#3 乗船
それから30分もたたないうちに、私は黒い送迎車に乗せられて、あの宇宙戦艦の真下に連れてこられた。
左右を見ると、大勢の人々が広場のそばに集まっている。それを軍が立ち入らないよう、ロープを張って立ち入り規制をかけている。そのロープで囲まれた場所の中心に、私はいまだかつて乗ったことのない黒い高級車に乗せられて、やってきた。
車を降りて、上を見上げる。灰色の石砦のような細長い船体が、私の頭上を覆っている。その後ろはまるで茶道で使われる茶筅のように広がっており、下部に突き出した部分が地上に接して、ヤジロベエのように突っ立っている。
ヒィーンという鈍い音が、その宇宙戦艦から漏れ出ている。地上との接点にはスロープがあって、その先が開いている。そこからこの船内に乗り込めるようだが、見たところ、誰もいない。
そういえば、相手は宇宙人だ。あるテレビ番組によれば、宇宙人とは緑色の湿った体に、大きな黒い目を持つ。それはまるで、抹茶をまぶしたわらび餅に、巨大なみつ豆を埋め込んだような顔をしていると言っていた。言葉ではなくテレパシーにより会話を行い、我々人類を生きたまま、生体実験材料にしているとその番組では……
急に私は、怖くなった。とにかく宇宙人というやつは極悪非道で、我々人類など緑茶に添えた羊羹ぐらいにしか思っていない連中だということを、そのテレビ番組でもしきりに警告していた。ということは、あの中に入れば私は、宇宙人の茶菓子にでもされてしまうのか?
後ろを振り向く。するとそこには黒服、黒ネクタイ、黒いサングラスをかけ、ポケットに手を突っ込んだ男が3人、こちらをじーっと監視している。私をここまで連れてきた、政府から派遣された人々。当然、あの服の裏には拳銃の一つや二つ、忍ばせてあるのだろう。私があらぬ方角へ逃げようものなら、後ろからズドン、一発で処分されてしまうだろう。
前門の狼、後門の虎。いや、前門の宇宙人、後門の黒服。進めば地獄、退けば絶命。どちらを進んでも、私に明るい未来はない。
いや、この場合は、進んだ方が生き残る確率が高いかな……もしかしたら、この地球人類が滅んだ後も、私をペットとして受け入れてくれるかも知れないし……この時点では、もはや論理的な思考など、私にできるはずもなかった。私が手に持っているのは、一つのカバン。もっともこのカバンには、この場を切り抜けられるようなものは、一つも入ってはいない。
次官補殿から書簡を握らされて、我が社の前に黒服の迎えがくるまでのわずかな時間に、私はあの給湯室への立ち入りのみが許された。そこにあったものをありったけ詰め込んだのが、このカバンの中身だ。いろいろな種類のお茶に、掛け軸、急須に茶筅、ティーパックにフィルター……ダメだ。これじゃあ、宇宙人はおろか、黒服相手にも勝てそうにない。
仕方ない。意を決して私は、前に進み出る。ずり落ちるメガネを整えて、この馬鹿でかい大型戦艦の入り口へと向かう。そして、その入り口の前にたどり着くや、中から誰かが現れる。
宇宙人。そう、これが私にとって、宇宙人との最初の接触。なのだけれど、私はその宇宙人の姿を見て驚く。てっきり抹茶わらび餅が現れるかと思いきや、そこには大柄ながら、ごく普通の姿の男性が立っていた。
「……あなたが、こちらの政府から派遣された特使殿か?」
意外そうな顔で私を見つめ、尋ねる宇宙人らしき人物。しかしこの宇宙人は、喋った。テレパシーで脳内に話しかけてきたわけではない。確かに今、喋った。しかも、言葉が分かる。
だが私は恐怖のあまり、首を縦に振るのが精一杯だ。だが、それを見たその宇宙人は右手で敬礼し、こう応える。
「小官は、地球262 遠征艦隊、駆逐艦7990号艦所属、ヴィルヘルム中尉と申します。確認のため、あなたの所属と氏名を教えて頂きたい」
少しぶっきらぼうだが、随分と丁寧な宇宙人だな。少し緊張が和らいだ私は、応える。
「あの、ソラノ カリナです。オオグラ通商……じゃない、ええと、帝国外務省、特使代理として参りました」
「帝国外務省のカリナ殿、か……承知した。事前に通知された通りで、間違いないようだ。では、こちらへ」
そう言ってそのヴィルヘルム中尉というこの宇宙人は、私をこの宇宙戦艦の入り口に招き入れる。私はそれに従い、中に入る。
……いや、ちょっと待てよ。この人、本当に宇宙人か?なんだか、あまりに普通だ。姿格好に、言葉まで私と変わらない。
「あ、あの、ひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「ああ、構わない」
「あの、ちょっと確認したいのですが、この船は宇宙戦艦で、あなたは宇宙人ということで、よろしいのですか?」
「確かに、あなたから見れば、我々は宇宙人だ。ただ、この船は宇宙戦艦ではなく、駆逐艦と呼ばれる船。全長350メートル、10メートル級大口径砲が一門、レールガン発射口2門、航宙機用格納庫2つを備える、標準型駆逐艦だ」
「は、はぁ、駆逐艦……左様でございますか……でもなぜ、私と同じ言葉を?」
「逆だ。あなたがこの宇宙の共通語である、統一語と呼ばれる言語を話している。ここが統一語を使用する国家だから、最初の交渉相手としてこの国を選んだ。ただ、それだけだ」
何というか、真面目なのか投げやりなのか、よく分からない回答が返ってくる。だが、自身ではっきりと宇宙人だと認めた。ただし、どうやらこの宇宙船にいる宇宙人は、抹茶わらび餅ではないようだ。
にしてもこの船のことを、駆逐艦だと言っている。普通、こういうのを戦艦って言うんじゃないの?いや、そういえば確か、駆逐艦って戦艦よりも小さな船だった気が……げ!てことはもしかして、もっと大きな宇宙船があるということなの?
にしてもこのヴィルヘルムという男、さっきから刺々しいというか、煮出し過ぎた番茶のように、妙に対応が渋い。もしかしてこれが、宇宙人の普通なのか?それとも、この人物がそうなだけなのか?
とぼとぼと、その大柄宇宙人の後ろをついて行くと、もう一人別の人物が現れる。同じ紺色の軍服を身につけていることから、宇宙人なのは間違いない。彼はこのぶっきらぼうな大柄宇宙人を見ると立ち止まり、敬礼する。
「ヴィルヘルム中尉殿、申し訳ありません。このレポートにサインをいただけませんか?」
というと、その宇宙人はヴィルヘルム中尉に、さっと板のようなものを手渡す。そこには、パソコン画面のようなものが表示されており、それを指でさっと撫でるヴィルヘルム中尉。
その板の上を見ると、見たことのない記号が並んでいる。いや、これは多分、文字だ。話す言葉は同じだけれど、文字は違うようだ。ということは、私の持っている書簡をそのまま渡しても、読めないということか。などと考えているうちに、ヴィルヘルムはサインを書き終えたようで、それをもう1人の宇宙人に渡す。
「ありがとうございます。ところで中尉殿、隣にいるお方は、どなたです?」
と、そのもう1人の宇宙人は、私の存在に気づく。
「ああ、この国の政府から特使代理として派遣されたカリナ殿だ。」
「はっ!これは失礼いたしました、小官は機関科所属のマティアス少尉と申します!」
「あ、あの……私はカリナと申します。よ、よろしくお願いいたします。」
「我が駆逐艦7990号艦へようこそいらっしゃいました。あなたのご訪問を、我ら一同、歓迎いたします!」
……あれ、とても明るくて、爽やかな方だぞ。私に敬礼しつつ、清爽に応えるマディアスという男。彼を見る限りでは、宇宙人というのは我々とほとんど変わらないように見える。もしかして、このヴィルヘルムという男がぶっきらぼうなだけなのだろうか?
そのぶっきらぼうな方の宇宙人に率いられて、エレベーターらしきものの前にたどり着く。扉が開き、そのエレベーターに乗り込む。そこは、どう見てもごく普通のエレベーターだ。なんだ、我々の文明などはるかに超越した彼らでも、エレベーターは普通なんだ。私の中の宇宙人像が、次々と崩れ去っていく。
しかしこのヴィルヘルムという宇宙人は、さっきから一言も発することなく、無愛想な態度で私をどこかに連れて行こうとする。その冷淡な態度が、かえって私の中にある恐怖心をふつふつと燻らせ続ける。
「おい!」
と、突然、ヴィルヘルム中尉が声をかけてくる。私はビクッと身体を震わせると、思わず叫ぶ。
「ひえええぇっ!ご、ごめんなさい!」
「……もう到着した。降りてもらえないか?」
よくみれば、エレベーターはどこかの階にたどり着き、扉が開いていた。ああ、反射的に謝ってしまった。私ってば、何をしているのだろう。
気恥ずかしくなり、カバンを両腕で抱きしめたまま恐る恐るそのエレベーターを降りる。そこは、殺風景な通路。ずっと奥まで続くその通路の先には、いくつかの扉が見える。
ところがヴィルヘルム中尉は、正面の通路を進まず、くるりと向きを変える。そのままエレベータの外側、反対側に続く通路を歩き出す。私は黙って、その男の後ろに続く。
なんの会話もなく、黙ってその通路を歩き続ける。通路の行き止まりにたどり着くと、その奥にある扉に手をかける中尉。
それを開くと、その奥には4、5段ほどの階段があり、ヴィルヘルム中尉はその先に進む。私もその後についていく。
そこは、とても広い部屋だ。ずらりと並んだモニターの前にはそれぞれ人がおり、何かを報告している。
「レーダーに感!飛翔体、7!3時方向、距離40キロ!高度5900、速力1200にて接近中!」
「おそらくは、我々を牽制するために上がった迎撃機だろう。しかし、さすがにこんなところで攻撃はすることはないとは思うが……念のため、警戒を厳にせよ」
「了解!」
ざっと20人はいるだろうか。ずらりと並んだ画面の前に座る人々のその向こう側に、大きな窓がある。帝都の空と、いくつかのビルの上部がその向こうに見える。
が、そんな場所でヴィルヘルム中尉は窓の反対側に向かう。私もそれに従い、とぼとぼとついていく。そこにある一段高い椅子の上に、少し大きめの軍礼帽を被る、飾緒付きのやや豪華な軍服を着た人物が座っている。その人物のそばに着くと中尉は敬礼し、こう告げる。
「艦長、こちらの政府から派遣された特使殿が参りました」
「うむ、ヴィルヘルム中尉、ご苦労だった」
「はっ!」
艦長……ということはつまり、この船で一番偉い人だ。その偉い人が、椅子から降りて立ち上がる。そして私に向かって敬礼をする。
「私は、駆逐艦7990号艦の艦長、エドヴァルド大佐と申します。わざわざ我が艦に乗船いただき、我ら一同、歓迎致します」
「わ、私は、オオグラ通商……いや、帝国外務省特使代理の、ソラノ カリナと申します」
随分と丁寧な応対だ。とても、帝都のど真ん中に押しかけてきた艦艇の艦長とは思えない。むしろ、こっちの方が恐縮してしまう。良いのだろうか?たった数分で、しかもお茶を運んで来たばっかりに特使に祭り上げられた、入社3年目の平社員が、こんな応対を受けてしまって。
「今回、強行措置に出てしまった件、まずはお詫び申しあげたい。ですが、我々政府に対し約束した回答期限を過ぎて返答がない貴国政府に対し、その回答を促すべく、今回の作戦行動に至ったこと、予めご承知おき願いたい」
「は、はぁ……」
艦長からは、今回のこの大胆で唐突な行動に関してのお詫びの言葉を頂く。が、回答がどうとか言っているものの、それが何のことだか分からない。特使代理にされたわりには、私にはその辺りの経緯は全く聞かされていない。
「ええと、申し訳ありません、私は正式な特使が派遣されるまでの代理人ということで、詳しい話を聞かされておりませんで……」
これに対し、私は思わず正直に自身の状況を話してしまう。でも本当に、何も知らないのだから仕方がない。私が知っていることといえば、先に彼らと我々帝国の人間が、秘密裏に接触していたということ。ただ、それだけだ。それを知ってしまったというだけで、私はここに送り込まれた。
が、私のこの言葉に、艦長の表情が曇る。しまった、これはやばい。私は身の危機を感じる。背中と額から、汗が噴き出すのを感じる。
「で、ですので、まず私の役目として、あ、あなた方のことを知りたいと思いまして、それで、私がここに参った次第でございます。ええと、か、可能であれば、この船のことや、皆さまのことを教えて頂きたく思いますが……」
咄嗟に私は返すが、これはかえって火に油を注いでしまったのではあるまいかと気づく。あちらから見れば、我が帝国政府が無知な若造を送り込んできた上に、その若造がいきなり軍事機密の塊であるこの船のことを見せろと言ってきた。こりゃあどう考えても、図々しい要求だ。
おまけに、預かってきた書簡には、さらに図々しい要求が書かれている。そんなものを今ここで明かせば、私は一体、どうなってしまうのだろう?この艦長は怒りのあまり私をこの場にて八つ裂きにし、見せしめとしてこの身を、この船の乗員の茶懐石の料理の具として振舞ってしまうのではあるまいか。
ところが、私のこの図々しい要求に、艦長は急に笑顔でこう応える。
「なるほど、そういうことですか。承知しました。では、ぜひ当艦をご覧下さい。このヴィルヘルム中尉に、貴殿の案内をさせます」
……えっ?いいの?こんなお茶汲み一筋2年の平社員に、機密だらけのこの船の中を見せちゃっても大丈夫なの?
「ということだ。中尉、この方に艦内の案内するように」
「はっ、承知しました」
こうして私は、不意に言い出したこの一言のおかげで、この宇宙船内を見学することとなった。