貴女の紅茶で、二人一緒に朝を(百合。歳の差従姉妹)
※『プロポーズは薔薇と』(https://ncode.syosetu.com/n4980gz/)のキャラクターたちですが、これ単体でも読めます
かぱっと缶の蓋を開ける。
そこから、サッとカップ二杯分の茶葉を取り出す。
しゅんしゅんと沸いたお湯を、すかさずポットに注ぎ入れる。
もちろん、ポットもカップも、先に温められている。
「紅茶淹れる一三ちゃん、いつまででも見てられる……」
カウンター越しに見つめながら、うっとりと一二三が言った。ゆらんとポニーテイルが踊る。
「ああ、そう。奇特ね」
「むう、別に私、死にそうじゃないよっ」
「それは『危篤』。病気で死にそうな方。私の言ったのは『変わってる』方」
「あっ、でも一三ちゃんへの好きが溢れすぎて死にそうなのは確かだから、危篤の方でも合ってるかも! 恋の病の重病患者だよ!」
「はーい、アールグレイお待たせしましたぁ」
カウンター越しにティーセットを置いた。ピンで留めているセミロングの髪が、遠慮がちに揺れる。
「無感情!」
もー! と言いつつ、一二三はポットに顔を寄せ、くん、と香りをかいだ。
「ふふ、すでにいい匂い……」
「それは良かった。三分待ってね」
コトン、と砂時計が置かれる。ピンクの砂が、さらさらと流れるように落ちていく。
「話戻すけど、一三ちゃんの紅茶を淹れる姿、本当にいつ見ても綺麗だよね」
「そう?」
「そう! 無駄が無いっていうか。流れるような動きがまるで、何か、透明な川みたい」
「川?」
「うん。きらきら表面が輝いてて、ずーっと絶え間なく流れてる。綺麗な川」
一三ちゃんは、綺麗。
歌うように一二三が言った。
「……お世辞言ってないで、早く勉強の続きしな」
「もー! お世辞じゃないのにぃ」
唇を尖らせながらも 一二三はシャーペンを握り直す。
「ていうか、結局、大学行くことにしたのね」
客の帰ったテーブルを片付けていたジョセフィーヌ(本名:合田毅)が、通り過ぎ様に一二三の手元を見ながら言った。
「まぁね。本当は、高校卒業したらすぐにでも就職して、一三ちゃんと結婚する準備したかったんだけど」
「相変わらず執念がすごいわ」
「お父さんが『大卒の方が給料良いぞ』って言うから」
「なるほど」
「それに行ってみたい会社が、どうも大卒しか取ってないみたいなんだよね……」
一二三が名前を挙げたのは、最近人気の出て来た輸入のお菓子会社だった。
「そこって、茶葉とか珈琲豆とかも扱ってるから、興味があって」
「……ふぅん?」
ちら、とジョセフィーヌが一三の方を見た。一三は、見て見ぬふりで洗い物などをしている。
その会社が人気になる前から、一三はそこのチョコレートを気に入って買っていた。
「ま、がんばりなさいよ。……そろそろ、紅茶いいんじゃない?」
「ありがとー」
さらさら、さらり。
ピンクの砂が、すべて落ち切った。
待ってました、とばかりに、一二三はカップに紅茶を注ぐ。
キリッとした紅色。ふわりと香る柑橘の香り。
ほわあ……と間の抜けた声を上げ、一二三が目を細めた。
「本当に良い香り……」
うっとりと呟き、カップを手に取る。
「いただきます」
こくりとひと口。途端、爽やかな香気が広がり、温かな倖せでいっぱいになる。
「──あ~~~、やっぱり一三ちゃんのお茶、サイコー」
「どうも」
「私の夢聞く?」
「話す前に、ペンを動かしなさいよ」
「あのね、それはね」
「清々しいほど自由ね」
「一三ちゃんに、私専用のブレンドティーを作ってもらうこと。あ、フレーバーティーでもいいなー!」
「……」
「私をイメージした紅茶で、二人で朝を迎える……最高じゃない?」
ドヤ! と言いたげな顔で、一二三が一三を見た。一三は、ため息を吐いて、
「馬鹿言ってないで、ちゃっちゃと飲んで、さくさく勉強しなさい」
「くっ……『君の味噌汁が飲みたい』の新しいバージョンでもダメか……!」
「それ、今は微妙なプロポーズだからね」
二人のやりとりを見ていたカトリーヌ(本名:鹿取慎也)は、もどかしそうにジョセフィーヌに耳打ちする。
「ちょっと一二三ちゃんが切なすぎじゃないっ?」
「何よ」
「だって、あんなマスターとの未来設計を健気に立ててるのにさぁ」
「……アンタ、ちょっと代わりにこれ流しに置いて来て」
ジョセフィーヌが、持っていた布巾をカトリーヌに押し付ける。
「何でアタシが」
ジョセフィーヌはさらに声を小さくして、
「いいから。で、ちょっとマスターの手元を御覧なさい」
顎をしゃくった。
「はあ?」
いいから、と目顔で言われ、渋々カトリーヌはもともと自分が持っていた布巾と合わせてそれらを流しへ持って行き……
(あ)
それとなくマスターの手元に視線をやって気が付いた。
一三の手が、メモ帳に何やら書きつけている。
オレンジがどうとか。バタフライピーがどうとか。
(こ、これって……!)
じゃばじゃばと布巾を洗いながら、カトリーヌがジョセフィーヌの方を見た。彼女が、ばちんとウィンクをする。
(~~~~~~~!!)
何これ尊い。
「一二三ちゃん……っ」
「どうしたの? カトリーヌさん」
「今日は、私の奢りでパウンドケーキあげるわっ。食べてがんばって!」
「わぁい、ありがとー」
「あんまり甘やかさないでよ」
「甘やかすっていうか、お礼みたいなもんだからっ」
「「??」」
紅茶の香りが、優しく店の皆を包み込んだ。
END.