#21 交流
「よくいらっしゃいました、ヨネザワ次官補殿」
戦艦イルマリネンの中の街外れにある、ホテル グランド・フィヨルドの会議室に、私とヴィルヘルム中尉、そしてあの次官補殿が現れた。
「カリナ殿も、元気そうだな」
「はい、おかげさまで」
「自社の社長に誘拐、監禁されたと聞いたが、大丈夫だったのか?」
「いやあ、あまり大丈夫ではありませんが、中尉に助けてもらいましたし。今はもう、すっかり忘れて過ごしております」
「そうか。それは良かった」
誘拐事件と聞いて一瞬、次官補殿の眉毛がぴくりと動いたように感じたが、すぐに話題は切り替わる。
「ところでカリナ殿」
「はい、なんでございましょう?」
「先日、入れていただいたお茶、あれと全く同じものをもう一度、入れてはもらえぬかな?」
「はい、承知しました。では、しばらくお待ち下さい」
そう言って私は、席を外す。隣にある小さな給湯室で、私は2種類のお茶を入れ、それを会議室に運ぶ。
4人分、8つの湯呑みをそれぞれ並べて、席につく。交渉官殿は、それを交互に口をつけて、次官補殿に尋ねる。
「ところで次官補殿、このお茶がどこのお茶であるか、お分かりになりますか?」
すかさず、次官補殿は応える。
「こちらは、我が帝国一の玉露といわれる朝露宮茶ですな。もう一つは……小生にも、分かりかねます」
「さすがは帝国の次官補殿、ご存知でしたか。もう一方は、なんの変哲もないブランドの新茶だと聞いております」
「はぁ……左様で。」
「ですが、疲労困憊時など、身体がビタミンを求めるときには、その安物の茶の方が美味しく感じることがあると聞きます。必ずしも、権威あるもの、由緒正しきものが、良い結果をもたらすとは限りません。とまあ、この新茶のような若輩者ではございますが、どうか私をご信じいただき、交渉を進めていただきたい」
「そうですか、いえ、我々こそ、この宇宙では若輩者。ぜひ、ご指導を賜りたい」
あれぇ?どこかで聞いたようなセリフだなぁ。しかも、明らかに私の時とは、態度が違う。それにしても、2人よりもさらに若輩者の話をちゃっかり流用して、次官補殿を上手く持ち上げるとは、この交渉官、やはり只者ではない。
しばらく談笑に付き合ったのち、ついに本交渉となった段で、私とヴィルヘルム中尉は退席する。まあこの調子ならば、次官補殿も上手くやってくれるのではないか。
「はーっ!やっと街に出られる!」
交渉官だの次官補だのと、肩書きだらけの人達といるのは正直、苦手だ。それよりも街に出て、茶菓子屋巡りでもして満喫したい。
「なんだ、茶菓子屋なんかに行きたいのか」
呆れ顔で応えるヴィルヘルム中尉。
「いいじゃないですか。探せばいろいろと出てくるんでしょう、この街。茶菓子屋の二つや三つ、あるんじゃないですか」
「それはそうだが……」
「せっかくですから、抹茶の美味しいお店に行きたいですねぇ」
「そうか。ところでカリナ」
開放感に浸って伸び伸びしている私を、ヴィルヘルム中尉は急に呼び止める。が、その呼び名が、いつもと違う。
「……あれ、中尉。なんだかちょっと、雰囲気が違うような気が……」
「大事な話があるんだが、聞いてもらえるか?」
ホテルのロビーの、エレベータのそばの窓際。眼下には、第4階層が見えるこの場所で、突然ヴィルヘルム中尉が深刻そうな顔で私を見つめる。
それにしてもなんだか、雰囲気がおかしいな……妙に深刻そうな顔しているし。ってまさか中尉、こんなところで、別れ話でも切り出そうとしているの?突然のこのヴィルヘルム中尉の態度の変化に、心ざわつく私。
「な、なんですか、大事な話って?」
「これは、私自身の問題でもある。ぜひ、聞き入れて欲しい」
ひえええぇっ!この前置きって、やっぱり別れ話じゃないの?私、何かしでかした?背中に、渋茶でも滴るような汗を感じる。
「これから先のことだが……私のことを、中尉とは呼ばないで欲しい。」
「は?」
と、散々焦らせておいて、ヴィルヘルム中尉が放った言葉はこれだ。
「ええと……でも、ヴィルヘルム中尉の階級は、中尉なのでは?」
「いや、だから、これから夫婦になろうと考えている者同士が、名前に中尉だ殿だとつけて話すのはおかしいだろう。そういうきとだ」
「ああ……それはそうですね。ええと、それじゃあなんと呼べばよろしいので?」
「『中尉』を抜けば、それでいい」
突然のこのヴィルヘルム中尉の申し出に、私の胸は高鳴る。ああ、そうなのか。言われてみれば、変な呼び名だったな。確かに、直さなくてはならない。
が、いざ呼び名を変えようとすると、どういうわけか気恥ずかしさが沸き起こって、どうにも憚られる。が、私は勇気を出して呼んでみた。
「ヴィ……ヴィルヘルム……」
「カリナ……」
ここでよくあるドラマならば、互いに顔を寄せ合い、キスでもするところなんだろうけど、この2人は免疫がなさ過ぎて、自分の口から放った言葉によって、処理不能の状態に陥っている。ヴィルヘルムは直立不動、私は頭部によじ登る血流を、頬に当てた手の平で感じている。
「カリナはん!」
と、急に妙な呼び名が聞こえてきた。えっ?カリナはん?いや、ヴィルヘルムよ、いくらなんでもこの呼び名はちょっと、ひどいんじゃない?
と思ったら、それはヴィルヘルムではなく、別の人物の声だった。
「なんや、取り込み中やったかいな。なかなか呼んでも、気づいてもらえへんし」
横を向くと、やはりアレマス社長だった。私とヴィルヘルムの方を見ながら、ニヤニヤとしている。
「な、なんですか、アレマス社長!いつの間にここに……」
「いつの間にって、さっきからおりますがな。わしもついさっき起きて、いまから朝食でも摂ろうと思う取ったとこや」
あれ、この社長、私とヴィルヘルムの会話を、どのあたりくらいから聞いていたのだろうか?私は少し、いや、かなり気になる。
「ところでカリナはん、ちょうどええところで会ったわ。実はな、引き会わせたい相手がおってな」
「えっ!?相手って……誰です?」
「男ちゃうで!立派な旦那はんがおる相手に、そんな節操のないことしまへんで!わしが会わせたい相手っちゅうのは、フルッタ種苗っちゅう会社の営業担当役員や」
「あの、フルッタ種苗って……」
「名前の通り、種子や苗を扱う会社や。砂漠でも育つ作物を提供してくれるところで、いずれあんたの星にも関わってくる業種やさかい、早めに渡り付けといたほうがええ思うてな」
「は、はぁ……」
急に仕事の話になってきた。どのみち、アレマス社長とは今回の訪問で会う予定ではあったから、それがちょっと早まっただけとも言える。
「ということでな、早速行こうか」
「ええーっ!?今からですかぁ!?」
「せや、早い方がええやろ。それにあんた、特命局長とかいうたいそうな役をもろうたんやて?」
「ななななんで、そんなことまで知ってるんですか!?」
「わしかて5つの星を股にかける企業のトップなんやで。なめてもろうては困るなぁ。てことで、それなりの実績作らんと、カリナはんも帰れへんやろ」
「は、はい、確かに……でも社長、もしかしてその会社、社長の息がかかった会社なのでは?」
「当たり前や!わしの息がかかっとらん会社なんぞ、誰が紹介するかいな!せやかて、カリナはんは新たな商売相手の開拓、わしは支配圏の拡大。どう考えても、ウィンウィンやろ?」
「は、はぁ……」
なんだか、してやられた感があるな。でもまあ、悪い人じゃなさそうだし。今回はその話、乗ってみようかな。
「ところで、第2階層にええ茶菓子の店を見つけたんやで」
「ええーっ!?そうなんですか!?」
「茶菓子屋の二つや三つどころか、五つや六つは知っとるさかい、わしに聞いてや」
「あれ!?ちょっと社長、さっきの話、どこから聞いてました!?」
「ほな、いくで!こっちや!」
油断ならないな、アレマス社長。この人、どこまで私のことを知ってるんだろうか?なんだか怖い。
そして私とヴィルヘルムはアレマス社長に連れられて、第2階層にある茶菓子の店へと向かう。そこで散々、抹茶と菓子を堪能した後に、アレマス社長と最初に行ったあの店、カフェ・シヤチルへと向かう。そこで、例のフルッタ種苗の役員の方と面会を果たす。
「はぁ~っ!」
癖の強いあの大物2人と立て続けに会った私は、部屋に戻る頃には全身に疲労感を感じる。商談や外交が進んだのはいいけれど、ここまでやらされては正直言って、局長級の給料でも安いのではないだろうか?
「おつかれ、カリナ」
「う~ん、疲れちゃった~、もっと癒してぇ~ヴィルヘルムぅ~!」
ベッドの上で大の字になって横たわる私は、いつの間にかヴィルヘルムと呼ぶことに、抵抗がなくなりつつあった。
するとヴィルヘルムは、私の上から覗き込むように顔を見下すと、私のメガネに手をかけ、そっと外す。
「仕方ないなぁ、カリナ。それじゃあ、マッサージでもしてやろうか?」
「ん~、お願い~」
さて、明日はまたアレマス社長の紹介で、別の会社の人と会う約束をしている。にしてもアレマス社長め、私を利用して、この星をヴァレメット重工色に染めるつもりだな。なんてやつだ、とは思いつつも、私一人じゃ人脈ないしなぁ……しばらくはアレマス社長に頼るしか……って、ヴィルヘルムよ、あなた今、どこ触ってるの!?




