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#4 見学

 艦橋という場所を出て、再びエレベーターの前に戻ると、ヴィルヘルム中尉が私に尋ねる。


「では、私が案内しよう。どこを見たいか?」


 さらっと聞かれたものの、何があるのかすら分からないこの船の、どこに行きたいかと聞かれても正直、困る。かといって、何も応えないのもあれだし……

 ええと、軍船って一体、何があるんだっけ?大砲?ミサイル?槍に鉄砲?うーん、どれもそんなに見たいとは思わないなぁ。だが、ヴィルヘルム中尉が私の横で、不機嫌そうな顔で私の返答を待っている。そこで私は、こう応える。


「あ、あの、一番大きいところが見たいです」


 何を言ってるんだろう、私。何それ、一番大きいのって、何なのよ?だが、私の知識と語彙力では、これくらいの回答しか出せない。精一杯引き出したこの応えに、ヴィルヘルム中尉は何かを思い当たるところがあったようだ。


「分かった。では私に、ついてきて欲しい」


 そういうとヴィルヘルム中尉はエレベーターのボタンを押す。やってきたエレベーターに乗り込むと、下の階に向かって降る。そして、扉が開く。

 ……今度は、殺風景なところに来たぞ。いや、さっきのところも殺風景だったが、ここは一段と殺風景な場所。何せ、奥までずっと続く通路には、扉がまったく見当たらない。


「この先は砲身部だ。目的地は、この後ろにある」


 と言ってヴィルヘルム中尉は、くるりとその場で振り返り、エレベーターの後ろ側に向かって歩き出す。するとそこには、大きなドアがあった。そのドアを開けるヴィルヘルム中尉。

 中に入った私は、その部屋の中にある物体のあまりの大きさに一瞬、肝を冷やす。


「ここが、我が艦で一番大きな機器のある場所、すなわち、機関室だ」


 ブーンという音を立て、数人の人々が慌ただしくその大型機械の周りを行き来している。確かにここは、私の注文通りの、とても大きなところだ。

 そして、これは間違いなくエンジンだ。高さは、人の背丈の3倍ほど。奥行きはさらにその4、5倍はあろうか。その部屋の中で、そのエンジンは力強く唸りを上げる。私のような機械音痴でも、思わず身震いするほどの重厚な機械だ。

 よく見れば、前後に大きく2つの塊に見える。それを指差しながら、ヴィルヘルム中尉は話す。


「前方には核融合炉が取り付けられており、その後ろに重力子エンジンが連結されている。重力子エンジンによってこの艦は推進力を得るが、同時に慣性制御といって、艦内の加減速度を打ち消す役目も果たす。この2つの機器の組み合わせで一つの機関を成すが、これがこの艦の左右に設置されている。なお、核融合炉は艦内の電力も作り出しており……」


 要するに、これがこの駆逐艦には2つあって、動力や電力の元になっているとヴィルヘルム中尉は言う。懇切丁寧だが、いくら聞いてもさっぱり分からない中尉の説明を、私は話半分で聞き流しながら、その大きな機械を眺める。


 拍子抜けするほど宇宙人らしくない宇宙人が続けざまに現れたが、こうして見ると、やはりここが宇宙人の船だと痛感する。見たことも聞いたこともない機械が、ゴンゴンと音を立てて回っている。

 にしても、暑いなここは。よく考えたら、茶釜の化け物みたいなものが、この部屋の大部分を占めている。狭い茶室に大きな茶釜を2つ持ち込んで、全力で焚いているようなものだ。そりゃあ暑くて当然か。


 そんな部屋を出て、ヴィルヘルム中尉からまたリクエストを求められる。


「さて、今のが一番大きなところだ。で、次はどこが見たい?」


 さっきから思うのだが、どうしてこの人、私にはタメ口なのだろうか?艦長にはちゃんと敬語を使っていたというのに……一応、私は客人のはず。なめられているんだろうか?遠慮がなさ過ぎるのも、どうかと思う。


「ところで、ヴィルヘルム中尉さんは、ここでどのようなお仕事をされているのですか?」


 逆に、私が尋ねる。すると、不機嫌そうな顔が、さらに険しくなる。なんだ?聞いちゃいけない質問だったの?


「……パイロットだ」

「ぱ、パイロット?」

「そうだ」

「あの、それじゃあもしかして……飛行機とかに乗られるんです?」

「複座機という、やや希少な機体に乗っている」

「そうなのですか……ふくざき、ですか」

「だが、パイロットという職種は、ここではあまりにする事がないというこちで、艦長の作戦補佐をしている。いわば、幕僚だ」

「ばくりょう?あの、ばくりょうって、何をするお仕事なのです?」


 また私を睨んできた。うう、絶対にこの宇宙人、私のことをバカにしてるだろう。なんだってさっきから、私を牽制するように鋭い(まなこ)で、たびたび私を凝視する?


「……この船は当艦と、7981号艦から7989号艦までの計10隻を束ねるリーダー艦の役目がある。その10隻の運用にあたり、それを指揮する艦長の補佐役が必要となる。例えば、連盟軍の艦艇を捕捉、追尾する場合などは、敵の情報収集や作戦立案を行い、艦長に決断を促す。そういう役目をするのが、幕僚だ」

「そ、そうなのですか。でもそれって、パイロットよりもすごい仕事じゃないですか?」


 私のこの一言に、また睨みつけてくるこの不機嫌中尉。いちいち心臓に悪いな、この男の感情表現は。私は、カバンを抱きしめて、その鋭い眼差しに耐える。


「……だが、平時はやはりすることが少ない。それでさらに私は、艦長代理も可能な副長相当として、艦長業務の一部を押しつけ……いや、任されている。艦内物資の消費状況の確認に、シミュレーション訓練の立案と実施、それから、来客の対応……軍人として、似つかわしくない仕事までこなす羽目になった。まったく、なんだってこんなところに……」


 何やら急に、ヴィルヘルム中尉の本音が見えてきた。面倒ごとを押し付けられやすい上に、どうやら今の仕事はとても不本意らしい。それでさっきから不機嫌なのか。来客の対応が、似つかわしくない仕事だって、今、言ってたし。


 でもまあ、だからといってそれを客人にぶつけるのか?私だって、ここにいること自体、不本意極まりない。おまけに国と会社から、自己都合丸出しの書簡まで預けられ、たった一人で未知の宇宙人の集団に飛び込まされて、それを突きつけるよう求められている。


「あの、ヴィルヘルム中尉!」


 私は、声を張り上げる。


「なんだ?」

「ヴィルヘルム中尉の乗る、その飛行機を見せて下さい」

「……そんなもの、見てどうするのか?」

「いいじゃないですか、だって今、私がどこを見学したいか、尋ねていたじゃないですか!」

「それはそうだが……」

「それじゃあ、行きましょう!」


 もうやぶれかぶれだ。第一、こっちは客人だ。少しくらい、わがままを言ったっていいだろう。

 というわけで、ヴィルヘルム中尉と共にエレベーターに乗り、上にあがる。最上階で降り、再び殺風景な通路を、今度は艦橋とは反対の方に向かう。いくつかの扉を超えて、ある大きな扉の前で止まる。

 ヴィルヘルム中尉が扉を開くと、そこは機器類が壁に並ぶ、無骨な広い部屋。その真ん中に、いかにも戦闘機なものが、ドンッと置かれていた。


「ここ第2格納庫には、航宙機専用格納庫。そしてこの黒い機体が複座機。2人乗りの戦闘機タイプの機体で、大気圏内における最高時速はマッハ3、つまり、音速の3倍であり、元々は艦隊接近戦での迎撃任務用に開発されたもので……」


 また長い説明が始まった。この人、基本的には真面目なんだろうな。何かにつけて、きっちりやらないと気が済まない。そういう雰囲気を感じる。


「そんなにすごい機体なのに、どうして今は希少な機体なのですか?」


 私は何気なくしたこの質問に、また怖い顔で応えるヴィルヘルム中尉。相変わらずおっかないが、別にとって食われるわけでも、私をクビにできるわけでもない。そう思うと、別に恐れる必要も感じなくなってきた。


「今の我々の戦闘というのは、長距離での撃ち合いだ。30万キロの射程を隔てての戦闘では、こんな小さな航宙機が活躍する場などない。もう一種類の航宙機、哨戒機ならば、強力なレーダーを使った索敵任務などがあるのだが、速力と機動性だけが売りの複座機にはさほど使い道もない。ゆえに……」


 聞いていないことまで、懇切丁寧な説明をしてくれるヴィルヘルム中尉。無愛想だが、自分の役目はきっちりと果たしたいという気持ちが強いのだろう。そんな信念のようなものを、この人からはひしひしと感じる。


 そんな中尉の案内で、砲撃管制室や倉庫、主砲身まで見せてもらう。一通り見学が終わり、私は居住エリアの中にある部屋の一つに、案内される。

 どうやら私はここに常駐する特使として、しばらくここで過ごすことになってるようだ。そんなことまで勝手に、あの次官補殿は決めてしまったらしい。で、当面の間、ここで暮らすための部屋を充てがわれた、ということだ。


「部屋の鍵はこれで、トイレはこの通路をまっすぐ行ったところにある。なお、食堂はこの上の階にあり……」


 相変わらず長い説明をする中尉と別れて、私はその部屋に入る。私は、部屋の中を見渡す。

 ワンルームのビジネスホテルの一室といったところか。壁にはテレビもついており、ここが宇宙船の中だということを思わせないほど、普通だ。

 が、やはり違うところもある。ここには、窓がない。そもそもこの宇宙船には、窓がさっぱり見当たらない。艦橋に大きいのが一つ、そして展望室というところに小さい窓があるだけだ。


 部屋に入ると私は、手に持っていたカバンを脇にあるテーブルの上に置く。そして、そのカバンを開く。


 中にあるのは、様々な種類のお茶のパックや掛け軸。ああ、そこに替えの制服と下着もあったから一緒に持ってきたんだ。でも、掛け軸って……あの給湯室には、これくらいしか置いてなかった。役に立つかどうかなど、考える余裕なんてものはなくて、とにかくありったけ持ってきた。

 少しずり落ちたメガネを指で持ち上げながら、お茶のパックを一つ取り出す。そのお茶のパックをじっと眺めていたら、急に何かが込み上げてくるのを感じる。


 メガネの内側に、ぼろぼろと水滴が落ちる。涙だ。なぜだか急に、涙が出てきた。


 緊張が解けた瞬間、私は冷静になる。冷静になった途端、家にも戻れない自分の境遇の悲哀さを感じ始めた。いや、それだけではない、なんとも言えない、もっともやもやとした複雑な感情が、私の脳の奥底に湧き出して、それが私の眼の奥から涙を押し出している。そんな感じだ。


 が、そこに突然、扉が開く。


「ああ、そうだ、言い忘れていたのだが……」


 ヴィルヘルム中尉が、何かを伝えようと戻ってきた。が、振り向いた私の顔を見るや、急に言葉を失ったように黙り込む。しまった……こんなところを見られた私も、なんと返して良いのかまるで思い浮かばない。

 するとヴィルヘルム中尉は、ポケットに手を突っ込み、一枚のハンカチを取り出した。それを私にそっと差し出すと、何事もなかったかのように口を開く。


「……風呂場など、私には案内できない場所へは、主計科のメルヤ准尉にお願いしてある。後で准尉のところまで案内するので、落ち着いたら、7つ右隣にある私の部屋まで来て欲しい。以上だ」


 と言って、ヴィルヘルム中尉はそっと扉を閉じる。私の手元には、淡い水色のハンカチだけが残った。

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[良い点] 急な変化にやっと心が追い付いてきてのかな?
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