生きろそなたは美しい
エヴァを観に行った後も仔猫の世話などで眠れず、晩に居間のソファで寝てしまい、電話の音で目が覚めた。
当時、携帯電話は一人暮らしの必需品とはなっていたものの、実家暮らしの学生への普及は体感半分以下だった。
私は電話をかけ合う友人が片手の数で足りていたのと、家に帰らない日が滅多になかったから、携帯は持っていなかった。
電話を取ると、エヴァを一緒に観た友人からだった。背後から雑踏の気配があるあたり、携帯で外からかけているらしい。
「今もののけ姫オールナイトで見たんさ、3回連続で見たさ」
群馬から大学入学とともに上京してきた彼は、まだ訛りが抜けてなかった。しかし人は何故興奮すると地元の方言に戻るのだろう?
「凄かったさ!それじゃこれから帰る」
と、私が相槌を一つ二つ打った程度で、本当にこれだけ言って電話は切れた。
一昨日レイトショー見て昨夜からオールナイトを見てるとかどれだけ体力があるのか。
そんなに凄かったのか。
見てみたいかもしれない。
何より、あの興奮した声の電話が悔しい。
そこで定期的に買っていた「ぴあ」を開き、東京都内に今から行き、もののけ姫の上映時間が合いそうな映画館を探した。
新宿にちょうど良さげな場所があった。
高校の頃から、私のこういう突発的な行動やアイデアにいつも付き合ってくれる友人がいた。
今回もヤツを誘おう。
自宅に電話をかけ、呼び出し音をしばらく鳴らすと本人が出た。恋人同士ではないが、異性の友人ではある。家族が出て本人に繋いで貰うのは気まずい。
「おはよう。はやいね、どうしたの?」
「今からもののけ姫観に行かない?」
私と彼の計画に説明は大体要らず、その時も用件というか提案のみである。そしていつもの如く間を置かず
「いいね、行こう。どうする?」
外は土砂降りの雨で、駅まで自転車で20分の道のりをどうしようかが問題なくらいで、今からお互いに家を出て合流すると新宿が良いことを伝えると
「わかった、間に合うように映画館に直接行こう」
互いに携帯電話を持っていなかったので、時間と場所を指定し合う、いつものパターンだった。
お互いに、特に足元がびしょ濡れな状態で落ち合い、映画館内で少し暇を潰してから劇場に入った。
もののけ姫は難解な物語だったが、コダマの頭が回転する様とその音と、シシガミ様がCMや広告よりも迫力や凄みを持つ存在感が強烈だった。そしていつものジブリ作品のような、終盤にかけてのスピード感やカタルシスを持つ結末はなかった。だが、全てがとても重厚だった。
本編が終わった後、スタッフロールが流れる中で主題歌を聞くと、TVの宣伝などで耳にするよりずっと神秘的な心地がした。
映画館を出ると雨はやんでいた。
ついでにどこか寄るなどせず、というよりもそんなことを考えもせずまっすぐ新宿駅に行き、途中まで一緒の電車に乗り、互いの乗り換え駅で
「それじゃあ」
と手をあげて別れた。
帰宅すると、仕事が休みだったのか、母が
「おかえり。どこ行ってたの?」
と片手に仔猫、もう一方の手にはミルクの入った注射器を持ったまま出迎えた。




