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空から来た魔女 番外編  作者: 咲雲
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とある勇者+S氏の里帰り冒険 (4)


「雪国なのに、なんで床暖房もおこたもないんだ…………おこた…………そうだ、おこたを作ろう……」

《賛同いたしかねます。あれは人類を堕落へ導き、廃人を量産しかねない魔の道具です》

「うちでヤベぇもん作んなよ!?」


 おこたって何!?

 アスファ母レイシャの困惑顔と、アスファ以下全員の引きつった顔に反対され、瀬名の気力はもりもりと失せた。

 いや、失せる以前にそもそも気力が湧いてこない。冗談抜きで精神が半冬眠状態にあり、何をする気力も起きない。そんな今の瀬名に、魔の発明品を与えるのは確かに危険だった。


 瀬名以外は毎日、陽が沈むまでどこかで何かしらの仕事を手伝っており、それなりに忙しい。特に今年は例年より雪渡り橋の痛みがひどく、分担してあちこちの修繕を行っているのだった。

 夜になればお喋りをしながら籠を編んだり、つくろいものをしたり、翌日の食事の下ごしらえをしたりする。アスファとシモンの二人は神官アロイスを小神殿まで送ってゆき、エルダとリュシーの二人はレイシャの内職を手伝いながら和やかに過ごしていた。

 女性陣のきゃっきゃうふふに交ざれない瀬名は、早々に自室に引きこもった。

 まごうことなき役立たずの穀潰しであった。


「ただいまー」

「ただいまです~」

「お帰りなさい、二人とも」

「母さん、アロイスさんから土産に薬もらった。手荒れにどうぞってさ」

「あらあらまあまあ、ありがたいわねえ、ちょうど切らしかけてたのよ。明日お礼言わなきゃね」

「アロイスさんはメシのお礼っつってたぜ?」

「だからなんにも言わなくていいってことはないでしょ」

「へいへい。今夜は降りそうにねえし、みんなで蒸し風呂行くか?」


 この村の中央には共有の蒸し風呂がある。熱した石に水をかけ、石の熱と蒸気で室内温度と湿度を上げる原始的な蒸し風呂だ。

 アスファは村を出るまで、湯に浸かる習慣がなかった。寒い季節は蒸し風呂に入り、それ以外は川で水浴び、たまに神官に浄化を頼む。ここではそれが普通であり、田舎の小さな村としては清潔な部類だった。

 蒸し風呂で温まった後は、きんと冷えた夜の中を自宅に戻る。芯までぬくもっているのでしばらく()つのもあるが、前提としてこの国の人々は寒さに強く、とりわけ豪雪地帯で生まれ育った者は強者だ。


「いいですわね。師匠(せんせい)はアロイス様が浄化をかけていらしたけど、たまにはお誘いしませんこと?」

「前にお誘いしたら、『帰るまでに冷えるからヤダ』と仰っていましたよ」

「蒸し風呂自体が苦手とも言ってたよね」

「あら、そうなんですのね」

「師匠は留守番でいいだろ。母さんも行こう。俺、一応師匠に声だけかけてくら」

「いいのかしら?」

「いいのいいの」


 アスファはさっさと瀬名の部屋に向かい、扉の前で声をかけた。


「つうわけで皆で行って来るわ」

《了解しました》


 何やらくぐもった「うー」とも「おー」ともつかない声が響いてきたが、小鳥が承知しているのなら問題あるまいとアスファは判断した。


「んじゃ、みんな行こうぜ」

「……いいのかしら? 昼ならまだしも、こんな夜に一人でお留守番をお願いするなんて。言いたくないんだけど、余所者が相手なら多少悪さしてもいいだろうって奴がたまにいるのよ?」

「大丈夫。そんな奴がいたとしても、俺の故郷滅ぼすのだけはやめてくれってお願いしといたから」

「は?」


 きょとんとするレイシャに、アスファ、エルダ、リュシー、シモンは一様に達観した微笑みを向けた。


「レイシャ様。あの方が精力的に動き回っておられない時は、すなわち平和なのですわ」

「そーですよ。全っ然そう見えないのは、今だけなんですからね」

「あの方がここにおられる以上、どんな災厄が降りかかってこようと、あなたとあなたの家だけは大丈夫です」


 四人がうんうんと頷き合い、レイシャはきょとんと目を丸くするのだった。





「なんでおこたがダメなんだ」


 夕食のスープで身体が温まっているうちに、早々に毛布にくるまった瀬名は、しつこくぶちぶち文句を漏らしていた。


「おっきい暖炉があるのは居間とキッチンだけ。客室は温石のみってさ……」

《居間の暖炉は家の中心にありますから、上に伝わる熱が各部屋をそれなりに温める構造にはなっておりますよ。この村の建物がどれも横に拡がらず、縦に階数を増やす建築になっているのは、六メートル級の積雪で屋根を出入口にせざるを得ない事情以外に、建物内の全体を効率的に温めるためでもあります》

「それでも! それでもさむい……!」


 煮炊きの際に石を熱し、各部屋の寝台の下に入れて温める温石は、部屋全体を温める役には立っていない。瀬名は暖を取るアイテムをいくつか持ってきてはいたけれど、すべて消耗品だったのが悔やまれる。

 魔素をなんとかどうにかすれば、何もないところに熱を生じさせることもできそうだが、これに関してはうまく制御できないのだ。

 瀬名の頭の中の魔導式〈グリモア〉は、魔素さえあれば反則的な無敵さを誇る。ただし弱点もあり、命令が曖昧過ぎたり、瀬名が精神的に弱っていたり頭がくらくらしている時などは発動しないデメリットもあった。

 ぶっちゃけ、「部屋をほどよく温めたいな」という微妙で精密な調整が必要になる時は使えず、「このゴミどもを吹っ飛ばせ!」ならいつでもどんな時も使える。

 便利なのか不便なのかよくわからない代物だった。


「掘り炬燵つくろう、よしそうしよう。居間だけならできるよね」

《精霊族や鉱山族がいればまだしも、冬のさなかにリフォームは難しいでしょう。それにレイシャ殿には難色を示されるのではないでしょうか。単純にここが土足の文化なのと、彼らには炬燵がなくとも支障がないからです》

「なんでだ……!? 絶対おかしい、この寒さが平気なんて! 人種の違いって卑怯だ……!」

《実際に人種は違いますね。マスターの肉体の耐久力はオリジナルより上がっておりますし、運動によって発生する熱量も多くなっています。それでも、極寒の雪国に適応している方々とは比較にもなりません。加えてこの世界の方々は、体内魔力がある程度の体温調節を行っているようです。もちろん、ある程度ですが》

「つまり……」

《あなたはこの世で、最も寒さに弱い人族(ヒュム)ということです》


 瀬名はもふりと毛布に突っ伏した。

 他人様のお宅を勝手にリフォーム計画は潰えた。


《そんなことよりも、報告を行ってよろしいでしょうか》

「ヨロシイデス……」

《領主邸にて動きがありました》


 毛布の中からチラリと目を上げた。


 瀬名がこちらに到着する直前のことだ。冬支度で忙しく働き回るアスファの一行に、たまたま視察に訪れた領主の嫡男が絡んできたらしい。

 子爵家の後継ぎ息子であるその男の名は、アフォー=ルーセ=スベール。

 アフォーである。

 弟の名はデーキルといった。

 家名はスベール。


 アフォな子がスベル。

 デキル子もスベル。


 つまらないジョークはやめたまえと瀬名は鼻で笑ったが、本名だった。

 この世界、この国にある実際の人名と知った時の瀬名の葛藤は計り知れない。

 外国語とはそういうものですよとARK(アーク)氏にはあっさり言い放たれ、この何とも言えない感を誰とも共有できないつらさに、瀬名は今も苛まれている。


 平和の長く続いている子爵領全体が、討伐者という職業に懐疑的だった。領内にいくつかある町や村の近くに現われる魔物といえば、最弱レベルの【角兎】ぐらいで、おとなしく草を食んでいる姿はもふもふ愛らしく、村の誰もそれを脅威とは認識していなかった。おまけに兎は足が速いので、捕獲する時は大抵罠を使い、数が多ければ騎士団が蹴散らす。ゆえに、直接それと戦った経験のある村人は滅多にいない。

 領主一家に至ってはあからさまに討伐者を見下していた。もとより貴族は討伐者イコール破落戸と蔑視するきらいがあり、スベール子爵一家も例に漏れなかっただけだ。

 騎士団はもう少し複雑である。ドーミアだけで五千名はいた辺境騎士団と比較するのも可哀想なほど、小さい、小さい総勢二百余名の――むしろこんな田舎でよくそれだけ集まった――騎士団員達も、それこそ【角兎】レベルの魔獣退治やコソドロぐらいしか実戦経験がない。大物でも熊系の最低ランクの討伐が、数年に一頭あるかないか。彼らは領内にある村々から「名ばかり騎士団」と不名誉な仇名をつけられ、そのコンプレックスから討伐者を嫌っていた。


 安穏と過ごした年月が長すぎて、日頃から〝本物〟に対峙している人種への認識の甘さは、ギルドに登録したてのルーキーより甘いかもしれない。

 そんな幸せな領地の後継ぎ息子が、たまたま訪れた視察先の村で、アスファ達に絡んだ。

 正確にはリュシーに、だ。


『こんなにほっそりと美しい女性が討伐者かい? HAHAHA馬鹿を言いたまえよ、討伐者ギルドとやらは余程人材が足りないと見える。きみのようなたおやかなレディにそんな物騒な仕事をさせるなんて、無粋な連中がいたものだね。どうだい、この僕と一緒にランデブーと洒落込まないかい? この僕が直々に我が領地を案内してあげるよ。何もないつまらない土地だが、景色の良さだけは自慢でね、ワインを飲みながら虹のかかる滝を眺めつつ将来を語り合おうじゃないか?』


 そんなようなことを甘ったるく言いながら、リュシーの腰に手を回しつつあごに指をかけようとしていたらしい。

 もちろん彼女はボンボンの腕をつかみ、軽く捻りあげながら素早く細剣を抜いて、その切っ先を喉もとに突きつけたそうだ。


『次に気安く触れようとしたら落とします。できないと思うならこの首で試してみますか?』


 ちなみにアフォー氏の傍には護衛騎士が数名いたが、全員護衛の役に立っていなかった。「また坊ちゃんの悪い癖が出たか」とうんざりした空気を漂わせて傍観し、リュシーがアフォー氏を制圧しても、しばらくぽかんとしていたらしい。

 我に返って「貴様!」と騒ぎだした頃には、アフォー氏は解放されていた。正しくは地面に放り出されて無様に尻餅をついていた。そんな彼を慌てて助け起こしたのは従者だから、やはり誰も役に立っていない。

 お坊ちゃま一行は、「今日はこのぐらいで許してやる!」的な捨て台詞を吐いてスタコラ退散したらしい。


「やっぱり勇者一行の旅路で、何事も起こらないわけがないよね……」

《例の件、アスファ達に話しますか?》

「んー。何事もなけりゃ、それに越したことはなかったんだけどなあ。こうなったら話すしかないでしょ。この村、平和さが悪い方面に出ちゃってるしさ……」

《アスファも言っていましたね。騎士が先か、村人が先かは判然としませんが、互いに侮り合って双方の空気が非常に悪い》


 おまけに村の大人は頭が凝り固まり、未だにアスファやアロイス達を過小評価し、村の常識や決まり事を優先して、自分達の意見を曲げない。

 アスファ達の意見に聞く耳を持っているのは、外の世界に憧れる世代の若者だ。それなりに柔軟だが、村での発言力はないに等しい。


「アスファ達はそろそろ戻る頃かな?」

《共有サウナを出る頃です》


 別行動を取る時は、EGGSが常に一機、彼らの傍を飛んでいる。

 村の女性達が、エルダやリュシーに話しかけている映像が流れた。



《女の子でしょ?》

《危ないことはやめときなさいな。そういうのは男に任せておけばいいのよ》

《お嫁さんに行けなくなったらどうするの?》

《今は若くて綺麗だからいいかもしれないけどねえ》

《女なのに剣なんか振り回したって……》



 この村でのお決まりの光景だ。

 これが老若男女に関わらず、この村の大半の意見だ。ちなみに、アスファ達がこの村に着いてから、既に何十回と同じような会話が繰り返されているらしい。

 リュシーがアフォー氏を捻りあげたのを目撃した者もいたはずだが、相手が女性だから油断したとか、美女に甘いアフォーがあえて抵抗や反撃をしなかった風に改変されたそうな。

 ちなみにアスファのほうは、男衆から「勇者なんていつまでも馬鹿なこと言ってないで、そろそろ不安定で怪しげな討伐者なんぞやめて身を固めたらどうだ」的なことを言われている。



《あぁ~のぉ~なぁ~、何度も何度も言ってっけどしつけぇよ!? 俺、リュシーと付き合ってっから!!》



 さすがアスファ、誤魔化さずにハッキリきっぱり宣言している。

 リュシーは赤くなりつつ、どこか心配の滲むまなざしをアスファに送っていた。

 実はこれも、村に着いてから既に何度も繰り返されている台詞だった。ところが、それでもまだ〝忠告〟してくる大人達が何人もいるのである。

 最初は真っ赤になって恥ずかしがりつつ嬉しそうだったリュシーも、あまりにしつこく続いているので、不安のほうが勝ってきたらしい。エルダやシモンも、リュシーやアスファをからかいもせず、村人達に呆れ切った半眼を向けるようになっていた。

 何より、この村人達の言う「身を固める」対象は、リュシーではない。

 村の中で嫁をもらえと言っているのである。女性なのに戦士なんて、彼らにとって常識外れの存在は受け入れられないのだ。加えて、明らかな異民族の容姿も。

 村の中で唯一、リュシーを認めているのがレイシャだったのは幸いと言えよう。彼女が息子の味方だからというのもあるが、最近では純粋にリュシーの人柄が気に入っている様子だった。



「本気で性格の悪い連中だったら、私どころか出戻りのアスファを村に泊めてあげることもないだろうし。いい人達ではあるんだろうけどね」

《平凡でお節介な、ごく普通の村人でしょう。彼らの悪意や善意がすべて、この村の中だけで完結していることを無知ゆえに理解できていないのが問題ですが》


 魔物に限らず、彼らは他種族さえ見たことがない。

 人族(ヒュム)が多数を占める国の、人族(ヒュム)しかいない平凡な村だから、大の男を平気でお姫様抱っこできる半獣族(ライカン)の女戦士など、想像の遥か彼方だろう。

 有難迷惑を押しつけてくるご近所の皆様と別れ、ぷりぷり肩を怒らせたアスファを先頭に、それ以外の面々は苦笑をこぼしながら歩いていた。


(吐く息があんなに真っ白なのに、こいつらはこんな薄着でどうして平気なんだ……?)


 瀬名は遠い目になる。

 もちろん夏服ではない。見るからに冬物の長袖にマントだが、そういう話ではないのだ。

 バナナで釘を打てる世界の話をしているのである。


 不意に、アスファが凍りついた。

 ぴたりと止まった、そんなレベルではない。

 がきりと硬直した。


「ン? どうしたんだろ」


 ぐぎぎぎ……とアスファが首をめぐらせた。ホラー映画で人形が変な方向に首をねじる時ってこんな感じだよな、と思いつつ、瀬名はARK(アーク)にアスファの視線の先を映すよう言った。


「…………」


 雪の上に、ほんのり燐光を帯びた人物が立っている。


 雪の上である。氷ではない。重い物を乗せたら普通はズボッと沈む。

 皮膚の底から輝くような白い肌。淡く細く、けぶるような金色の髪。緑を基調とした衣装。腰に佩いた二振りの剣。

 長く尖った耳。


 幽霊? 否。


 青年はつくりもののように整った美貌に、ふわりと笑みを乗せた。

 …………。



「……た、……旅に、出…………」

《もう出ておりますよね》


 そうだった。




田舎のお節介おじさんとお節介おばさん、悪人じゃないんだけどこっちの話聞かない……という人達。


例の長男も合流です。

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[一言] 役者が揃ってしまいましたね、さぁどうなる!
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