迫る
奥の広間にいたのは頭頂に一本の短い角を生やした、肌の赤い大男。一応、布切れみたいな衣服を身に付けているが、ほぼ半裸。はっきりとした凹凸が確認できるくらいに発達した全身の筋肉が特徴的で、その膂力には要注意だろう。あと、戦闘開始前には知らなかったが、雷の魔法まで使えたズルいヤツだった。
壁の何ヵ所かに照明用の松明が掲げられていて、獣よりは賢い知能が大男にあることを示していた。
岩影から一人ずつ順番に敵を確認し、離れた位置で作戦を練る。
「同じ種類を見たことあるヤツはいねーのか?」
「いねーよ。何回確認してんだ?」
新大陸の魔物は旧大陸の物と違う。離れた土地なんだから当たり前なんだが、そうなると蓄積された狩りの知識が使えない。
「見た感じ、パワータイプでしたね。更なるパワーを誇る大槌でもって粉砕しましょう」
エスリ、ヤバイ奴だったんだな。知らなかった。
「一匹だけだろうか?」
「多分な」
ダンケルが答えたが、俺もそう思う。他に気配はなかった。
「レオンは下がってろよ。ナタリアに恨まれたら堪ったもんじゃないからな」
ランディ、お前、そんなに良いヤツだったのかよ。ったく、ナタリアの嘘がバレたら怒るだろうな。酒を奢るから、その時は許してくれよ。
「剣の腕を磨きたいんだ。魔物の宝があっても、配分は要らない。戦闘には参加させろ」
それに、貰った飯分以上の仕事はしないといけないからな。
魔物の姿から想像するに遠距離攻撃は無いと判断した俺達は、まずランディによるナイフの投擲を選択した。
矢でもギリギリ届くかと思える距離を、ランディは正確に片目を潰した。怒りで突進してきたヤツのもう片方にも突き刺した時には勝利を確信した。
顔を押さえて踞る大男に迫るハンスとエスリ。エスリは当然に大槌で頭を砕こうとしているし、大男ほどでは無いが人間としては巨漢のハンスは、その身の丈に合わせた大剣で、首を斬ろうと走る。
俺とダンケルは不慮の場合に対応する役目。視野を広く取るために、戦闘には直接参加しない。
俺も最前線を希望したんだけど、結局、ハンスにまで止められたんだよな。
ハンスの大剣、高そうだなぁ。ほぼ決着が見えていた事もあって、彼が持つ得物を眺めていた。ナタリアの身長くらいに長くて、厚みもナタリアの肩幅くらい有るんじゃないだろうか。
あんなものを振り回すんだから、ハンスの筋肉は魔力的な補助を受けやすい体なんだろうと思う。
大剣で思い出す。旧大陸の冒険者仲間にも使うヤツがいた。俺やナタリアと似た年頃だったが、成長の早い獣人だと聞いたから年下なんだろう。そのミーナという少女と何回か組んだが、信じられない程の強さだった。背丈よりも長い剣を引摺り動かしながら、いざ戦闘となると、俊敏な動きでほぼ全ての物を一刀両断にしていた。剣の神様に愛されているという噂は本当だと思ったものだ。
暗い森を一人で歩くのは怖いからってのが、俺たちに声を掛けた理由だったが、あの暴風みたいな剣技で、全ての木を伐採すればいいんじゃないかと感じた。恐らくシャールで最も強い冒険者だ。
さて、しかし、ここにいるのは、そんなトップレベルの冒険者ではなく中堅どころだった。
大男は危険を察知したのか、痛みに耐え終わったのか、よく分からなかったが、面を上げる。
すぐに頭頂の角に小さな雷が生じる。ビリリと微かな音も聞こえた。
「離れろっ!!!」
俺は叫んだ。それより先にハンスも回避行動に入っていた。だが、エスリは大槌を下ろす動作を止めない。
まず、閃光と轟音が洞窟を埋め尽くす。
その攻撃を予期して目を閉じていた俺でさえ、凄まじい光量を瞼の裏で感じる。
慌てて通路の端に寄り、身を隠しながら、敵の様子を伺う。
黒焦げになりながらも立ったままのエスリが見えて、その頭を大男が指で軽く弾く。
エスリの体は硬直したまま倒れ、壊れた。体から外れた首が横へ少しだけ転がった。
エスリが殺られた。
だが……感傷に浸るのは後だ。
大男の額の真ん中に新たな眼が開いている。三つ目。
まだ視力が有りますよっていうアピールか、化け物。薄目で開けるくらいにして奥の手は秘密にしておけよ、低能。
ランディは間を置かずに、その額もナイフで狙う。しかし、大男は飛んできたそれを手で簡単に掴み、握り潰した。
「追撃、失敗!」
ランディは即座にハンスに状況を説明。
「撤退!!」
それを受けてハンスの声が響く。
あわせて、ランディとダンケルが去る。見事な動きで、彼らが生き延び続けている理由がよく分かる。
でも、ハンスの命令に反して場を離れない俺を見た、ダンケルの顔は泣きそうだった。
……エスリ、良いヤツだったからな。今日知ったが、大槌に拘りすぎる所以外は。
「レオン、お前も去れ! 生まれてくる子の事を考えろ!!」
ランディが俺を呼ぶ。しかし、その子供は空想の世界の子供なんだ。安心してくれ。
「ハンスを助けてからだ!」
「バカ! 来るな!!」
俺を声だけで止めるハンスは目を痛めているのか、這いつくばりながら大男から離れようとしていた。
ランディとダンケルはリーダーの指示通りに洞窟の外へと逃げただろうか。気配はないから、そういう事だろう。
「ハンス、お前の死に顔をまだ見たくないからな! 縁起が悪くなる!」
「レオン! ナタリアを悲しませたいのかっ!?」
「エスリが死んだから、もう悲しんでるさ」
視力を一時的に失っているであろうハンスに状況を伝えた。
「……分かった! 俺の準備が整うまで任せたぞ!」
ほら、お前も仇を討ちたくなっただろ。
「早めに支度しろよ」
俺は内心、彼らに謝っていた。
戦闘前にナタリアの事を話していれば、こんな展開では無かったかもしれないから。魔法での先制攻撃という選択肢を出してやるべきだったかもしれない。
「来いっ!! 化け物!! 俺が相手してやる!」
しかし、だとしても、現実に起きた事は戦闘を仕掛けてエスリは負けただけ。仮定など無意味。いつも通りに、俺はすぐに割り切って、気持ちを落ち着かせる。