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空から来た魔女 番外編  作者: 咲雲
12/14

とある勇者+S氏の里帰り冒険 (10)


 ぐううう、と活きのいい音が緊迫感を破壊した。

 聞こえるほど実に見事な腹減り虫の主張である。


「――犯人。名乗り出なさい。怒らないから」


 おずおずと挙手したのはエルダだった。

 意外である。

 おまえかよ? という視線が一気に集中し、エルダは首から上を真っ赤にして小さくなった。

 次いで、おまえじゃなかったのか、という視線がアスファに集中した。日頃から周囲にどんな評価をされているかが一目瞭然なひとコマであった。


「アスファ君や。何故鳴ってもいない腹を押さえて『俺じゃなかったの?』みたいな顔をしているのかね」

「あ、いやあ、ハハ……」


 半笑いで頭をかきながら誤魔化している。日頃の自己評価が正確だなと褒めるべきなのか。


「……んじゃま、今日はここまでにして、夕食にしようかね」

「はぁーい」

「へぇーい」

「意義なしです」

「お願いいたしますわ……ううう……」


 冬の雪国、それも山奥の村は暮れ始めたら一瞬だ。

 小さな村では朝夕の二食のみという所が一般的であり、この村も例に漏れない。体力勝負の仕事なら休憩時間を設けて何かを食べたりもするが、食べずに我慢することもある。腹が満ちれば何でもよく、味や栄養価は二の次だ。

 デマルシェリエ領は危険度と引き替えに他領よりも豊かで、標準的な領民でも筋肉率が高く、昼食の概念が浸透している。食材も他領より豊富なので、食の愉しみを追求するグルメが多いのだった。


 人数が増えたせいで朝の下ごしらえ分だけでは足りず、美貌の三兄弟が鮮やかな手つきでイモの皮むきを始めた。

 それをレイシャが目を落っことしそうな勢いで凝視している。

 こいつらが王族だなんて絶対教えるなよ――不特定多数の間で速やかにアイコンタクトが交わされた。領主を無能呼ばわりする不敬など、精霊王子のイモむきに比べれば何ほどのことか。


 しかし、さすがに料理だけは瀬名が控えさせた。あらゆる意味で主婦の心臓に大打撃を与えてしまいかねない。

 料理上手な助っ人など数人いれば充分。瀬名の仕事は三兄弟の監視だけでいいのである。

 真面目にそれが瀬名に求められている役割だった。この精霊王子を一般常識の範囲内に止めることができて、彼らが大人しく「お手」や「とってこい」を聞くのは瀬名だけなのだから。

 一般とは。常識とは。そんな哲学は後でいいのである。


 そんなこんなで食事が出来上がった。

 茹で潰したイモや刻んだ野菜をパン生地に挟んで焼いたもの。塩漬け肉を切り分け、干した山菜と一緒にぐつぐつ煮込んでやわらかくしたもの。

 至ってシンプルだが、しかしこれでも精霊族の兄弟を意識してか、普段より手が込んでいるのだ。


「粗末な家庭料理ばかりで申し訳ないんですけど……」

「いえ、美味しそうですよ」

「ありがたくいただこう」


 レイシャの不安や気遣いはもちろん兄弟達に伝わっており、彼らは平凡な村人の家庭料理もこれはこれでいいと、破格の愛想の良さを見せた。

 相手の感情はがっつり読むくせに、空気は頻繁に読み飛ばす――ただし好ましいと感じた相手なら話は別。

 対極の例が今もまだ床に転がっていた。シェルローヴェンは芋虫を睥睨し、今にも小鳥のエサにしそうな気配を漂わせながら釘を刺す。


「以後、我らに突っかかるな。聞き分けができんようならこのまま解体する」


 ロッシュの背筋をゾゾオ、と冷気が駆け抜けた。

 その反応に満足したか、シェルローヴェンはあっさり術を解いた。

 解放されてもすぐには動けず、ロッシュは腕をさすりながら恐る恐る起き上がった。


「おい、大丈夫か? 身体痛くなってねえ?」

「お、おう……何ともなってねえよ……」

「そっか」


 怖い一幕など何もなかった。皆が心で合言葉を唱え、夕食は和やかに始まった。


「今夜はとりあえず英気を養って、しっかり寝て、具体的な指示は明日以降ってことでよろしく」

「それでよろしいのですか?」

「今日明日でいきなり動きがあるわけじゃない。それに空きっ腹と寝不足は短気と損気の味方なんだ。一日置けば頭が初期状態に戻って、情報を整理しやすくなる。今夜はさっさと休むが吉だよ」

「承知いたしました。それでしたら僕も異存はありません」


 ロッシュやフアナはもちろん、レイシャも荒事にはまったく慣れていなかった。現役時代は密かに――という隠された背景もなく、真っ当な一般人なのである。

 そんな瀬名とアロイスの会話が耳に入り、アスファは頷くと同時に首を傾げた。


(なんでフアナにまで聞かせたんだろう?)


 ロッシュは村の今後に外せない人材。レイシャはアスファの母である以上、こういうことに慣れておいてもらったほうがいい。二度あることは三度あるかもしれないので。

 だがフアナは?

 これからのロッシュを支える役割を期待して?

 理由としては弱い気がする。


(考え過ぎかな? ペラペラ喋る奴じゃねえから排除の必要なしって判断しただけかもしんねーし)


 打って変わってほのぼのとした世間話に終始し、皆の胃が快く満ちた頃、外はすっかり暗くなっていた。

 この宿の客室は二部屋しかない。エルダとリュシーが一室を、もう一室は瀬名が独占し、シモンはアスファの部屋に泊まっている。

 当初アスファは自分の部屋がそのまま残っていたことに感激したのだが、「あんたの部屋を片付けなきゃならないほど客が来ないのよ」とバッサリ切られた。これは母の照れ隠しか否か。未熟な息子には大いなる謎であった。

 今なら確実に区別できそうな三兄弟がいる……が、訊かないでおこう、とアスファは心に決めている。

 世の中、白黒つけないほうが平和なことはたくさんあるのだ。


「フアナはあたしの部屋で寝なさいね」

「ロッシュは俺とシモンの部屋な」

「……ああ」

「は、はい」


 アロイスは神殿に戻りがてら、この二人の身内にレイシャの宿へ泊まることを伝えておいてくれるそうだ。


「厄災種……それに死の商人とやらも、結局曖昧なままでしたね」

「だな。だけど師匠が明日でいいって言った以上、明日でいいだろ。一番それに詳しいのは師匠なんだから」

「ですね。気になるのはやまやまですが、すべて聞いてしまったら頭が冴えて眠れなくなったかもしれませんし、言いつけ通りゆっくり休むとしましょう。おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさいませ。シモンとロッシュさんも」

「うん、おやすみ~」

「…………」


 リュシーとエルダを見送り、アスファは項垂れた。

 自分の里帰りへ連れてきたばかりに、皆を危険へ引きずり込んでしまった。

 リュシーともゆっくり話す機会を失ったまま。おまけに、不安な顔をさせていることが多い気がする。


「こらっ、アスファ!」

「痛てっ! んだよシモン?」

「まさか僕らを巻き込んじまった、なんてヘコんだりしてない?」

「うっ。そ、そりゃあ……」

「自分だってロッシュさんに言ってたろ? アスファは無関係なんだから、巻き込む、巻き込まないもないよ。というかアスファがいつまでもド暗い顔してたら、僕はド暗い奴が二人もいる部屋で我慢しなきゃならなくなるんだよ! 困るじゃんか! やめてくれよね」

「おい、後半?」


 前半はいいこと言ってたのに。アスファはシモンをしばき返した。

 出会った頃、怯え切った小動物のようだったシモンがこんなに図々しい奴になるとは。

 そしてロッシュを見やった。――なるほど、ド暗い顔だ。こんな奴とひたすら同じ部屋にいたくない。

 これを浮上させるには、とりあえず瀬名の言う通り、一晩眠らせてみるしかないだろう。





 皆が部屋に戻り、静まり返った居間。こぢんまりとした宿だが、人の姿がなければ意外と広さがある。

 瀬名は暖炉前のソファに陣取り、三兄弟が手土産に持ってきた上等な毛皮にくるまって、パチパチ爆ぜる炎にじっと魅入られている。

 シェルローヴェンが遮音と防音の結界を張って尋ねた。


「領主邸で動きがあったのだろう?」

「うん。ちょっと前にね」

「――『今日明日でいきなり動きがあるわけではない』……嘘は言っていないか」


 青年の唇から苦笑がこぼれた。

 既に動きはあった。だから瀬名はアスファ達に話した。――今さら慌てても無意味なのだ。


「先ほどまで少々苛立っていたようだが」

「うん。……いやもう、話が全然進まねえよって、苛立つ私のほうが悪い。ロッシュとフアナの反応こそが普通なんだろうしさ」


 できれば今夜中に全部話しておきたかったのに、やはり持ち越しになった。どうせそうなるだろうと思ってはいたので、予定通りといえば予定通りだ。

 が。


「ロッシュ君の反発とか、想像通り過ぎてイラっときたよ。最後まで聞け、叫ばんでも聞こえるわ、きちんと機嫌を取ってくれなきゃお話なんて聞いてあげないんだからねってどこの照れ屋さんだ、とか色々もうね」


 日頃から呑み込みの早い面子ばかり相手にしているせいで、話が通じにくい相手への沸点が低くなってしまっている。

 ゆえに〝黙らせる〟という物理的手段を用いて心の安定と効率化を図ったわけだが、瀬名に後悔は一片もない。

 実行犯の青年もまったく胸が痛まないものの、アスファについては若干の同情を禁じ得なかった。


(アスファ達はこれから打ち合わせを行い細部を詰めるものと思っているだろう。だが実際はそれすらも、既に彼女の流れの上にあると知ったらどう思うだろうな)


 〝瀬名さんによるアスファ君のための村修正計画〟は、その開始時期がいつからかを問うなら、瀬名がこの村に興味を抱いた瞬間にはもう始まっていた。

 道筋も一本だけではない。優先順位の第一位は〝アスファ君の故郷の平和を守り瀬名さんの寝覚めが悪くなるのを阻止する〟ことであり、すべてはこれを中心に据えて進む。場合によってはアスファ達に一切知らせず、裏でさっさと片付けてしまっていた可能性もあったのだ。


「ふうやれやれ。アスファ君の里帰り観光を楽しみたかったのに、とんだ厄介ごとに巻き込まれてしまったな、まったく」

「わたしは棒読みを指摘するべきか? 冬は引きこもる宣言はどうなったのだろうと首を傾げるべきか?」

「お黙り」

「ふむ。なら――」


 シェルローヴェンは薄く笑い、ゆるりとした足取りでソファの脇から、瀬名の横へと移動した。


「先ほどから何故わたしを見ようとしない、と尋ねればいいか」


 ぎしり。

 ソファに片膝を突いた。


「ッ!! ――おおおまっ、さ、さっきの流れで、そっち方面へ行きおるか!?」

「これはそういう流れで構わんという気がしたのだが?」

「大いなる気のせいだっ!! さっさと本筋へ回帰したまえっ!!」

「わかった、回帰しよう。――で? 頑なにわたしを見ようとしない理由は?」


 ぎし。

 あらゆる何かの想像を掻き立てる、とても不穏な音である。

 瀬名はぎっちり毛皮をつかみ、全力で蓑虫(ミノムシ)へ擬態せんと試みた。


「瀬名?」


 じりじり逃げを打ちつつ、呼ばれてつい振り向いた。

 暖炉の灯りでいっそう幻惑的な美貌に見おろされ、うっと怯む。

 腹の底に何かが潜んでいそうな不吉な微笑み――うっすら細められた翡翠の双眸の奥で、何かがゆらゆら揺れている。


 不穏。

 とても不穏である。


(あ、あれ? うごけないよ?)

 

 蓑虫の毛皮の上に、青年の膝がしっかり乗っている。

 瀬名は余裕の百七十センチ超えだが、敵は百九十センチ近いエルフ詐欺。

 ぴこぴこ動く耳に気を取られた隙に、節のはっきりした大きな手が、頭の横、肩の上の位置へ置かれてしまっていた。


「お、のれ、卑怯な、やけに派手に動いていたのは囮だったか……っ!」

「ふ。何のことだ?」


 とぼけながら、片耳をこれ見よがしにぴこ、と動かす。

 やはりわざとだ。器用な。


 ――さて。ここでひとつ疑問がある。

 皆が部屋へ戻ったのに、どうして瀬名は居間に留まっていたのか?


 答え。

 次男と三男ががここにいないからだ。


 鳥型小型探査機EGGS(エッグズ)を二機呼び寄せ、それぞれをエセルディウスとノクティスウェルにつけて、彼らにはちょっとした〝おつかい〟に出てもらった。早くとも数日は戻らないだろう。

 つまり、確実に今夜は戻らない。

 そして長兄は〝おつかい〟に出ていない。ここにいる。

 弟達を送り出した後で、瀬名ははたとそれに気付いた。



 …………寝室に、この男と二人きり、だと?



 そんなわけで公共の場である居間に留まった。

 そして今、追い詰められている。




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