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空から来た魔女 番外編  作者: 咲雲
3/14

とある勇者+S氏の里帰り冒険 (1)


「ふう、っと。こんなもんでいいかな」


 腐食していた橋の一部の交換を終え、アスファは新しくなった縄の継ぎ目部分を手袋で軽く払った。

 細かい木屑がぱらりとこぼれ、新雪の中に埋もれて見えなくなる。


「あ~終わった! 助かったぜアスファ兄ちゃん、あんたらが戻ってなかったらどうにもなんねえとこだった!」


 アスファよりいくつか年下の少年が、生意気そうな顔でニカっと笑った。


「昼メシうちで食ってく?」

「いや、俺んちで食うよ」

「そっか。じゃあエルダさんとリュシーさん寄越してくれよ。なんなら二人とも嫁にくれたっていい。兄ちゃんはそのまんま帰っていいから遠慮すんな!」

「あぁ? ざけんなガキ、そこらへんに埋めて氷漬けにすんぞコラ」

「いいじゃねっかよ~、アスファ兄ちゃんばっかり綺麗どころ侍らせやがって! くそう羨ましい! 一人わけろ!」

「分けるかダァホ!」


 小突き合いながら少年と別れ、アスファは橋の上をコトコト歩いて行った。

 村ではこの橋を〝雪渡り橋〟と呼んでいる。文字通り、雪の上にかける橋だ。

 アスファの村は盆地にあり、夏は気温が上がりやすく、冬はとことんまで気温が下がる。真冬には二階の屋根まで雪が積もり、どの家も出入口が地上と屋根の両方にあった。

 村は真っ白な雪にすっぽりと埋もれ、見渡せば見えるのはニョキリと突き出た背の高い三角屋根ばかり。その三角屋根の出入口から、板や丸太を縄で繋いだ橋が伸びて、冬の間だけの通り道になっている。

 毎年、秋の終わり頃から少しずつ準備を始めているそれが、今年は思うように捗らなかった。保管していた木材の痛みが何故か例年より酷く、大半が使い物にならなかった上に、働き手が何人も怪我をしていたからだ。


 そんな折、数年前に大口を叩いて村を飛び出した少年アスファが、仲間を連れて戻ってきた。

 よくぞ戻った――まあゆっくりしていくといい。村人達はぐわっ、と取り囲んで熱烈に歓迎。数日滞在した後に王都を目指すつもりだったアスファ一行の予定はすっかり狂った。


『久しぶりのご実家なんでしょう? 私は急がなくとも構いませんよ』

『そうですわね。わたくしもこういう村の暮らしは初めてですし、良い経験ですわ』

『僕もいいよ。前に僕の住んでた所とは全然違って面白いし。村って言ってもいろいろあるんだねえ』


 幸いにして、仲間達は寛容で理解があったので、アスファ一行はこの村で冬を越すことになった。


(橋の準備だけじゃなく、収穫も間に合ってなかったからなあ。冬籠もり中の食糧が足んなくなったらヤバイし、かといって橋も手ぇ抜けねーし。ま、運がよかったかもな)


 巻き込まれたと思うより、実家のある村が大変な時にたまたま戻ることができてラッキーだった。そう考えることにした。


 背が伸び、身体つきも以前より遥かにしっかりとしているアスファは、既に青年と呼んで違和感のない外見になっている。

 そんな彼を遠くから眺める村人達の感情は、若干複雑だ。

 日頃の言動をよく知らない若い娘達は、見た目だけは紛れもなく「カッコいい」アスファにうっとりした視線をそそいでいる。

 悪ガキ時代を知る同年代の男達は、「アスファのくせに」女ウケのいい青年に妬み混じりの視線を向け、年上世代は「あのやんちゃ坊主がなあ…?」と未だ態度を決めかねていた。

 年下世代はだいたい気にせず無邪気に懐いているけれど、大人達の微妙な空気に敏感な子は、遠巻きにする傾向にある。


 が、当のアスファはそういった村人達の反応をあまり気にしていなかった。

 実はアスファ、己の容姿がモテる部類に入っている自覚がない。女の子は乱暴者を嫌うので、悪ガキ時代は当然ながらモテなかった。辺境で一皮むけた後、いろんなお姉様やおばさま方に「可愛いコね♪」とお褒めいただく機会が増えたが、まったく本気にしていなかった。からかわれているだけとしか思えなかったのだ。

 ゆえに、そちら方面の男の妬みをびしばし食らっていても、まるで気付かない。

 そんなことよりもアスファにとっては、村人にまで〝勇者アスファ〟が中途半端に浸透しているのがきつかった。ほとんどは「まさかコイツがぁ?」と半信半疑だったので、そういう冷ややかな反応のほうがむしろありがたいぐらいだった。


(勘弁してくれよ~……俺、フツーのむらびと其の一でいいんだよぉ)


 どこぞの誰かと微妙にシンクロしたぼやきを胸の内でこぼしながら、アスファは慣れた自宅の屋根へ向かった。


 出入口は窓ではなく、れっきとしたドアである。鍵はない。こんな大積雪地帯で野盗なんぞ出ないからだ。雪だらけで潜む場所がないし、極寒の夜中に野外で隙を窺っている間に凍死する。

 魔物だって真冬に出たためしはない。この辺りに出るとすれば獣タイプであり、冬は冬眠しているものばかりだ。


 ――うちにも半分冬眠してるのがいるな。


 二重扉を潜り、靴のかかとをトントン揺らして雪を落とす。そこは玄関であり、屋根裏部屋だ。

 暖房はなくとも、キンと凍った外よりは暖かい。

 そのまま土足で廊下を歩いてゆくが、人の気配がないのに気付いた。


「あれ? ……エルダー? リュシー? シモンー? かあさーん? ……みんなまだ戻ってねーのかな?」


 夕刻前には戻るはずなので、ならばスープでも準備しておいてやろうと、アスファは階段を下りていく。

 屋根はあくまでも出入口であり、住居は階下、雪の下部分なのだ。


「ん?」


 階段から続く居間がやけに明るく、しかも暖かい。

 暖炉の熱だ。けれど煙突から煙は出ていなかったし、爆ぜる音もない。

 暖炉前に、巨大な芋虫が一匹。


 …………。


「……ししょー? おーい?」

「…………」

「生きてるー? 無事かー?」

「…………」

「おーい? ししょー?」

「………………せきせつ…………ろくめーとるとか……ありえねえ…………ここは……ひとのよ……なのか…………」

「スープ作るけど、食う? 隣のおばさんからもらった野菜と腸詰肉、煮込んだら味が出てうまいぜ」

「……………………くう」


 芋虫がもそりとくぐもった人の言葉を発し、ことりと動かなくなった。


(意を決して(ねどこ)から出てきたはいいけど、ここで力尽きたんだな……)


 もうちょい積もるんだけど大丈夫かな。大丈夫そうじゃないな。アスファは思ったが言わなかった。


 暖炉には薪ではなく、石のようなものが放り込まれている。

 魔石だろうか、それとももっと別の何かか。

 多分、気にしたら負けなヤツだろう。どちらでもいいが、庶民の家の暖炉へ勝手に稀少価値の高そうなものを放り込まないでほしい。


 アスファは大きめの鍋を取りに向かった。




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