#2 任命
「失礼します」
私はお盆を抱えて、役員用の応接室へと入る。が、ここも社内の他の場所と同様、大騒ぎの真っ最中だった。だが、なんだか少し、様子がおかしい。
「なぜ、やつらはここに……まだ来るなと申し合わせていたはずでは!」
そう呟くのは、来客者の政府高官だ。この口ぶりは、つまり、彼らのことを知っていると言わんばかりである。
「次官補殿、あれは一体、何なのです?」
社長がその来客者に尋ねる。するとその客人は振り返りざまに、こう応える。
「アース262だとかいう星から来た宇宙人だ。なんでも、我々との間に……」
さらっとその客人から「宇宙人」という言葉が飛び出す。私の直感は、正しかった。どう考えてもあれは、ここのものじゃない。
ところでこの客人、よく見ればどこかでみたことのある人物。何度かこの部屋でも見かけたこともあり、確かテレビでもその姿を拝見した覚えがある。
そうだ、この人、外務省のナンバー2と称される、事務次官補だ。諸外国との交渉において、その豪腕ぶりが評価されている人物だと、そのテレビ番組では紹介していた。
その剛腕事務次官補殿は、この宇宙人のことを知っている?そう伺わせるに十分な言質を、私は偶然にも得てしまった。
が、その次官補殿が突然、私を指差す。
「誰だ、この娘は!?」
ちょうどお茶をテーブルに並べたところで、なぜか私に白羽の矢が向けられる。
「いえ、あの、お茶をお持ちいたしました。では、失礼します」
「待て!」
この異常事態でただでさえピリピリした雰囲気だというのに、よりにもよってそんな時に私は、国家のトップレベルの人物から呼び止められる。
「……お前、今の話、聞いていたな」
凄まじい形相で、私を睨む次官補殿。狐に睨まれたネズミのように、動けなくなる私。
「い、いえ、何も、何も聞いては……」
「今のは極秘事項情報だ。聞かれた以上、ここからすぐに出すわけには行かない。そこで待機せよ」
ひええええぇっ。そんな情報を、平社員の前で軽々しく口にしたのは、あなたでしょうが。なんだって私が巻き込まれなきゃいけないの?お盆を胸に抱えたまま、私はその場に立ち尽くす。
そんな私などに構わず、その次官補殿と社長、それに専務の3人がソファーに腰掛ける。私が持ち込んだお茶を一口飲むと、社長が切り出す。
「宇宙人……ということはまさか、我々の地球を……」
「いや、分からぬ。やつらの意図が読めんのだ。だから困っている」
「読めないとは……どういうことなのです?」
「見ての通りのあの大型宇宙船を、やつらは多数保有しているらしいのだが、やつらその宇宙船の製造技術を、タダで渡すと言っておるのだ」
「は?あの宇宙船の製造法をくれるというのですか?」
「そうだ」
「なんという気前の良い……ならば、願ったり叶ったりではありませんか。何を困るようなことなど、ありましょうか?」
「いや、どう考えても解せぬではないか。外交上、そんな気前の良い話を、なんら見返りもなく渡すお人好しな国家などあり得ない。ましてや、何光年もの彼方からやってきた宇宙人がだぞ?そんな連中が、あれほどの宇宙船の製造技術をただで渡すなど、とても信じられない」
「はぁ、確かに。でも何か、彼らから見返り要求があったのではありませんか?」
「一応、ある。が、共通の敵と戦ってくれという、曖昧なものだ」
「……それだけ、ですか?」
「それだけだ」
「確かに、怪しいですね」
「そうだ。だから、我々も苦慮している」
次官補殿の話からは、どうやら相手はつかみどころのない宇宙人のようだ。気前の良過ぎる、しかし、今ひとつ真意の読めない宇宙人。確かに、気味が悪い。
「しかし、彼らは急にどうしてここに現れたのです?」
「さあな。だが、ついに本性を表したのかもしれん」
「ほ、本性?」
「やつらは、皇居と帝国議会のすぐそばに降り立った。ということは、議会と皇居を人質に、より高圧的な要求をするつもりなのであろう。我が帝国の中枢の鼻っ面に、甚大な破壊力を持つ軍船を派遣してきたのだ。その意味がどういうことか、素人でも分かることだ」
「まさか、我が帝国を軍事占領するつもりでは!?」
「……否定できまい。とにかく今、我々は窮地に立たされている。まさか、このような手で出てくるとはな。しかし困った」
「そうですな。帝都のど真ん中では、攻撃するわけにもいかないですし」
「いや、それもそうだが、私が困っているのは、派遣すべき人員だ」
「派遣?すでに彼らの元に、外交官を派遣されているのではないのですか」
「いや、地上で何度か接触しただけだ。だが、彼らからは我々に向けて、正式な代表人の派遣を要請してきている。今まではそれを先延ばしにしてきたのだが……ここに至っては、誰かを派遣し、事態の収集と時間稼ぎに努める必要があるだろう。だが……」
「何か、困りごとでも?」
「なにぶん、得体の知れぬ相手だ。誰を派遣すべきか思い当たらない。このような事態は、まったく想定外だ」
「はぁ、それはそうでしょうな。なにせ相手は宇宙人です。それも突如、通告もなしにこの帝都に舞い降りてくるような相手。外交の常識が通用するとは、思えませんな」
「うーん……」
腕を組んで考え込む次官補殿。どうやら、この宇宙人の出した一手に、相当追い詰められているようだ。でもそんなことよりも、早く私を解放して欲しい。どうして私が、ここにいるの?
お茶を運んできただけだというのに、国家レベル、いや、宇宙レベルの騒動に巻き込まれた感じだ。だけど、私にどうにかできる話じゃないし、いや、そもそもうちの会社でどうにかできる話でもない。それゆえに、私がこの場にいることの場違い感が半端ない。一刻も早く、給湯室に戻りたい。
が、ここで話が急転する。
「そうだ、良い考えがある!」
急にこの次官補殿が叫ぶ。
「な、なんですか、突然」
「御社から一人、人選出来ないか!?」
「は?ど、どういうことです!?」
「正式に外交官を派遣するまでの間の特使代理人として、このオオグラ通商の者を先行して派遣するのだ」
「は、はぁ……って、いや、ちょっと待ってください!我が社はただの商社ですぞ!?宇宙人との交渉人など、派遣できようはずが……」
「海外駐在の経験者が豊富な御社ならば、それくらいの人材はいるであろう。思えば50年前にも、不可能と言われた調達任務をこなし、我が帝国の窮地を救ってくれた御社だ。今度も我が帝国の、いや、地球の危機を救ってはくれまいか!?」
「急にそのようなことを申されましても……」
「頼む!外交はスピードが命だ!事は緊急を要する、手をこまねいて時間をかけてしまえば、それだけ我々は不利になる!」
この外務次官補殿の急な思いつきに、社長が困惑している。いくらなんでも、無茶な話だ。宇宙人相手に交渉するべき人物を、今すぐに出せというのだ。この次官補殿、いうことが無茶苦茶すぎる。
が、この時はまさか、その無茶が自分に降りかかるなどとは、考えてもいなかった。
「しかし、我が社で宇宙人相手にできる者など……ましてや、国家機密に相当する話、これほどの極秘事項を知らせた上で、志願してくれる者など、我が社には……ん!?」
と、その時、社長が唸る。
「……どうした?」
「いえ、そういえば我が社の社員の中に、すでにその重要機密を知ってしまった者がいると……」
「誰だ、それは!?」
次官補殿のこの問いに、無言で私の方に顔を向ける社長。次官補殿も、私の方を見る。
「おい、まさかこの娘が……」
……ちょっと、社長
「いえいえ、彼女は我が社の秘書室に所属する、いわば接客のプロ。今回の任に、うってつけではありませんか!?」
……ちょ
「うむ、そうか……確かに御社の中枢にて、それなりの人物と接触し続けた者ならば、宇宙人相手でも……」
ちょっと、ちょっと待って!なんで私がここに登場するの?すかさず私は、反論を試みる。
「あ、あの!私はただお茶をお持ちしただけの平社員でして……」
「では、すぐにでも書簡を用意しよう。外交はスピードだ!すぐにでも彼女を、あの船に送り込むぞ!」
「ところで次官補殿。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「その宇宙人は、あの宇宙船に関する技術供与を申し出ておると申しておりましたよね?」
「ああ、そうだ」
「せっかく我が社から、貴重な社員を派遣するのですよ。ならば、我が社に有利な話が一つあってもよろしいのではございませんか?」
「おお、そうだな、その通りだ。分かった、ではあの宇宙船製造技術に関して、この会社を優遇してもらうよう、書簡に書き記すことにしよう!」
私の気持ちなどほったらかしに、勝手に話が進む。それも、彼らの都合の良い方向に。
だが、それを持ち込む私はどうなのか?そんな都合のいい要求が、通るわけがない。私自身、他の国との交渉もした覚えがないというのに、ましてや宇宙人など……
「あ、あの!社長!」
「なんだ?」
「私はその、外交は愚か、外回りの経験すらない社員でして……」
「構わん。接客慣れしておるのだから、問題なかろう」
「いえ、とても私などが務まるような任では……」
「うるさい!もはや、決定事項だ!これ以上つべこべ言うと、懲戒処分ものだぞ!」
必死に反論を試みた私だが、もはや私に選択権はなかった。政府中枢の権力者と、大企業のトップが相手だ。私など、束になっても敵わないだろう。
我々に対する挑発行為の禁止、この惑星における我が帝国の優先交渉権の要求、および、オオグラ通商への宇宙船製造技術供与の独占権。
この3つの、都合の良過ぎる要求が書かれた書簡を、私はその次官補殿より渡される。
そして私は、直ちにあの宇宙船へ差し出されることとなった。