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第4話:狙う影

「きゃー」

 台所で聞こえた母の声に馨は顔を上げた。今度は何だと声のほうへ馨は走った。

「どうしたん?お母さん!」

「お父さんのお茶碗割ってしもたわー」

 破片を拾いながら母が言った。

「な、なーんや…」

 ホッとして馨が言うと、母は眉をひそめてため息をついた。

「なんやとは何や。またお父さんうるさいで」

 馨も苦笑いでカケラを拾い集めるのを手伝った。

「でもなんでまた落としたんよ?手ぇすべったん?それに何でこんなにここ濡れてんの?」

 馨はやけに濡れている床の上に散らばったカケラを拾いながら聞いた。

「それがおかしいんよ。急に蛇口が開いて水が飛び出してきたからびっくりしてもうてな、ほんで持ってた茶碗落としてもうてん。」

 母の言葉に馨は顔を上げて聞き返した。

「蛇口が勝手に開いたん?」

「せや。勢いよく飛び出してきたもんやからびっくりしたわ。お父さんに直してもらわなあかんかもな」

 そう言うと母はまた炊事を続けた。

「どないしたんや?」

洗面所からまだ着替えを済ませていないタケルが顔を出した。

「あれ?姉ちゃん!どこいくんや?って、なんじゃこりゃ!床びちゃびちゃやないか!」

 タケルの叫びを背中で聞いて馨は玄関を飛び出した。誰かが近くにいる。誰かが警告している、そんな直感がした。

 先ほどの紙といい、台所の水びだしといい全て水に関係していることを踏まえると、犯人は2週間前に馨とファイを襲った者かもしれない。

 友人、家族にまで危害が及びつつある。そんな感じがして馨はたまらなくなった。

 馨は携帯を手に取ると、教えられていた番号にかけた。呼び出し音のまま相手は一向に電話に出なかった。家を飛び出して、馨はしばらく走り、やがて人気のない公園へたどりついた。

「…つながらへん。在羽のやつ…かけろって言ったくせに!」

 その時、馨は妙な気配がして辺りを見回した。

 目で見る限り公園には誰もいなかった。でも誰かいる。そんな気がする。祖母のくれたちからのせいだろうか。

 やがて、水のみ場の蛇口がひとりでにまわりだし、しぶきを上げた。

 構えた馨の足元に見知らぬ魔法陣が広がった。

「引っかかったな。由木馨!」

 ブランコの奥の茂みからのっそりと、いや、痩せ型のほっそりした男が姿を現した。20代後半の目の下に隈がある男だった。その独特の笑い声から、先日馨とファイを襲った犯人だとわかった。

「あんたか?うちに変な紙よこしたり、蛇口おかしくしたりしたんは」

 男はカカカと枯れた笑い声で言った。

「つながらないだろう?」

 男が何を言っているかわからず馨は首をかしげた。

「お友達と電話がつながらないだろう?」

 男の言葉で馨ははっとして携帯を取り出した。

「あ、在羽に何かしたんか?」

 馨はファイに電話をかけた。コール音は依然としてなったまま、やがて留守番サービスへとつながった。

「…卑怯やぞ。在羽は関係ないやろ!」

 馨は男を睨みつけた。

 男は背中を丸めていった。

「俺の邪魔をするからだ」

 ファイは無事なのか、馨は不安になった。自分のせいで関係のない人たちが危険な目にあっている。

「あんたも、おばあちゃんの魔力が狙いか?」

 男は薄ら笑いを浮かべて両手を上げた。

「欲しがらないわけないだろう!」

 男が両手を挙げた瞬間魔法陣から真っ直ぐ水流が伸びた。

「ぐ…ぶ…っ!」

 馨が陣から出ようとしても思うように体が動かない。

 冷たい。息ができない。苦しい。

「裏切り者には死を」

 歌うように男が続けた。

「盗人には罰を」

 馨がもがいていると、携帯が水流に流されて上がっていくのが見えた。

「ワタシに魔力を―…!」

 男の手がまるで指揮者のように緩やかな動きを見せた。

 馨は携帯に手を伸ばした。離れてゆく携帯ストラップのポッコを見ながら馨は意識を失った。

 突然、世界の音がなくなったような気がした。

 もう、大丈夫ですよ。

 温かくて、優しい声がした。あれは―…

「お、お前は!」

 男は驚いた。

 息ができるようになって、馨は激しくむせた。倒れこんだ馨の肩を支える手があった。ようやく落ち着いて、一番先に飛び込んできたのは風灘の校章だった。鋭い双頭鷹の目がいかにも風灘学園らしい校章だった。

「在羽…」

 馨は支えの主を見上げた。

「ごめん。遅れた」

 ファイはそういうと自分の上着を馨に着せた。

「ここにいて」

 ファイはそういうと男のほうに歩みだした。

「な、なんでここに?お前は今頃…」

 男は後ずさりした。

「そう。今頃、風灘の勉強合宿に曽爾へ行っているはず。出発は19時。もうここにはいないはず…だろ?」

 ファイは男の前で男の描いた魔法陣を上から手でなぞった。ファイの手の動きとともに魔法陣はまるで崩れていくかのようにさらさらと消え始めた。その様子に男が舌打ちした。

「この学年上位の在羽ファイが、「風邪をぶり返しそうなので帰ります」と一言言えば、保健室の先生はもちろん、学年主任だって即OKさ。あとはうちの車を飛ばせばものの30分で引き返しは可能になる」

 馨はいつもの調子で保健室の美人の先生に華を背負いながら、言葉を並べるファイが容易に想像できてため息をついた。

 心配して、損したかも。

「さて、あんたは水の魔法が得意だったな?」

 ファイの足元にザッと砂煙が上がった。ファイは両足を開いて構えの体制に入った。

「水の呪文で体の奥まで冷たーく冷やされるのと、火の呪文で体の中からもがき苦しむような暑さを感じるの、どっちがお好みかな?」

 男が叫びを上げて逃げだした。

「逃がすかよ!」

 ファイが二つの魔法陣を放つと魔法陣は男の両脇で動きを止めてじりじりと男に迫っていった。

「言え。どこであの子のことをかぎつけた?」

 男が半泣きになりながら、魔法陣が迫ってくるのをさけようと叫んだ。

「やめてくれ」

「在羽!」

 馨はファイを呼び止めた。

「もう、いいから」

 馨はよろよろと立ち上がるとファイに言った。

「それやったら、こいつと同じや。そんなまね、したらあかん」

 ファイは馨から目をそらした。

(この子はまた…)

「甘いんだよ!さっきまでこいつに殺されかけてたんだぞ!こいつを放っておけばまた同じことの繰り返しになるぞ」

 ファイは馨を怒鳴った。

「あんたは、何がしたかったん?」

 馨は男に向かって聞いた。

「あんたは、魔法の力で何がしたかったん?」

 男の体は震えていた。おそらく、今、ファイが男に仕掛けた魔法は恐ろしいものなのだ。

「在羽…」

 馨はファイを見上げた。

 ファイは馨の顔をみて彼女が何を言いたいか悟った。

 渋い顔をしてファイは両手を合わせた。

「…君は…!ったく!面倒みきれないよ!」

 ファイは男に仕掛けた魔法陣を解いた。その瞬間、男が崩れたように座り込み、大きく息をした。

 その瞬間、男の周りを囲むように赤い光が男を包んだ。そして、

 バシュ…!

「な、何…!?」

 馨は突風に身をかがめ、ファイは馨の前に盾となった。風が止み、辺りが静かになったころ、男の姿は消えていた。

「消えた…?」

 呆然とする馨にファイが言った。

「消えたんじゃない、逃げられたんだよ」

 ファイの顔を見て馨は言いかけていた言葉を止めた。

 なんか、すんごい怒っている…。

「合宿…行かんくていいん?」

 馨の問いにファイは答えた。

「いいわけないじゃん。うち、進学校だよ」

 ファイが手を放した。

「ごめん。また、うちのおばあちゃんが…?」

 ファイは黙って横を向いた。

 正直、驚いた。バスの窓にへばりつくミス・クレアの姿を見たときは。

「孫バカだよね。ほんと、ミス・クレアは」

 でも、憎めない。力になりたいと思ってしまうのが不思議だ。

「…あ、ありがとう。また、助けてもらっちゃったな」

 馨はうつむいて言った。

 ファイはため息をついていった。

 勝手に動くなって言っても動くし、触るなっていっても魔法陣に触ろうとするし、挙句に今日も自分を襲った奴に情けをかけて逃げられてしまった。いいたいことは山のようにあった。

 しかし、ファイは馨を責めるのをやめた。助けてもらった恩もあってか、いつものように強気の姿勢ではなく、ファイの様子をやや控えめに伺う彼女は、悔しいが可愛かった。

「…まあ、今回は僕に連絡を試みた点で、許してあげるよ」

 ファイが仏頂面で言った。

「なんでわたしが連絡したこと知ってるんや?」

「だって着信履歴に何回も残ってたもん」

 ファイの言葉に馨は、携帯って便利やな、と心底感心した。

「ほら。馨ちゃんの携帯もあるはずだよ」

 馨の手の中にあった携帯をファイがとると、馨が叫んだ。

「え?何?」

 ファイが驚いて聞くと、馨はまたうつむいてしまった。

「その…携帯やねんけど…さっき、水の中に巻き込まれてしもて…」

 馨が申し訳なさそうにいうと、ファイが笑って言った。

「大丈夫だよ。これ、防水携帯だから。データも消えてないはず。ほらね?」

 ファイが馨に携帯を手渡した。

「そ、そうなん!?よかったあ」

 馨が笑った。

 ファイが何か言おうとして黙った。

「何?」

 馨の問いかけに、ファイは横をむいて別にと言った。

「それより、馨ちゃん本当にメールの打ち方わかってるの?」

 ファイの突然の質問に馨はぎくりとした。

「わ、わかってるよ!」

「じゃあなんで返信してこないの?僕、試しに送ったよね?『おはよう。なにか返信ください』って。あれから一向に来ないんだけど」

 馨は少し赤くなって答えた。

「お、送れるよ!た、ただ…」

 馨がものすごく言いづらそうにしているのを見てファイは言った。

「何?愛の告白でも送ってくれたわけ?」

 ファイの言葉に馨はむかっときて言った。

「あんたの思考回路は、いつもそんなんやな!誰があんたなんかにそんなん送るかボケ!」

 べえと舌を出した馨に、ファイは続きを聞きだした。

「それで?ただ、何なんだい?」

馨が小声で言った。

「け、消し方がわからへん」

 ファイは目を丸くした。

「消し方?メールの?なんだ、それなら―」

 ファイが馨の携帯を手にした。

 その瞬間、馨が再び叫び声を上げた。

「もう、うるさいな。今度は何だい?」

「み、み、見たらあかんで!すぐに消してな!見たら絶交やからな!絶交!」

 馨は眉をひそめてファイに念押しした。

「はいはい」

 ファイは送信ボックスを見た。未送信のメールが1件入っていた。

「はい。消したよ」

 ファイは馨に携帯を手渡した。

 ほっとしたように馨はため息をついた。

「ほんなら、ありがとうな」

 馨は元気よく家路を急いだ。馨の元気な後姿を見送ってから、ファイは歩き出した。

 空にはきれいな三日月に少し雲が陰りを差していた。

 




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