とある勇者+S氏の里帰り冒険 (12)
見回りと点検を終えて家に戻れば、レイシャとフアナが朝食を用意してくれていた。
芋と干し肉のスープに焼きしめた硬いパン。いつもと変わり映えのないメニューだが、温かさと塩気はそれだけで優しく染み渡るご馳走である。
母親以上にアスファの帰宅を待ちわびていたロッシュが駆け寄り、「次は俺を置いて行くなよおぉぉ!」と涙目で詰め寄る場面があったり、感情の消えた黒い瞳に捕捉され「きみ達は何も見なかった。いいね?」「もちろんだぜ!」みたいなアイコンタクトが交わされた以外は、おおむね平和ないつも通りの朝だった。
ちなみに、ロッシュ青年の心に打撃を与えたであろう金髪の元凶は何食わぬ顔で瀬名の隣を陣取り、パンをそのまま噛み千切れない彼女のため、適度な厚みにスライスしてやっていた。
甲斐甲斐しい。
いつもの光景である。
「……ってわけで、あれから見つかったのが村全体で五ヶ所。吹雪いて飛んできたモノが衝突したってんならまだしも、ここしばらく風の強かった日はねーし、傷み方がおかしいんだ。いくらなんでも悪くなるのが早すぎる。近所のおっさん達とも話し合って、これからもう一回橋の再点検することになった。今日はかかりきりになると思う」
「その傷んだ部分、修繕の時に一部でいいから取って来てもらえない?」
「そー思って、少し削り取ってきた。これがうちのすぐ外のやつで、これが隣のおっさんちの前にあったやつ」
言いながら、アスファは懐から皮紙の包みを取り出してひらいた。
「でかした。素手で触ってないだろうね?」
「うん、ずっと手袋してたぜ。――手袋、もう使わねーほうがいい?」
「いや、体内に入らない限り人体に悪影響はないはず。でも一応調べてみるから貸して。それから念のため、腐食部分を触った直後に目や口の近くを触ったりするなよ」
「おう」
討伐者の手袋は毒性のある魔物を想定し、防水だけでなく毒劇物にも耐性のあるものが一般的だ。もちろん品質はピンキリであり、アスファ達はそのあたりに金を惜しむなと教えられているため、かなり上等なものを使っている。
ただし付着した毒を洗い落とす前に肌へ触れてしまっては無意味だ。
「まさか、毒なの?」
察しのいいレイシャが鋭く突っ込んだ。
「そいつは、まだわかんねーけど」
「それより、木材の予備は足りますかしら? 既にけっこう使ってますわよね?」
「村全部の橋をまるっと交換できるぐらいに備えがあるはずだぜ。村長さんちの裏の倉に……」
「……あの村長の?」
「………………」
アスファは口をつぐんだ。
「まあ多分、もう遅いね」
「って師匠ぉ~?」
「村巡りしながらコッソリちまちま仕込んでいたら目立つだろ。やるなら一ヶ所に纏めてある場所で一気に、が手っ取り早いじゃないか。雪渡り橋は春になれば解体して倉に保管され、毎年再利用される。保管場所の倉は、最近信用度が暴落した某人物のお宅の真裏ときた」
暴落させた張本人が言い放った。
レイシャが再び問いかける。
「ちょっと待って。まさか、村長が仕込んだっていうの? どんな得があって?」
「村長じゃなく、招き入れた奴がやったと考えたほうが自然だろうね」
「ええ?」
レイシャを始めとする村人組が困惑する一方で、アスファ達は〝そんな真似をしてどんな得があるか〟に思いをめぐらせていた。
村近くまで接近していたという【氷王蟻】の斥候――厄災種の出現が無関係でないのなら。
「アークいわく村長のおっさん達が正体知らずに取引してた相手は、〝死の商人〟なんだよな。となると……」
「稼いだ後に彼らが行うのは、証拠隠滅と口封じ……ならば目的は、村人全員をこの村に足止めすること、ですか?」
足止めして、どうするか。
次第に彼らの表情は険しくなる。
「まあ今のところ全部推測の段階だけどね。一応、皆その心構えで行動してくれるかな。一見大丈夫そうな橋でも、救助用の縄の位置は常に意識して、単独行動はしないこと。エセルとノクトの〝おつかい〟は順調にいっているみたいだから、今夜には今後の予定を全員に共有できると思う。帰りはアロイスにも声かけてね」
「わかった」
「橋の異変について村人へ注意喚起をしたほうがよいでしょうか?」
「積極的にはしなくていい。騒ぎにして敵が別の手を打ってきたら面倒だし、何人かは『おかしいな?』って気付くだろうから、同じように『おかしいね?』って合わせるぐらいでいいよ」
「了解」
そのあと瀬名から簡単な指示を与えられ、アスファは仲間とロッシュを伴って家を出た。
途端、それまで実は我慢していたロッシュが、どうしようもない不安に苛まれた憤りをぶつけだす。
「なあアスファ。アスファよ。どうして俺をあそこに置いて行きやがったんだ」
「ああうんはいはい悪かったな」
「生返事してんじゃねえよ! 次は絶対声かけろよな!」
「ああうんハイハイ……つか涙目で寄ってくんじゃねえよ近い! てめーは俺の彼女か!?」
この野郎が俺の隣で、リュシーがなんであんなに遠いんだ。何故だ。位置関係がおかしい。そんな不満をぶちぶち漏らすアスファを先頭に、一行は近所の面子と合流する。
「おう、坊主ども」
「よう」
「おはよーございます!」
「おお、元気だな!」
「嬢ちゃん達も来たか。今朝も別嬪さんだな~!」
「あら、お上手ですこと。おはようございます♪」
「…おはようございます」
「ん? 村長とこの孫がいるじゃねえか。どうした?」
「しばらく俺んちに居候することになったんだ。こいつもこき使ってやって」
「ほうほう、若さか」
「若さな」
「若いんだべ」
「俺っちもそんな頃があったなあ……」
「違ぇよ!!」
叫んだのはロッシュだ。顔が真っ赤なので説得力はない。
彼が父親と祖父に盾突いた件はすっかり狭い村中に広まっている。彼が〝若者の衝動で家を飛び出した〟話は、もはや知らない者はいないのだった。
おっさんどもは少々遅めの反抗期に噛みつく青少年を「ハイハイ」と鮮やかにあしらい、屈辱の唸り声さえどこかで吹くそよ風とばかりに、さくさく指示を出してゆく。
「ああ、やっぱりここも傷んでんな」
「なんだろうなあ、急に?」
「何年も繰り返し使ってっから、そろそろ寿命でもきやがったかな」
早朝に一通り見ておいたので、修繕の必要な地点はもうだいたい把握している。陽の下では傷みの状態や薄暗がりで見落としていた部分も鮮明になり、作業はさくさく進んでいった。
ロッシュのもの言いたげな視線をアスファ達は黙殺した。村人達は「変だな?」と首を傾げつつ、まったく深刻には受け止めていなかった。ずっと前、酷い吹雪でどこかの倒木が飛んできて、半分ほどの橋がめちゃめちゃになった時のほうがよほど大変だった。雪畑は根さえ無事ならまた育つけれど、橋がなければ収穫ができないし生活にも難義する。そういった経験はいくらでもあるから、一日ぽっちで直せる程度の損傷は、たいした問題にはならないのだ。
この空気に水を差す事実を告げても、頭がイカレたと笑われるのがオチである。
(腐食した箇所の断面を見ておいてくれ、か)
それが瀬名の指示だった。
取り外した板や丸太を運ぶ際、女性の腕で持ち運びできるようにと、別段嘘でもない理由を口にしてなるべく傷んだ部分に合わせて斬った。
アスファの剣は神剣【エル・ファートゥス】――村人はその事実を知らないが、そんな立派な剣をノコギリ代わりにするなと非難の視線が突き刺さる。
ノコギリより速いし断面が綺麗でいいじゃないか。アスファは内心で主張をした。
スパスパ斬ってゆくアスファに、最初は呆れていたおっさんどもは、やがて「見事なもんだなあ」と感心し始めた。神剣と判っている女性陣の視線は相変わらず痛い。ロッシュの視線は憧れ、羨望、悔しさが入り交じっている。
(――――……!)
断面を見ろと言われた理由がわかった。
外側より、内側のほうが酷い。
(先に中身がやられて、その一部が表面に出ただけなのか)
輪切りにした丸太の芯が変色している。もしや村中の橋のほとんどがこんな状態なのか。
手をつけていない雪の下の支柱はどうなっているのか、想像したアスファの背にぞぞ、と氷塊がすべり落ちた。
◇
夕食後。
朝食時の面子に神官アロイスが加わり、瀬名が全員を見渡して告げた。
「というわけで、今後の予定を伝えようと思う」
気温が下がり、かつ食後のお茶でまったり一息ついたにもかかわらず、本来の調子をすっかり復活させた瀬名が、ぼやけていない明瞭な口調で宣言した。
身の危険を切に感じ、覚醒の必要性に迫られただけだが、結果良しである。
レイシャ達は〝別人のような〟瀬名の様子に目を瞠っていたが、弟子達は〝いつもの瀬名〟に気を引き締めた。
「とにかく速やかに正さねばならない問題は、この村の連中が領主一家や騎士団を舐めていることだ。悪意ある他者にやすやすと乗せられる土壌が出来てしまっている以上、件の商人を潰しただけでは二度目、三度目が起こる」
アスファ達はこっくりと頷いた。
「そこで、子爵家主催で武術交流会を開催することにした。場所はこの村を出てすぐの雪原上。アスファ達四名は強制参加」
「はっ?」
「へ?」
「ちなみにスベール子爵家からは既に『はっはっは面白そうではないか、任せてくれたまえ!』と快諾をもらっている」
快諾しそうな人物の顔がこの場の全員の脳裏に浮かんだ。
レイシャ達は「いつの間に!?」と目を白黒させ、アスファ達の視線は青い小鳥に向かう。
「エセルさんやノクトさんの〝おつかい〟ってそれか?」
《ご名答です》
「タマゴドリさんが憑い……付いていきましたから、遠話の術でやりとりなさっているのだろうと思ってはおりましたけれど」
「昨夜の今日でもう話がついちゃったんですか?」
「ついた」
瀬名はあっさり頷いた。
「子爵一家はノクトが、騎士団はエセルが担当した。どちらも精霊族の出現に仰天していたけど、なかなか悪くない順応力だったよ。子爵はアフォー君の顔立ちを少々渋めにしたぐらいで内面はそっくりだったらしい。子爵婦人はおっとり系の美人、アフォー君の弟のデーキル君は一見すれば生真面目そうな青年。ただし、『よっしゃやろうぜ!』な方向で一家全員が即決したらしいから、性格とかそのへんは想像つくと思う」
「……もしかしてカルロさん達と仲良しできそうな奴ら?」
「なんだったらグレンとも一杯やれそうな勢いだよ。――騎士団はエセルが厨房の救世主になった。純粋に料理上手がいなくて食事が不味かったそうでね、料理人に助言をしてあげた結果、劇的に味が改善されたそうで。目尻がキラリと光っていた者もいたとかいないとか」
「へ、へえ~……」
おいしいごはんは正義なのである。
もっとも、こんな無茶があっさり実現したのは、おつかい役の二人が精霊族だったからだ。精霊族は滅多に森を出ない稀少種族――日常的に会っているせいで忘れそうになるけれど――ゆえにいつでも頼めるわけではない代わりに、いざ使者役をやってもらえたら最強なのである。相手が一発で話を聞く態勢になるのだから。
もしほかの種族であれば、誰が向かおうが警戒を解くところから日数を要しただろう。
「思い違いをした連中の横面を張り、目を覚まさせる。それには実力を見せつけるのが手っ取り早いからね。騎士達だけじゃなく、アスファ達もだよ」
「俺らは討伐者代表?」
「そ。子爵一家の討伐者ギルドへの不信感を払拭する狙いもある。過去ここに来たのが悪質な連中ばかりだったせいとはいえ、いざ大物が現われた時にギルドを頼れず、自分達だけでなんとかできると読み違えたら手遅れになる」
レイシャが顔をしかめた。
討伐者そのものに対する不信感。それは子爵一家だけでなく、ほかの村人全員に言える傾向だった。
「とはいえ強力な魔術士が向こうにはいないから、エルダは三兄弟の会場づくりを手伝ってもらいたい。雪面上に石の魔術で広い闘技場を構え、終わったら消去する。それだけでも村人にはかなりの衝撃を与えるはずだよ」
「ええ、お任せくださいませ!」
「では、私は治療担当として闘技場? の近くに控えておけばいいでしょうか」
アロイスが挙手して尋ね、瀬名は首を横に振る。
「実際に負った怪我を治すのは視覚に訴えやすいけど、明るい催しに否定的な印象を持たれるのも好ましくない」
「わかりました。では、怪我予防に派手めな防御系の神聖魔術を唱えるとしましょう」
「うん、派手なのでよろしく。アスファとリュシーは剣、シモンは弓。あくまで交流を名目として実力を見せつけるのが目的だから、勝敗にこだわらなくてもいい。まぁ要するにお祭りだよ。より多くの村人を『すげえ!』と感服させたら勝ちだと思いなさい」
「おお、やったるぜ!」
「承知いたしました。まあ、やるからには勝ちたいですね」
「僕の弓だとどういう闘い方にしたらいいんだろう? 普通の騎士団では接近戦に弓をあんまり使わないって聞くしなぁ」
驚いたのは最初の一瞬だけ。
怯むどころか、どうやら全員ノリノリ、勝つ気になっているらしい。
「……あんた達、好戦的になったねえ。大勢の前でやるわけだけど、緊張とかしないの?」
「は? 何言ってんだ師匠。そりゃー」
アスファが美貌の精霊王子に半眼を向けた。エルダ、リュシー、シモンのジト目がそれに続く。
シェルローヴェンは瀬名のおやつ用に持参していた果物の皮をむくだけでなく、食べやすいサイコロ状に切り分けてやっているところだった。
甲斐甲斐しい。
「……愚問だったね」
「うん」
謎は解けた。
子弟は頷き合い、それ以上この話題を掘り下げることはなかった




