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第5話:通夜の晩に

ミス・クレアの通夜の席。その頃の僕は、あの時のクレアの言葉なんて覚えていなかった。

ミス・クレアは僕の家庭教師だった。出会ったのは小学六年生の頃。母が友人の勧めだとかいって連れてきたのがあのバアさんだ。小柄で丸い眼鏡をかけた天然パーマのバアさんで、その明るく穏やかな性格からすぐにうちの家族とも打ち解けていた。当時から霊感が強かった僕は、クレアがただ者ではないことに子どもながら気づいていた。なぜなら彼女は家の中の霊とよく話したり遊んだりしていたからだ。

『あらあらあら。あなたにも見えるのね』

 クレアはいつもの調子で優しく僕に言った。

 僕の誰にも言えない秘密、それは幽霊が見えることだった。最近ではそのせいか悪霊にとり憑かれたり、変な傷が体についていたり、眠れない日が続いたりどうしたらいいか悩んでいた。

 誰にも言えない秘密。それを初めて共有できたのがミス・クレアだった。

 クレアが勉強の余興に魔法を教え始めたのは、中学に入った頃だ。あなたを守るための魔法ですよ、僕は彼女の言葉を信じていた。実際、魔法を教わってからは霊がらみで困ったことは少なくなった。まさかこれが後にミス・クレアの孫を守るための魔法だったとは思わなかったが…。


「君が在羽ファイ君だね?」

 通夜の席で眼鏡の男が話しかけてきた。

「母から聞いているよ。君にもずいぶんとお世話になったみたいだね。ところで君一人かい?ご両親は…」

「僕、ひとりです」

 すかさず答えたファイに男は苦笑いした。

 この人がクレアの息子か。

 ファイは男をじっと見た。意外だった。クレアとは似ていない雰囲気の持ち主だ。眼鏡の奥の目がなんだか卑しい感じがした。そういう感じにファイは敏感だった。優しく言い寄ってきた大人はたいてい親父目的が多かったし、その感じは独特のものがあった。

「うっそー!もしかして在羽くん?なんでなんでー?」

 男の隣に歳はファイと同じぐらいだが、体型は横にファイの5倍増しくらいの少女が立っていた。

「娘のエリカだ」

「嬉しい!写メ撮っていい?」

 あまりに場違いな言葉だった。祖母の通夜だというのになんだ、この子は。

「兄貴」

 エリカの後ろから髭のおじさんが現れた。

「なんだ、お前か。来たのか」

 クレアの眼鏡息子はいかにも馬鹿にしたような態度で髭のおじさんを見た。

「来るさ。おふくろの通夜だぞ」

「お前の部下の手際は笑えるな。社旗立てるだけで何分かかっているんだ」

 ファイはクレアの息子達のやりとりを聞きながら、クレアが息子の話をするときに時々見せた寂しげな顔を思い出していた。

「ね?ね?あっちで始まる前にお話ししよ」

 エリカの太い腕にファイの細腕が止血寸前まで締め付けられた。

 と、その時足元の何かに躓いた。

「きゃ」

 エリカは悲鳴とは逆にズドンという音を立てて転んだ。

 ファイは顔をあげてはっとした。

“馨ちゃん”

ミス・クレアが毎日のように話に出した子だ…!、そう直感した。

「いったーい!何してるのよ。危ないでしょー!」

 エリカの言葉に少女は黙って、またしゃがんだ。無言で玄関のスリッパを整理する彼女に、エリカは馬鹿にしたようにはき捨てた。

「くらーい。ねえ、在羽くん?…あれ?」

 エリカは消えたファイの姿を探した。


 僕は予想外の邪魔者から逃げながら、奥の小部屋から聞こえてきた言葉に足をとめた。

「お母さんの遺産、本当に手に入れられるんでしょうね」

「ああ、任せておけ。他のやつらに渡さんさ、どんなことをしてでもな」

 声の主は眼鏡息子、あのエリカの父親らしい。その時、そっとファイの肩をたたく手があった。冷たいけれど、懐かしいような手の主は振り返ると消えていた。

 僕は、いつかクレアが言った言葉を思い出した。

『なにかあるかもしれないから、私がいなくなったらよろしくね』

 なにかって何だ?


ミス・クレアとの最後の別れ。そのときだ。僕の霊力が最大限に発揮されるときがきたのは。クレアは僕に頼んだ。

“どうか、馨を守って欲しい。クレアの全ての力を受け継ぐ馨を―”と。


 通夜の帰りに眼鏡息子が騒いでいる声を耳にした。

「どういうことだ!どうなっているんだ!」

「兄貴?」

 突然騒ぐ眼鏡息子に、弟である髭のおじさんが聞いた。

「おまえか?お前がおふくろの力を独り占めしたのか?」

「何を言ってるんだ?」

「よこせ!あれは俺のものだ!」

 二人はもみ合っていた。

 クレアの力、それを奪い求めようとする者たち。その時の僕は、馨って子がクレアの魔力を受け継いだことも信じていなかったし、クレアの言葉も半信半疑だった。


 ただ、彼女が涙をこらえてクレアに微笑んでいた姿は強く目に焼きついていたんだ。


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