とある勇者+S氏の里帰り冒険 (6)
誤字脱字報告師様、いつもありがとうございます。
アスファの実家は村唯一の宿屋だ。冬季は屋根が出入口になるものの、本来の出入口は雪に埋もれた建物の一階にあり、受付もそこにある。
受付の奥に廊下が伸びて、少し行けば共用の居間だ。幼い頃のアスファは、暖炉の前でくつろぎながら、両親や宿泊客と話すひとときがとても好きだった。
客は大抵が商人なので、外の世界をいろいろ知っている。討伐者の父親も、年に数回程度しか戻って来なかったけれど、たくさんの土産話で息子を喜ばせていた。――アスファの〝外の世界〟への憧れは、育まれるべくして育まれたのだ。
(もしそーゆー環境で育ってなかったら、俺は今頃どうしてたんだろうな)
誰もが一度は思い浮かべる、愚にもつかないタラレバの妄想だが、アスファのそれには若干の切実さが混じっていた。
「ししょー、俺やばいよ。昨夜のことなのに、シェルローさんが来た直後の記憶が所々とんでる。夕飯、なに食ったっけ」
「アスファ君や。人はね。とてつもない衝撃を受けたり、心底不都合な記憶や捨てたい記憶なんかがあるとまとめて箱にぶちこんで、厳重に鍵をかけることができる生き物なんだよ。そして夕飯は奴の襲来前に食ったんだよ、おまえ無事か」
「無事じゃねー……なんで捨てずにとっとくんだよ。仕舞わずどっかへポイすりゃいいじゃん」
「何を言ってるんだキミは。適当にどっかへポイした結果、拾われて誰かに見られでもしたら心の命に関わるじゃないか」
「やべえ。それやだ。今のなしで」
「……あなた方、なんの話をしてるんですの。記憶をポイだの捨てるだの、できるわけありませんでしょう。不毛な会話はそこまでになさって、揺るぎない現実問題に目を向けてくださいな」
エルダの力ない突っ込みが入った。
記憶だけをやったり盗ったり出来る技術の果てに誕生した瀬名だったが、無粋な反論はせずに口を噤んだ。
「だけどセナ様、起きていいんですか? あんなに寒い寒いって、食事どき以外はひたすら籠もってたのに」
「シモン君、セナ様は起きるだけなら今までもずっと起きておられたんだ。そこは『こんなに明るいうちから出てきていいんですか?』と尋ねるところだろうね」
「アロイス君や、人をオバケみたいに言うのはよしなさい。それからシモン君や、私が今日起きて来られた理由だがね、なに単純な話だ、難しい話ではない」
瀬名は熱いお茶をひとくち含み、
「要は気合いだよ」
切れ長の瞳を細め、その奥に刃のごとき鋭い殺気を瞬かせた。
己の大敵、極寒の冷気に、本気で立ち向かう気になったらしい。
すなわち、彼女がそうせねばならない事態の発生を告げる合図にほかならなかった。
「平和な時は、もう過ぎ去ったんですのね……」
「そうですね……私達だけはあの平和を憶えておきましょう……」
「ああ、いつかまた平和が戻って来るさ、いやきっと戻ろう……」
「そうだね、きっと皆で戻ろうね……」
「君達、僕もまぜてくれないかな。仲間外れはよくないよ……」
この連中はどこの死地に向かうつもりなんだろう? 真の一般人達は、がちごちに硬直しながら冷や汗をかきつつ、意味不明の会話に首を傾げるといった忙しなさだった。
彼らを石化させている原因は、言うまでもない。
黒髪の人物の背後に控え、妙に愉しげな様子で愚かな人々を眺めている、夢幻のように美しい三兄弟――
(嘘だろ…………精霊族、だよな…………マジか…………アスファの野郎、こんなのと知り合いなのかよ…………こいつらって、マジで…………)
(嘘みたい…………実在してたなんて。そんな生き物、どうせただのお話でしょって、みんな信じてなかったのに。ほんとにいたんだ…………)
(困ったわ…………お食事、どうすればいいのかしら? 普通の食材だと、こんな粗末なものをって怒られたりしない? どうしましょう、精霊族のお客様なんて初めてだわよ。しかも、一人だけでも仰天なのに、また二人もいらっしゃるなんて。アスファが大丈夫って請け合うから、シェルロー様はお師匠様のお部屋に入ってもらったけど、さすがに全員は無理よね。部屋割りどうしましょう、空き部屋なんかもうないわよ。というかお師匠様、こんなにたくさん喋る方だったのね。雰囲気もなんだかいつもと違うし。こちらが普段通りなのかしら)
強者がひとり紛れ込んでいた。母にして宿の女将は逞しいのである。
親は既に亡く、夫にも何年も前に先立たれ、親不孝な息子がとっとと家出し、レイシャはすべてをたった独りでやらざるを得なかった。いつまでもメソメソしている暇などなく、
『いいわよやってやるわ、やってやろうじゃないの、やれば何とかなるわ!』
と精神が鍛えられ、レイシャは現在、細身で穏やかそうな見た目に反し、この村の女性陣の中で筆頭に入る強さになっている。
ゆえに、ピヨピヨの殻が外れきっていない若者二人と違い、彼女の頭は「このお客様方をどう扱えばいいのかしら」方面にさっさとシフトしていた。
(うそうそまさか信じられないって否定するばっかりじゃ、接客なんてできやしないでしょ)
強者である。
それでも硬直が解けないのは仕方がない。例えば王侯貴族に自宅を突撃訪問されたら、誰だって緊張するだろう。精霊族は彼らにとってそれと同じなのだ。
村人がいくら無知でも、王侯貴族は偉いから逆らってはいけないぐらいの常識は、先祖代々、骨の髄まで染みついている。逆らって怒りを買えば、平民は牢屋に入れられるのだ。たとえこんな田舎の地方領主でも。
精霊族はその〝常識〟が、骨どころか本能レベルで浸透している生き物だった。この世界で、彼らに恐れや服従心を抱かない種族など滅多にいないのである。
《皆様、まだまだですね。平和とは悠長に訪れを待つものではなく、自ら獲得するものです》
「そしてひとたび獲得すれば、去るのを許すものではない。指をくわえて遠ざかる平和を見送るなど、愚かの極みだな」
「こら、やめなさい。皆をビビらせるんじゃありません」
打ちのめされて縮こまった弟子達四人が可哀想になり、瀬名は物騒の代表格たる一羽と一名に釘を刺した。
「ししょー……怒ってないの?」
アスファがうるうる、上目遣いに師匠の顔色を窺った。
瀬名はその頭部に犬耳を幻視した。わんこには優しく接してあげねばなるまい。
「怒る? はて、何のことかね? 私に無断でこの野郎を私の部屋に放り込んだことかね? むろん何ひとつ実害はないとも。誰が何と言おうが、私は熟睡していたんだからね。それが何か問題でもあるかね?」
「うわあああん、ゴメンナサイ!」
「はは、わかっているとも。人には回避しようのない、どうしても退けようのない脅威があるものさ。それがたまたま昨夜、君のもとに来襲してしまっただけのこと。きみには何もできなかった、ちゃんとわかっているさ」
「すんません、すんません……」
台詞だけを聞いたら寛容だが、目が笑っていない。
へこへこ謝り倒すアスファの横で、エルダ、リュシー、シモンに加え、神官アロイスまでが神妙に俯いている。確かに、彼らには何をどうしようもなかった。
レイシャは息子の姿に呆れつつ、不思議に情けないとは感じなかった。それどころか、「ちゃんと反省や謝罪ができるようになったのね」と、斜め方向に息子の成長を噛みしめている。
これを叩きこんだのがこのお師匠様というのなら、母の中に芽生えるのは感謝と尊敬の気持ちでしかない。……喧嘩っ早い悪ガキ時代のアスファに、さんざん手を焼かされただけに。
――ロッシュとフアナはそれどころではなかった。
「と、鳥が……!?」
「うそ、喋って……!?」
「あ。そっか、おまえら知らなかったっけ?」
「いや、知らなかったっけって、そんなおま……」
「レイシャさん以外は知らないんじゃないかな? だってセナ様が来ちゃったの、冬直前だったし。みんな慌ただしくしてたじゃん」
「ですわよね。小鳥が肩にいたことなど、気付く余裕のある方はいなかったのではないかしら?」
「なーる。確かにそーだ。悪い、ロッシュにはとっくに話してる気になってたわ」
「い、いや……」
うんうん頷くアスファの平然とした様子に、ロッシュとフアナは愕然とした。アスファ達にとって、これは不思議でもなんでもないのか。
ロッシュなどは昔の調子でずけずけ言い合っていたけれど、急にアスファが遠のいたように思えてきてしまった。
「来ちゃった……そうか、私は悪名高い〝来ちゃった〟を他人様にやってしまったのか…………うわ、地味にショックだ」
《マスター。そろそろ彼らの事情を聞きませんか? 話が進みません》
「クールな進行役ありがとうよ。そうだな、しょせん私のショックなんて、些細なことでしかないのさ……」
《ホットな進行役を希望しますか》
「やめろ嫌な予感しかせんわ! こいつがおかしな思い付きを実行に移す前に、さっさと進めるぞアスファ。この二人と何があったか話しなさい」
「お、おう。――俺の話が先でいいのか?」
「こっちの話は長くなりそうだからね。先にそっちでいい」
「おうっ。任せろっ」
急に気合いの入ったアスファが、俄然張り切って事の経緯を話し始めた。
なかなか説明が上手くなっている。口調には苛立ちと怒りがたっぷり込められ、身振り手振りで臨場感もあった。
村長と顔役達が年頃の娘を揃えてアスファを呼びつけ、どれか選べば村の一員として認めてやる発言で全員が唖然とし、レイシャが頭痛をこらえるように額を押さえた。
「あの人達ってば、まったくもう……」
とことん蔑ろにされているリュシーも、傷付く以前に呆れ果てている。
さらに、神官アロイスへ面と向かって「どうせ大した神官じゃないんだろう」と暴言を放ち、辺境を「どうせここより寂れた田舎だろう」と言い放ったくだりで、なんともいえない微妙な空気が流れた。
「うわぁ……なんか、僕じゃなく他人の発言なのに、聞いててすっごく恥ずかしいよ……」
「俺も。あの町がここより小っせえとか、ねえわー」
「ご存知ないから、辺境という言葉だけが一人歩きし、全員が思い込みを信じているんですね」
「恥ずかしいですし、ちょっと怖いですわね……」
彼らの反応に、ロッシュとフアナは共感より困惑を覚えていた。
この二人もまた、辺境イコールとんでもない田舎と親世代から教えられ、疑いもしていなかったのだ。
この村で生まれ育った者は、外の世界に対する興味はあれど、そこへ行きたいと渇望するほどにはならない。どちらがいいのか、ここと比較できる知識の持ち合わせがないからだ。
春になれば各地を巡る吟遊詩人は、領内の僻地にあたるこの村までは足を延ばさないことも少なくない。旅商人とやりとりをするのはもっぱら村長一家か、村の顔役の男達が数名、宿の女将であるレイシャのみ。更新されない古い情報ばかり知識として伝えられ、加えてここは小村の中では豊かなほうだった。
皆が食べるのに充分な畑、森の実り。季節に関わらず、罠を仕掛ければ【兎】がかかっている。
さらに現金収入もあった。豪雪の中で育つ薬草に、旅商人が時々買い付けに来るほどの商品価値があったのだ。
村人達が育てた薬草の束を、村長一家が代表として商人に売り、収入の一部は領主へ税として納める。残った分で余分に食糧を買い、備蓄に回したり村民に分配したりする。
そもそも彼らにとって、〝村の外〟は架空の物語に過ぎなかった。村の外には〝外の世界〟が在るのは知っているけれど、実体験として理解できる者がいない。
隣村でさえ片道数日の距離にあり、食糧も余所の村人が荷馬車で売りに来る。
強い魔物が何年も出ず、食べ物もあり、税にも困っていない。
そして比較対象を知らないとくれば、ここを出なければならない切実な動機など誰にもなかった。
仮に「俺は町へ行って討伐者になる!」を「商人になる」や「下働きになる」に置き換えたとしても、どれも現実味のない夢想にしか聞こえないのだ。
「なあ、アスファ…………その、辺境って、田舎じゃないのか? 俺、親父や爺さん達からそう教わってんだけど……」
「違うぜ、全然違う。辺境ってのは、国の中央から見たら位置的に端っこにあるってだけだ。デマルシェリエ領ってわかるか?」
「……いや、わかんねえ」
「だよな。俺も実際に行ってみるまでは、おまえらと大差なかったんだけど。このあたりの土地の領主様って、子爵だろ?」
「ああ。子爵様だな」
「デマルシェリエの辺境伯の爵位は、伯爵だぜ。子爵より上で、ずっと偉い」
「えっ……」
「あと、デマルシェリエ領にはでかい町が二つあって、俺が活動してんのは小さいほうのドーミアの町だ。そこにはドーミア騎士団があって、騎士の城がある。その城だけで、この村全部が畑含めて、まるっと何個も入るぐらいでかいぞ」
「……ええ~? さすがにそれは誇張だろ?」
「誇張じゃねえって。俺も初めて見た時はぶったまげた。あれがここよか寂れてるとか、とんでもねえわ」
ロッシュとフアナは仰天するあまり、すっかり硬直が解けたようだ。
「なるほどねえ……たまに辺境の話が出た時に、商人さん達がビミョーな顔してたわけだわよ。あの人達は辺境に行ったことがあるか、商人間のやりとりで知ってたわけね」
レイシャは驚きつつも、呑み込みが早い。
「だけど村の連中に教えてあげたところで、真面目に聞く人がいないもんだから、教える気も失せたってとこかしら。あの村長や顔役の男どもだと、ホラ吹くなって小馬鹿にするのが関の山でしょうしね」
「うっ」
ロッシュがうなった。
まさにそれを彼の親と祖父が口にしていたのだ。
「レイシャさん、地頭が良いね。アスファの憶えの良さと理解度の深さ、ひょっとしたらあなたから遺伝したのかも」
「いでん?」
「ああ。彼は母親似じゃないかな、っていう意味だよ」
「ええ~っ? 冗談よしてくださいよお師匠様、よりによってあたし似ですって? この単純で浅はかで聞かん気ばっかり強くて、しょっちゅう近所の子とイザコザ起こしてはあたしに謝罪巡りさせた挙句、『尻拭いなんか頼んでねえよ!!』『俺は討伐者になる!!』とか叫んで、家飛び出したアホ息子が?」
「うがぁッ!!」
ははおやの つうこんのいちげき。
ゆうしゃに クリティカルヒット。
ゆうしゃは たおれた。
読んでいただいてありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。




