第1話:でこぼこデート
難波ウォークの中心には、噴水がある。かつてそこは虹の街と呼ばれた。難波駅と日本橋駅の中心に位置するその場所は噴水の広場として、待ち合わせや子供の遊び場として有名だ。
その中心を眺める女子高校生がいた。彼女はかれこれ10分もその中心を眺め続けていた。由木馨、彼女は西の大魔術師と呼ばれた祖母、ミス・クレアの魔力を受け継いだ正統後継者である。
「行くと思うか?あれ?」
噴水から少し離れた場所で、馨を見ながら自称、ミス・クレアの一番弟子、大輔は言った。
「お待たせー!って、まだやってるの?あの子」
噴水の隣にあるドコモショップから黒髪の美少女、南野有は顔を出した。
「電池パックタダで交換してもらっちゃった。そろそろ新機種に換えたいなあ」
有は新規コーナーを見ながら呟いた。
「お、由木が動いた」
大輔の言葉に有は新規コーナーへ向けた目を、再度馨に戻した。
馨は思いきったように噴水へ近づいていった。噴水が小さくなっている今のうちなら触れられる、そう思ったのだ。
「あれって何の魔法陣や?」
噴水の先に広がっている魔法陣を見て、大輔は有に聞いた。
「あれは確か…水のいたずら妖精が大暴れする魔法陣よ」
言って有は店の奥へと足を速めた。
有の言葉に大輔が逃げる準備をしかけたその時、
バシャン!
一人の男子学生が勢いよく噴出した噴水の中心へ、ちょうど水の勢いが増したタイミングで飛び出した。やがて、噴水の高さが低くなり、びしょ濡れになった少年は馨の顔をとらえた。少年は前へゆっくりと歩み出した。
「あ、在羽?」
少年を見て馨は驚いて言った。そしてさっきまで伸ばしていた手をさっと後ろに隠し、まずい顔をした。
その少年―在羽ファイはずぶ濡れになった髪をかきあげて言った。
「やあ。馨ちゃん。久しぶり」
にこりと華をしょって微笑む彼の名は、在羽ファイ。関西でも有名な財閥アルバコーポレーションの跡取り息子かつ、才色兼備で有名な風灘学園の生徒だ。
濡れた姿が彼の色っぽさをさらに演出しているように、彼は馨に迫っていった。
「ひ、久しぶり。元気やったか?」
馨は後ずさりしながら言った。やがて背中が壁に到達し、逃げられない状態の馨の顔の横にファイの手がさらに馨が逃げるのをさえぎった。
「まあね。でもせっかく治った風邪をぶり返しそうだよ」
馨を見つめてファイが言った。
「そ、そうか。お大事に、な」
馨がした苦笑いにファイは馨の頬をつねって大きなため息をついた。
「…君は、どうしてよくも知らない魔法陣を見ると触りたがるのかなあ?」
「い、痛い!触ってへんやんか!ちょっとどんなんかなーって思って…」
馨は視線を合わさずに言った。
何あれ。ちょっとあれ、風灘の在羽君じゃない?なんで濡れてるの?在羽君の前にいるあの子誰よ?きゃー、写メ撮っちゃお…。
注目されてきたのがわかって馨はあせった。
「と、とにかく場所を変えよう。在羽も病み上がりやろ?迎えに来てもらい?な?」
馨はファイの手をくぐろうとした。
「ったく、反省なしか」
ファイはそういうと手を放した。そして、
きゅっ。
ファイは前から馨を抱きしめた。
「ん!なっ……!」
急なファイの行動に馨は頭が真っ白になった。
「…寒い」
ファイの一言に馨はグーでファイのあごにヒットさせた。
「こっちかて冷たいわー!」
くしゅん、と二人が同時にくしゃみをすると大輔と有が近づいてきた。
「なんだ、在羽君。まだ馨の周りをうろちょろしているのね」
有はハンカチを差し出して言った。
「しばらく風邪で休んどったらしいやん」
ファイと同じ風灘学園の大輔が言った。
「そうだよ。風邪引いちゃってね、誰かさんのおかげで」
じとりとファイの視線が馨に突き刺さった。
「ほ、ほら!風邪ひいてまうで?帰ろう帰ろう!」
馨はくるりと方向を変えた。
二週間前、馨とファイは海に行った。そこで馨は海の上に浮かぶ魔法の文字をみつけたのだが、ファイに絶対に近づくなと言われ触れることを断念した。が、海から陸に涌き出ている小さな魔法陣が一定の場所に流れ着いているのを見つけると、面白くなってそれの行き着く先を確かめたくなった。やがて、洞窟のような場所にたどりつき、その魔法陣にいつのまにか自分が囲まれているのに気づいた瞬間、出口をふさがれ、見知らぬ男の笑い声を聞いた。やばい、閉じ込められた、そう思ったその時、男の声が止んだ。出口に光が差した。ぐっと構えた馨の目の前に現れたのは、ファイだった。あの時もさんざんファイに
「どうして君は僕が飲み物を買いにいっている間に危ない目に自分から遭おうとするの」と怒られた。それから馨とファイは口げんかになり、その隙にさっきの男に水の呪文を仕掛けられ逃げられた。その結果、ファイは風邪をひいたわけだが。
「在羽君!」
難波ウォークを抜けた辺りで清流女子高校の制服を着た女子高校生がファイに水筒を手渡した。
「か、風邪によく効くので、よかったら飲んでください!」
二つにくくった髪を上下に揺らしながら彼女は走り去っていった。
「本当にモテるのね。どうやったらそうなるの?」
有は本気で知りたそうにファイに聞いた。
「くそ!俺だってかつてはJUNONに載ったことだってあるんだぞ」
「在羽君の登場で消えちゃったけどねー」
言った大輔を有が一蹴し、「いうな!」と大輔がむくれた。
「そうそう。世の優しい女の子たちはこうして僕をいたわってくれるんだよ。どっかの誰かさんと違って」
ファイが放った嫌味を後ろから受けて馨は立ち止まった。
くるりと振り返りファイの前で立ち止まると、思いきりファイの足を踏みつけた。
「った!何すんだ!」
「あほ!」
馨はそう言うと走ってその場を後にした。
さすがの馨でも毎日帰りにいたものがいなくなってしまったら、気づかずにはいられなかった。噂ではファイは風邪でしばらく学校を休んでいるらしい。風邪と聞き、馨は二週間前の一件を思い出した。考えたくはなかったが、たぶんあのせいだ。
はあ、と馨はため息をついた。
最初に会ったら謝ろうと思っていたのに。
あんなやつ、もう知らん!