宿場への道
前後の二編のうち、前編です。
(寒い冬は、温かいおそばが恋しいものですねぇ)
吐く息はもうもうと白い。
曇天から降り始めた日の光に目を細めながら、ルリは宿場街へ続く道を行く。
街道は、さっきまで降っていた雪に薄く染まっていた。
(わら靴があって良かった。なかったら足元がどうなったことか……)
脇に立ち並ぶ木々の枝からは、解けた雪の雫が垂れる。
目的地までは、朝から歩いてあともう少し。ここらからは上り道だ。
「ルリ、足を滑らすなよ。道がけっこう緩んでいるからな」
街道を女ひとりで歩くのは心細い。この先では、山賊が出ることだってある。
『旅は道連れ世は情け』とはよく言ったものだ。
ルリは旅絵描きだ。風景画や人相描きを飯の種にして、各地を回っている。
菅笠を被り、脚絆に手甲。つぎはぎの入った、くすんだ桃色の着物。
齢十七の小柄で貧相な身体の娘は、目元に隈がくっきりあるほか、特徴はない。
貧乏農村の出身で、隈が気に喰わないと女衒にも買われなかった。
嫁に行けない娘と家から追い出されて、食うに困って絵描きになった。
「ウラベさんこそ、もうちょっとまともな進み方は、できないんですか?」
「これでも、泥道の鍛錬はしている。だが、さすがに……重くてな」
ウラベとは道中で出会った。同郷の出身で落ち武者を自称する怪しい奴だ。
ルリの描き貯めた賞金首の人相絵を頼りに、路銭を稼いでいる。
金のために人を斬る、頭のねじが外れたおっさんだが、悪人ではない。
斬るにも美学があるらしく、高額首は容赦なく斬るが、安い首はそうでもない。
捕縛に留めたり、事情を聞いて赦してやったりと、相応にまともだ。
とはいえ、人斬り稼業にまともな奴の方が少ない。
相応にまともだが、相応に性質が悪い。そんな旅の同行者だった。
(そりゃ、まあ、重いでしょうね……)
ルリは小さく息を吐く。
ウラベの腕っぷしは確かで、接しやすく気やすいおっさんだった。
人相描きのルリと人斬りのウラベという役割分担も悪くはない。それでも。
「中身をぶちまけないでくださいね。さっきみたいに」
ウラベは、派手に転んで足元と尻が泥まみれだった。青い着物が所々茶色い。
宿賃代わりの山鯨、つまり猪を担いでもらっているので、仕方ない面もある。
そこは譲ろう。しかし、そもそもウラベの荷物は多すぎるのだ。
ルリもできるだけ荷物を担いでいるし、か弱い娘としては頑張っている。
にも関わらず、だ。
このウラベという男は、どれだけ用心しないと気が済まないのだろうか。
ルリはちらと後ろのウラベを見る。
(刀、弓、槍、弩……それから大鍋。ついでに斧と金槌……ねえ)
家財道具を引っ提げた引っ越しにしては物騒すぎる品々だ。
しかし、合戦に呼ばれたとしても、一人でこんなに使わないだろう。
「用心は重要だぞ。もし、落ち武者の集団にでも囲まれたらどうする?」
「ここのところ、戦の話なんてまったく聞きませんけどねえ……」
「その油断が危険だ。いつ山賊の集団が出てくるかもわからんぞ」
「さすがに、山賊たちも寒いんじゃないですかねえ……」
「何を言う。一流の山賊なら、寒いからって略奪をやめるものか。既に先回りして穴でも掘っているかもしれない。そうだな。用心して、ここから迂回して行った方がいいかもしれん」
一流の山賊なんているかいな、とルリは半眼の視線でウラベの指先を辿る。
ウラベが指差すのは、山の中を突っ切る険しい道。いや、ただの森である。
こんな所を進んだら、泥か血にまみれるしかない。絶対にごめんだった。
「はいはい。ウラベさんが用心深いのは分かりましたから、このまま普通にさっさと行って、そばでも食べましょうよ」
「む……残念だな。俺はうどんの気分なのだが」
追い出された貧乏村娘と用心深すぎる落ち武者の二人旅。
一回り以上は齢の離れた二人は、金を稼ぐために進むのだった。
◇◆◇
都から少し離れた宿場。川を越えて街道を進み、もう山のふもとに近い。
元居た場所からは、歩いて半日くらいだったろうか。
この宿場には、ルリが馴染みの安宿がある。
二人はそこにしばらく留まって、金を稼ぐつもりだった。
(せいぜい似顔絵客をとって、そいつらの財布を開けさせなければ……)
最低でも、賞金首の新情報をもらうか、風景画を描かなければならない。
賞金首ならウラベに任せ、風景画なら街で商人にでも売りつけて金にする。
ルリはとにかく金が必要だった。絵を描くのは好きだ。楽しい。
でも、それだけじゃ食っていくのは大変である。
身一つで放り出されたのだ。まずは金だ。やりがいなんてのはその次だった。
(ここで一儲けしてやるからな……)
ルリは決意を慎ましい胸に秘めて、目を爛々とさせる。
少しずつ目当ての宿場が見えてきた。
◇◆◇
街道に面して、茶屋がずらっと並んでいる。甘酒、一膳飯、お茶……
降雪を幸いと、商機に燃える茶屋たちは、温かいものを前面に出していた。
漂う湯気が、冷たい身体を暖めて行けよ、と誘惑を振りまいてくる。
(だめだめ、安宿に泊まって節約しないといけないんだから……)
ルリは後ろ髪を引いてくる露店から視線をはがして首を振る。
目指すのは、宿場のはずれにある馴染みの木賃宿。
粗末な平屋で、瓦屋根にどこか年月を感じる。
土間と客室が二部屋。一部屋十畳ほどあるが、雑魚寝式だ。
ウラベと雑魚寝するのはもう割り切っている。間違いなど起こりようがない。
ルリの好みは年下の色白い男子だ。こんなおっさんでは断じてない。
(せめて、あと二十は若ければ……いや、ないな。顔が趣味じゃない)
ウラベはぼんやりと天を仰いでいる。息が荒いが、さすがに疲れたのだろう。
がら、と扉を開くと、見慣れた中年のおっさんが目に入った。
「どうもおやっさん。またしばらく厄介になりに来ましたよ」
「あれま、ルリちゃん。また出稼ぎかい?」
「そういうこと。それから、これ宿と飯代に」
ウラベが山鯨を、籠の中からむんずと出して、軒先に置く。
五尺五十貫はありそうな大物だ。よく担いでくれた、とルリは感謝している。
「あれまあ、こりゃあ、ずいぶんと立派なやつだね」
「あぁ。道中で遭遇して仕留めた。ご主人、これから世話になる」
「いやあ、ウラベのダンナ。こんだけの物もらったらよくしてやらねえとなあ。しかし……」
馴染みの中年、おっさん番頭は、にやっと笑う。
「いいところに来たねえ、お二人さんは。好きなとこ使っていいから、荷物置いたら、高札場を覗いてごらんよ」
「ほほぅ?」
高札場は宿場街の中央にあったっけな、とルリは首を傾げる。
そこは、裏通りに続く道と交差した十字路で、人通りも多い一等地だ。
少し高そうな茶屋兼宿、豪華な店構えの飯屋があるが、ルリには縁遠い。
「そしたら、早速行ってみるよ。ウラベさん、ちょっと悪いけど、荷物置いといて」
「構わんぞ」
ルリは宿を飛び出すと、高札へ向かう。
宿場の端から中央までは、のんびり歩いても大して時間もかからない。
ただ、時間的にすんなり辿り着けるどうか。それは人通りしだいだ。
(ちょっくらごめんよ……と)
中央に近づくにつれ、人が多くなる。しかし、小柄なルリはあまり気にしない。
すいすい人の波をすり抜けていきながら、念のため懐に注意する。
(大して入っちゃいないけど、スリには注意しておかないと……ね)
高札場は、お上からの布告やら、待ち合わせ場所に使われている。
人通りが多い場所にあるのは、周知に向いているからだろうとルリは思う。
実際、ルリも何度か目にしたことがあった。
(はてさて、おやっさんの言うことだから、いいことなんだろうけど……と)
よくよく見ると、高札場の横に、真新しく小さい看板が立っている。
なるほど、こっちが本命のようだ。たむろするのは旅人だろうか。
くたびれた格好に頭をかきながら、やいやい言い合っている。
「おめえさん、こいつやってみたらどうだい?」
「いやいや、おれっちなんかじゃあ、とてもわかんねぇよ」
(……何が書かれてるんだ?)
旅人の脇に立ち、ルリは看板を読む。途端に目を細くした。にやりと笑う。
「こいつはおやっさんの言う通りだったな。いい時に来たってもんだ」
「……何が書いているんだ?」
大柄で人波を避けるのが苦手なウラベは、ようやく追いついてきたらしい。
つぶらな瞳で、不思議そうに高札を見上げている。
思わず、そっちじゃない、とルリは手を引いた。
しかし、看板にも首を傾げている。ウラベには長い文章が辛いのかもしれない。
仕方ない奴だなあ、とかいつまんでやった。
『この絵図に描かれた修正を、正しく解釈して描き直した者に金一封やる』
細々と書かれた文を見る限り、宿場の門を修繕する案が却下されたらしい。
困り果てた問屋、つまり宿場の代表者は、旅人へ知恵を募ったようだ。
絵心のあるルリとしては、やらない手はない。
問題はその絵図の修正とやらだが、どう描き直したものだろうか。
(ずいぶんとぼろぼろにされた絵図だが……)
修繕案を却下した人物は、よほど修繕案が気に入らなかったと見える。
びりびりに破かれたのか、貼り合わせた跡があちこちにあった。
(ひどいもんだなあ。貼り合わせても歪んでるよ……。丁寧に描かれているってのに)
絵描きの端くれとしては描いた人物に同情もし、直したことに執念を感じた。
「それで、指示って言うのはどれだ? 俺には分からないのだが……」
「これですよ。きっと、よほど怒らせたら困るお偉いさんなんじゃないですかねえ。こりゃ、金一封も期待できますよ」
ルリはにやりと笑う。
不謹慎かもしれないが、金が手に入るかもしれないとなれば話は別だ。
それ以上に、この『修正指示』には思うところもある。
(指示が二文字だけって、直させる気あるのかよ……)
提出された修繕案をびりびりにしておいて、修正指示は簡潔極まりない。
そう、書かれていたのは立った二文字だけ。
『活』と『音』
まるで挑発だな、ルリにはそう見えた。
『解けるものなら解いてみろ』そんな謎かけだった。
ルビ振りましたが補足です。
高札場 幕府用の掲示板。高札は貼られた物
問屋場 宿場の運営業務用の設備、問屋はその長
五尺五十貫 本文中では端数を払いましたが、おおよそ 151cm、187kg です




