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空から来た魔女 番外編  作者: 咲雲
1/14

よっぱらい (1)

多分2話でおさまりますが、前後ではなく番号をふることにしました。

気楽にさらりと読んでもらえそうな、平和なほのぼの話がいいなと思い、これを…。


「お酒をいただいたんですよ。ご一緒にいかがですか?」


 精霊王子の三男、ノクティスウェルが酒瓶を片手に瀬名と兄二人を誘ったのは、早くも辺りが雪景色になろうかという季節だった。


 黎明の森は北国にあり、冬の期間が長い。暦の上ではまだ秋に含まれるが、今年は十月の半ばを過ぎた頃に初雪が降り、十一月にはもう本格的に降り始めていた。

 衣類にべったりはりついて融ける雪は少なく、さらさら()()()雪が多いので、フード付きのマントだけでも充分外出に堪える。

 凍死の危険さえなければ雨よりも快適に過ごせるというのが、この国に住む者の多数派意見だった。


 長雨も雪もどっちも嫌だ。少数派に与する瀬名は、本格的な巣ごもり生活に入る前に、その旨を知人に伝えて回っていた。

 ドーミアの騎士団、ゼルシカの店、討伐者ギルド、灰狼の村と順番に巡り、最後は一番ご近所にある〈黎明の(さと)〉にお邪魔している。

 ひときわ立派な樹の幹に、代表たる長兄のシェルローヴェンと、次男エセルディウス、三男ノクティスウェルの部屋があり、今集まっているのは居間にあたる部屋だ。


 瀬名がふんわりとやわらかなラグに腰をおろす間に、ノクティスウェルがトレイに四脚をつけたような卓の上に酒杯を並べ、エセルディウスが簡単なつまみ用の菓子を出してきた。炒った木の実に塩をふるか、バターと砂糖を絡めただけのものだが、彼の出す食べ物に美味しそう以外の感想はない。

 シェルローヴェンは全員分のクッションを用意し、部屋を暖め始めた。火ではなく、ラグの近くに設置された魔石の熱だ。

 ドーミア、灰狼の村、この郷と、異なる種族による異文化の建築物が、一貴族の領内にこれだけ集中している場所は、ここ以外にないらしい。

 それらはいつ訪れても、瀬名のテンションを上げてやまない。

 その上がったテンションでエンジンをかけ、なんとかこの寒さの中でも挨拶巡りを完遂できている。


 実のところ、冬ごもり前の挨拶をして回る者などはそうそういない。冬は活動を控えるのが当たり前だからだ。

 が。


『顔見知りになった人達には、しばらく来なくなるよ~って一言ぐらい伝えておいたほうがいいかな?』

《そうですね》


 かつて良好な人間関係の構築、円滑なご近所付き合いに無知だった瀬名の何気ない質問に、油断すればすぐヒキコモリ主義に回帰するマスターをなるべく外に出したい小鳥の思惑が絡んだ。

 その結果、瀬名は「意外と律義な奴だなあ」という評価を獲得。あえて突っ込む者もいなかったために、一部では秋の終わりの風物詩と捉えられるようになった。


「それを預かろう」

「ん、ありがと。あー寒かった……」


 シェルローヴェンは瀬名の外套を受け取って壁にかけながら、漏れ聞こえたぼやきにふと微笑んだ。


「相変わらず、冬には慣れそうにないか」

「慣れないよー。むしろなんでみんな、あの冷気ん中で平然としてられるんだよ。ARK(アーク)さん、いま気温何度ぐらい?」

《室内は12~13℃ほどになりました。外は場所によりますが5~8℃ぐらいです。雪が強くなってきましたので、まだ下がるでしょう》

「げげっ……」

「今夜は積もりそうだな。〈スフィア〉に戻るのは明日にしたらどうだ?」

「そうしたほうがいいですよ。いくら近くても、降りしきる中を歩くのは危険です。わたし達が付きっきりなら、冷気も防げますけど」

「や……うん、そっちのほうが迷惑だし、お言葉に甘えるとしますわ。時間的に、陽もすっかり落ちてる頃だろうしね」


 この四人の中で、外套を脱いでなお一番厚着しているのは瀬名だった。

 それでも、気温差でかなり暖かく感じるし、凍えるほどではない。


「このお酒、熱くしても美味しいですからそうしましょうか?」


 その提案に頷かないはずがなかった。





 東谷瀬名という人物は、もともと酒に強かった。

 再生段階における身体能力底上げが鬼に金棒となり、ギルドの酒場に紛れても余裕で圧勝できる猛者と化している。

 ただ瀬名個人としては、鉱山族ならばともかく、それ以外の種族で、酒量を競う勝負は危険だと思っていた。だから人に勝負を持ちかけることも、勝負を受けることもない。

 酒はゆっくりのんびり味わうもの。喉を通る時の独特の感覚と、酔った気分を味わうのが好きなのだ。

 そう、気分である。


 …………。


(……ん?)

(…………?)

(……おや?)


 その日、三兄弟は、何かがいつもと違うのに気付いた。


 何かがおかしい。

 気のせいだろうか?


 瀬名の瞼が、熱したチーズのようにトロ、と重そうになっている。

 瞳がわずかに潤んで、いつもより頬や唇の血色がいい。

 ふう、と、悩ましげにも聞こえる溜め息の回数が、やや多くなった、気がする。


「…………」

「…………」

「…………」


 いや、まさか。

 まさかな。

 目配せで否定し合う。

 だって今まで、一度だってそんなことはなかったのだから。

 …………。


「瀬名?」

「ん~?」

「うまいか?」

「ん」


 追加された木の実の菓子をぽりぽりかじり、酒杯を傾けてにっこり頷く。

 妙に可愛い。


(…………)


 弟二人の視線が長兄に集中する。


(兄上。何を盛ったんです?)

(兄上。それはよくないぞ)

(誰が盛るか! おまえ達こそ)

(何も入れてませんよ?)

(変だな……ならばこれは、やはり気のせいなのか?)

(…………)


 長兄はおもむろに、瀬名の手もとから酒杯を取った。

 あまりにもたやすく奪われた瀬名が、「あれ?」と首を傾げた。

 反応が鈍い。

 あと、可愛い。


「おさけがきえた」

「――……瀬名。まさか、やはり……」

「えええ~……? 嘘でしょう……?」

「あ。あった。おさけ~……あれ? なんで?」


 瀬名が酒瓶を発見して手を伸ばそうとするも、すかさずシェルローヴェンが取り上げた。

 瀬名の手はしつこくそれを追おうとし、高く持ち上げてみれば、いっぱいに腕を伸ばして追いかけてきた。

 ちなみに彼はラグの上のクッションに座ったままである。瀬名が立ち上がればすぐに手が届くものを、どうやら今の彼女にはその判断力すらない。

 そして反応も動きも鈍い。


「……やはり、酔っているな?」


 信じ難いものを見るまなざしで、青年が呟いた。

 潤んで赤みの増した瞳が、きょと、とシェルローヴェンを見上げた。


「よってないよ?」




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