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#1 転機

「はぁ~……」


 私は、ため息を()く。沸騰したお湯はほどほどの温度に下がり、それを今、急須に移そうとしているところだ。

 脇に置かれたお茶は、この帝都で最高級の品。それもそうだ、今、役員室にいるお客様は、政府高官だ。


 このオオグラ通商は、帝国政府との関係が深い。先の戦争でも、不可能とまで言われた200万人分の兵站用物質を調達し、帝国を勝利に導いた。それから50年。我が社は帝国最大の商社として、今も君臨する。「オオグラ帝国通商」と揶揄されるほどの権勢ぶりだ。


 そんな会社に、私が入社したのは2年と少し前。国の誇る大企業への就職が叶い、希望を胸にこの会社の門をくぐったのも今は昔。気づけば私の仕事は、給湯室でお茶を入れ運ぶ「お茶汲み」が主な業務となっている。


 私の名は、ソラノ カリナ。25歳。オオグラ通商 総務部 秘書課に所属する社員。


 給湯室でお茶ばかり入れている印象が強いため、「お茶汲み嬢」と揶揄されているのは、本人も知るところでもある。帝都最高級の玉露を取り出し、それを急須に入れて湯を注ぐ。小刻みにそれを、用意した3つの湯呑みに交互に注いでいく。

 そして急須を置き、その湯呑みをお盆に移す。それをお客様の待つ役員室まで運ぼうとした、まさにその時だ。


 カタカタ……と、急須の蓋が小刻みに音を立てる。変だな、地震でも起きたのだろうか。だが、床は揺れていない。大体、この帝都では滅多に地震など起きない。揺れているのは、この急須の蓋だけ。不思議に思いながらも私は、お盆を持ち上げようとする。

 すると今度は、ゴゴゴゴと腹に響くほどの低音が聞こえてくる。それは徐々に大きくなり、窓ガラスをも震わせ始める。ガタガタと音を刻む急須。いよいよこれは地震だと、私は焦る。そして、窓の外を見た。

 そしてそれが地震などではないことを、私は外の風景から悟る。その音の主がまさに今、このビルの横を通り過ぎようとしていた。


 我が社のビルは47階建、高さは270メートル。その最上階の47階に、この給湯室はある。

 ビルの前は、幅300メートルの南北に延びる道路。と言っても、その中央部250メートルは公園であり、その道路の北端には陛下の(おわ)す皇居があり、南端には帝国議会議事堂がある。

 その南端の議事堂に向かって、灰色の巨大物体がゆっくりと、このビルの前を通り過ぎているところだった。


 窓一つない灰色の石造りのビルのようなそれは、四角く細長い先端に、スカートのように広がった末端部を持つ。この47階のビルの真横ギリギリをかすめるように通り過ぎると、最後尾に青白い光を出す4つの穴をこちらに見せる。そしてそれは議事堂前に到達すると、空中で停止する。


 私はその不可思議な物体をよく見ようと、窓に顔を押し当てる。かけているメガネが、カチャッと窓ガラスに当たる。

 その灰色の物体は、議事堂前で方向を変えている。横向きに向きを変えて、今度はその場でゆっくりと降り始める。この議事堂と皇居とを結ぶ公園には木々が植えられているが、議事堂前は石畳の平坦な広場となっている。現れた巨大物体は、その広場の真ん中へまるでヤジロベエのように、わずかな接地部だけで地上に立つ。


 周囲からざわめきが聞こえる。あれはなんだと口々に皆、騒いでいる。だが、それが何かは誰も知らない。だけど私にはそれが何か、なんとなく分かった。


 あれは絶対に、宇宙戦艦ってやつだ。よく映画やドラマ、アニメで見るそれと一致する。そしてあれに乗っているのは、間違いなく宇宙人だろう。

 でなければ、あんな馬鹿でかい乗り物が、滑走路もなしに議事堂前のあの狭い広場に降りられるわけがない。この地球にはあんなものを作り上げ、しかもこの地上最大の国家である我が帝国の議事堂前に、堂々と降ろせる国などありはしない。我々を遥かに超越した技術力を持つ宇宙人が、悠々と降りてきたのだ。


 そして私は、その意味を想像する。超越した力を持つ宇宙人のやることなんてたった一つしかない。


 それは、この地球の侵略。私達を攻撃し滅ぼすか、あるいはその武力で脅迫し、我々を奴隷として従属させようとしている。その先駆けとして、我々を嘲笑うかのように、議事堂の真ん前に堂々と降り立ってみせたのだろう。あの行動はつまり、その宇宙人には余裕があると、見せつけているのだ。ついこの間にも、そんな映画がテレビでやっていた。B級映画のような現実が今、目の前で実際に起きている。


 しかし空軍は一体、何をしてるのか?ミサイルすらも迎撃可能な防空隊だってあるのに、あんな馬鹿でかいものが帝都のど真ん中の降りてきて、何の音沙汰がない。彼らにもあの飛行物体が見えているだろうに、一体、何をしているのか。私達の税金がたくさん注ぎ込まれているというのに、まるで意味がない。


 いや……そもそもこの帝国の持つ軍備なんて、相手にならないのだろう。宇宙人のことだ、レーダーが効かないとか、一瞬でこの帝都を吹き飛ばせるとか、そんな技を使えるんじゃなかろうか。彼らからすれば、私達の兵器なんてきっとおもちゃ以下なのだろう。


 ……いけない。私には仕事があった。お茶を持って行かないと。表は宇宙人の襲来で大騒ぎの真っ最中、私も気になって仕方がないが、とにかく今は、するべき事をしなければ。

 そして私は、3つの湯呑みを載せたお盆を抱え、役員応接室へと向かった。

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