とある勇者+S氏の里帰り冒険 (7)
ゆうしゃは うごかない。
ゆうしゃは どうじょうとあきれの ないまぜになったしせんを いっしんにうけている。
「アスファ君が寝ていても支障はないから、先に進めようか。成り行きとはいえ、ロッシュ君がこちらに来てくれたのは助かるよ。今後の話がスムーズに行きそうだからね。君は村長さん達のやり方には賛同できないってことでいい?」
「あ、ああ……あんなの騙し討ちでしかねえし、人の話を聞かねえにも限度があるだろ。偉い立場だからって、あいつら勝手放題にやり過ぎだ」
ロッシュ自身も村長一家の跡取りとして勝手放題に育ってきた自覚がなくもないが、父と祖父のやり方を目の当たりにして、己を省みるところがあった。
瀬名は満足そうにうん、と頷き、少し言い澱んだ。今さら話すことに躊躇を覚えたのではなく、何から話せばいいか迷ったのだ。
「私がこの村に来たのは、アスファ達が里帰りをすると聞いて、お母さんと仲直りできるか少々心配になったからなんだ。手酷く閉め出されてヘコんだりしていないかなあ、とかね」
《という建前です》
「お黙り。――で、どうもみんな元気にやっていそうだから、顔だけ見てすぐに帰るつもりだったんだ。それが、ついこの村の現状を知ってしまって、帰るに帰れなくなってね」
《正しくは、一旦出直すべきか迷っている数日の間に豪雪で退路が消えました》
「お黙りったら」
帰らなかった最大の理由は雪だな、と皆は確信したが、賢明にも指摘は控えた。
「私は基本的に、行く先々の人や場所について予め把握しておくのが習い性になっているんだけど、ざっと調べてみたら、まさしく先刻の話に出てきたロッシュ君のお父さんとお祖父さん、その取り巻きの方々が、非常にまずいことに手を出しているのが判明してね。それがまた洒落にならない内容で、到底この村だけじゃ収まらない規模だったし、アスファ君達には荷が重過ぎるから、滞在を延ばして様子見をすることにしたんだ。村人の誰がどこまで加担しているのかも、じっくり確認したかったからね」
「……親父達が、何をやってるって?」
「うん。ロッシュ君、脱税とか横領ってわかるかな?」
「は?」
「なにィィ!?」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
ゆうしゃは いきかえった。
目をまるくしているロッシュとフアナを押しのけ、アスファは飛び起きた勢いのまま食いつく。
「あのおっさんども、さんざん俺らをコケにしたくせに、自分らはンなことやってんの!?」
「やってるんだこれが。ちなみにそれだけじゃなく、ざっと数えただけでも相当な数の国法を破っている。領主法だけじゃなく、この国の法をね。すべての罪状を挙げれば、最も軽い刑が適用されても死罪間違いなしってぐらいに。場合によっては連座の刑が適用されてもおかしくはない。連座の刑がどんなのかは憶えてる?」
「……罪を犯した当事者だけじゃなく、身内とか親族に至るまで処刑されるってやつだろ」
「そう。この場合、何も知らされていなかったらしいロッシュ君も含まれる」
「俺らには荷が重過ぎるって意味、よくわかった」
顔をしかめるアスファに、ロッシュはいまいちピンときていない困惑の目を向けた。ロッシュだけでなく、レイシャやフアナもよくわかっていない様子だ。
あまりに突飛な話なので、すぐに実感が湧かないのも無理はない。
「飢えに苦しみ、やむにやまれず蜂起したなら情状酌量の余地もあっただろう。まず領主の統治能力が先に問われるし、ここの領主は国が手心を加える理由なんてない下位貴族だから、案外まともな裁きになったはずだよ。でもこの村はあんた達も知っての通り、豊かで平和な村だ。法を破らずとも全員が普通に食べていける上に、悪法によって日々の暮らしを脅かされているのでもない。だから村長達の行いの動機は、完全な私利私欲と見做される。たとえ本人達にそのつもりがなかったとしても」
「待って――ちょっと待って。あたしの税、毎年村長達が一旦集めて、みんなの分と一緒にまとめて払ってもらってるのよ。まさかそれが領主様に納められてなかったの?」
いちはやく事の重大さに気付いたのはレイシャだった。
ロッシュとフアナは焦るレイシャの顔を見てさえも、まだ首を傾げている。なんだか本当にまずいことになっているらしい、と思い始めてはいるが、それがどう大事なのか、ここに至ってもよくわかっていない。
それもまた、この村が長く豊かで平和である証拠だった。彼らは他領の民のように、きつい税の取り立てに苦しめられた経験がない。だから、その法を犯した者がどれほどの罰を与えられるかもピンとこないのだ。
「それについてはご安心を。手つかずできちんと納められているよ」
「そ、そう、よかったわ。……あら、じゃあ結局何をしているの? あたしも難しいことはよくわからないけど、領主様に逆らっちゃいけない、領主様の決めたことを破っちゃいけないっていうのは、小さい頃からみんな言い聞かされているのよ。それこそ、破らなきゃ生きていけない事情だってないし。人に耳を貸さない頑固オヤジばっかりだけど、そんなに沢山とんでもない悪さをするなんて、全然想像つかないわ」
「その頑固オヤジ達も、自覚が薄いかもしれないのがキモかな。この件は広範囲に渡る複数の問題が絡み合ってて、どこが中心と言い切れない面がある。でもアスファの故郷の村だから、ここを中心に話そうと思う――――なんてこった、お茶がもう冷めてら」
「温めよう」
シェルローヴェンがするりとカップを受け取り、数秒後にふわりと湯気が上った。木製のカップは焦げもせず、中身だけ温め直して瀬名の手に戻す。
さりげなくやっているが、高度なワザである。何とも言えない表情で見つめる面々、とりわけ魔術士のエルダから嫉妬のこもった視線が突き刺さるも、二人は完全に黙殺した。
瀬名はカップの端を舐め、「熱ちっ」と舌を引っ込める。ますます何とも言えない間抜けな空気が流れたが、瀬名は空気を読める民族性を一時封印し、熱々のお茶を慎重にすすって満足げにフゥと息をついた。
「個々人の収入じゃなく、実はこの村に関するもので収入を得ているのに、村長達はそれを領主に言っていないんだよ。もちろん、ほかの村人達にもね」
「どういうこと?」
「何だよそれ?」
レイシャとロッシュの声が被った。
「多分彼らは、自分達がそんなに大それたことをやっているつもりはない。決まりごとを破っている自覚ぐらいはあるはずだけど、彼らの認識している決まりごとは〝たかがひとつ〟に過ぎないんだろう。ところが現実には、それがいくつもの法律違反に繋がっていて、ひとつじゃ済まなくなっているわけでね」
「だから、それが何だってんだよ!?」
「この領地では、領主の許可なく商人相手に取引をするのは駄目っていう決まりがあるのは知ってる?」
「知ってるよ、俺は村長の跡取りだぞ。こっちから買い物する分にはいいけど、逆になんか売る時は領主様の許可がいるってやつだろ?」
「彼らはまずそれを破っている。勝手にこの村のものを売り、領主に報告をしていない」
「……は?」
「正確には、『商業目的に関わる売買を行う際は必ず事前に届け出をしなければならない』っていう法を言い換えてるわけ。個人で小物を贈り合ったり、自宅の夕食に招いたり、物品への対価が発生しなければいい。でも村長達は、無許可で村の共有財産を商人に売って利益を上げ、それを一度も届け出ていないんだ。昨日今日の話じゃなく、何年も」
ロッシュは息を呑んだ。
レイシャは目をいっぱいに見開き、フアナは驚きつつ心配そうな目でロッシュを見る。
「ここまでで破っている法律は、ざっとこんなところかな」
・無許可で商業目的に関わる売買を行ってはならない
・共同体の共有財産を着服してはならない
・共同体の共有財産を私的に処分してはならない
・一定以上の利益が発生した場合、領主法に定められた割合を税として納めねばならない
・他者の罪が判明した場合、これを隠蔽してはならない
・他者に罪を犯すよう唆してはならない
・己の犯罪行為に他者を協力させてはならない
「最初の一つめがこの土地の領主法で、後のが国法だよ」
「ちょ、ちょっと待って……頭が追いつかないわ……」
「う、嘘ぶっこくんじゃねえよ。なんだよ利益って。こんな小っせぇ村に、そんな儲けが出るような売り物なんざあるわきゃねえだろ!?」
「あ、師匠、俺もそれ知りたい。この村って商人が取引してくれるようなもん、何があんの?」
「百聞は一見に如かずかな。――ARKさん」
《はい》
小鳥の前に記録映像が表示され、慣れていない人々が仰天してのけぞった。
慣れてはいる面々も、相変わらず凄いなと感嘆しながらそれを眺めている。
「これって、俺らが集めた薬草じゃね?」
《その通りです》
草や根がいくつも束になり、木の実は壺にこんもりと盛られ、袋詰めにされたものもいくつか。
それが村の倉の中、丁寧に所狭しと並べられていた。
「大半はこの村で栽培されているんでしたわよね。村自体に課されている税があって、それをこれらで納めるというお話ではありませんでしたかしら?」
「そうそう。農作物とか、獣の皮とか素材なんかも納められんの。ほかの土地もそんなに違わねーだろ?」
「うん、僕の生まれたとこもそうだったよ。だから怠けて協力しない奴とかは、悪条件の隅っこに追いやられたりしてた」
「あたしは宿の収入が時々あるし、領主様の許可さえあれば、収穫物や自分の作った小物なんかを売ってもいいのよ。籠を編んだり布を織ったり、それを余所から来た人に売って収入を得る人もいるわ。あたしも何度か玄関先に並べて売ったことがあるけど、それはやってもいいことでしょう?」
「もちろん。ちゃんと許可を得ているし、一定以上の利益が出ればその分を納めているんだから無問題だよ。ただ、ここに映っているのはそういう個人個人のものじゃなく、アスファ達も含め村人みんなが協力して、領主に納める目的で集めたやつだよね?」
「ええ、そうね。育てた薬草類を分けて束にしたり、袋に詰めたり、みんなでやるのよ」
「このうち、実際に納められたのは七割ぐらいだっていうのは知っていた?」
◇
驚愕や怒りの度合いが過ぎると、人は一瞬〝無〟になることがある。
レイシャの表情がスンと消え、ロッシュ達は呆然としていた。
「あら、知らなかったわ。びっくりね」
〝無〟の表情のまま、感情の籠もらない声でレイシャが言った。
アスファの肩がビクリと跳ね、すすす……と距離を空けている。
(あ、この人、敵に回しちゃいけない人だ)
悟った何名かが冷や汗を浮かべ、瀬名は熱々のお茶の力で冷気を紛らわせることにした。
「あー、ちなみに、行方不明の約三割はこれです」
次に映したのはCGだ。百科事典のようにわかりやすく、名称つきで種類ごとに並べて表示している。
「アスファはこれ全部、何かわかるよね?」
「そりゃな。昔っから見てるし」
「エルダは?」
「わたくしも……と申し上げたいですけれど、半分ぐらい自信がありませんわ」
「エルダがぁ?」
「仕方ないじゃないですの! 書物でも滅多に載らないものばかりですわよ!」
「え、そうなのか?」
「そうなんだよアスファ君、エルダの言う通り。アロイス君も、これらはあんまり馴染みがないよね?」
「そうですね。この村に来て初めて見るものが多いですよ」
神官のアロイスにも言われ、アスファはまじまじと薬草類を見た。
「……そうなの? ししょー」
「子供の頃から目にしているあんたは実感しにくいだろうけど、ここにあるのは全部、滅多に出回らない珍しいやつなんだよ。とりわけこの【青翠花】なんか、稀少も稀少だね。玻璃のように光沢があり、端が透き通って美しく、葉も花弁も茎も根も、種に至るまで貴重な霊薬の材料になる。一面の新雪に蒔かれた種は、深い雪の中に活き活きと根を伸ばし、連日の吹雪の中で芽吹いて、極寒の中で花を咲かせる。この辺りの気候や雪質が【青翠花】の成長に適していたんだろうけど、これの栽培に成功しているのは、私の知る限りこの村だけだよ」
「そーなの!?」
「あらまあ、ほんとに? 全然知らなかったわ」
「珍しいらしいとは、聞いたことあったけどよ……」
村人組にとっては馴染み深過ぎて、似たような環境の土地ならどこでも育てられるものだと思っていたのだ。
「知らないって、恐ろしいですわね」
エルダが呆れて言うのに、村外の面々が相槌を打った。
「恐ろしいついでに、卸値を想像してみようか。アスファ、エルダ、この約三割は店に並ぶ前でさえ金貨何枚かの値が付くんだけど、合計何枚ぐらいになりそうか、合図と同時に言ってみてくれる? あてずっぽうでいいよ」
「お、おう」
「わかりましたわ」
「よし、じゃあいくよ。三、二、一、ハイ!」
「二十枚!!」
「六十枚!!」
「あぁ?」
「は?」
アスファとエルダはきょと、と顔を見合わせた。
「何言ってんだエルダ、さすがに六十枚はねえだろ」
「アスファこそ何を仰ってるんですの、【青翠花】の株が入って五十枚を下回るなんて有り得ませんわよ」
「や、でも卸値だし、そこまでいかねーんじゃねえ?」
「ですから、少なめに見積もって六十枚ですわ。ほかの種類に関しては曖昧ですけれど、これを含めて五十枚以下などと、すべての霊薬に対する冒涜ですわよ。……あ、でも、天然ものと栽培ものでは違うこともあるのかしら……?」
途端に自信なさげになるエルダだったが、
「エルダの勝ち。さすがだね、強気で行けば金貨七十枚でいけるよ」
「ほらあ!」
「え~っ?」
エルダは得意げに豊かな胸をそらし、アスファは情けない顔でエルダと瀬名の顔を見比べた。
「残念、アスファ君。エルダのほうが相場に近かったね」
「ほほほほほ!」
「マジでぇ~? あれ、そんなにすんの?」
「するんだよ。ちなみに村長さん達は、仲良しの商人さんにこれを金貨十二枚で売ってたかな。いや、大金だね」
「――――」
「――…………」
再び、何とも言えない空気が占めた。
誰も何も言えなかった。
しばらくして、アスファがぽつりと漏らした。
「……それ、騙されてね?」




