さいたまさいたま!
埼玉県に政令指定都市ができた。
浦和・与野・大宮各市が合併して
「さいたま市」
になった。
大体、合併の話は10年20年前から出てはいたのだが、もっと広域になる案が出ていたり、3市に絞られたもののとある1市がゴネて更に遅れが出て、合併後の名前を3市の名前のうち、県庁所在地の浦和、ターミナル駅のある商業都市の大宮、はたまた新しい名前にするかでまた揉めて、新しい名前案の一端を知るたびに県民、特に3市在住民は役人のネーミングセンスの無さにため息をつくのだった。
さすがに「大彩玉市」
はキツいよ。
結局
「さいたま市」
という無難な名前に落ち着いてはれて政令都市になった。
当時の埼玉県民にとっては、やっと合併できたんだね、というお疲れ様感というか、徒労感のような、経緯を知っている者からすれば随分かかったなという感覚を伴う思いを持っていただろう。
それでも遂げただけ褒める方で、実行するにも利権しがらみやらで頓挫した計画や事業があちこち膨大にあった。
全国的に「ダサいたま」と揶揄されていたのを「だって埼玉だもの」の一言で自虐を込めた肯定をする県民性は、さいたま市ができるまでのような、田舎者が田舎ならではの己の見栄や財産を手放さず、公共事業や都市計画を難しくする人間や権威があちこちにいたこともあると思う。
当時埼玉県には全都道府県で1番多い50市町村あり、同郷だと思い住んでいる名前を聞いても、そこがどこの地域にありどう行くべき地か分からないという話は当たり前だった。
友人がこの市町村の多さを利用し、埼玉の市町村に数値を割り振ってカードにし、それを使い市町村争奪戦を繰り広げるボードゲームを作り、かなり盛り上がった。
だって埼玉だもの。




