけだ。


 ルリは、獲物を壁に追い詰めた猛禽類のように、表情をぎらぎらさせる。

 『金一封』このためだったら、ルリはいくらでも頭の回る女だった。



◇◆◇



 宿場街でもっとも重要な施設。

 黒光りする瓦屋根。軒先には一段高い畳床。問屋場(といやば)

 ルリは問屋場の奥にある部屋で、この宿場の長である男と向かい合っている。



「『修正指示』の内容が分かりました」


「ほ、本当か?!」



 これが直したものです、と差し出す書を見て、問屋は首をひねっている。

 もちろん、見せただけで分かるとはルリとて思っていない。説明がいる。



「いやあ、実に難しい問題でした。解けたのは、偶然……いや、私以外にいるのかどうか……」


「いや、疑う訳ではないが、お若い旅の人よ。あんた、本当に分かったのか?」


「えぇ、もちろんです。すっかりばっちり、あの謎かけは解きましたよ」



 ルリは貧相な胸を反らす。問屋は怪訝そうな目を向けてくる。



「なら、教えてくれないか? ……ここだけの話だが、『あのお方』はずいぶんとご立腹のようでな」



 『あのお方』とは、修繕案を却下し、謎かけを出してきた人物だろう。

 どんな奴かは知らないが、回りくどい指示と紙をびりびりにするような奴だ。

 あんまり関わり合いたくはない。しかし、聞いておかねばならぬこともある。


 ルリはにいっと笑って、口に手を寄せ問屋に囁きかける。気分は悪代官だった。



「それはそれはお困りでしょう。それで、おあしの方は……?」


「もちろん! ほら、ここに」


「色を付けては……くれないですね。大丈夫です」



 問屋がこめかみをひくひくさせながら、睨んできた。

 無念だが、ルリはすごすごと引き下がる。仕方ない、と咳ばらいをした。



「ええと、当たり前と思うかもしれませんが、この『活』と『音』は門に関係があります」


「まぁ、そりゃあ、そうだろうな」


「ですが、その二文字だけで考えていては、いつまでも分かりません。門と組み合わせてこそ、意味が出てくるのです」


「門と組み合わせる?」



 どういうことだ、と問屋は口を歪めて首をかしげる。



「つまり、こういうことです。『門』に『活』と書いて、『闊』(ひろし)。『門』に『音』と書いて、『闇』(くらし)」


「なるほど! 門構えの中に加えたということだな」


「えぇ、これは唐に似た逸話がありまして、それをもじったものと思います。『あのお方』とやらにそういった知識はありませんか?」



 問屋は顎に手をやる。



「そうだな……言われてみれば、孫子(そんし)経書(けいしょ)を好んでいた気がするな」


魏武(ぎぶ)と呼ばれる有名な方が好んでいた書物ですから、きっとそうでしょうね」


「なるほど。となると、この修正指示というのは……」


「えぇ、門が『広すぎる』それから『暗すぎる』との意味でしょう」



 ですから、少し狭くして、松明を増やして描き直しました、と付け加える。

 問屋は、ふふふ、と破顔して何やら足音荒く奥へ引っ込んでいった。

 ぽかんとしてルリが眺めていると、何やら誰かを連れてやってきた。



「お前が、あの問いを解いたというのか?」


「えぇ、はい。そうですが……」



 奥から問屋と出てきたのは偉そうな老人だった。

 質素だが精錬された着流しのよく似合う、眼光鋭い爺だった。


 刀を佩いていることから、武士であることは間違いなかろう。

 ウラベのような落ち武者ではなく、もしかしたら旗本だろうか。



「ふむう。まあいい。こんな田舎宿場に門なんかいらんと思っていたが、お前のような奴も通るなら、あってもよいだろう。鳥の骨を捨てるのが惜しくなったわ」


「はあ……。まあ、『鶏肋(けいろく)』も出汁にはなりますからね」


「娘よ、なかなか物分かりがいいな。気に入ったぞ」



 どんだけ、魏の武帝(ぎのぶてい)が好きなんだよ、とルリは目を細める。

 しかし、相手がお偉方なら、ご機嫌を損ねないようにしておくのが賢い。


 しばらく雑談に付き合い、目当ての包みをいただくと丁重に頭を下げた。



(あー、肩凝った。さっさと宿に帰って中見よ……)



◇◆◇



 その夜は、安宿に似合わぬ豪華な料理がたくさん並んでいた。


 山鯨汁、八杯豆腐、焼き鰯、小松菜浸し……

 一汁三菜どこではない。梅酒やら清酒やらを買い、玉子や田楽まであった。



「しかし、よくこんなにもらってきたな」


「ですよねえ。ずいぶん気前良かったと思いますよ」


「いやー、こんだけ金もらったら、料理なんていくらでも作ってやるよ。しかし、いいのかい?」



 おやっさんは料理を前にして、ルリへ聞いてくる。

 宿主と客が同じ物を食べるのに、いくらか遠慮しているのだろう。



「いいのいいの。こんな豪華な飯を食べる機会、そんなにないだろうし」


「そうだぞ、ご主人。こんなに気前のいいルリは、もう二度とないかもしれんぞ」


「ウラベさん、それは言いすぎです!」



◇◆◇



 宴もたけなわ。

 ウラベが部屋に戻ってくると、窓の欄干に腰掛けるルリの姿が見えた。

 傍らには杯が置いてある。先に戻ると言っていたが、まだ飲んでいるのだろう。


 少し上気したように頬が赤くなりながら、窓の外を向き、筆を走らせていた。



「何をしている?」



 ウラベは普段と様子が違うのに気づいて、訝しむように目を向ける。

 ルリは少し微笑んでウラベの方を見ると、ゆっくりと筆を置き、杯を呷った。



「いい気分でしたので、絵でも描こうかと。それに、眠るにはまだ早いので……」



 酔っているのだろう。それはわかった。しかし、ずいぶんと変わるものだ。

 いつもよりしっとりと話し、細い指でたおやかに杯をあおる仕草。

 酒を少しこぼしたのか、こんどは妖艶に口元を親指で撫でて舐めている。



「お前、酔うと変わると言われないか?」


「さぁて、どうでしたでしょうかね」



 そそそ、と、ルリはウラベの後頭部に手を回そうとしてくる。

 その仕草にウラベは目を見開いて、ルリのそばからすっと離れた。


 ルリはからからと笑っている。

 ウラベはその姿を見て、背中に汗が走るのを感じた。これは……危険だ。

 思わず、ルリの両肩をがっしりと掴む。しっかりと目を見て、言葉を紡ぐ。



◇◆◇



(なんだなんだ。ちょっとからかったら、まさか本気になったか?)



 ルリは内心どきどきしながら、ウラベに掴まれた両肩に熱を感じていた。

 まったく好みではないが、旅をしていればそれなりに情も沸いてくる。

 それに、今回はウラベの一言が『謎かけ』を解くきっかけにもなった。



(……たまには遊んでもいいだろう。悪い奴じゃないし、金が減るわけじゃあないし)



 そんなことを思って、両肩を掴まれたまま、目を閉じた。

 来るなら来い。たまには、いいじゃないか。ルリだってもう年頃だ。

 甘い話の一つや二つあったっておかしくない。


 家族から離れ、一人で旅していた頃は大変だった。

 変な男にも言い寄られたし、切りかかられそうになったことだってある。


 だから、元々ある隈を余計に強調して化粧した。他人からは醜く見えるだろう。

 でも、自分の見た目のせいで問題を巻き込むくらいなら、ずいぶんマシだった。


 言い訳なんて、いくらでも思いつく。ウラベは人斬り、でも、悪い奴じゃない。

 それに……一緒に旅をしてくれるのは、正直、嬉しい。


 そうして、理性を断ち切って、頭を傾けようとした時だった。

 やはり、ウラベはウラベなのだと思い知る。



「ルリよ。酒は判断力を鈍らせるぞ。よく覚えて、用心しておけ。こんな話がある。昔、酒の場で酔った同僚に、林檎を頭に乗せて的になれと言われたことがあった。俺は少ししか酒を飲んでいなかったから避けられたが、飲んでいたら死んでいたかもしれない。弓が得意なはずが頭どころか左胸に……おい、なんだ。どうしたんだ。最後まで話を聞け!」



 『そういう空気じゃなかっただろう』なぜだか、ふつふつと怒りがわいた。

 説教を続けようとするウラベに向かって、残った銭の半分を投げつける。



「こんな風にですか!!」



 投げた銭袋は見事にウラベの眉間に当たる。

 ウラベは『きゅー』と間抜けな声をあげて大袈裟に倒れた。


 ルリはため息を吐くと欄干(らんかん)に座り直す。

 梅酒の香と宿街の明かりで、雪が花に見えた。


ルビ振りましたが補足です。

 木賃宿きちんやど 食事なし、燃料代負担。

 見付みつけ どこからどこまでが宿場かわかるように置かれる。上方=京都

 魏武、魏の武帝 共に魏王曹操の呼び名

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